第17章 焦熱へ向かう夜 (挿絵あり)
迷宮都市。
第二階層の最奥を目前にした五人の少女たちは、街へと一度戻ることを選んだ。
ギルド本部の作戦室。 灰色の石壁に囲まれた部屋で、リュナたちは受付嬢ミリアの説明を受けていた。
「確認できている第二階層の“ボス”は、《焦熱のサラマンダー》です。正式に依頼が下りたわ。第二階層の“ボス討伐”。あなたたちの前回の戦果を受けて、上層部が判断したの」
ミリアの言葉に、リュナが目を細める。  
「つまり、あたしたちにやれってことね」  
「そう。とはいえ任意受諾だけど……逃げるつもりは、ないでしょ?」  
「もちろん」  
リュナが短く頷いた。ミリアの言葉に、リュナの眉がぴくりと動いた。
「火属性か。フィオナの炎は通りにくいかもしれないけど……氷は?」
「《アイスニードル》なら、通る可能性がある。けど、威力が足りないかも」
フィオナが静かに答えた。
「ただし、火には氷が通るという報告があります」
ミリアが一枚の古い資料を差し出す。
「過去の討伐例では、氷属性の魔法が決め手になったと記録されています」
「氷ね……準備が必要だな」
リュナは地図を指でなぞりながら、呟いた。
「サーシャは装備の見直し。防炎効果のある防具を選びましょう」
「うん。重いけど、火傷するよりマシだよ」
「私も装備品を見直します。氷魔石付きの杖があれば……」
フィオナが珍しく、少し前のめりになった。
(また、力を見せる……今度は、誰かを怖がらせないで済むだろうか)
でも、それでもいい。今度こそ、ちゃんと“必要とされたい”って思った。
カーラとミランダは後方で静かに見守っていた。
「これ、ギルドに報告することになるんでしょう?」
ミランダが低く問うと、カーラは小さく頷いた。
「一応な。でも、今はまだ“観察中”ってところだな……」
少し黙ってから、カーラは視線を前方に向けた。
「……角のある子を見てると、どうしても昔を思い出す。
燃えた村と、何もできなかった自分と……母さんの腕の感触が、いまだに消えない」
ミランダは何も言わず、その言葉を受け止めた。
「それでも、私は今、矢を向けていない。……あいつらが変わろうとしてるのは、わかるから」
「……一つの目的に向かって、ちゃんと話し合ってる。いい傾向ね」
(……あの巨躯の少女、命令じゃなく“願い”に従って動いている目をしてた。
あれは、“守らされてる”んじゃなく、“守りたい”って目だ)
カーラは矢筒を整えながら、淡く笑った。
「信頼は戦場で作るって、あなたの言葉だったでしょう」
ミランダがわずかに目を細めた。
◆
その日の午後、五人は市場へと散った。
リュナは氷属性の魔道具を探し、フィオナとともに武器屋へ向かった。
通りの途中、フィオナは素材屋で値札を見つめて立ち止まる。
「高い……けど、これなら氷魔石がよく反応するかも」
そう呟いた後、自分から初めて店主に声をかけた。
「この石、もう少しだけ……安くなりませんか?」
ぎこちないながらも、交渉する姿にリュナは目を細めた。
(……頑張ってる)
一方、サーシャは装備の試着をしていたところ、武器屋の店内で、背を丸めて装備棚を覗き込むサーシャの姿に、別の男性冒険者が思わず声を漏らした。
「……あの人、腰の位置が俺より上……? どんだけでかいんだよ」
それを聞いたサーシャが反射的に振り返ると、店の空気が一瞬ぴたりと止まった。
「……す、すみません。大きくて……」
謝る必要はないのに、彼女は思わずぺこりと頭を下げる。
「いや、すごいな。あれが前に出たら、そりゃ安心だわ」
ぼそりとこぼしたその声に、サーシャは少しだけ頬を緩めた。
「……えへへ、そ、そうかな……」
照れ笑いの彼女の横顔に、店員も小さく笑っていた。
やがてサーシャは、防炎加工のある盾を選んでいた。
(火傷してでも前に出るつもりだった。……でも、ミランダの言葉が、ちょっとだけ引っかかってる)
(“無理をして守るのは、信頼を失う”。……わかってるのに、体が勝手に……)
夕暮れ時、再び合流した五人は、宿の食堂で簡単な作戦会議を行う。
「突入は明朝。今日はしっかり休んで備えましょう」
リュナの声に、皆が頷いた。
その夜、部屋の窓辺に立ったリュナは、静かに月を見上げた。
(みんなの言葉に、いちいち動揺してる自分が悔しかった。
でも——それでも、あの時のように誰かに手を伸ばせるなら)
(もう一度、信じてみてもいいかもしれない)
(それを選べる自分でいたい)
その目に、迷いはなかった。
——夜が、明けようとしていた。