第16章 第二階層の果て (挿絵あり)
迷宮都市、第二階層終盤。
湿り気を帯びた岩壁と、蒸気混じりの鉱塵が混ざる狭道を、五人の影が静かに進んでいた。
先頭には、巨躯のサーシャ。
そのすぐ後ろにリュナ、やや離れてミランダ。
後方にはフィオナとカーラ。
五人の隊列は、自然に“守り”と“監視”が混ざった編成になっていた。
リュナは、歩きながらふと小さく息を吐いた。
(なんで私がリーダー、なんだろ)
別に誰かに指名されたわけじゃない。ただ、いつの間にか、皆が自分の言葉に従っていた。
(……違う。誰も口出ししないから、私が言うしかなかったんだ)
フィオナは他人に意見するタイプじゃない。サーシャは気遣い屋で、進行の舵取りには向かない。
だから、自分が前に立つしかなかった——それだけだ。
(でも……)
視線を後ろに巡らせる。
カーラの動きは静かで正確だ。弓を構える瞬間に無駄がない。殺意も、助けも、すべて同じ手つきで放つ。冷たいというより、淡々としている。
ミランダは無言だが、剣の扱いに迷いがない。
サーシャよりも身軽で、動きが洗練されている。
(あれだけ動けるなら、リーダーだってやれるのに)
なのに彼女たちは前に出ようとしない。
それが逆に、リュナには居心地が悪かった。
(……やっぱり、見られてるのかな)
「このあたり、魔物の気配が増してる。第二階層の終わりが近いな」
気配を感じ取り、リュナがつぶやくと、カーラが無言で頷いた。
前方から、湿った腐臭が流れてくる。
リュナは剣を半ばまで抜き、指で柄を軽く叩いた。
「アンデッドか……ゾンビかスケルトン系ね」
「こっちは任せて」
リュナが前へ出る。サーシャと並ぶ形になる。
フィオナが魔法陣を展開し、火の玉を複数生成する。
「敵、左から複数。前衛、サーシャとミランダ。中央私、後衛カーラとフィオナ」
声を出したのはリュナ。
その自然な指示に、全員が即座に動いた。
そして——
スケルトンウォリアーとゾンビの混成群が現れた。
リュナは刃に光を込め、前に出るサーシャの背を追う。
「優しき光よ、我が刃を照らせ——《ライトスラッシュ》!」
聖なる閃光がスケルトンの胴を貫き、骨が粉砕された。
「いい位置!」
サーシャが小さく声をあげ、ゾンビの群れを盾で押し返す。
その横からミランダが滑り込む。
剣の切っ先が鮮やかに振るわれ、ゾンビの頭部を一閃で断ち切った。
「……動きが重い。第二階層じゃ手応えがなさすぎる」
ミランダがつぶやく。
(口数は少ないけど、的確だ。……強い)
リュナはその一太刀に、かすかな劣等感を覚えた。
カーラが矢を引き、背後からゴブリンアーチャーの射線を潰す。
(あの人の矢は、ほんとに外さない……)
フィオナの魔法がスライム群へと放たれる。
「炎よ、溶かせ——《フレイムショット》」
粘液が爆ぜ、蒸気が充満する。
短い交戦。
気づけば五人は、会話もほとんど交わさずに敵を制圧していた。
「……終わり、だね」
リュナが剣を収め、周囲を見渡す。
「ふう……あたし、またちょっと無理してたかも」
サーシャが肩を回すと、ミランダが視線を向ける。
「無理をしてまで守るのは、仲間の信頼を奪う行為にもなる。気をつけて」
「……ありがと。気をつける。あたし、ちゃんと“守れる強さ”になりたいから」
(仲間が増えるのは悪くない……けど、見張られるのはやっぱり慣れないな)
サーシャの胸に、さざ波のような違和感が残った。
フィオナが沈黙のまま、そっと背を向ける。
(また“監視”されるんだ。今度は街で、仲間の皮を被って)
心に、小さな棘が刺さる。
(……でも、この距離感、悪くない)
リュナはふと、そう感じていた。
(最初はぎこちなかった。だけど——)
「次の区画、前方に魔力の揺れ。三体、反応」
カーラの声。
「引く?」
リュナは即座に首を横に振った。
「いいえ。行く。ここで止まったら、また“戻される”気がするから」
誰も、否とは言わなかった。
ミランダがふと、小さく言った。
「……そっちも色々事情がありそうね。無理はしないで。信頼は戦場で作ればいい」
フィオナは少しだけミランダを見て、視線を逸らした。
(……信頼。ほんとに、それが築けるのなら……)
心の奥で、長く冷えていた部分が、わずかにきしむように揺れた。
リュナもまた、その言葉に胸の奥がかすかに揺れた。
五人の歩みは、再び音を立てて迷宮の奥へと続いていった。
◆
次の区画に踏み込んだ瞬間、空気の質が変わった。
「やっぱり……また、効かないタイプ……」
フィオナの声に、緊張が走る。
現れたのは、岩のような肌を持つゴーレムが三体。
リュナの光刃も、フィオナの炎も、表層をかすめるだけで効果が薄い。
「土の防御特化型……弱点がわかんないと、これは厄介だよ」
サーシャが唸る。
ミランダが前に出て、剣の柄を握り直す。
「なら、叩き割るだけよ」
彼女の一撃が、ゴーレムの腕を粉砕する。
カーラの矢が関節を狙って正確に穿ち、リュナが回り込みながら弱点を探る。
「——胸の中心。魔核がある!」
リュナの叫びに応じて、全員が集中攻撃。
補助魔法で力を高めたサーシャの一撃が、ついに魔核を叩き割る。
三体のゴーレムは崩れ落ち、ようやく静寂が戻った。
「……第二階層の、この奥でこれって……」
「ボスが近い」
カーラが断言する。
「この手の配置は、だいたい“門番”だ」
「……今の装備じゃ、消耗が激しすぎる」
リュナは剣を見下ろし、汗を拭った。
ミランダも軽く頷く。
「装備の調整と、戦術の見直しが必要ね」
「じゃあ、いったん戻ろっか。食料も底をつきかけてるし」
フィオナは黙って、うなずいた。
「一歩引いて、また前に進む。……それも選択だな」
カーラが最後に言い、全員が頷いた。
こうして、五人は第二階層の最奥を目前にして、いったん街への帰還を決めた。
——だが、その背後には、すでに何かの気配が忍び寄っていた。
光と影の間で揺れ続ける三人。
その焔を見定めようとする、二つの冷ややかな眼差しが——今日から彼女たちに注がれていた。
キャラ紹介
◆ カーラ
種族:人間 / 性別:女 / 年齢:30代後半 / 職業:弓使い
“鷹目のカーラ”の異名を持つ、ギルド側から派遣されたベテラン観察者のひとり。
魔族に両親を殺された過去を持つが、冷静で戦術眼に優れる。
だが、単なる監視者ではなく、三人組の「異端の可能性」を信じる心も秘めている。
◆ ミランダ
種族:人間 / 性別:女 / 年齢:20代後半 / 職業:剣士(近接前衛)
ギルド所属の前衛専門の女剣士。カーラと共に三人組のパーティに加わる。
物静かだが、観察眼が鋭く、言葉よりも行動で信頼を築こうとするタイプ。
「信頼は戦場で作ればいい」という信条の持ち主で、リュナたちにも一切の偏見を見せない。




