表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

第1章 迷宮の門の前で

迷宮都市カルツァレアの朝は、いつだって落ち着きがない。


冒険者たちの怒声と、行商の叫びと、スリの足音と。

命がけで生きる者たちが、今日も迷宮の前に群れている。


リュナは、そんな喧騒の中を無言で進んでいた。


背後には、まだぎこちない足取りでついてくる2人の少女。

ひとりは大柄な剣士の少女、もうひとりはフードを目深に被った杖使い。


三人が肩を並べるようになって、まだ三日。

共に暮らしているというには微妙な距離感で、ただ“離れていない”だけだった。


 


ギルド本部は、中央広場に面した円形建築。

重たい扉を押し開けると、木製の受付カウンターが半円に並ぶ中央ホールが広がっていた。


リュナが無言でカウンターの前に立つと、女性の受付嬢が顔を上げた。


「新規登録、ですか?」


「ええ。三人で、パーティー登録を」


「かしこまりました。では、順に自己紹介をお願いします。記録用紙に記載しますので」


リュナは一歩前に出る。


「リュナ。エルフのはずだけど、まあ見ての通りよ。

剣と魔法。ひとりで生きてきたけど、少し……方針を変えてみることにした」


受付嬢が少し驚いた顔をするが、特に何も言わず、書き記す。


「では、次の方」


少し間を置いて、背の高い少女が前へ出た。

落ち着かない手の動きと、ぎこちない笑み。声も小さく震えていた。


「サーシャ、です。スキルは……ありません。

でも、訓練だけはずっと続けてて……この大きい体だけでも、せめて“壁”にはなれたらって……

せめて皆の壁くらいにはなれれば、と思ってます……」


受付嬢はペンを止め、ちらりと彼女の体格を見上げた。

やや意外そうな顔のまま、何も言わず記録を続けた。


 


最後に、フードの少女が一歩前に出る。


「……フィオナ。杖使い。魔法は……ひととおり」


その声は低く、ぎりぎり聞こえる程度だった。


受付嬢は筆を走らせかけて、一瞬だけ目を上げる。

その目線が、フィオナのフードの奥へと向けられた。

角があることに気づいたのだろう。


フィオナの指先が、わずかに震えた。


けれど、受付嬢は何も言わず、静かに書き終えた。


「仮登録、完了しました。《評価未定・要観察》の仮パーティー扱いになります。

等級Dからの依頼を受けられます」


 


彼女は数枚の依頼書を広げ、その中の一枚を指先で押し出す。


「駆け出しの冒険者には、こちら。

《第1層・地図作成》。危険度は低めですが、徒歩探索が基本。

戦利品は期待できませんが、実績にはなりますよ」


リュナは無言でその羊皮紙を取った。

だがその手元に、隣のフィオナの視線が一瞬止まるのが見えた。

フィオナの手が、ほんのわずかに止まりかけ——次の瞬間には無表情に戻る。


(……何か、ある?)


だがリュナは、それ以上は何も聞かなかった。


「……いいわ。まずは信用を積む。文句ある?」


「ありません……」「……ない」


2人の返事を確認し、リュナは受付嬢から書類を受け取った。


「じゃ、正午集合。準備が遅れたら、置いてくから」


3人がギルドを後にしたとき、受付嬢はちらりとその背を見送った。


——まるで、何かに追われるように、もしくは、何かに引き寄せられるように。


 


始まりはただ、白紙の地図を埋めるだけの依頼だった。

けれどその余白には、誰も触れてはならない“何か”が、

深く、深く、封じられていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ