第15章 監視下の歩み
迷宮都市、第二区画にある探索者ギルド本部。
石造りの建物の奥、作戦室には重苦しい空気が漂っていた。
「——それで、例の三人組は……」
ギルドマスターのグレイは、静かに報告書を置いた。
分厚い手帳には、簡潔な筆跡で任務の記録が綴られている。
受付嬢のミリアが、指先で紙をたたいた。
「三日前、第三層のコボルトキング討伐。成功です」
「三人だけでか?」
「はい。パーティ編成は、すべて同じ三人です」
グレイは顎を撫でる。
「……あれは、通常六人は必要な相手だ。しかも、護衛つきが推奨される」
「彼女たちは前衛のサーシャさん、後衛支援のフィオナさん、そして中衛兼斥候のリュナさん。この分担で、一応の戦術構成も取れています」
「戦術云々の前に、人となりだ」
低く唸るような声が響いた。
部屋の隅に立っていた女、狩猟弓を背負ったベテラン——“鷹目のカーラ”である。
「黒い肌のエルフに、額に角のある魔族の少女、スキルなしの大女。揃いも揃って、普通じゃない」
グレイは苦笑した。
「見た目だけなら、他にも珍妙な奴はいる。問題は、“何が起きるかわからない”ことだ」
「先月、似たような構成の新人が魔力暴走を起こした。地下で灯りが消えて、五人が気絶した騒ぎ、覚えてますか」
ミリアが眉をひそめた。
「あれは確か、魔力測定で規格値を二段階超えてたって……」
カーラが頷く。
「この三人のうち少なくとも一人、いや、二人がそれに近い異常値を持っている。制御されているうちは問題ないが……暴走すれば、迷宮ごと崩れる」
ミリアは口を開く。
「……でも、彼女たちが自分の力を乱したところは見ていません。それに前の暴走者は登録拒否してたのに、今回はちゃんと受け入れた」
「それはお前が好意的だからだ」
「違います」ミリアはまっすぐに言い返す。 「フィオナさん、登録初日、指が震えてたんです。魔力の潜在能力は測定不能だった。でも、本人が“魔法を見せたくない”って、怖がっていた。……怖がらせたい子じゃない。怖がられてきた子です」
沈黙が落ちた。
グレイは、その言葉を胸に残して椅子から立ち上がった。
「なら、見極めろ。強さだけじゃない。何のために剣を振るうのか。何を、守ろうとしているのか」
「もう一人、近接戦型の剣士ミランダも同行させる。カーラ、お前と彼女で目を光らせておけ」
カーラは静かに頷いた。
「魔族なんて、信じられる気がしないけど...“異端”は、時に奇跡にもなる...か。その可能性、見極めさせてもらうわ」
こうして、ギルドによる“観察者”たちは、静かに送り込まれることになった。
***
翌朝、迷宮区の石段下。
準備を終えたサーシャたち三人の前に、二人の冒険者が歩いてきた。
年季の入った弓使いカーラと、鋭い眼光の女剣士ミランダ——リュナと同じくらいの背丈で、引き締まった体格。
「お前たちのパーティに加わるように言われてる。ギルド所属のカーラと、こっちはミランダだ」
「……二人も?」
サーシャが警戒を隠さず口にする。その巨躯が二人の女性冒険者の前に立つと、改めて“規格外”であることが際立った。
ミランダは彼女を見上げて、思わず目を細めた。
「……なるほど、そりゃ前衛一人でも通用するわけね」
リュナが一歩踏み出す。
「パーティ強化? それとも監視?」
カーラは肩をすくめる。
「どっちも、だな。階層が深くなる。今のうちに形を整える」
ミランダは短く頷いた。 「私はミランダ。近接剣士。壁にも斬撃にも対応できる。よろしくね。こっちは、剣で語る方が得意だから」」
リュナはその言い方に、やや驚きを覚えた。堂々とした言葉に、虚勢も誇張もない。ただし、柔らかさもなかった。
「……フィオナです。魔法使い。足は引っ張りません」
フィオナは名乗るが、その声はどこかこわばっていた。
(また、“監視”されるのかもしれない)
かつての施設での記憶が、一瞬よぎる。
「リュナ。中衛。判断と指示は任されてるけど……今回はこっちも様子を見させてもらうわ(……誰かが踏み込んでくるたびに、また一歩、距離を測らなきゃいけない)」
「サーシャ。盾役。……でも、体がでかすぎてよく誤解される(仲間が増えるのは悪くない……けど、見張られるのはやっぱり慣れないな)」
彼女は苦笑しながらミランダを見下ろした。
カーラはその様子を静かに見ていた。
(この三人、確かに未熟だ。けれど——この“目”は知ってる。命を燃やす者の目だ)
「まずは一度、実戦に行こう。言葉より、動きで示してもらう」
その朝、仮初めの五人パーティが結成された。
光と影の両端で揺れる三人。
それを見つめる、二つの眼。
静かな始まりの中に、確かに何かが動き始めていた。