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紅いリンゴ

作者: 岩波兎部りん

雨の日の放課後のこと、商店街を紅い傘をさした少女が一人歩いていた。

 歩くたびにパチャリパチャリと音を立てる水溜りに映る空はまるで少女の気持ちをそのままうつしているかのように灰色だった。

 昼が過ぎてから降り始めた雨も今は本降り。晴れていればそこそこ人がいて、そこそこ賑わう商店街もこの雨では閑古鳥が鳴いている。

 

 少女は諸事情あって学校にはもう行きたくないと思っていた。家にも帰りたくない。そんな少女は、周りに誰もいないその商店街が嬉しかった。

 

 商店街の中央、電気屋と駄菓子屋の間には東屋がある。よくある形の屋根の下にベンチとテーブルが置いてあるだけの場所。晴れていれば、日中は近所のご老人たちが集まり、放課後には駄菓子屋に来た小学生達の遊び場になる。

 少女は誰もいない東屋に入りベンチに座る。屋根があるだけでまるで外とは別世界のように感じた。 傘をさしていても、足元は少し濡れてしまう。周りをキョロキョロと見回して、誰もいないのを確認してから少女は履いていたタイツを脱いだ。

 

 すぐにカバンの中に入れ何事もなかったような顔をしながら再度周りを見る。誰もいないのを確かめてから「フゥ」と息を吐いた。

 履いていた靴をテーブルの脚に立て掛けておき、裸足をパタパタと動かす。雨は止む気配を微塵も見せずにザァと降り続いた。

 

 ふらりふらりと少女は目を流していたら、向こうの八百屋になにか紅いまあるいものを見つけた。少女が、んっ、と目を細めてよく見てみると、紅いリンゴが一つ置かれていた。

 少女は少し考えたが、裸足のままバシャバシャと水溜りを走り八百屋の屋根の下に入った。りんごを見ると、風が吹いたときにあたったのか、少しぬれていたが、ツヤツヤと光り輝いていた。

「こんにちは」

少女はりんごに言った。「こんにちは」と話してくれそうなくらいに見えるりんごだったが、やはり返事はなく。周りには果物や野菜が何個も並べられていたが、このリンゴだけ一つで置かれていた。「すいません。このリンゴください」

少女は店の奥に向かって少し大きめの声で言った。少し待ってると、背の小さいお婆さんがでてきて、お会計をしてくれた。

 少女はRPGゲームでクエストをクリアしたかのように、紅いリンゴを手に持ち、クルクルと雨の中を回りながらあるいた。

 

 東屋の屋根の下で、テーブルに置いたリンゴを見ながら少女は座る

「さぁ、この美しいリンゴをどうしてくれようか」

 少女は外を見る。屋根の外では、まだザァと雨が降り、暗い曇り空にはやもうとする気は全くなかった。これから、帰ろうという気は少女にはなく、商店街の通りとは反対側を見た。東屋を奥に抜けると階段がある。

 その階段を少し見つめて、少女はリンゴを手に取り立ち上がった。シャラリとリンゴを一口齧ってから少女は傘もささずに階段を上り始めた。

 

 雨が降っているとはいえ、放課後はまだ明るい。少女の生まれるずっと前からそこにあったのであろう階段は、少しの影を見せながら、一歩歩くごとにふにゅふにゅと苔の感触をさせる。その中をテンテンテンと少女はリズムよく登っていく。雨水がサラサラと階段を流れていく様子は少女を高鳴らせた。

 どれくらい登ったのか、少女の目の前は少しひらけた。申し訳程度に二基のベンチが置かれている。展望台となっているであろうその場所からは雨雲に覆われて、遠くまでは見えず、崖になっている下からはビュウと風の音が止まない。

 少女はベンチに座り、リンゴを両手で顔の前に持ってきた。

「あなたはどうして私をここに連れてきたの?」話しかけても当たり前にリンゴは喋らない。

少女は立ち上がり、嬉しそうにクルクルと回りながら、崖の前に立った。

 ふぅ、と息をつくと少女はリンゴを崖へと投げた。

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