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エミリアと義弟たち

マティアスがオルティス領に行っていた6日間にあった出来事です。

 ジェリーの勉強がちょうど区切りの良いところまで進んだ。時計を見ると、長針がぴったり予定の終了時刻を指している。


「この問題が解けるなんてすごいわ。よく頑張ったわね! 今日はここまでにしましょう」

「じゃあ、明日はここからだね! 楽しみ~!」


 ジェリーは私の言葉を聞くと、目を合わせてにっこりと微笑み、指をさしたページにしおりを挟んで教科書を閉じた。


 なんて可愛らしい子なのだろうか。頑張る意欲も十分だし、教えがいもひとしおだ。

 そんなジェリーに内心ほっこりしていると、部屋のドアをコンコンとノックする音が耳に届いた。


 ――ジェロームかしら?


「どうぞ」


 扉の向こうの人物に入室許可を出す。すると、ガチャリと扉が開き、その向こうからは想像していたジェロームではなく、イーサン様が姿を現した。


「イーサンお兄様!」


 ジェリーはイーサン様を目にするなり、椅子からぴょこんと降りて駆け出した。

 そんなジェリーを、イーサン様は手慣れた様子で受け止めて、そのまま抱き上げた。そして、私にニコリと軽く微笑みながら口を開いた。


「そろそろ勉強が終わる時間って聞いて来てみたんだ。ちょうど終わってたみたいで良かった」


 勉強を見に来たわけじゃないなら、どうしてこのタイミングで来たのだろうか。

 ますます疑問に思いながら、イーサン様を見つめると、彼は再びジェリーに視線を戻して続けた。


「さっき、厩舎に寄ったときに聞いたんだけど、隣の犬舎で子犬が産まれたらしいんだ。俺たちが接触しても問題ない時期になったらしい。今から一緒に見に行ってみないか?」

「子犬っ……?」


 ジェリーはそう呟くと、振り返り私をジッと見つめてきた。

 その視線を受け、ジェリーの気持ちを察した私は、後押しのつもりで言葉を返した。


「いってらっしゃい、ジェリー。きっとかわいい子たちが見られるわよ」


 そう言って、微笑みかける。途端に、ジェリーを抱き上げていたイーサン様が「えっ!」と驚いた声をあげた。


 そんな反応をするほど、私は何かおかしなことを言っただろうか。訳が分からず首を傾げると、イーサン様はそんな私に驚きを隠さぬ表情のまま言葉を続けた。


「エミリアさんもだよ?」

「え? 私もって……一緒に行っていいんですか?」

「いいも何も、逆にどうしてダメなの? エミリアさんも良ければ一緒に行こうよ」


 イーサン様は私にそう言って笑いかけると、彼の腕の中にいるジェリーも破顔して、キラキラと輝く期待の眼差しで見つめてきた。

 そんな目で見られて断れるわけもないし、特に断る理由もない。変に遠慮する必要もないだろう……多分。


「では……私もご一緒させていただきます」


 私がそう答えると、2人は目を見合わせてふふっと笑った。

 それから、私たちはイーサン様の腕から降りたジェリーの先導について行き、犬舎を目指したのだった。



 ◇◇◇



 犬舎に行くには邸宅の外に出る必要があり、私たちは徒歩で移動していた。

 すると移動を開始してから間もなく、隣に並ぶイーサン様が事あるごとに何かと声をかけてくるようになった。


「エミリアさん、ここ段差になっているから気を付けてね」

「今日は日差しが強いからこっちの影の方を歩く?」

「思ったより風が強かったね。上着を持ってこようか?」


 ――ビオラにとって、アイザックお兄様ってこんな感じなのかしら?


 なんて思いながら、しばらくは大丈夫だと返していた。

 だけど、ビオラにとっては当たり前の気遣いかもしれないが、私はこんな過度なエスコートに慣れていない。


 ――ここまで心配されたら、さすがに気まずいわ……。


「あの、イーサン様。そこまでお気遣いいただかなくても大丈夫ですよ」

「あっ……。ずっと軍営にいたから、変に気を遣い過ぎたみたいだ。ごめんね」

「気遣いのお心は嬉しいですよ。ありがとうございます」


 私がそう言って笑いかけると、イーサン様は目を真ん丸にしながらも笑ってくれた。

 そのときだった。


「うわっ!」


 前方を歩いていたジェリーが草むらから飛び出たリスに驚き、声を上げて転びそうな姿が見えた。


 ――危ない!


 そう思った瞬間、頭よりも先に私の足は動き始めていた。

 慌ててジェリーに向かって駆け出す。

 そして、私はジェリーが地面に尻もちを突く寸でのところで、ジェリーを後ろから抱き留めた。


「ジェリー、大丈夫? 痛いところはない?」

「う、うん……平気だよ。リア、ありがとう。リスが出てきて、びっくりしちゃった」

「無事なら良かったわ。あら、もう犬舎が見えてきたわね。そこまでは手を繋いで行きましょうか」

「うん! リアがいると安心だもんね!」


 元気よく返事をするジェリーは、ニコッと笑って私の手を取った。そして、私たちは目前の犬舎に向かって歩みを進めた。


 そんな私は、後ろから私たちを見つめるイーサン様の思いなんて、到底知る由もなかった。



 ◇◇◇



「うわぁ! かわいい~!!」

「本当にかわいいわね!」


 犬舎に到着し、係の使用人に案内されたその先には、生まれてから少し成長している、まるでぬいぐるみのような子犬たちが5匹いた。

 サークルの中で楽しそうにじゃれ合う子や、夢の世界に入っている子、私たちに興味深々な子など、自由奔放に過ごす5匹のその姿は悶絶級のかわいさだ。


 イーサン様もそう思ったに違いない。彼は子犬を1匹抱き上げると、その子の身体に頬をすりすりと擦り付けながら愛で始めた。

 軍人である彼の普段とは違った少しあどけないその姿に、私は思わずクスリと笑みを零した。


 ――私も撫でてみよう!


 一番近くにいた、小さくて大人しい子をそっと撫でてみる。

 すると、その子犬は途端にグルンと天を向いて、無防備なお腹を曝け出した。


 ――なんて愛らしい子なの……!


 まるで甘えるように身をよじりながらお腹を見せるその子に、私の口元は勝手に緩んでしまう。そして、張り詰めた糸を久しぶりに緩め、私は存分に子犬たちを愛でた。


「あなた、本当に甘えん坊ね。ふふっ、いいわよ。たくさん撫でてあげる」


 そう声をかけて撫でると、子犬はうっとりとした表情のまま舌を出し、そのまま眠ってしまった。その様子が面白かったのだろう。隣でやんちゃな子犬と戯れていたイーサン様が、その子犬を見て小さな笑い声をあげた。


「エミリアさんは魔法使いだったかな? こんなに一瞬で子犬を眠らせるなんて。ふふっ」

「魔法使いではないですが、何となくコツが掴めたような気がします! この子はここを撫でられるのが気持ちいいみたいです」


 イーサン様にも教えてあげようと、実際に撫でて見せる。

 すると、イーサン様は「本当だね」と言って笑みを深めると、少し声を低めて言葉を続けた。


「これで……少しはエミリアさんの気持ちを軽くできたかな?」

「えっ?」

「今は兄上がいないし、せめて気持ちを晴らせたらって思ったんだ。……兄弟みんな不甲斐なくてごめんね」


 口角は上がっているものの、笑っているわけでは無い悲しそうなイーサン様。その表情の裏に、彼の心の葛藤を垣間見たような気がして、私は彼に率直な思いを伝えることにした。


「イーサン様やジェリーにはとても助けられています。今日もこうして誘ってくださりありがとうございます。おかげで癒されていますよ」


 マティアス様はともかく、イーサン様は最初から優しく接してくれた。今もこうして気遣ってくれている。そんな人に、不満なんてあるわけがなかった。


 いくら兄弟とはいえ、マティアス様はマティアス様。イーサン様はイーサン様だ。


 少しでもその思いが伝わればと、イーサン様にそっと笑いかける。すると、彼は私の表情に気付き、まだ悲しさは滲むものの温かい微笑みを返してくれた。


「ねえ、2人とも何の話をしてるの?」


 急に静かになったから気になったのだろう。子犬に塗れ戯れていたはずのジェリーが、急に私たちを見つめて訊ねてきた。

 すると、その疑問に動揺一つ見せずイーサン様が答えた。


「子犬がかわいいねって話してたんだよ」

「ふ、ふーん」


 何か違和感がある。普段のジェリーだったら、こんな返し方なんてしないのに。


 ――私と実のお兄様相手では、やっぱり何か違うのかしら?


 だとしても、何かいつもと違う。そう思いながらジェリーを見つめていると、徐々に彼はモジモジとした素振りを見せ始めた。かと思えば、とても小さく口を開いて呟いた。


「僕も――よ」


 ――え?


 何と言ったかよく聞き取れず、イーサン様と目を合わせて2人で疑問符を浮かべる。

 すると、そんな私たちに見かねた様子で、ジェリーが先ほどよりも少し大きな声で言った。


「僕も……かわいいと思うよ」


 ――ジェリーも子犬を可愛いと思っている表明かしら?

 でも、あの表情はそう物語っているわけではなさそう。

 ということは、つまり……。


 私はジェリーの本意に気付き、なんて子どもらしくてかわいいのだろうと頬を緩ませた。


「ふふっ、当り前じゃない。ジェリーはいつも可愛いわよ」

「ほんと……?」

「ええ、もちろん。ですよね、イーサン様?」

「エミリアさんの言う通りだ。そう言っちゃうところが既にかわいいよ、ジェラルド」


 面倒見の良い兄だからこそ、ジェリーが子犬にわずかに嫉妬していることに気付いたのだろう。イーサン様は頬を赤らめるジェリーの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 ジェリーはそんなイーサン様に「やめてよ~」と言っているが、その小さな唇は大きな弧を描いている。


 その後、イーサン様に撫でられ終わったジェリーは、子犬に飛びかかられ「うわぁ!」と驚きながらも再び戯れ始めた。そのジェリーを見て、イーサン様が微笑ましげに目を細めた。


 ――こんな日常が、これからもずっと続けばいいのに……。


 そう願いながら、私は笑顔を浮かべる2人とともに、久しぶりに心温まる時間を過ごしたのだった。

お読みくださりありがとうございます!


久々にマティアス以外のキャラクターの話も書きたくなってしまい、このお話を書きました。

次話の1話分だけ別の話を挟み、その後マティアス編を進めていく予定です。

マティアス編の間隔が空いてしまい申し訳ないのですが、こちらも楽しんでいただけると嬉しいです。


また、これから番外編で続き物を書く場合は章分けしますので、そちらを参考にお好きな話を選んでいただけますと幸いです。(分かりづらい場合、教えていただけますと、とっても助かります!!)

どうぞよろしくお願いいたします!

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