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4話 見解の違い

 夕食の時間になり、俺は目の前の光景に絶句していた。


 ――本当に、この男はあのエメリッヒ・グロチェスターなのか?


 陶器で作られた人形のような顔立ちの血も涙もない男が、人間らしい笑みを浮かべている。

 ここに来てから初めて見るその表情に、思わず自身の目を疑ってしまう。

 

 笑いかける相手が、軍指揮官の妻であったとしてもだ。


「ところで、エメリー様」

「どうした、リーゼ」

「今日はマティアス卿も一緒なのですよ。私の事は良いですから、マティアス卿ときちんとお話しなさってください」


 夫人のその言葉を受けるなり、軍指揮官は眉間に皺を寄せる。

 だが、夫人はまったく気にする様子もなく続けた。


「言葉にしなければ分からないこともあります。あなたの当たり前が、当たり前でない方もたくさんいらっしゃるのですよ」


 何となく俺の心にも流れ弾のようにその言葉が刺さる。

 夫人の言葉は軍指揮官にも効いたようで、彼は苦虫を潰したような表情で言った。


「時間の無駄だ。何を話せと?」


 いかに俺と話したくないかがありありと伝わるその言いざまに、思わずカチンと苛立つ。


 ――出て行ってやろうか。


 そう思った矢先、夫人が呆れた様子で口を開いた。


「そうやってあなたが説明もせず突き放すから、軋轢が生まれているのよ? いいから話して、気になることは今ここですべて聞いてください。一度くらい対話をしないと」


 軍指揮官は夫人にせっつかれると、ようやく仕方なさそうにこちらに視線を向けた。そして、底冷えしそうなほど冷たい表情で訊ねてきた。


「なぜ、エミリア夫人に不当な扱いを?」

「っ……!」


 何でもかかってこいと思っていたが、予想外の質問すぎて言葉が喉につっかえる。

 俺は一度咳払いをして、手短に返答した。


「そりゃあ、望んでない結婚だったから……」

「彼女は望んでいたとでも?」


 すかさず返して来た軍指揮官に、俺は慌てて言葉を返した。


「今は彼女も望んでいたわけでは無いと分かっておりますっ……」


 あれだけのことがあったのだ。さすがに、それが分からないほど馬鹿じゃない。

 そう思って軍指揮官を見つめるも、彼の目はなお冷ややかなままだった。


「きっとマティアス卿はまだ理解しきっていないだろう。世の令嬢たちが、どれだけ辺境に嫁ぎたくないかを」

「はい?」


 勝手に分かっていないと決めつけられて、心の中の怒りが一気に増幅する。

 しかし、軍指揮官は俺の反応を気にする素振りすら見せず、淡々と続けた。


「形だけの辺境伯であれば、権力もあり引く手数多かもしれない。しかし、私たちは違うだろう。ご令嬢は普通、臨戦状態の辺境伯家に嫁ぎたくはない。戦いが始まっていればなおの事だ」


 軍指揮官はそこまで言うと、夫人に視線を向けた。


「そんな中、リーゼは私に嫁いできてくれた。これは奇跡だ。生半可な覚悟では無かっただろう」


 軍指揮官の冷めた眼差しに、途端に尊敬の念が籠るのが分かった。

 

 その様子になぜか俺の心臓はドクリと震える。

 間もなく、軍指揮官は再び俺に視線を戻すと言葉を紡いだ。


「こんな彼女に対して、心から愛し感謝こそすれ、不当に扱うなど私からしたら到底理解できるものではない」

「それは嫁いできたのが夫人だったからでは?」

「確かにそれは否定しない。幸いにも、彼女は聡明な女性だったからな」


 軍指揮官をそう口にすると、慈愛の眼差しを夫人に向ける。

 すると、夫人が真剣な表情で俺に向かって喋りかけてきた。


「夫はこう言っていますが、本心ではなかなかそう思えない男性もいらっしゃるでしょうね」


 理解者が現れたような気分で夫人に顔を向ける。

 俺と目が合った夫人は、口元に微笑を湛えて続きを口にした。


「ただ……私の結婚は勝手に父が決めたものだったんですよ。初めて顔を合わせたのも、結婚式当日です」

「それを……受け入れたのですかっ?」


 まさかの話しに驚愕しながら尋ねると、それはあっけらかんとした様子で夫人が答える。


「ええ、貴族女性の義務ですから。それに、当主である父親が決めたことに令嬢は逆らえませんもの」


 まるで貴婦人の見本のような笑みを浮かべる夫人と、口にした言葉があまりにも乖離しているようで、脳内に混乱の渦が巻く。だが、俺は何とか平静を装って指揮官にも訊ねた。


「軍指揮官も受け入れたのですか?」

「ああ、跡継ぎとして当然の義務だからな」


 当たり前だとでもいうように堂々と返された答えに、思わず眩暈がしそうになる。


 ――こいつら、自分で考える思考が停止しているのか?


 そう思ったと同時、俺の口からは勝手に言葉が発されていた。


「自分たちの意志はないのですか?」


 遠慮など無い俺の問いかけに、軍指揮官の表情が一気に険しくなる。

 だが、彼は表情とは裏腹の極めて冷静な声音で答えた。


「辺境を守るために私は前線に立つ。その間、私の代わりに領主を守る女主人は非常に重要な存在だ。いるだけで、周りの安心感が違う。だから結婚に迷いはなかった。意志が無いわけでは無い。むしろ意志があるからこその結婚だ」


 軍指揮官のその答えに、続けて夫人も口を開く。


「令嬢として生まれては、できることに制限があります。それでしたら、私はその制限の中でも、国を守っている方を支えられるような存在になりたいと思ったのです」


 夫人がそう告げると、軍指揮官がバッと夫人に顔を向ける。そして、別人のように柔らかい笑みを浮かべて、夫人に「愛してるよ」と背筋が凍り付きそうな言葉をかけた。


 だが、今の俺はそんなことを気にするどころではなかった。ふたりは自分なりの意志の下に、理不尽な結婚を呑んだことが分かったからだ。


 ――まるで、これじゃああの時の俺は、ただただ駄々を捏ねていた子どもみたいじゃないかっ……。


 あまりに決まりが悪すぎる状況に、つい口を噤んでしまう。

 すると、そんな俺に追い打ちをかけるような言葉を夫人が紡いだ。


「いつもはビオラ嬢ばかりが目立つけれど、エミリア嬢もかなりお顔立ちがよろしいでしょう? 当然人によりますが、それだけでも十分だという方もいらっしゃるのですよ。ですが、エミ――」

「顔がどれだけ良くても、他がダメなら意味がないでしょう」


 つい夫人が何かを言い切る前に、言葉を遮って反論してしまった。

 確かに客観的に見ると、エミリアはかなりの美貌の持ち主だ。

 しかし、この世には顔よりももっと大事なことがあるのだ。

 少なくとも、エミリアを知ろうともしなかったあの時点の俺は、その正義を元に行動していた。


 だからこそ、顔だけで物事を考えるような奴らと同列にされたようで、心に怒りが募る。

 折しも、軍指揮官が夫人を制し口を開いた。


「それはその通りだろう。しかし、彼女は領地経営の手腕も卓越した才色兼備だった。それなのに不満があったと?」


 軍指揮官の言葉通り、エミリアは顔が良いだけではない。彼女がやってきてから、彼女の手腕によりヴァンロージアが飛躍的に発展したのは明白な事実だった。


 そこを突かれると、正直ぐうの音も出ない。


 ――だがっ……。


 いくら政略結婚だったとしても、今は愛し合う夫婦になっている。そんな幸せそうな軍指揮官たちを見ていると、つい本音が口を衝いて出た。


「他の想い人がいる状況でも、あなたはそう仰ることができますか?」

お読みくださりありがとうございます。

ついに誓略結婚のWEBTOON連載が始まりました(*´▽`*)

皆さまの応援のおかげです! 誠にありがとうございます!

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