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2話 難攻不落

 どうしてこうなったのか。



 一時間ほど前にぶつけられた言葉が、今も頭の中でグルグルと流れている。

 割り当てられた自室に戻ってもなお、俺にはあんなことを言われた理由に甚だ見当がつかなかった。



「認めないだなんて意味が分からないっ……」



 聞く耳一つ持たなかった、あの恐ろしいほどの美を湛えた男の相貌を思い出し、忌々しい気持ちで呟く。

 形式上は王命と言う形でここに来た。

 それなのに、まさか副指揮官として受け入れられないとは考えてもみなかったのだ。



「だが……ずっとこのままと言うわけにもいかないだろう」



 認められないからと、それを「はい、そうですか」と受け入れるわけにはいかない。

 どうにかして、この状況を打開しなければならないことだけは明白だった。



「出鼻をくじかれたな」



 呟きながら、ふと部屋の床に積み上がった荷物に目をやる。いつまでになるかは分からないが、少なくともしばらくの間はここが俺の拠点になるのだ。



 それなのに、いきなり躓いてなんていられない。俺は何としてでも、ここで成果をあげねばならない。

 そのためには、やはり軍指揮官であるエメリッヒ・グロチェスター。あの男に何としてでも、俺が副指揮官であることを認めさせなければならないのだ。



「明日、仕切り直すか」



 とりあえず、今日は荷物の整理をして、明日万全の状態で再び軍指揮官の元へ赴こう。

 そうと決めた俺は荷物を整理しながら、あの頭の固い男の攻略法について戦略を練り続けた。

 だが、その俺の戦略は次の日も、またその次の日も、何日経ってもことごとく失敗に終わった。



「クソ! どうしてだっ……!」



 俺は部屋に戻り、苛立ちのあまり己の拳を壁にぶつけた。



 あの男を攻略するためには、仕事ができる姿を見せるべきだと思った。有能であることを証明することによって、副指揮官の器として認められると思ったのだ。



 そのため、俺は副指揮官ではなく一軍人として、下位である兵士たちの仕事に率先して取り組んだ。

 その現場に軍指揮官は来ないだろうが、下位の者ほど上位の者が来たら噂を広めるため、すぐに軍指揮官の耳に俺の働きが届くだろうと考えてのことだった。



 すると、予想外なことに、やつは兵士たちがいる現場に直接顔を出しにきた。

 それに対し、他の兵士はこれが当たり前であるとでもいうように、一切驚くこともなく平然と軍指揮官に挨拶を始めた。

 その様子を見て、俺もここぞとばかりに軍指揮官に挨拶の声をかけた。

 だが、あいつは他の兵士は一人ずつ挨拶を返したり、目を配ったりしていたというのに、俺のことだけはまるでその場に存在していないかのようにスルーして、そのまま現場から去って行ったのだ。



 思わず、苛立ちが募った。いくら認めていないとはいえ、挨拶に応えることすらしないのかと。

 だが、俺が何も言い返さずに他の兵士たちと作業をしている姿を見せれば、せめてあの指揮官でも俺の存在くらいは認めるだろうと考え、抗議は踏みとどまった。口よりも、行動で示してやろうと思ったのだ。



 だが、虚しくもあの男はそれでもなお俺の存在を無視し続けた。

 そうして気付けば、俺がここに来た日から10日以上が経過していた。



 もう我慢の限界だった。

 ここに来て会ったときが初対面だというのに、ここまでされるいわれはないだろうと。

 だから、俺はやるべき仕事を終えた後、軍指揮官に直談判するためやつの部屋に押しかけることにした。



「軍指揮官。どうして私のことを認めてくださらないのですか」

「……」

「あなたは認めないと仰いますが、私はこの地で副指揮官になれという王命のもと、ここにやって来たのです」

「……」



 俺がどれだけ話しかけても、目の前の男は書類から一切目を離すことはない。

 憎らしいほど端整な顔を微動だにせず、喋っている俺には見向きもせずに、手に持つ紙へとその意識を全集中させていた。



「っ……口があるのです。返事くらい返してはどうですか」



 あまりに馬鹿にされている。それなら、こちらも気遣いなど無用だろうと強い言葉をぶつけた。

 すると、ようやくやつはこちらに書類から顔を上げた。かと思えば、スクっと立ち上がりこちらへと歩み寄ってきた。



――やっと聞く耳を持つ気になったかっ!



「軍司令官。いくら何でも、あなたの対応は――」

「マティアス卿」



 やつは目の前までやって来ると、言葉を遮るように俺の名前を呼んで、身長差だけとは思えないほど見下げるような視線をこちらに向けた。

 そして、冷たく呆れを孕んだ声音で続けた。



「騒がしい、邪魔だ」



 そう言うと、やつは扉を開けて俺に出て行くよう促した。

 その瞬間、俺の身体を屈辱と侮辱の情念が駆け巡った。



――なぜ俺がここまでの扱いを受けねばならないんだっ……!



 スンと澄ましたその顔を見るだけで、頭が沸騰しそうな程の怒りが湧く。だが、ここでこれ以上問題を起こすわけにはいかない。

 引き下がっていると勘違いされるのかと思えば癪に障るが、ここは一旦戦略的離脱を選ぶことにし、俺は自室に戻ってもどかしい苛立ちを噴火させた。



 壁を殴った手に、熱を持ちジンジンとした痛みが走る。だが気にすることなく、このむしゃくしゃとした気持ちをぶつけようと、再び壁に拳を振るおうとした。

 しかし、拳が壁にぶつかることは無かった。



『物にあたるなど、二流どころか三流以下だな』



 あの男が言いそうなことを脳が勝手に判断したのだろうか。頭にそんな声が流れてきたのだ。



「エメリッヒ・グロチェスター。何が何でも、絶対にあの男を認めさせてやる。いつか後悔させてやるからなっ……」



 そう独り言ち、俺は憎たらしいあの男を見返してやると決意を固めた。

 そして、再び新たな戦略を練ったのだった。



 だが、その日から数日が経過しても俺の状況が変わることはなかった。

 それどころか、俺と軍指揮官とのあいだにある軋轢を悟った兵士たちが、俺に対して徐々をに気まずげな態度を取るようになり始めたのだ。



 兵士たちの様子を見ると、軍指揮官への態度に大きな変化はない。きっと、あいつらも潜在的には軍司令官の味方なのだろう。

 まあ過ごした年月が違うから、当然と言えば当然の現象なのだが……。

 そのため、俺の状況は来たばかりのときより、さらにアウェーになりつつあった。



――こんなはずではなかったのにっ……。



 俺は自分にできることを探そうと、兵士たちの雑用にも率先して取り掛かった。武術に関する指導も、積極的に参加して取り組んだ。

 だが、難しい状況は依然として変わらない。



 俺はその怒りをぶつけるように、ここ最近は連日剣術訓練として丸太に何度も木剣を打ち付けていた。

 そのせいだろう。部屋に戻ると、手に新しい傷がいくつかできていることに気付いた。



「薬を塗っておくか」



 俺はゆっくりとため息を吐き、持って来た荷物の中から傷薬を取り出した。

 その瞬間、手にしたその懐かしい感触により、ある思い出が頭の中をまるで閃光のように駆け抜けた。



「これは、あいつにもらったやつだったな……。よりによって、何でこれを持ってきたんだ」



 自分でも分からない。

 だが、以前エミリアがくれた傷薬を、俺はなぜかこの地に持ってきてしまっていた。

 その自分自身の説明のつかぬ行動に、何とかそれらしい理由をつけたくて必死に思考を逸らそうとする。

 しかし、結局脳裏に浮かぶのは、やはり離婚したエミリアのことだった。



「……どう過ごしているんだろうな」



 最後に見た彼女が今どうしているのか。

 なぜか今、そのことが無性に気になった。

 そんな俺の脳内で、勝手に彼女との記憶が蘇ってくる。



 そのときだった。

 記憶の中の俺が、かつて彼女に向けた発言。それが、回想としてふと頭の中を過ぎったのだ。



『俺はお前を妻とは認めていない!』



 頭が真っ白になったような感覚に陥った。直後、乾いた笑いが自然と喉を突いて出た。



「馬鹿だな、俺はっ……」



 軍指揮官の言葉に苛立つとともに、内心では心が痛んでいた。

 だが、振り返れば自分も大概だったのだ。

 ……自嘲の念が込み上げざるを得なかった。



 こうして、この日はいつもとは違い苛立ちを感じることなく、俺はただただ眠れない夜を過ごした。



 ◇◇◇



「ちょっといいか。聞きたいことがあるんだ」



 エミリアへの自身の言動を振り返ったあくる日、俺は一緒に作業をしていた兵士の休憩のタイミングに合わせて声をかけた。

 そして、今なら冷静な気持ちで聞けるだろうと、兵士にとある質問を投げかけた。



「グロチェスター軍指揮官が、俺のことを認めない理由を教えてくれないだろうか。心当たりになりそうなものなら、何でも教えてほしい」



 そう尋ねると、兵士は気まずそうに眉を八の字にして、微かに口元を歪めた。



「何を言っても構わない。知っているありのままを教えてほしいんだ」

「っ……勘違いかもしれませんが、それでも構いませんか?」

「ああ、教えてくれ」



 しっかりと目を見つめ、兵士の言葉に頷きを返す。

 すると、その兵士はきまり悪そうに頭を掻いた直後、俺の目を見つめ返して告げた。



「きっと、軍指揮官の奥様である、グロチェスター辺境伯夫人のことが関わっているのだと思います」

「……グロチェスター辺境伯夫人?」

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