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汚泥の花  作者: ゆゆみみ
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Hの話-3

 素直になると決めてから三ヶ月ほど、私は準備を進めていた。


 万一の場合に備えて、予め兄さんの逃げ道を奪っておくために。

 そんな必要はないのだと思いながらも、やるのであればあらゆる可能性は排除したかったから。


 一番大事なものを手に入るのに多少の時間はかかったが、それでもすんなりと手に入れることが出来た。


 不眠に悩んでいるとメンタルクリニックを訪ね、二週間おきに通院をしてその度に薬が効かないと訴える。両親が突然死んだことを主軸に添えれば、理由付けは十分だった。


 私の必死の訴えと、然程頓着のない医師だったのだろう、私のような年齢には通常処方されることの少ない、強い効果を持った薬が処方された。

 私が狙っていたものだ。


 一つ想定外だったのは、薬が着色されていて料理に混ぜるのが困難だったこと。

 どうやら、海外でこの薬を使った悪事が横行したかららしい。

 青は食欲を減退させる色で、その色味は確実な違和感を与える。

 その下劣な犯罪者共が憎かった。


 しかし、マローブルーという紅茶の存在を知ったことでその悩みも直ぐに解決された。


 錠剤をクッキングシートで包み、麺棒で細かくなるまで砕き、最後は財布の中の適当なポイントカードを包丁のように使って更に細かくしていく。

 そして、完全に粉状になったらカップに注いだマローブルーに溶かす。

 ほんの少し色が濃くなった程度で、もし兄さんがマローブルーを知っていたとしても、違和感を抱く可能性は限りなく低い。


 そもそも、私がこんなことをするとは微塵も思っていないだろうけれども。


 たちまち上機嫌になった私は、暗所撮影に強いビデオカメラと、あまりスペックの高くない安価なPC、そして外付けのハードディスクを購入した。


 これで、準備は万端だ。


 相変わらず、兄は疲れた表情をしている。

 私は努めて明るく振る舞い、兄の好きなハンバーグを作って、食後にリラックス効果があるという名目で薬入りのマローブルーを出した。


 耐性が全くないからだろう。

 食事を終えて直ぐ、兄さんは眠気が酷いと言って部屋に戻っていった。


 恐らく、直ぐに深い眠りに就くはずだ。


 自分自身で実験してみたが、普段はアラームよりも先に自然と起きる私が、兄さんに起こされるまで寝坊してしまい、危うく初めて学校を遅刻するところだった。

 その日は一日中、眠気を引きずったままで、耐えきれずに授業中に寝てしまい、周囲に体調不良を疑われて保健室に連れて行かれそうになったほどだ。


 ……兄さんに起こされるのも、とても幸せな経験だったけれど。



 兄さんが部屋に戻ってから三十分。私は部屋の前に行き、そっとドアに耳を当てる。

 室内からは何の物音もしない。


「くふふっ……」


 思わず、はしたない笑い声を漏らしてしまった。

 なんとなく恥ずかしさを覚えて、小さな咳払いと共に居住まいを正す。


 音を立てないよう、流石にドアを開いて、逸る気持ちを抑えて摺り足でベッドへと向かう。


 兄さんは、布団もかけずに仰向けに横たわり、静かに寝息を立てていた。

 恐らく、横になった瞬間に眠りに落ちてしまったのだろう。


「兄さん……?」


 小声で名前を呼び、片手で軽く肩を揺さぶる。

 全く起きる様子はなく素直に揺さぶられる体。

 中途半端に閉めていたのか、パジャマの前がはだけて色白の胸元が見えており、それがどうしようもなく私の鼓動を跳ねさせた。


 ベッドの脇に膝を立てて顔を覗き込む。

 中性的な顔立ちに長い睫毛、さらさらな黒髪はまるで少女のようだった。


 可憐な少女のような兄さんが、私の前に無防備に寝そべっている。


「くふふふふっ……」


 今度は、恥ずかしさなど微塵も感じなかった。無防備な眠り姫を前に、私の心臓はどうしようもなく早鐘を打っていた。


「兄さん……」


 小さく声を零して、その瑞々しい唇に吸い寄せられるように顔を近づけていく。


 唇と唇が触れ合った瞬間、全身がぞわぞわとした高揚感に包まれ、自然と口元が緩むのを感じた。

 頭の中に、じんわりと熱が広がっていく。


 啄むような、触れ合うだけのキスを何度も落とす。

 唇に舌先を這わせて、私の唾液を塗り込む。

 寝ている兄さんに、無断でキスをしている。

 ファーストキスのはずだ。

 そうでなければいけない。


 兄さんのファーストキスは、兄さんの知らないところでわたしに奪われた。


 その背徳的な快楽に、自らの身を抱いて震える。

 そこで、準備していたビデオカメラの存在を思い出した。


 いけない、欲望が先行してしまった。

 きちんと、証拠を残しておかないといけない。


 一旦息を落ち着かせて火照りを取ってから、兄さんの使っている椅子を借り、その上にビデオカメラを乗せる。


 ディスプレイを見ると、そこには変わらず寝息を立てる兄さんが写っていた。

 それもまた、背徳心を掻き立てる。


 けれど、高さが足りない。

 これでは私がベッドに上がったら顔が見切れてしまう。


 今度は机の上に置いて、再びディスプレイを覗く。

 少し距離があるが、これならしっかりと二人の姿が記録されるだろう。


 僅かに震える指で録画ボタンを押す。

 ディスプレイの右上に、録画中であることを示す赤いアイコンが表れた。


 これで、準備は万端だ。


 先程のように顔の横に立っていたら、兄さんの顔が映らなくなってしまう。

 今度はベッドの上へ。


 片膝がマットに沈み、スプリングが微かに軋んだ音を立てる。

 静かな室内ではやけに大きな音に聞こえて兄さんの表情を伺うが、起きる様子は見られない。


 もう片方の膝も乗せ、膝立ちでマウントポジションを取る。

 兄さんの両頬に手を添える。

 動く様子はない。


 そのまま上半身を屈めて、再び唇同士を触れ合わせる。


「くふっ……」


 兄と妹のキスが、映像という記録として残った。

 そのくらい悦びに思わず笑い声が漏れた。


「ファーストキス、私が奪っちゃいましたよ? 兄さん。もちろん私もファーストキスです」


 カメラの方を向いて、静かに語りかける。

 いつかこの映像を見せた時、兄さんはどんな反応を見せてくれるのだろう。


 その時を想像して、身震いをする。

 下腹部が疼き、下着を濡らす感覚があった。

 ああ、兄さんのせいだ。


 たっぷりと唾液を纏わせた舌で頬を舐め上げる。

 兄さんの味がした。

 兄さんのきめ細やかな肌に、私の唾液が染み込んでいく。

 下着の染みが、広がった。


 けれど、今日は最後までするつもりはない。

 徐々に、兄さんを侵していきたかったから。

 その過程もまた、たのしみたかったから。


 今度は唇を舌全体で舐め上げる。

 唇は、私の唾液でてらてらと濡れていた。


 こくり、と無意識に喉が動く。


 再び口を近づけ……兄さんが顔を横に背ける。

 寝返りだ。顔を動かしただけ。


 けれど、急速に熱が冷めていくのを感じた。


 兄さんに、拒絶されたのか。

 ショックよりも怒りが先に訪れる。

 何で、私を拒むのか。こんなにも、愛しているのに。


 上体を起こし頬を叩きそうになる衝動を、理性が止めた。


 そうだ、拒んだのではなくて恥ずかしがっているんだ。

 引っ込み思案な兄さんらしい。


 やっぱり、ゆっくりと関係性を進めていることを望んでいるんだ。

 兄さんの心情を理解すると、昂った私の心も落ち着きを取り戻した。


 最初は、このくらいからでいい。


 そっとベッドから下りて机に向かい、録画を停止する。


 記念すべき、最初の記録だ。

 そう考えると、やはり一気に進めなくて良かったのかもしれない。

 段々と、進めていけばいいのだ。

 出来る妹は、自分の情欲のコントロールも出来るのだ。


 ビデオカメラを持って自分の部屋へと戻ると、机の上にそれを置いてベッドの上に寝そべる。


 兄さんに向ける情欲はコントロール出来るとはいえ、一度抱いたものはそう簡単に消える訳では無い。


 指先を下着に伸ばすと、先程よりも更に染みが広がっているのが分かった。

 もどかしい疼きが、下腹部からせり上って私の脳を満たしていく。


 口内には、まだ兄さんの味が残っていた。


 今日は記念すべき第一歩を踏み出した日。いつも通りでは満足出来ないかもしれない。


 万一にも兄さんを起こさないよう、声を押し殺して、耽る。

 今までと比べ物にならないくらい、甘美な痺れが頭の中に広がっていく。


 これもいずれは、全て、兄さんに受け止めてもらうのだ。

 そう、遠くないうちに。


 指先を動かす。

 粘着質な水音が鳴る。

 指を兄さんだと思う。

 我慢できずに嬌声が上がった。



 そうして私は、兄を穢した(まちがえた)

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