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汚泥の花  作者: ゆゆみみ
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Hの話-2

 兄さんは、いつも疲れているように見える。


 実際、疲れていたのだろう。

 突然両親を亡くし、まだ小学生だった私と二人きりになって。


 兄さんはいつも私を気遣ってくれた。

 慣れない家事をしてくれた。

 暗く沈む私の隣に寄り添って、優しく頭を撫でてくれた。

 寂しくて泣いた時は、包み込むように抱きしめて一緒に寝てくれた。


 兄さんだって辛かっただろうに。

 泣き言の一つだって言いたかったろうに。


 ──兄さんは、憔悴していった。


 あの柔らかい笑顔が好きだったのに、滅多に笑わなくなってしまった。

 私には笑みを見せてくれるが、取り繕ってただ貼り付けただけの笑みだった。


 だから、私は変わろうと思った。


 身嗜みに気を遣い、学校で積極的に友達を作っていった。

 兄さんにとって自慢の妹になれるように。


 家事を覚えた。

 料理も私が作れるようにしていった。兄さんの負担を少しでも軽くできるように。


 両親の死から三年がたった中学二年生の時、私は完璧に家事をこなして、学校での成績もよく、我ながら周りに好かれる存在になった。


 けれど、まだ兄さんに笑顔は戻っていなかった。

 身長は中学に入ってから伸びず、私が追い抜いてしまった。誰にでも優しかったのに、塞ぎ込みがちになってしまった。


 私にはどうしていいか分からなかった。

 どうしたら兄さんを笑顔に出来るのか分からなかった。


 ──私にとって兄さんは全てだ。


 兄さんを幸せにしたかった、また笑えるようにしてあげたかった。それを出来るのは唯一の家族である私だけだ。

 私にしか、出来ないことだ。


 ある日を境に、兄が少しづつではあるが、明るさを取り戻していった。私の大好きな、あの柔らかい笑みを取り戻し始めていた。


 でも、私は何もしていない。出来ていない。

 それなのに、何故。


 調べてみたら直ぐに分かった。

 誰とも話すことがなくなり、次第に友人の数を減らしていった兄さんに、新しく友達が出来たようだった。


 隠れて三年生の階に行き、こっそりと教室の中を覗いた。


 兄さんが見えた。

 口元が綻ぶ。

 そして、隣には一人の男子生徒がいた。

 兄はぎこちないながらも、楽しげな笑みを浮かべていた。

 私では、取り戻せなかった表情。

 急に心の中が冷えきっていくのを感じた。


 ──私以外の存在に、笑顔を見せている。


 こんなにも私は頑張ったのに。

 私では笑顔を取り戻せなかったのに。


 酷く、憎かった。

 あの男が。

 そして、兄さんが。


 これまで感じたことの無い、ドロドロとした感情が私の心に満ちた。


 兄さんを満たすのは私だ。

 兄さんを愛しているのは私だ。

 兄さんを理解しているのは私だ。

 全ては、私でなくてはならない。


 だから、私は決めた。

 元から抱いていて、けれども封じ込めていた感情を、欲求を、吐き出すことにした。


 その方が、兄さんは喜んでくれるに決まっているから。

 何故なら、兄さんも私のことを愛しているから。

 あんなにも、大切に想ってくれているのだから。


 私、もっと自分に素直になるね。


 そうしたら、兄さんはもっと笑顔になれるに違いない。

 もっと私のことで頭が一杯になるはず。


 その方が、幸せでしょう?

 大切な人のことで頭の中が満ちている方が良いでしょう?

 そうなれば、他のものなんて要らないでしょう?


 夢想する。

 くらい快楽に頭が痺れていく。

 体が火照りを帯びる。


 ──待っててね、兄さん。

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