Rの話-12
その日は、朝からバケツをひっくり返したように強い雨が降り続いていた。風がないのが幸いだろうか。しかし、季節柄蒸し暑く、真っ黒なレインコートに身を包むとじんわりと汗が浮かび上がって酷く不快だった。
私は古びた金物店を訪れていた。店員はおらず、レジに寝ているのか起きているのか分からないような老婆が一人座っているだけだ。船を漕いでいるから寝ているのかもしれない。今にも潰れそうな店だ。そんなものなのだろう。
それでも、品揃えに関してはしっかりとしていた。私は、とあるコーナーで一つ一つ吟味していく。刃渡りも、素材も違う。今まで頓着していなかった私は、何がどう違うのかよく分からなかった。
「一般的な刃渡りは15~18センチ。鋼製は切れ味が良くて、ステンレス製は錆びにくい。切れ味は落ちるけど、より硬いチタン製なんかもあるよ。まぁ、一般的なのはやっぱりステンレスかな」
いつの間にか、レジにいたはずの老女が隣に立っていた。並べられた商品の一つ一つを指差して説明をする。
「料理に使うわけではないんです」
私は冷ややかに返した。その言葉をどう受け取ってもらってもいい。何も構いはしなかった。
「ああ、そう。それなら15センチのチタン製が良いんじゃないかね。持ち運びやすさと、頑丈さが必要になるだろうから。あぁ、そうだ。ペティーナイフというものがある。手の小さな女性向けで刃渡りは13センチ。チタン製もあるよ。あぁ、いや……そうだ、そうだ」
私は目を丸くして、私よりも二回りは身長の低い老婆を見つめた。老婆は気味の悪い笑みを浮かべて、店奥へと戻っていき、暫くして手に細長い何かを持って戻ってきた。
「最近は収納できて取り回しの良いバタフライナイフなんかが流行っているようだけど、あんなのはチンピラが威嚇に使う道具だよ。出刃包丁もいいけど、刃の部分は大きいから、忍ばせるのにはあんまり向いてないね。だから、はい、これ」
差し出されたものを手に取る。鞘のついた刃は、それぞれがほぼ同じ大きさで真っ直ぐな形状をしており、ゆっくりと鞘から抜くと、銀に光る刃が私の顔を映した。白木の柄が、妙に手に馴染む感覚がした。
「匕首。やっぱりね、それじゃなきゃ風情がない」
老婆は笑った。とても愉しそうに。伝えられた金額は想定していた予算をオーバーしていたが、同行者に確認するとあっさりと承諾が取れた。会計をする時に40円で『おなべのふた』を買わないかと提案された。意味が分からず、当然のように断って匕首だけを購入した。
購入したそれは、手提げの鞄の中にすっぽりと納まった。まるで、最初からそう作られていたかのように。
「あーあ、銃刀法違反だねえ。ま、今更だけど。さぁて、これで準備は完了かな?」
黒い傘を差した女が言った。私は無言のまま頷く。
「出だしは私が引き受けるよ。その後はお任せ。おねーさんは遠くから事の顚末を見守っているからさ」
にやにやと楽しそうな笑みを浮かべている。相変わらず悪趣味な女だと思った。けれど、そのお陰で準備は整った。
「安心してね、ちゃぁんと足取りは追ってるからさ」
「……行きましょう」
心にざわつきはなかった。ただただ静かな殺意が広がっていくだけ。鞄の中に入れた匕首を指先でなぞる。
そうして、黒いレインコートの少女と、黒い傘の女は、金物屋のある裏通りから表へと出て行った。




