Hの話-1
「……だから刺したのかい? 陽向ちゃん」
白衣を着た女が言った。
「当たり前でしょう? あの女は、私から兄さんを盗ろうとしたんだから」
「だからと言って刺すのはやりすぎだよ」
女は愉しそうに口を歪めた。
それが、酷く不愉快だった。
「もういいでしょう? 私を兄さんの所へ戻してください」
私は白衣の女を睨む。
この話は別に今が初めてのことではない。何度も話している。それに、私は何度も、何度も、どれだけ兄を愛しているかも話している。
なのに、私はここから出られない。
この女が、それを許さない。
「駄目に決まってるだろう。今の状態で戻しても同じことの繰り返しだ。それに、君のお兄さんも怯えている」
──嘘だ。
兄さんが私を怖がるはずがない。
妹である私を怖がるはずがない。
たった一人の、血の繋がった家族なのだから。
「……怖い怖い。そう睨まないでくれよ。私はただ、君の心を正常に戻そうとしているだけなんだから」
「別に私はおかしくありません。早く戻してください。早く。私を。兄さんの元に」
「だから、駄目だって言ってるだろう? 大好きなお兄さんを、また追い詰めたいのかい?」
追い詰める?
意味が分からない。
その声こそ真剣さを帯びているが、口は相変わらず弧を描いている。ただの嫌がらせだ。性格のねじ曲がったコイツが、私と兄さんを離れ離れにしようとしている。
私は飢えていた。
だって、大好きな兄さんに会えないのだから。
ただ泥棒猫を刺しただけで、この扱いだ。
兄さんを奪おうとしたアイツが悪い。
私は悪くない。
兄さんだって大概だ。
私はこんなに愛しているのに。
兄さんだって私を愛している癖に。
そうやって嫌がらせをしてくる。
私の嫉妬を煽ろうとしてくる。
そんなことしなくたって、私は兄さんの事が好きなのに。離れていくことなんかないのに。
だから、私だけ見てくれてくれればいいのに。それしか求めていないというのに。
兄さんを求めて、私の体が火照りを帯びる。心も体も、兄さんを求めている。
「勝手に自分の世界に入らないでくれ。いつまで経っても治療になりゃしない」
そうやって肩を竦める。いつも芝居がかったような動きをするのも、気に食わない理由の一つだ。
コイツを納得させないと、兄さんと会えない。なのに、一向に納得してくれない。
だから、嫌いなのだ。この世界が。事ある毎に兄さんと私を引き離そうとするこの世界が。
私はただ、二人きりの世界にいられればいいというのに。
それ以外なんて求めていないのに。
兄さん。
兄さん。
兄さん。
兄さん。
兄さん。
どうして他の物に現を抜かすのだろう。
私だけを見ていればいいじゃないか。
なのに何であんなことをするんだ。
ふつふつと、怒りが込み上げてくる。
私はこんなにも愛しているのに。
どうして。
どうして。
どうして。
どうして。
どうして。
この怒りは、兄さんにぶつけないといけない。私の感情は、全て兄さんのものだから。
だから、兄さんにぶつけないといけない。
兄さんに受け止めてもらわないといけない。
──私は、兄さんが好きだ。