Rの話-6
その時の感情を、どう表現したら良いのか分からない。
とにかく、目の前が真っ暗になるのを感じた。
脳が、現実を受け止めまいとしていた。
──当然だ。
受け止めてしまったら、壊れてしまうから。
◆❖◇◇❖◆
高校への入学を果たしたばかりのある日。
偶然にも東雲さんと同じ高校になり、またクラスも同じで、中学時代と同じように放課後を過ごして帰ったある日。
僕は妹に呼ばれた。
「どうしたの、陽向。電気くらいつけなよ」
部屋の中は電気がついておらず、真っ暗闇だった。
いや、机の上に置かれたノートパソコンのディスプレイの光が、ベッドに座る妹の姿をぼんやりと照らしている。
その表情までは、僕の位置からでは見えなかった。
「兄さんに見せたいものがあるの」
妹は、僕の言葉を無視して話を続ける。
普段なら何らかの反応を示してくれるものだが、今日はどうしたのだろう。
妹の声色にどこか寒気を覚えた、何となく嫌な予感がした。
僕に思い当たる節はない。
だから勘違いに違いない。僕は軽く頭を左右に振った。
僕は足下に気をつけながら妹の元へと向かった。
音もなく立ち上がった妹は机の方に歩いて、すっと手をそちらの方へと向けた。
座れ、ということなのだろう。
状況に戸惑いつつも、僕は指し示された通りに椅子へと座る。
ノートパソコンと向かい合わせになる形となった。
デスクトップには、ほとんど何も無かった。
プリインストールされているはずのものも一切見当たらず、左上にゴミ箱が、そして中央にフォルダが一つあるだけ。
そのフォルダには『兄さん』とだけタイトルが付けられていた。
背筋を、嫌な寒気が流れた気がした。
背後から伸びた手がマウスを操作する。
マウスポインタが中央に動き、ファイルが展開される。
そこには何かの動画ファイルが羅列されていた。1、2と簡素に名前がつけられただけのファイル。サムネイルは真っ暗で何も見えない。
悪寒が、更に強くなった。
猛烈に喉が渇くような感覚がした。
そんなことはお構い無しに、動画ファイルの1つ目が開かれる。
眠る僕が映る。
その脇に妹が経っていた。
一体、何の映像なのだろう
妹が、僕の体の上に跨る。
たおやかな黒髪を耳にかけ、上半身を屈めて徐々に僕の方へと顔を近づけていく。
そして、互いの唇が触れ合った。
『ファーストキス、私が奪っちゃいましたよ?兄さん。もちろん私もファーストキスです』
画面上の妹が、こちらを向いて語りかけてくる。
「そう、私が奪ったんです」
背後から、僕の耳元に囁きかけた。
その声は妙に艶やかで、僕は先程までとは別種のぞくぞくとした感覚が背中を走るのを感じた。
無言で妹が画面の一部を指差す。
そこには日付が記されており、それが三ヶ月も前に撮られたものだと分かった。
妹が再び背後からマウスを操作して、ウィンドウを閉じる。
フォルダの中には、一覧では表示しきれない数の動画があった。
状況が飲み込めなかった。
これが果たして現実なのかと疑問にも思った。
「夢じゃ、ありませんよ。これから兄さんが見る全てが、現実のものです。決して、目を背けないでくださいね?」
僕の思考を読んだかのように、妹は再び耳元に囁きかける。
声色こそ穏やかなものではあるが、そこには逃がさないという執着めいたものを感じた。
その言葉に支配されるかのように、僕の体は動かず、ただ画面に釘付けとなった。泥沼に、体が沈んでいくのを感じながら。
「何、これ……?」
まだ状況が飲み込めきれてない僕の呟きを無視して、二本目の動画を再生される。
画面の右下に表示された日付を見ると、先程の三日後のようだ。
妹の顔が映る。
ビデオカメラの録画を始めたらしい。
そこに映る妹の表情は、いつものように陽だまりのような笑顔だった。
そうして、再び眠る僕の方へ、軽やかなステップを踏むように近づき、ベッドへと上る。ベッドの軋む音が聞こえてくるが、ベッド上の僕は身動き一つ取る様子はない。
先程の動画のように、妹がゆっくりと体を倒してゆく。
唇と唇が触れ合う。
何度も何度も、啄むようなキスを落とされる。
暗闇でも感度のいいビデオカメラなのだろう、見たことの無い、頬に朱を刺して妖艶と微笑む表情が見えた。
僕の顎に指が添えられる。
何となく、その先が分かった。
目を背けようとするが、何故だか体が動かない。
再び、妹が唇を重ねる。
先程までとは違い、長い口付け。
妹の口元が動き、小さな水音が聞こえてくる。
バードキスなら、百歩引いてコミュニケーションの一環と思い込むことは出来る。けれどこれは、明らかに舌を絡めているであろうこれは、それを超えたものだった。
『兄さんの味……くふっ……』
一通り終えて満足したのか、体を起こして手の甲で口を拭っている。
その呟きも、カメラは拾っていた。
その後のとても普段からは想像できない、下卑た色を帯びた小さな笑い声も。
三本目。
今度は前回の翌日のようだ。
画面に写った妹は、何故か薄ピンク色の下着姿になっていた。決して大きくはないが、形の良い胸の形がよく分かる。
『今日は記念日ですよ』
そう言って、妖艶な笑みを浮かべる。
ベッドの方へ向かう妹は、ショーツを履いていなかった。
形の良い臀部が露となっている。
──嫌な予感しかしなかった。
今までと同様に、妹は寝ている僕の体を跨ぐ。
そして、一瞬躊躇うような仕草を見せた後に、僕のズボンを下着ごとずらした。
録画された映像とはいえ、妹の前で恥部をさらけ出すことに羞恥心を覚える。
けれど、それ以上の恐怖を覚えていた。その先に、待っているであろうものに。
おずおずと手を伸ばし、上下に擦るように刺激を加えられると、たちまち準備が完了していた。
『あはっ……さすが、効果覿面ですね』
一体、何の効果だというのか。
妹は喜色の混じった声を上げると、さっそくとばかりに片手でそれを支えて、自らの下半身に宛がう。
猛烈な吐き気に襲われ、顔ごと目を背けようとする。
しかし、背後から頭を両手で鷲掴みにされる。
「目を背けないでください、って言いましたよね?」
やや冷たい色を帯びた声が聞こえる。
画面の方からやや苦しげだが、悦びも混じった声が聞こえる。
ぎゅっと目を瞑ってその手を振り払おうとする。
「見てください。ほら、兄さん。見なさい。見ろ」
底冷えのするような声だった。
万力のように左右から力を加えられて頭に痛みが走る。
そのまま力任せに画面の方を向けられられ、強引な動きに首の筋肉が僅かに悲鳴を上げる。
「 見 ろ 」
更に頭部を圧迫されて、僕は目を開かざるを得なかった。
画面に写った光景。
恍惚の笑みを浮かべ、うっとりと両手に手を当てる妹の姿。
僕らの下半身は、繋がっていた。
『兄さんの童貞、奪っちゃいました。童貞ですよね? 当然。私も処女なので、お互い初めてを捧げ合いましたね。痛いって聞いていたけど、そんなこともなかったです。愛の力ですかね。……あぁ、初めてだからゴムは付けませんでした。その方がよりお互いを感じられていいでしょう? でも兄さんを困らせたくは無いので、次からは付けますね。高校卒業するまでの辛抱です』
くるりとビデオカメラの方を向いて、やや早口に語りかけてくる。
兄妹なのに。
血の繋がった家族なのに。
妹は、恍惚とした、どこまでも幸せそうな声で語った。
初めてとは思えないほどに、妹は積極的に動いた。
最初は抑え気味だった声も、段々と大きくなっていった。
そして、ふるりと身を震わせると、覆い被さるように僕の体に倒れ込む。
それが何を意味しているかは、分かった。
僕は妹と、交わった。
僕の知らないところで。
僕が知らないままに。
僕は、妹と関係を持っていた。
残りの動画も再生されていく。
吐き気が増していくが、背後から変わらず頭を抑えられ続け、目を背けることは許されなかった。
少しでも動こうとすれば締め付けられる。
その細腕からは考えられないほどに力は強く、全力で力を込めても微動だにしなかった。
回を重ねる毎に、より激しさを増していった。
嬌声が、より甘くなっていった。
時には口を使ってされていることもあった。
どれほどの時間が経っただろう。
半分ほど動画を見せられたところで、妹の動きは止まった。
頭を締め付ける力が弱まる。
不意に腕を引っ張られて椅子から無理矢理立たせられる。
「さ、兄さん。しましょう?」
その言葉に目を見開くとその場から逃げようとして──痛みと衝撃とともに僕はベッドの上に倒れ込んだ。
「ごめんなさい、兄さん! つい……。兄さんが逃げようとするから……」
何をされたのか分からず、じんじんと痛む頬を押さえて妹の方を見た。
握られた拳。
そこで僕は殴り飛ばされたのだと気付いた。
淑やかで、笑顔の絶えない自慢の妹。
その妹に暴力を振るわれたことに、何も考えられなくなっていた。
「動かないでくださいね。抵抗しないでくださいね。痛い思い、もうしたくないですよね? すぐに終わりますから。ね?」
そう僕に語りかける妹は、動画の中で見た恍惚とした表情を浮かべていた。
目の前で衣服が脱がれていく、先程見た薄ピンク色の下着を身につけていた。
身の危険にベッドの上で後ずさるが、直ぐに壁に到達して、それ以上の逃げ場がなくなった。
「……どうして?」
「兄さんのことが好きだからです」
「こんなの、おかしいよ。僕らは兄妹……」
「五月蠅い」
びくりと体が震え、動くことが出来なくなる。
「あ……ごめんなさい、強い言葉を使ってしまって。兄さんがこの期に及んで覚悟を決めないから。何度したと思ってるんですか? もう、逃げられないんです」
「そんな、勝手に……」
「黙れ。また殴られたいんですか」
今度こそ、完全に動けなくなってしまった。
「あっ……また。本当にごめんなさい。兄さんにとっては初めてだから緊張しますよね。大丈夫です、優しくしますから。ね? ……くふっ……」
妹が僕に近づいてくる。
ベッドに上り、スプリングが軋んだ音を立てる。
妹の手が僕の頬に伸びて、愛おしそうに撫でた。
──僕は、何を間違ったのだろう。




