1.交渉の場に立つ、ということ。
男二人、何も起こらないはずがなく……(違
「その名で呼ばれたのは、もう十年以上も前が最後だなぁ……」
「悪いけど、色々と調べさせてもらってたよ。これだけの荒くれをまとめ上げる力量、只者じゃないってのは分かっていたからな」
「なるほどな。これはまた、ずいぶんな物好きがいたものだ」
「いいや、有益な情報だったよ」
「……ほう?」
――ルイス・アレクセイ・ゴードン。
かつて民衆の大半を率いて、国の構造変革を訴えかけた元貴族。結局は失敗に終わり、活動のすべてを反乱として処理された。後に投獄されたため生きているとは信じられなかったが、いまこうやって話して本人であると確信する。
俺は興味深そうに笑うゴードンを真っすぐ、決して怯まず見返した。
それが意外だったらしく、彼もいつものような軽々とした雰囲気を掻き消す。
「それで、公爵子息のアルフレッド様は何用だ?」
スッと声のトーンを下げ、手元にあった酒を煽った。
試されている。値踏みするような眼差しは、威嚇するようでもあった。
十年以上、このような環境で煮え湯を飲み下してきた人物だ。ここ一番で警戒心を高めてくるのは、至極当然のことであると思える。
しかし俺にとっては、そういった慎重さを持った相手でないと困りものだ。
そうでなければ、ここにきた意味などない。
「悪いけど、俺はもう公爵子息じゃねぇよ。さっき捨てられた」
「捨てられた? なんだ、廃嫡されたってか」
「そういうこと。意外だったか?」
逆に試すように切り返すと、ゴードンは一つ鼻で笑った。
「まさか。むしろテメェみたいなガキが、よくも今まで残ってたもんだ」
「……はは! 違いねぇや」
その返答に納得し、俺も笑う。
だが笑い合うのも一瞬で、次にゴードンは深い息を吐き出して問うた。
「だったら、尚のことだ。ここにきたのは、何故だ? まさかテメェみたいな奴に限って、こっちに泣きつくような真似をするとは思えん」
「ごもっとも。さすがは、ゴードン卿」
「その呼び方はやめろ。……それで、答えは何だ?」
茶化すこちらを厳しくたしなめて、ゴードンは眉をひそめる。
俺はそんな彼の反応を確認してから一度、乾いた唇をバレないように潤した。そしてあえて笑みを絶やさず、答えるのだ。
「なぁ、俺とこないか?」――と。
短く、端的に。
するとゴードンは初めて、少しばかり驚いたように眉を動かした。
だがそれも束の間で、彼はまた一口酒を煽る。そして、問いを重ねてくるのだ。
「行く当ては、あるのか?」
「ないな」
「報酬は?」
「ない」
「衣食住は?」
「ない」
それらに対して、こちらも間髪入れずに答えていく。
国外追放を喰らった以上、いまの俺に安住の地はなかった。そして行く当てもなければ報酬も、当然ながら衣食住の保証だってない。
なにもかも、足りていなかった。
つまり交渉の場に立つには、致命的に材料がないのだ。
「…………ふむ……」
こちらの状況を理解したのだろう。
ゴードンは腕を組んで、しばし考え込んでいた。そして、
「くっ、くくくっ……!」
ふと、緊張の糸が切れたように。
「あっはははははははははははははは!! 普通は逆だ!! 誰かを抱え込むには、それ相応のポストを用意するもんだ!! あっはははははははは!!」
思い切り、腹を抱えて笑い始めるのだった。
目尻に涙が浮かぶほど笑い続けるゴードンに、俺も笑みを浮かべて言う。
「でもアンタを引き入れるには、一番の条件だろう?」――と。
その意味は、単純だった。
この豪傑が富や権力、名声の類に靡くはずがない。
もとより、民衆を率いて体制の変革を求めたほどの人物なのだから。
「あぁ、大正解だぜ。いやー……こんなに笑ったのは、何十年振りだ?」
「ありがたいよ。このために俺は、全部捨てたんだからな」
「馬鹿じゃねぇか、テメェ! あっはははははは!!」
そんな相手を味方にするなら、あんな腐った環境なんて天秤にかけるまでもなかった。こちらの意図を汲み取った上で、ゴードンはまた大きな声で笑い始める。
それを聞きながら、俺は少しだけ気を緩めた。
その時だ。
「あー……だが、一つだけ確認だ」
「ん……?」
彼がまた、声の調子を落として訊いてきたのは。
俺は微かな不意打ちを受けるが、どうにか自分を繋ぎとめた。
それを認めてからゴードンは最後の最後、最も重要な問いを投げてくる。
「アルフレッド。テメェは、何を理想として掲げる?」
曰く『お前は何を目指すのか』と。
「あぁ、俺は――」
だが、その答えは決まり切っていた。
だからこそ、俺は本心からの笑みを浮かべて答えるのだ。
「実力ある者が正当に評価され、守られるべき者が正しく守られる世界を」――と。
この王国は間違っている。
このような場所で生まれ育った者には、当たり前の未来さえない。そんなものクソくらえだ。だから俺は目指すのだ。――『誰もが当たり前を手に入れられる世界』を。
「………………」
俺の返答に、ゴードンは最後の酒を飲み干した。
そして本当に中身がなくなったのを確認し、一つ大きく息をついてから告げる。
「だったら、まずは――」
ニヤリと、口角を歪めて。
「一緒に、酒を買うだけの稼ぎを手に入れないと、だな」
――それは、そう。
この上ないほど、彼らしい承諾の言葉であった。
面白かった
続きが気になる
更新がんばれ!
もしそう思っていただけましたらブックマーク、下記のフォームより評価など。
創作の励みとなります!
応援よろしくお願いします!!




