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デッキに出た瞬間、全身が濡れた。
雨は降っていないが、吹き飛ばされそうなほど強い風で海の波が大荒れだった。波が容赦なく船にぶ
「まさか、ここまで強くなるなんて……」
想像以上の強風に私は一歩ずつ、吹き飛ばされないようにロープを掴みながら確実に前へと進む。
こんなに危険な場所にわざわざ足を踏み入れた私はもしかしたら馬鹿なのかもしれない。
「見張りはもういいから、降りてこい!」
「早く中に入れ!」
「お前ら、しっかり捕まれ!!」
「いいか、絶対にここを抜けるぞ!」
多くの声が飛び交っている中、私は船の縁に立ちながら指示をするヴェルを目にする。片手でロープにつかまりながら、進行方向を見ている。
私はそれと同時に空を見上げた。
…………まずい。雷が来る。
「西へ! 西へ行って!!」
私は大きな声で叫んだ。ヴェルは私の声に気付き、こっちを見る。「どうしてここに」という目で私を見つめていたが、私はそんなことを無視して、ヴェルに叫んだ。
「雷が落ちる! 後、数分後!!」
「またそんなデタラメを! 俺らを不安にさせるようなことばかり!」
私の言葉に被せるようにハーディの怒りに満ちた声がその場に響く。
重い圧のある口調に私は思わず恐怖を覚えた。……信じてもらえない。むしろ、私を敵対し始めている。
「……三つよ。三つ大きい雷が落ちる。ここに」
私は確かな声でそう言った。
どうか私が嘘をついていないのだと信じてほしい。ハーディが「これ以上、船を混乱状態にするな!」と私を睨む。
「私も死にたくない! だから、迂回して!」
「この女を今すぐ縛って、船の中にぶちこめ!」
しびれを切らしたのか、ハーディは近くにいる船員に大きな声を上げる。
船員たちは私の方へと向かっていて、腕を掴む。結構な力に私は思わず顔を顰めてしまう。
……こんな風に男性に無理やり手を掴まれたのは初めてだ。
「西へ行くぞ」
私が無理やり船の中に入れられようとした瞬間、ヴェルの澄んだ低い声が耳に届く。
誰もが彼の言葉に固まる。ハーディも驚いた目でヴェルを見てから、口を開いた。
「ここの船長は俺だ!」
「だが、俺はシュラン国の王子だ。俺の決定事項に誰も口出しはさせない」
そう言ったヴェルの威厳は今まで見た彼の中で最も厳格なものだった。
圧倒的な差を見せつけるそのオーラに私は思わず釘付けになる。周りは驚いていたが、ハーディだけはそこまで驚いていないように思えた。
……きっと、彼はヴェルが第一王子だということを知っていたのだろう。
「西へ進め!!」
ハーディが小さくため息をついて、そう決断した瞬間だった。
今まで聞いたことのない大きな衝撃音がその場に走った。前方で天にも届きそうな水しぶきが高く飛んでいた。
「……雷だわ」
私は小さく呟いた。




