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彼女が眠った後、俺は船長室へと訪れた。
「ハーディ、進路変更しよう」
俺の言葉にハーディは露骨に顔を顰める。
彼の気持ちは最もだ。ミジュの天気の話はミパという鳥の動きだけしか信憑性がないものだった。
彼女がミパで天候を把握出来たことにも驚いたが、風よりも雷の方が一大事だ。
落雷したら、この船はおしまいだ。
「ミジュの言うことを信じるのか?」
「あいつが嘘を言っているように思えない」
「世間を知らないお姫様の鼻だけを理由に遠回りをするのか」
「ああ」
俺は間髪を入れずに頷いた。
真剣な言葉にハーディは少し驚いていたが、その後「いや」と否定の言葉を付け加える。
「進路は変更しない。ただでさえお前たちが海に飛び込んで、時間を押しているんだ」
「それは悪かった。……だが、雷がまずいだろ?」
「遅くなると、お前の欲しいものが手に入らないぞ」
「……それでも、俺はミジュ姫の言っていることを信じる」
シュラン国に着くのが遅れれば、俺はある者との交渉ができなくなる。
……彼と出会えるのは一年に一度だけ。
こんな貴重な機会を逃すわけにはいかない。ずっと、この日が来るのを待っていたのだから。
だが、命あってこその交渉だ。生きていたら、また会える日が来る。
「惚れたか?」
「まさか」
俺はハーディの言葉を鼻で笑う。
惚れるのはミジュ姫の方だ。俺が先に彼女に惚れたら、このゲームは俺の負けだ。意地でも惚れない。
「すまないが、俺はまだミジュを信用したわけじゃない。助けがくるまでの時間稼ぎで嘘をついている可能性だってある」
「自ら誘拐されることを望んだ女だぞ?」
「油断は禁物だ。少しの気の緩みで足をすくわれることだってある」
ハーディの言いたいことはよく分かる。
船長としてその判断は正しい。……しかし、それでも俺はミジュ姫が嘘をついているようには思えなかった。
出会ってすぐの者を俺も信用はしない。むしろ、自分以外の人間は常に疑っている。
「なぁ、ハーディ」
「……なんだ?」
「俺は、世界を嫌っているように見えるか?」
「……いや、お前はむしろ世界を好いているんだろ。だから、こうして自由に旅をしているんじゃないのか?」
俺は彼の言葉にフッと小さく笑ってしまう。
長年俺と時間を共にしてきた友人より、昨日出会ったばかりの姫の方が俺のことを理解しているのか。
「嫌いなのか?」
「いいや、好きだよ」
俺は嘘つきの笑みでそう答えた。
気付いていないのなら、気付かないままでいい。
ハーディの回答を聞いたのと同時に、俺はこれから先、ミジュ姫を手放していけないような気がした。
本当に手に入れたい、そう思った。




