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彼女は、人間じゃない世界の者だった。
あの日の夜、ミジュ姫を攫いに彼女の部屋へと忍び込んだ。とてつもなく厳重な警備だったが、シュラン国の王宮の方がややこしくて入りにくい警備だった。
あらかじめ入手しておいた彼女の部屋の情報は本当だった。十六歳の誕生日に国民の前に初めて姿を見せる。
日中、彼女の姿を見ることは出来ずに森に潜んでいたが、国中が活気に包まれているのが驚くほど伝わった。
これほどまでの熱狂を受ける王女の存在に少しずつ興味がわいてきた。
そして、初めて対面した瞬間、国民があれほどまでにも興奮していた理由が分かった。
どこか違う世界から迷い込んだのかと思われるぐらい神秘的な美しさを持っていた。今まで出会ったどの女とも違う。
王族としての気品と尊厳が確かにそこにはあった。
感情を見せることはないが、瞳の奥に隠された寂しさと賢さに惹かれた。真っ直ぐ俺を見つめるピンク色の瞳から目が離せなかった。
絶せの美女と言われる理由がよく分かった。これほどの女を俺は知らない。
感情がなくて、王女としてのレールにただ乗っているだけではない。感情を押し殺すことを学び、王女として生きることを選んだ覚悟ある女だった。
彼女が自ら「私を誘拐しろ」と言った時は勝負に勝ったと思った。
…………海に飛び込むまでは。
「ねぇ、私は飛べるの」
そう言って、彼女は両手を広げて後ろ向きに海へと飛び込んだ。
その時の笑顔は今までに見たことがないぐらい綺麗なものだった。この女はこんな風に笑うのかと釘付けになった。
彼女が落ちたことを忘れるぐらい、「姫」から解放された彼女の笑みは神々しかった。
「嘘だろ!」
「姫が落ちたぞ!」
「信じらんねえ」
周りの声で俺は一瞬で我に返る。「クソッ」と思わず声に出し、俺も船の縁へと上る。
近くにいた船員に「船を止めろ!」とだけ叫び、ミジュ姫を追いかけるようにそのまま海へと飛び込んだ。
……こんなこと想像もしていなかった。
大人しいお姫様かと思ったら、とんでもない爆弾を持ってきてしまったのかもしれない。
海を初めて見ると言って感動する彼女に、もっと世界を見せたいと思った。一緒に世界を回り、俺の隣で感動する彼女の姿を見たいと思ったのだ。
だからって、こんな真似……!
深い藍色の闇の中で金色に光る髪が目に入る。彼女は目を瞑っていた。
意識を失ったか……。
そう思った瞬間だった。彼女は勢いよく目を開いた。この海の底から飛ぼうとしている。
桃色の強い意志を持った瞳が俺を射貫くように見た。
…………なんだよ、こいつ。
………………………………いいだろう。
そこまで覚悟を決めたのなら、手を貸してやろう。俺が世界に飛ばしてやる。




