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姫を一目見たい。
…………それだけだった。それだけのために、俺は船を出した。
ある日、とある噂が俺の耳に入ってきた。
『セバン国の第二王女は死んでいる』
不敬罪で捕まりそうな噂だったが、この噂はどんどん広まっていった。
どうやら、第二王女には感情がないらしい。絶世の美女ともいわれるほど美しい容貌のようだが、その代償に心を失ったとかなんとか……。
この話を聞いた時は、正直あまり興味がなかった。
王族という立場は退屈だ。そのレールに乗ったつまらない姫なのだと思った。ここで、彼女が抗っているという話を聞いたら、少し面白いと思ったかもしれない。
美しい女なら嫌というほど見てきた。……見た目の良い女、と言った方が正しいかもしれない。
聡い女にはあまり出会ったことがない。
「ナイル、この世に俺が惚れるような女はいないのか」
ナイルはこの国で最も優秀な第一騎士団に入っている幼馴染だ。上流貴族だが、騎士として生きることを選んだ。
中庭で剣の稽古をしながら、俺はナイルにそう聞いた。
「ヴェルが惚れるような女? ……いないだろ」
「隙あり」
俺はナイルの腹に剣の刃を軽く当てる。ナイルは不服そうに、また俺に攻撃をしかけてくる。俺たちは剣を交えながら会話をする。
「ミジュ姫なんかはどうだ?」
「ミジュ姫……?」
「セバン国の第二王女だよ。息をするのを忘れてしまうぐらいに美女らしいぜ」
「あ~~、死んでるって噂の」
「本当に死んでいるのか確かめてきたらいいんじゃないか? 海を渡って旅もできるし」
「……会いに行きたいと思える要素が少なすぎる」
ナイルは俺とほぼ互角の剣の腕だ。
彼は騎士団の中でも俊敏性も体力も並外れている。だからこそ、この歳で第一騎士団に入れたのだろう。
「死んでいる女を見に行くのはなかなか面白いと思うけどな」
「じゃあ、お前が行けばいいだろ」
「あいにく俺は自由に動けないんでね」
「俺が自由みたいな言い方をするな」
「ヴェルは驚くほど自由に生きているよ。しなければならないことをちゃんとこなしているからこそ、自由に動けるんだろうけど」
俺は何かに縛られることが嫌いだから、自分の生きたいように生きているだけだ。
俺たちはそこで話を止めて、ひたすら剣を振り回し続けた。
気付けば日が暮れていた。お互い汗を流しながら、中庭に横になる。
「やっぱり、ヴェルは一度ミジュ姫に会っておくべきだ」
「……その価値は?」
「ミジュ姫に会う価値は必ずある。俺が保証する」
「何を根拠に……」
俺は鋭くナイルの方を横目で見る。
無駄な時間と労力は割きたくない。女を一目見に行くためだけに、海を渡るなど恋愛に現を抜かしている馬鹿がすることだ。
女は好きだが、この国にもいい女は沢山いる。わざわざ異国の女に手を出さなくてもいい。
「全てを放り出してでも彼女のことは一度見ておくべきだ」
ナイルがここまで言うのは珍しい。
からかうことも、からかわれることもよくあるが、これは本心で言っているものだと分かる。
こいつがここまで言う女…………、一体どんな姫様なんだよ。
そこまでの犠牲を払う価値があるのだというのなら、会ってみたいと少し思った。




