16
「こいつがミジュ姫か?」
今、私は大男と対峙している。
……船の中にいる。そして、ここは船長室。
私はただヴェルに従って、船に入り、この場所へと連れて来られた。港に大きく少し錆びれた古い船があった。どうやら、これがヴェルたちの船のようだ。
この船長室に車で船員の者たちにジロジロと見られたが、ずっとヴェルが私を守るかのように横に立っていてくれたおけげで少しも怖くはなかった。
ただあんな形相で見られたら、か弱き乙女は泣いてしまうだろう。
それにこの臭さ。男の臭さ以外にもなんだか耐えられないような匂いが漂っている。吐きそうなほどの異臭だが、ヴェルからは何故か柑橘系の良い匂いがした。
……船の中って臭いんだ。
本では言語化された匂いを読んでいたが、本で知る匂いと実際に自分の鼻で知る匂いとは全く違うものだ。
これからこんな発見がどれぐらいあるのだろう。
そう思うと胸が躍る。こんな状況なのに、私はこれからの未来への期待だけを胸に抱いていた。
「そうだよ」
ヴェルは私の隣でそう答える。
私は黙ったまま船長を見つめる。彼は、木造で出来たボロボロの大きな椅子に座り、今にも崩れそうな机に足を置いている。
禿げ頭に、コインより大きいフープのピアスをしている四十代ぐらい。
体は鍛えられており、首の所に見える傷跡から相当な修羅場をくぐり抜けて来たのだろう。
彼に殴られたりしたら、私は一瞬で粉々になってしまう。ヴェルが普通に思えてしまうぐらい、船長の存在感は凄かった。
「とんでもねえ別嬪さんだな」
彼は私を上から下へと品定めするように見る。
「攫われてきたというのに、俯くことも泣くこともせず……。何故だ?」
「俯けばティアラが落ちてしまうもの。泣けばドレスが汚れるわ」
私は臆することなく答える。
凄まじい殺気を放ってくる彼に対して怖気づいてはいけない。私は彼と戦う能力など持ち合わせていないけれど、気丈に振舞うことはできる。
「その気品と尊厳……。きっとどこにいても隠せやしない根っからのプリンセスだな」
私は何も言わず、口角を上げる。
この笑みを今まで私は何度してきたのだろうか。本性を見せることなく、微笑みだけで返す。
これほど信用できない笑みはない。
「高い服を着ているんじゃなくて、着られている女は山ほど見てきたが、姫様みたいな優雅な女には会ったことねえ。その優雅さは身につけようと思って身につけれるものではない」
「とりあえず、このティアラだけでも貰っておくか」
突然横からヴェルの手が伸びてきて、ひょいと私のティアラを奪う。
彼はティアラをまじまじと見つめながら「これは凄いな」と呟く。このティアラを売れば、一生贅沢して暮らせるだろう。
それぐらい高価なティアラだ。
「返して、とは言わないんだな」
ヴェルが私を横目で見る。
「この船に乗った時点で、身ぐるみはがされるものかと」
彼は私の言葉に大きく長い溜息をつく。船長も目を丸くして私を見ている。
ヴェルは私の方へと顔を近付ける。美しい瞳にティアラを奪われた私の姿が映っている。
「あんた、危機感もなにもないだろ。本当にそうだったらどうするんだよ」
「この身が一番の資産だもの」
「俺が襲ったらどうするんだよ」
「襲うの?」
「いや、襲わねえけど……」
ガハハハッ、と大きな笑い声が部屋に響く。
その豪快な笑い声に反応して、私は船長へと目線を向けた。




