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「私を誘拐しなさい」


 私を殺しに来たその男にそう言い放った。私をじっと捉えている黄色い瞳は月夜に照らされ、美しく輝いていた。


「仰せのままに、姫」


 男はそう言って、ニヤリと笑った。

 そうして、一国の姫は拉致られたのである。これがこの男との始まりだった。




 この世界は大きく二つの人間に分かれている。王族かそうでないか。

 貴族は「そうでないもの」になる。絶対王政だが、私の父は良い国王だ。国は豊かさを維持して、国民を第一に考えて国を治めていた。

 父は国民に愛されていたと思う。私の母は贅沢に溺れた貴族であり、低俗的で……愚かな妃だ。

 実の母だが、少しも尊敬できるところがない。むしろ軽蔑する点ばかりだ。政略結婚だったと言っても、貴族の中でも、もっとマシな女性は沢山いたはずだ。

 ……きっと、父は母の美貌に惚れたのだろう。本当に母は外見という一つの武器だけで結婚出来たのだと思う。

 なんせ、口を開けば馬鹿がバレてしまう。

 私はそんな母を見て育ったおかげで、まともなプリンセスとして成長した…………と思う。

 裏を返せば、なんの変哲もない姫なのだ。それでいい。


「姫は普通が一番。花として咲いていれば良い」


 私は部屋の中で鏡に映る自分を見つめながらそう言い聞かせる。

 腰の所まである金髪の柔らかな髪、肌は日光を知らないのかと思うぐらい白い。母の美貌が遺伝されたおけげか、我ながら整った顔立ちをしているとは思う。

 目は少し吊り上がっており、猫目のような色気のある造形。鼻筋はスッと通っており、唇は薄いが整っている。……まさに王家の姫だということが顔だけでも分かる。……っていうのは言い過ぎた。

 母のことは尊敬できないが、嫌いではない。そして、この遺伝子を私に残してくれたことには感謝している。

 三つ上にいる双子の兄と姉は父に似ている。父に似ているが、二人とも美形だ。

 王家っていうのは、代々ずっと美男美女で形成された一家なのだと思う。富も財も美貌も全て持っていて、絶対に人生に文句を言ってはならない。

 その人生がどれだけ退屈で窮屈であっても、決して不平不満を口にしてはいけないのだ。

 私は鏡にグッと顔を近付けて、自分の瞳を見つめる。

 家族と一つだけ違うところがある。私の瞳の色はピンクなのだ。そう、あのピンク。「ハートって何色?」を想像した時に真っ先に出てくる色。

 医者曰く、突然変異だそう。

 可愛いからいっか、と幼い頃は思っていたが、やはりピンクという色はやはり異常だということに気付き始めてくる。どれだけ探してもピンク色の瞳などいない。

 王族は特別であるべきだが、こういう形の特別は必要ないのだ。

 そんなことを思いながら、鏡に映る自分をぼんやりと見つめていると、コンコンッと扉をノックする音が部屋に響いた。


「姫様、陛下がお呼びです」 


 この声は私の側近のジュリック・ホスター。

 ジュリックは私が物心ついた時からずっと傍にいる。私が危険な目に遭わないようにといつも守ってくれている。

 私の五個上で現在二十一歳の彼は私からしたら物凄く大人びて見える。


「今行くわ」


 私はそう言って、部屋の扉を開ける。

 扉の上につきそうなほど背は高く、はっきりと顔が見えるほど黒髪は短く、顔は爽やかな男前だ。

 がっしりとした体格が壁のように目の前にある。

 ……私が小さいのか彼が大きすぎるのか。両方だろう。


「明日のことかしら」

「私は何も聞かされておりません。ただ、ミジュ様をお呼びになるように言われただけなので……」


 ジュリックは昔からずっと堅い。

 ずっと一定の距離がある。従者との距離感はそれぐらいでいいのかもしれないが、少し寂しい。

 父には「誰も信用するな、家族も」と言われて育てられた。賢い父がどうして、母を妻にしたのだろうか。

 私はそれが不思議でならない。

 大きくて厳格な扉の前で足を止める。

 この奥に父が座っているのだろう。父と会うだけなのに、毎度謁見のような形になる。国王という立場は娘に会うというだけで気軽に部屋を行き来することができない。

 なんとも不自由な職業だ。

 ギギギッと音を立てて、天井高くまである扉がゆっくりと開く。衛兵たちに見守れたこの部屋の中に父がいる。

 私は真っ直ぐにひかれた埃一つない赤いカーペットが目に入った瞬間、その場でお辞儀をする。


「参りました、お父様」


 この空間の圧の中、私の声がよく通る。

 

「ミジュよ、来たか」

  

 私はその言葉で頭を上げる。

 頭を上げよ、と言われずとも、国王が返答すれば娘の私は頭を上げてよい。それと同時に私の後ろで頭を下げていたジュリックも顔を上げた。

 父の近くまで私は足を進める。背もたれが高く華美な椅子に座っている。その隣で母が優雅な表情で座っている。

 眩しいぐらいに派手な格好だ。華やかであることは悪い事ではないが、引き算も大切だ。

 私は足を止めて父の方を見つめる。


「どういった御用で?」

「明日、お前は十六になるだろう」


 低く重い声に私は「はい」と答える。

 父は家族に対してもちゃんと「国王」の姿であり続ける。「父親」として接した記憶があまりない。


「何も話すな。ただ微笑んでいればいい」


 明日、私は十六歳になる。

 ハリック国では十六歳になると初めて国民にその姿を見せる。私は外の世界を全く知らない。人から聞いたり、本で読んで知ったぐらいだ。

 この城から十六年間一度も出たことがない。プリンセスなんて箱入り娘そのものだ。

 ただ、その生活に疑問を持たないようにしていた。疑問を持ってしまえば終わりだから……。 


 微笑んでいるだけでいい…………。


 ようやく国民と対峙することができて、世界を少し見ることができるというのに、私の役目は穏やかに笑みを浮かべているだけ。

 ……兄は次期国王になるから、お忍びでよく街に足を運んでいる。

 姉もそれが羨ましいと、こっそりと城を出ているのを何度か見たことがある。


「明日は朝から忙しくなるだろうから、今日は早く寝なさい」

「はい、お父様」

「綺麗に着飾って、最高に美しい姿を見せるのよ」

「はい、お母様」


 私は柔らかく微笑みながら返事をする。

 無駄な動きは一切ない上品な動き。豪華な衣裳などいらない。仕草や行動が高貴な者であるのだという装飾の一つになるのだから……。


「では、失礼いたします」


 私はもう一度お辞儀をして、その場を後にする。

 来た道を戻りながら、両親の会話が耳に届く。


「ミジュはいつも反応が薄いわね。手間のかからない子だけど、面白みのない子だわ」

「あれが姫のあるべき姿なのだ。ミジュはそれを心得ている」

「……そうなのかしら」


 父はきっと、私を認めてくれている。

 だからこそ、あまり干渉しないのだろう。放置されているのは、私のことを信用してくれているからだと思っている。

 私は部屋を出て、図書室へと足を運んだ。

 王家の図書室はこの国で一番情報の詰まった場所である。「宝庫」と呼ぶ者もいる。

 それぐらい書物が充実しており、私の癒しの場でもある。

 廊下を歩きながら、窓から見える花壇に咲く花に目が留まり、ふと足を止めた。 

 オレンジ色の可愛らしい花に蝶が一匹止まった。美しい花は蝶を呼び寄せる。花は蝶に蜜を吸われながらも、何も言わずにただ咲き誇っている。


「ねぇ、ジュリック」

「なんでしょう、ミジュ様」

「私って勇気がないのかしら」


 自分でも驚くほど小さな声だった。


「……今、なんと?」


 ジュリックは私の言葉をちゃんと聞いていただろう。

 確かめるように、聞き返す彼に私は「何も」と口角を上げて、また足を進めた。

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