99.雷鳴を呑み込みし翼
ソリュドからの依頼……いや、懇願に等しいものを果たす為、一行は馬車を走らせる。
目指す場所は世界の事象を記録する大魔導書アーフェゼクが書き伝えた"天雷の山"。かつてそこには、雷鳴の竜が栄えていた。今は雷鳴のドラゴニュートの根城である。
街を出発したのは昼下がりの午後。馬車が進むにつれ陽光は地平線に沈む。一行は安全な岩陰を見つけるとそこで一夜を明かすこととなった。
「ゼナ。腹の具合はどうだ?」
ウィオネが尋ねる。
「え? どうも何も平気だけど……」
妙な質問に訝しみながらゼナは自身の腹を撫でる。夕食はすっかり栄養に変換済みだ。
「動けるんだな?」
そう言いながらウィオネは木刀を投げ渡す。
「お前の修行は終わってない。まだ私に勝っていないからな。それにこういうのは継続がものをいう。これから毎夜に剣を交えることにしよう……なんだその嫌そうな顔は。まさか、あれだけで刃を理解したつもりではないだろうな?」
顔に影を作り、にっこりと笑いながら凄むウィオネにゼナは何も言えなくなり、渡された木刀を掴み取る以外に選択肢はなかった。
「では少し離れる」
「おうよ。あんまり遠くに行くなよ〜」
間延びした声をルセンはあげる。彼は召喚したゴレムの腹に布を引き寝そべっていた。今にも夢の中へ落ちそうなぐらいに瞼が蕩けている。
「なんというか緊張感がないわね。いい意味でも悪い意味でも」
リーズは呆れ笑いを浮かべながら指先から火種を一つ生み出し、焚き火に注いでいく。
パチパチと枝が焼かれる音だけが響いた。
リーズは両膝を抱きながらちらりと横を見た。レシュアはまっすぐ炎を見つめ何かを考えている。
「………………」
なんとも言えない気まずさが流れる。ソリュドを前にして感情的になった自分が今になって恥ずかしく思えた。
「……リーズ」
「な、なに?」
先に口を開いたレシュアにリーズは狼狽しながら答えた。
「……ありがとう」
「……へ?」
予想だにしなかった感謝の言葉にリーズは裏返った声を出す。
「あの時、俺のために怒ってくれてありがとう。礼を言えてなかった」
そう言うとレシュアは屈託のない笑顔を見せる。
「べ、別にあんたの為とかじゃなくて……ただ単に私は思ったことを言っただけなんだから!」
リーズは誤魔化すように捲し立て、立ち上がる。
「そういうことにしておこう」
「このっ……!」
リーズは顔を赤くしながら澄まし顔のレシュアに拳を作るがすぐに無駄と知り、
「私、二人の修行を見てくる」
会話はリーズの逃亡という形で終わった。
「ああいった姿を見ているとあいつもただの女の子だな」
レシュアの隣に愉快と笑うルセンが腰を下ろした。
「さっきまでの眠気はどうしたんだ」
「あの場に俺は不要だったろう?」
どうやら彼は気を遣って狸寝入りをしていたようだ。レシュアはその心意気に感謝と尊敬の念を覚える。
「ところでレシュア、竜のじいさんの話しを聞いてから顔が浮かないな。どうかしたか?」
「ああ……少し。敵は俺と同じドラゴニュートだ。それも竜に恨みを持った。
ふと、考えたんだ。もし、ゼナとリーズに合うことがなかったら俺もそういった存在になっていたんじゃないかと……」
「それはないな」
レシュアの不安をルセンはすぐに真っ向から否定する。
「……何故だ。何故、そう言い切れる?」
「お前を見ていればわかる。お前は優しい奴だ。誰かの為に戦えても、自分の為には戦えない。優しさで己を不幸にするタイプ。だからゼナたちと出会ってなくても、お前は復讐の竜にはなっていない」
「その代わり燻って散るということか」
「まあ、そういった未来もあったかもな。でも今はどうだ? 俺の目にはお前が燻り散ったようには見えないし、これからもそうなることはない。何故なら仲間がいるからだ。ゼナにリーズにウィオネ。俺とゴッちゃん。頼もしい仲間がなっ!」
ルセンはレシュアに決まったとばかりにウインクを送る。
「そうだな……その通りだ。俺には仲間がいる。ありえたかもしれない未来など考えるだけ無駄だった。……ありがとう。おかげで気が晴れた」
「気にしなさんな。この旅路の仲間の最年長である俺の役役目だ」
ルセンはまたウインクを決めるが、レシュアが妙な表情を浮かべていることに気がついた。
「あっ……」
ルセンは時間差で察しがついた。
「最年長はウィオネだ。エルフは長命種と話していた。もっとも幾つかは知らないが」
「忘れてたぜ。いったい何歳なん……いや、やめておこう。女性の年齢を詮索するのは失礼だ。背後から斬りかかられては困るしな」
レシュアは同意に深く頷いた。
それぞれの想いが交差した夜は明け、一行は天雷の山の麓に辿り着いた。
聳え立つ山脈の背景に広がる雷雲はまさに天雷と呼ぶに相応しい。
メイ曰く、雷の魔力の反応は山脈の上から感じるようで、一行は馬車を降り参道に入っていく。
山の中は無機質な灰色で命というものを何一つ感じさせない。雷鳴のドラゴニュートはいったいどんな面持ちでここにいるのだろうか。自分の祖先がかつて栄えた地で、復讐に悦んでいるのか。それともどうしようもない虚しさを覚えているのか……。
山の中を抜けると開けた場所に出た。どうやらここは山の中腹のようだ。しかし、雷雲はまだ遥か上で、嘲笑うかのように唸りを上げている。
「こうも景色が変わらないと登山もつまらんもんだな」
ルセンがため息混じりに呟いた。
「メイ、どう? 雷の気配は?」
「……正直に言おう。わからない」
「あんたにしては素直に認めるのね」
メイの意外な態度にリーズは目を丸くする。
「この雷雲が原因だ。雷の魔力をうまいこと隠していて探しづらいんだ。もっと上にいかないと」
「なら、ぐずぐずはしていられない。時間をかけるほど山は私たちに脅威を見せてくる。それは雷鳴のドラゴニュートよりも恐ろしいかもしれない」
ウィオネの言葉に一同は頷く。
頂上となれば当然空気は薄い。それに夜を迎えれば視界の悪さと寒さに戦うどころの話しではなくなる。かと言って急いで登ろうとすると、体に負担がかかる。
急がずに急ぐ。これが今、求められる行動だが何という矛盾だろうか。
いっそのこと、あちらから襲いかかってくることを……なんて思ってしまい、ゼナは頭を振って掻き消す。……しかし、無駄であった。その考えはすぐに現実と化すのだから。
レシュアは遥か上の雷雲を見上げる。決して景色に魅せられているわけではない。荒れ狂う雷雲の中に"何か"がいることに気がついた。
それはまるでこちらを品定めするように右往左往へひしめき、やがてぴたりと動きを止めた。
とてつもない嫌な予感が全身に走る。
レシュアは地面から氷結の針を作り、天高く突き出した。特に意図があったわけじゃない。ただ、そうしなければと竜の勘が告げたのだ。
その勘は正しいと証明された。
ぴたりと動きを止めたそれが光るや否や、赤い稲妻が落雷となって振ってくる。落雷は氷結の針に吸い寄せられ地面に流れた。図らずも針は避雷針の役割をなしたのだ。
「落雷っ……!? 奴が仕掛けてきたのか!」
ようやくメイは雷の魔力を把握できたようで、睨みを上空にぶつけた。
雷雲から生まれ落ちるように影が出てきた。それは二対の翼と角、爪牙、尾を携えている。まさしくドラゴニュート。
「あれが竜を蹂躙した雷鳴のドラゴニュート……」
リーズの拳が震える。この距離でも相手の強さが伝わってきたようだ。
雷鳴のドラゴニュートは徐々に加速して、ゼナたちに近づく。そして降り立った。
「俺様の落雷を防ぐとはなぁ。少しはできるみたいだ」
雷鳴のドラゴニュートは実に嬉しそうな顔をした。
「……お前が竜を蹂躙したドラゴニュートか」
ゼナは腰の剣に手を添え、いつでも抜ける体制で聞いた。
「まさしく」
雷鳴のドラゴニュートは赤白い髪をかきあげ、鋭い目で答えた。
「逃した魚が、いや、竜が餌を釣ってきてくれたようだな」
「ソリュドをわざと生かしたのか……」
「ああ、あんなのいつでも殺せるからな。奴を利用したんだ。俺様の楽しみを増幅するために。
それにしてもお前らは妙だ。同類に、長寿に、下等種……どんな寄せ集めだこれは? まあ、いい。面白い戦いができればそれでな」
雷鳴のドラゴニュートは一人納得したように笑った。
「おい。戦う前に聞かせてもらおうか。お前は雷鳴のドラゴニュートなのか。それとも雷の魔力なのか」
メイは一歩前に出て聞いた。
「なんだこの白いのは?」
「いいから答えろ」
「俺様の名はリーヴィルだ。どこから見ても雷鳴のドラゴニュートだ。その雷の魔力とかいうやつは知らねえなぁ。ただ、十四年前、俺様の中に入ってきた奴がいた」
リーヴィルはにやりと笑う。
「……そいつはどうした!?」
「……死んださ。俺様が殺したんだ。そして糧となった」
リーヴィルの指先がバチバチと光る。
「まさか魔王の魔力が支配するはずの入れ物に呑み込まれるとはな……ウィオネとは真反対の方法で魔力を我が物にしやがった……」
メイは珍しく狼狽と恐怖の表情を浮かべている。それほどまでに、魔王の魔力の支配を跳ね除け逆に乗っ取るという行為は常軌を逸しているのだろう。
「さて、無駄話は終わりだ。……お前たちが俺様に相応しいか試させてもらうぞ」
「何をするつも――」
口を開いたリーズが言葉を言い切る間もなく吹っ飛ばされた。そのまま崖際まで運ばれる。
「――リーズっ!?」
風の力で高速に動いたウィオネが辛うじて腕を掴んで救出した。
「み、見えなかっ――」
「――もう遅いぜ」
その声は耳元で聞こえた。振り返った時にはざらついた鱗の拳がゼナの鳩尾に沈み、ゼナ自身も地面に沈む。
「野郎っ!!」
ルセンは力いっぱいに大斧を振り下ろす。しかし、リーヴィルは易々と片手で制すと、そこからルセンの全身に電流を流した。
声にならない声を上げてルセンは倒れた。
「ゴゴゴッー!!」
リーヴィルの背後に巨大な影が迫る。それはルセンが気を失う直前に顕現させたゴレムだ。天雷の山の岩肌で構成されたゴレムは灰色の体で頑強な拳を振り上げた。
だが、遅すぎる。雷鳴の一閃がゴレムの頭を吹き飛ばし、機能を停止させた。
「さてと、同類。お前の名は?」
片手間だったかのように手を払い、レシュアに向き直った。
「……レシュア」
「そうか。レシュア、お前とは中々面白い戦いができると思うんだ」
リーヴィルは翼をはためかせた。
「来いよ。ドラゴニュート同士、やり合うなら空だ。がっかりさせてくれるなよ?」
あっという間にリーヴィルは天高く舞い上がった。
「………………」
レシュアは一呼吸置くと、右翼の付け根を凍らせ、氷結の翼を造り上げる。勢いよく飛ぼうとしたその時、何かに足を掴まれた。
「ゼナ……」
「一人なんて無茶だ……」
ゼナは絞り出すようにして口を開く。
「しかし、このまま奴を空に野放しにしては落雷で俺たちは竜の二の舞になる。違うか?」
レシュアはゼナに手を添えるメイに向かってそう言った。
「お前は間違っていない。ここでお前を止めることの方が間違いだ。行ってこい。ただし、死ぬな。こんなところで戦力を削ぎたくはないからな」
レシュアを戦力としか数えていない発言だが、これは彼女なりの気遣いであった。
「もちろんそのつもりはない。絶対に死にはしない。だから、ゼナ。頼む」
レシュアはしゃがみ込み、ゼナの手にそっと触れた。手は力なく足から離れていく。
「約束だよ……」
「……ああ」
レシュアは笑顔を見せると雷雲の空へと飛び立った。




