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ゼロの旅路  作者: イフ
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98.雷鳴に浮かんだ翼

 生い茂った森を抜けるとゼナたちは街道を見つけ、なぞるように歩いた。しばらくして街を指す看板があり、その街で昼休憩をすることとなった。



「久しぶりの肉だ……!」

 レシュアは珍しく冷静な顔を崩し涎をすすりながら、目の前の食事に齧り付いている。


「あんまり食べ過ぎないでね……」

 ゼナは無駄と思いながらも諭すように言った。


「……ゼナ、それは?」

 ルセンはゼナの手元が気になった。


「ああ、これは家計簿ってやつだよ。旅のお金の管理も怠ると後で痛い目を見ると思ってね。始めてみたんだ」

「おお! それは立派なだな。だが……それに書いて大丈夫なのか?」

「後ろの方から書いているから大丈夫だよ。多分」

 ゼナが書き記している書物はアーフェゼクであった。九割が白紙の部分がなのでどうせならと、有効活用しようという所存だ。


「ふん、落書き丁にされる大魔道書のことを思うと泣けてくるな」

 メイはわざとらしく目頭を抑えた。


「落書きじゃないって。必要なことなんだ。みんなお金に無頓着そうだし……気付かぬうちになんてことも有り得る」

「確かにな。まあその要因の殆どは主に暴食竜だと思うが」

 ルセンは目を細めてレシュアに視線を向けるが、当の本人は気にすることなく頬張った食事を味わっている。



「ねえ、ウィオネ……それだけでいいの?」

 リーズは隣にいるウィオネが注文した品が気になった。

 彼女の前には小皿に盛り付けられたサラダと水しかない。


「ああ、エルフという種族は少食かつ、菜食主義な傾向にある。肉を食べないというわけではないのだが、基本的にはこれで十分なんだ」

「ふーん。だからそんなに細いわけ?」

 リーズはウィオネの脇腹を悪戯っぽく笑いながら突っついてみた。


「お、おい……」

「へへっ、ごめん。でも羨ましいな〜。私もスタイル抜群な美人になりものよ」

 そう言いながらリーズは脂っこい骨付き肉を豪快に噛みついた。


「あれじゃあ無理だな」

「ああ、まったくだ」

「そこっ! 聞こえてるわよ」

 こそこそと話すルセンとメイにピシャリと指を指す。


 そんなたわいもない食事が進んでしばらく、そろそろ店を出ようとなった頃。店のベルが鳴り、一人の男が入ってきた。


 ゼナは何とはなしに視線を向けた。

 白装束のローブを羽織り、よろよろと歩いている。風貌からして老人であることが伺えた。


「テキトーに座ってくれ〜」

 カウンターの奥から間延びした店主の声がした。


 老人はそれを聞いてもすぐには動かず、それどころか横の壁に全身を預けてしまった。


 手を貸した方がよさそうだ。

 ゼナは怠惰な店主の代わりに腰を上げ、席を立った。


「あの……お手伝いしましょうか?」

「……はあ……はあ……ようやく会えたか……」

 老人は安堵の息を吐く。


「会えたって……一体どういう意味ですか?」

「おいゼナ。こいつの目を見ろ。人間じゃない」

 いつのまにか隣に並んだメイの指摘にゼナは覗き込む。


「これは……」

 老人の瞳は確かに人間のものではなかった。その瞳の黒目は縦に長くこちらを吸い込みそうなほどにぎらついている。この瞳には見覚えがあった。


「で、銀氷の竜であるソリュドさんがわざわざ何の用だ?」

「……ソリュドってまさか!?」

 その名前には深く覚えがある。脳裏に吹雪くあの山々と巨大な竜が浮かび上がった。


「ああ、我は銀氷の竜の主、ソリュド。汝に頼みがあってここまで来たのだ」

 それだけ言うと人の形をしたソリュドはがくりと膝をついた。


「こいつがここまで疲弊している所を見るにただ事ではないらしいな」

「そうだね。とりあえずどこか静かな場所に移そう。そこで話しを聞く。みんなを呼んできてくれ」

「……へいへい」

 メイはめんどくささを隠すことなく仲間の元へ飛んでいった。



 店から移動し、仲間たちに事情を話し、ソリュドが安定を取り戻すのを待った。


「……すまない。待たせた。何故こうなったのかの事情を話そう」

「まずは我ら竜について語らせてもらう。我ら竜には四種の属性があり、それぞれが互いの均衡を保っている。

 灼熱は銀氷を溶かし、銀氷は大地を凍てつかせ、大地は豪風を遮り、豪風は灼熱は吹き飛ばす。そんな関係だ」


「灼熱、銀氷、大地、豪風……アーフェゼクに書いてあったのは魔力ではなく竜のことだったのか」

「……どうも事情は察しているようだな」

「まあな。私の偉大なる発想が生んだ魔導書でな」

 メイは自慢げに鼻を鳴らす。


「なら、話は早い。灼熱、大地、豪風の竜は壊滅したと言っていい。生き残ったのは銀氷の竜……いや、主である我だけだ。そう我は生き残ってしまった。他の者が抵抗する我を生かそうと奮起し、願いは叶った」

 ソリュドは項垂れる。本来なら主である自分が他の者を逃すべきだったろうという後悔と、襲撃者を退けなかった己の弱さに押しつぶされている様子だ。


「ふん、お前の落ち込みは今どうでもいい。で、敵の姿は? それくらい見たんだろう」

 メイは容赦のない言葉を送った。


 ソリュドは一瞬面を喰らいながらも顔を上げ、答えた。

「ああ、奴の姿を見た。雷鳴の閃光の中に影ではあるが一瞬捉えた」

「…………」

 一体その正体とは……一同に緊張が走る。


「人の姿に竜の翼。あれはドラゴニュートだ」

「……!?」

「そう。レシュア。汝と同じドラゴニュート。雷鳴のドラゴニュートだ。そ奴が我ら竜を壊滅に追い込んだ」


「はははっ! そいつは復讐って奴だな」

 突然メイが笑い出した。


「どういうこと、メイ?」

「かつて竜には灼熱、豪風、大地、銀氷の他にもう一つ属性があった。そうだろう?」

 メイの言葉にソリュドは深く頷く。


「ああ、雷鳴の竜が存在していた……」

「そして雷鳴はお前たちに滅ぼされた」

「……なんだって!?」

 一同に今度は衝撃が走った。


「かつて我らは五属性からなっていた。それぞれが互いを支えて、抑えて、下界を見守ろう誓い合った。しかし、雷鳴は違った。彼らは我らと比べて頭一つ強く、そして愚かだった。

 竜の本能に従い、誓いなど忘却して、喰らいたいまま喰い、殺したいまま殺した。

 我々はその横暴に決起し、雷鳴の竜を滅ぼすことに決めた。これが竜滅戦争。汝ら人間の文献には何一つ残らなかった覇空を賭けた戦いだ」

 ソリュドは苦い思い出に顔を歪ませる。


「……我らは勝利し、雷鳴の竜は滅んだ……はずだった。しかし、一体の竜が逃げ仰せ人に化けて生きていたのだ。我らはその存在を知りながら手を出さず見逃した」

「それは……何故ですか……」

 ゼナの重い口を開いて出た問いに虚しい顔でソリュドは答える。


「戦争は終わり、生き残ったものはきっと理解する。あれは愚かな行為だったと。我らはその者の改心を信じ、それが成就した時、雷鳴を受け入れるつもりであった。だが、彼の中で戦争は終わってなかった。我らを相手に単騎で報復に現れ、そして……呆気なく散った。

 それから長らく我ら竜は戦争という忌まわしき記憶を忘れた。雷鳴の血を注ぎし者が現れるまでは……奴を討たなければならない。荒れ狂う雷鳴を鎮めなければ」

 勢いよく巻くしたてた為か、ソリュドは壁に背を預け、ずるずると地面にへたり込んだ。


「何故、私たちなの? 下界の見守るだけの存在に頼る気?」

 今まで黙っていたリーズは突如冷たい声でいい放った。彼女の顔は憤りのない怒りに染まっていた。


 リーズ……もしかして……。


 ゼナは一つ思い当たる節があった。だがここで口を挟むことはせず様子を見ることにした。


「汝らと利害は一致している筈だ」

 その発言は雷鳴のドラゴニュートに魔王の魔力が宿っていると知っている発言だ。どうやらソリュドは全て織り込み済みのようだ。


「確かにな。だが、気になることがある。雷鳴のドラゴニュートに雷の魔力が乗り移ったことはごくごく自然だ。けれど、竜に復讐する動機がない。中身が雷の魔力ならな」

「メイ……それって……」


 ゼナはロザーレと風の魔力の関係を思い出した。がしかし、すぐに首を振り考えを打ち消す。

 あれは元のロザーレの人格が起こした奇跡のようなものだ。粗暴な雷鳴の血を引いたドラゴニュートにそれができるとは到底思えない。


「雷鳴のドラゴニュートの討滅を受け入れてくれるか?」

「ああ、元よりそのつもりだ。お前に頼まれなくてもな。ところで天雷の山って知っているか?」

「……かつて雷鳴の竜が巣食っていた場所だ。地図を貸してくれ…………ここが天雷の山だ」

 返してもらった地図に印が書き記されている。場所はここより北東の山脈だ。


「頼んだぞ。汝らに竜の未来が――」

「自分勝手ね」

 ソリュドの言葉を遮るようにリーズが口を開いた。


「どういう意味だ……」

「あんたはレシュアが苦しんでいるのを知りながら竜という立場を理由に何もしなかった。なのに見ていただけのレシュアに、見下ろすだけの存在である人間に頼る。それが自分勝手だって言っているのよ」

 リーズの声は若干の震え声を携えながら言った。

 ソリュドの竜山で覚えたレシュアへの対応が彼女に怒りを湧かせる。


「我は竜の主だ。感情で下界に手出しできない。仕方ないないことだった」

「それでもあんたは何かできたはずよ。何も思いつかなかった? そうじゃないわ。あんたは竜の主という立場に奢り、それを棚に上げただけ! ツケが回ったの。だから――」

 段々と激情が昂るリーズの前に腕が飛び、その言葉を途切れさせる。その腕の主は他でもないレシュアだった。


「リーズ。これ以上はよしてくれ。こんなのは互いを傷つけるだけだ。今、争う者を間違えてはならない」

「……っ……ごめん」

 レシュアのまっすぐな瞳にリーズは謝るしかなかった。


「ソリュド。お前が俺を助けなかったことはどうでもいい。それはもう過去の話しだ。雷鳴のドラゴニュートは倒す。ただしそれはお前の為ではない。これ以上の犠牲を出さない為だ」

 毅然とした表情でレシュアは答える。ソリュドはもう何も言わずただ頷いた。



「まあとにかく話がまとまったわけだ! なら早速行こうぜ。善は急げって奴だ。なっ!」

 ルセンは人一倍明るく陽気な声を出してリーズに笑いかけた。その笑みにリーズはなんだか力が抜けた。


「……そうね。動かないと始まらないわ。私は移動用の馬車を借りてくる」

「俺も行くぜ。お子ちゃまには貸してくれないかもしれないからな」

「一言余計なのよ」

 二人は言い合いをしながら移動していった。


「彼の気の使い方は見習うべきかもしれないな」

 ウィオネは感心を一人呟く。


「……吉報を待っている……ぞ……」

 ソリュドの息が絶え絶えになっていく。会話にも体力を使っていたようだ。


「私が介抱しよう。病院に……いや、この瞳が見られると厄介か……」

「近くに洞窟が……そこで構わ……」

 それだけ言うとソリュドは意識を落とした。


「じゃあ、ウィオネ。頼んでもいいかい?」

「ああ」

 端的に返事をするとソリュドを担いで街の外へと歩いていった。


 そういった会話をよそにレシュアは天雷の山がある方角を見上げた。


 竜に復讐したドラゴニュート。もしかするとそれはありえた自分の未来かもしれない。仲間たちと出会わなければ、俺はどうなっていただろうか……。


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