96.その刃は誰のため
「――ゼナ! わかったぞ」
頭に響く声。それは作戦を託した相棒の声。どうやら答えは出たみたいだ。
「よし……みんな! 少し抜ける頼んだ!」
「ゴゴゴッ!」
ゴレムがその大腕でロザーレの触手を掴み抑えた。その隙に、大木の影に転がり込む。
「それで作戦は!?」
「端的に言えば魔王の魔力と対処は変わらない。魔力で形成した剣で天秤の種を刺し、抜き取る。だが、一つ問題がある」
「問題?」
「ロザーレの胸にある蕾。あれが種を守る盾となっている。それに見ろ」
メイに促され、大木の陰から覗き見る。
「あれは……」
ロザーレを傷つけないようにと集中して気が付かなかった。
彼女の胸にある蕾が開きかけている。白と黒の花弁が隙間から見えた。
「あれが完全に開き切ればロザーレはもう取り返しがつかない。天秤の種の土壌と化すだろう」
「だったら早くしないと!」
「待てッ!」
焦るゼナをメイが止める。
「あの蕾を下手に攻撃すればロザーレにどんな影響があるかわからない」
「じゃあ、どうしろって言うんだ!」
「……あれを傷つけず吹き飛ばす力が必要だ」
「……ウィオネ!」
ゼナのひらめきにメイが頷く。
「そう、風の魔力の力であればそれが可能だ」
「ならすぐにウィオネを呼び戻しに……待った。メイ! ウィオネとの距離はどのくらいだ!?」
「百メートルもない。お前の脚力を強化すればすぐだ」
そう言ってメイはゼナの足に魔力を集中させたが、ゼナは手を突き出して否定した。
「おいッ!?」
「メイ。百メートルなら君だけでも行ける。僕は足手まといだ……」
「何を言って……ベティか……」
メイはゼナの言いたいことを理解した。
ウィオネを連れ戻すにはベティを突破しなければならない。彼女は簡単に見逃してくれはしないだろう。必ずひと悶着が起こり、そして時間がかかればロザーレの命が果てる。
「君だけならベティは斬ってこない。そもそも斬れないしね」
「ふん、どうだか。あいつは私すら両断しかねん。まあ、いい。わかった。私一人で行く。その間お前は前線に出るなよ」
メイは強く言いつけるがゼナは否定に首を振る。
「そうもいかないさ。仲間に任せっぱなしはかっこが付かない。大丈夫。君がいなくても戦えるよう修行したんだからさ」
「付け焼き刃だろ」
メイは訝った目で見る。
「戦いの中で磨くよ。さあ、行ってくれ! 時間がない」
ゼナはメイの返事も聞かずに戦いの中に飛び込んでいった。
「チッ……無茶だけはしてくれるなよ。お前は私の……ええい! 妙なことを考えるな。今はウィオネを連れ戻すことだけを考えろ!」
頭をぶんぶんと振り回し、メイは急いでウィオネのもとに飛んでいった。
氷炎の刃と旋風の居合が睨み合う。どちらかが少しでも動けば果たし合いは始まり、命尽きるまでそれは続くだろう。
ウィオネとベティは相手の一瞬の動作も見逃さまいと血眼だ。
呼吸に瞬き。どんな体の動作も命取りになる。二人の間にいくつもの命の糸が張り巡っていた。
お互いに睨み合って一分は過ぎた。二人はまだ痺れを切らさない。最初の一刀で勝負の行方は左右される。そう理解している故にエルフの剣士たちは視線で戦うのだ。
「――おい! ウィオネ!!」
その時、場壊しな声がした。
「お前は何をしている!? お前がいるべき場所はここじゃない」
魔力の少女の声にウィオネは視線が僅かに逸れた。
その瞬間、氷炎の刃がウィオネ――ではなく、メイに向かって振り下ろされた。
「っ……!?」
地を走る一閃を間一髪で躱わす。一閃が通りすがった後には焦土と氷晶が塗りたくられていた。
「……本当に斬ってきやがった……」
「崇高な果たし合いに水を差すなんて無粋ですよ」
その声は冷静ではあったがどこか苛立っていた。
「何が崇高な果たし合いだ……こんなのはくだらない無意味なお遊びだ」
メイはベティを冷たく一瞥すると、ウィオネに視線を向ける。
「いいか、ウィオネ。お前の刃は何の為にある? こいつと果たし合いをする為か?」
「…………!」
「違うだろ? お前の刃は――」
「……私の刃は――」
ウィオネは抜刀した。ベティは攻撃が飛んでくると警戒して構えた。しかし、その矛先は何もないただの空間に向けられた。
「――女王様の為に!!」
ウィオネは刃を振ると同時に地から足を離した。その瞬間、突風が刃から吹きあられ、ウィオネは勢いよく吹っ飛ばされていった。
「はははっ! 風の力で自分を運ぶとはな! 性格に似合わず大胆な奴だ」
メイは愉快に笑みを溢した。
「……よくも邪魔立てしてくれましたね」
ベティは刀に魔力を込め、メイをこのまま斬り刻まんと凄んだ。
「おっと、お前のくだらん憂さ晴らしに付き合うほど間抜けじゃないんでね。ここでお暇させてもらおう。後ろの御主人によろしく言っておけ!」
メイはベティの残した旋風の残留を利用してゼナたちの元へ流れて去って行った。
「後ろの……!?」
メイの言葉に慌てて振り返るとそこには切り株に腰掛けて頬杖をつくラズシュがいた。
「ら、ラズシュ様!」
ベティは慌てて納刀し、跪つく。
「そろそろ潮時かなと思って向かえにきたんだ。あれ以上はあっちも君も得るものがない。そうだろ?」
「……はい。彼女は私の求める刃ではありませんでした。風貌が似ていたのでもしかしたらと思ったのですが……」
「まあ、いずれ見つかるさ。君の家族の仇は。特に根拠はないけどね」
ラズシュはあっけらかんに笑う。その仕草にベティも頬が緩んだ。
「さあ、帰ろう。僕は何か食べたい気分だ」
「かしこまりました」
二人は空間にこじ開けられた次元の穴に吸い込まれ消え去った。
「…………っ!?」
激しく暴れるロザーレの触手に鍔迫り合いも虚しく弾かれ、ゼナは地面を転がった。
「――――!!」
倒れ伏せたところに容赦のない鞭が飛んでくる。
「しまっ――」
「オラッしゃあっ!!」
その鞭を歳頃の乙女がおよそ出さない声と共に、リーズが蹴りつけた。
「ゼナ、別に木の陰に隠れててもいいのよ?」
「あいにく、それはできない。僕の相棒に一人でも戦うって約束したから。ここで逃げたらカッコ悪いじゃないか」
ゼナは肩で息をしながらも笑みを作りながら言う。
「だったらもう言わないわ。なるだけのフォローはするか――」
その時、突風が一同を襲った。
「どうやらその必要はなさそうみたいだね」
ゼナは顔面に吹き付ける旋風を防ぎながらニヤリとした。頼れる相棒が風を引き連れて戻ってきた。
「すまない、皆。私の刃が何の為にあるのか、気づかされた。この刃はあなたを救い守る為のものだと。女王様……今、お救いします」
ウィオネは腰の刀に風を集約させ始める。
「間に合ったな」
「……メイ!」
「……ゼナ。お前割とボロボロじゃないか。あの威勢は何だったんだ」
頼れる相棒は相変わらずの一言を溢す。
「僕は十分奮闘したさ! それよりこっちも天秤の種を取り除く準備だ」
ゼナは背から折れた剣を抜き出す。
「ああ。おい、お前たち! 得意の足留めは任せたぞ」
「誰が得意よ……まったく相変わらず一言も二言も多い奴!」
文句を言いながらもリーズはロザーレに突っ込んで行った。
「よーし、俺たちも負けてられんなあ……レシュア、ゴッちゃん! 最後まで気を抜くなよ!!」
「了解した」
「ゴゴッ!」
大男、ドラゴニュート、ゴーレムの三人も暑苦しい気合いと共にリーズに続いた。
「頼もしいなお前の仲間は……」
「うん、自慢の仲間だ。もちろん君も」
「……私も?」
「うん。誰かの為に協力し合う。これを仲間と呼ばないわけにはいかないだろ?」
「……仲間。そうだな。私は仲間たちと女王様を救う。ゼナ、準備はいいか!」
新緑の風がウィオネの刀に集まりきった。救う手立ては整ったようだ。
「――いつでもいける!」
ゼナの魔剣も完成した。
「みんなっ!」
ゼナの呼び声に一同は頷き応える。
ゴレムは暴れる右側の触手を掴み、レシュアが左側を凍結させ、ロザーレの動きを固定する。
それでもなお生え出る触手をリーズとルセンが捌き落とす。
「ゼナ、ウィオネ! 今よッ!」
「――あなたから贈られたこの風があなたを救う……救って見せる!!」
ウィオネは抜刀した。刃から嵐のような風が吹きあられ、開花直前の蕾に向かっていく。
生と死の花弁はそれでも開こうと抵抗する。しかし、ウィオネの風は強く、そして長かった。新緑の息吹が絶え間なく荒ぶり、花弁を押し込む。やがて……一枚、二枚と花弁が剥がれていき、ついには全ての花弁がロザーレの胸から消失した。
「――ゼナッ!!」
ウィオネの呼び声にゼナは飛び出し、彼女の風に身を預けた。体がふわりと浮いたと思うと、ロザーレの胸元まで一気に運ばれる。
「……これで最後だーーッ!」
白く眩い剣を種に向かって突き刺す。
種の魔力がどくどくと剣に流れ、種は萎れていく。そしてついに、種がロザーレから離れた。
「……そらっ!!」
剣に刺さった種を空中でふり捨て地面にぶつけた。すかさずリーズが炎の拳で潰し、灰に変える。
ロザーレは無事に、天秤の種から救い出された。自信が託した風の継承者とその仲間たちによって。
「女王様ッ!!」
ウィオネは刀を投げ捨て誰よりも早く、ロザーレに掛けより、寄り添った。彼女の大きな手を握る。
「…………ああ……」
ロザーレの細い目が開き、ウィオネを見つめた。
「……ウィオネ。あなたは風の継承を成し遂げた。さらには、異形に呑み込まれかけた私を救ってくれた」
その小さな手を握り返した。慈愛に満ちた彼女の体温が伝わってくる。
「私一人の力ではありません。彼らが……仲間がいてくれたから私はここにいて、あなたの為の刃でいられた」
ウィオネは大粒の涙を堪えながら言った。
ロザーレはただ微笑み、そっと彼女の頭優しく撫でる。
ウィオネの頬に暖かいものが流れる。何度も何度も。やがて彼女は、愛敬する者の手の中で子どものようにわんわんと泣いた。




