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ゼロの旅路  作者: イフ
95/134

95.無意味

 風の魔力の粛清の為に訪れた破壊の魔力、ラズシュ。彼は圧倒的な不可侵の防御とすべてを無に帰す破壊魔法でゼナとウィオネを赤子のように扱った。

 彼は常に微笑む。それは余裕の証。消して崩れることのないものだった。風が吹きすさぶまでは……。


「まさか、僕が騙されたのか……?」

 ラズシュは手に握ったただの魔力にじわじわと爪を立てた。


「大した魔力を持っていないのに私がはっきりと見えたのそういうことか」

 メイは納得はしたが腹立たしいという顔をしている。騙されたことにラズシュ同様に堪えたようだ。二人のプライドを逆なでするほどにロザーレの作戦は決まった。けれど、誤算が一つある。


 彼女は風の魔力の継承者であるウィオネに逃げてほしかった。多少の時間が稼げれば、ウィオネは魔力に馴染み、そしてそれを隠匿することが可能だろうと踏んでいた。しかし、継承は破壊の魔力の目の前で起きてしまった。ゼナたちに今のウィオネが加わったところで、破壊の魔力――それも怒りに濡れた――に敵う訳もない。


「……はあ、やーめた」

 ラズシュは表情を緩め脱力した。その姿はまるで急に遊びに飽きた子供のようだった。


「僕は自分の思い通りいかないのが嫌なんだよ。だけど、それで癇癪を起こすのも気乗らない。まあ、何が言いたいかって言うと……萎えたんだ。今日はお開き」

 ラズシュはため息を吐き、背後の空間を破壊して次元の穴を開く。どうやら本当に撤退するつもりのようだ。


「……でも、少しの腹いせは許してくれるかい?」

 

 ぱりんっ。

 ガラスが割れるような音が響いた。それはラズシュが握ったただの魔力を潰し砕した音だった。



「……うっ……!?」

 魔力が壊れた途端、ロザーレは心臓を抑え苦しみに悶えた。


「やっぱりね。ただの魔力と言えど身体への影響はもちろんあるわけだ。君の少し先にあった寿命の終わりが目と鼻の先まで近づいたよ」

 ラズシュはすっきりしたという顔でせせら笑う。


「女王様……っ……」

 ウィオネは今すぐにでもロザーレの側に近寄りたかった。だが、突如与えられた強大な力に押し潰されないように立っているのがやっとで、とても動けそうにない。


「じゃあ、僕たちは帰るとするよ……ベティ? 帰らないのかい?」

「……私は少々ここに残らせてもらってもよろしいでしょうか?」

「君がそんなことを言うのは珍しい……そうか。君の求めるものだといいね。いいよ。好きにして。僕は先に帰るから」

 ラズシュはあっさりと許可を与えると次元の穴に入って消えた。



「何を企んでるわけ……?」

 リーズは拳を構えて睨みつける。


 ベティは一切目を振らずに懐から小瓶を一つ取り出す。その中には何やら小さな種が一つ入っていた。



「これはとある土地で取れる植物、エインの種です。別名を『天秤の種』と言います」

「天秤の種……」

「はい。この種から育った花は二種類の花弁を咲かせます。一つはどんな病も怪我も立ち所に癒す、救命の花。もう一つはどんな者にも死をもたらす、絶死の花。このどちらかを摘みとるともう一方は瞬く間に枯れてしまう。正に天秤。さて、本題はこれからです。この天秤の種を直接、体に埋め込めば……どうなると思います?」

「……!?」

 ベティが何を言いたいのか全員に察しがついた。


「エルフの女王はこのままではただ死を待つばかり。でしたら、この種に運命を委ねても良いのでは?」

 それは悪魔の囁きであった。


 確かに彼女の言う通り、何もしなければロザーレにあるのは死のみだ。けれど、天秤の種に救いを賭けるのは冷静な手段とは思えない。


 皆、同じ気持ちだろう。葛藤の表情が見てとれる。


「……私は待つのはあまり好きではないので」

「――やめ……」

 ゼナの迷った末に出た制止も虚しく、ベティはロザーレの胸に突き刺すようにして、天秤の種を埋め込んだ。


「…………うっ……があっ……」

 ロザーレは弱々しく、そして苦悶に目を見開く。


「少ししたら効果が出てくるでしょう。その間……」

 ベティは振り返ると一同を見渡し、未だ風吹くウィオネに視線を留めると、素早く動いて彼女の懐に潜り蹴りをかました。


 ウィオネは叫ぶ間もなく一直線に吹っ飛んでいった。


「さすが風の魔力。存外に飛びますね。追いかけるのが億劫になってしまいました」

「――こいつッ!!」

 リーズは怒りと炎を拳に纏わせ、殴りかかる。


「後ろ。気をつけた方がいいですよ」

「――っ!?」

 リーズの視界の端に緑の蔦のようなものが見えたと思うと、すでに直撃していた。


「大丈夫か!?」

 吹っ飛んだリーズをルセンの大きな体が受け止めた。


「……っ、ありがとう……いったい何が!?」

「あれだ……」

 ルセンは指を指す。その先にはロザーレがいた。心臓部に蕾のようなものを咲かせ、腕や背中からは触手をうねらせている。


「何……あれは……」

「どうやら予想外のことが起きたみたいですね。彼女の生命力と種が妙な反発と共鳴を起こし、あのような形で体外に表れたと言ったところでしょうか」

 ベティは他人事のように吐き捨てる。


「ロザーレさんをよくも!!」

 ゼナは刃を突き立てるがベティは構えもしない。


「今は私よりあちらの対処を優先されては? でないと彼女は一生このままです」

「……っ!?」

 ベティの正論に腕が力なく降りていく。


「私は風のエルフのお相手をしてくるのでそちらはご自由にしてください。生かすも殺すもあなたたち次第です」

 ベティは丁寧な仕草でその場を離れ、ウィオネが吹っ飛んだ方向に走って行った。


「くっ…………メイっ!! ロザーレさんを救う手立てはある!?」

「そいつはこれから探すしかない。私とてこんな状況は初めてだからな」

「……じゃあ作戦は君に任せる。僕たちは彼女を傷つけないように足止めしておく」

「言っておくが必ず最適解を導けるわけではないぞ。場合によってはロザーレの命を奪いざるを得ない――」

「信じてる」

「あ?」

 ゼナの芯の通った声と言葉にメイは虚をつかれた。


「君はいつだって僕が思い付かない方法で僕を導いてくれる。それはいつだって成功してきた。だから今回も、全部うまくいく方法を思いつくと信じるよ。君は創造(想像)の魔力なんだから!」

 曇りなき眼で語るゼナにメイは呆れた顔を見せる。その表情は自然と緩んでいた。


「私を知った気になりやがって……。お前に応える訳じゃない。あくまで、この状況を切り抜けるためにロザーレを救う方法を考える。それまで耐えろよ」

 相変わらず素直でない言葉を残してゼナの中へと帰っていった。


 ゼナは飛び出し、交戦する仲間たちに加わる。


「待たせた、みんな!」

「おう! ところで、何か作戦はあるか!?」

「……今はない。メイが考えつくまでみんな耐えるんだ。彼女を傷つけないように」

「そいつは難しい注文だな……!」

「あら、ルセンさんには無理難題ってこと?」

 冷や汗を垂らすルセンをリーズが揶揄った。


「誰も無理とは言ってねえだろ。なあ、ゴッちゃん?」

「ゴゴゴッ!!」

 リーズに抗議するようにゴレムは力拳を作った。


「作戦ができるまでの作戦は理解した。だが、長くは持たないぞ……彼女が」

 レシュアは深刻な顔を崩すことなくロザーレを見上げる。


 彼女の瞳は蔦に埋もれて表情がよく読み取れない。しかし、空気を震撼させる彼女の叫び声が苦痛と悲痛をゼナたちに否が応でも理解させた。


「……メイ。頼んだよ! 彼女を救うために僕たちも頑張るから……それが報われる作戦を……!」

 ゼナは深く息を吐いて、剣を強く握りなおした。




「くっ…………!!」

 風の魔力によって派手に転がるウィオネは刀を地面に突き刺すことでようやく止まった。



「はあ……はあ……す、凄まじい力だ。これが女王様の……。戻らなくては。女王様の剣である私がここで燻るわけには!」

 ウィオネはよろよろと立ち上がり駆けようとした。その矢先――刀を抜いたエルフが一人立ちはだかる。


「ベティ……」

「名前を覚えていただいて光栄です。どうですか。一戦いかがでしょうか?」

「ふざけるなッ! 私は女王様を助けにいく! そうでなければ拾われたこの命に意味はない!」

「……難儀なものですね。その忠誠心は私も見習うべきでしょうか。今、エルフの女王の救出にあの人間たちが対応しています。彼らでは信用に値しませんか?」

「そういうわけではない。彼らは信用に足る者だ。しかし、だからと言ってここで私がお前と戦う理由にはならない。剣は常に主の為に振るわれるべきだ」

 ウィオネの迷いなき瞳と言葉にベティは辟易とため息を吐いた。


「そう……ご立派ですね。ですが私も譲りません。確かめさせて欲しいんですよ。あなたが私の求める……刃かどうか!!」

 ベティは力んで刀を握り、躊躇なく斬りかかってきた。

 ウィオネは反射的に避ける。すると体は勢いよく引っ張られ、樹木に激突し、めり込んだ。


「くっ……」

「無様ですね。早く風の魔力を我が物にして私を倒さないと、大事な大事な女王様が死んでしまいますよ?」

「……黙れっ!!」

 樹木から這い出し、勢いよく飛び出す。が、またもや制御できない速度にウィオネは翻弄された。


「おやまあ、見せ物としては評価しますが、剣士としては不合格ですね」

「抑えが効かない……!」

 体に纏わりつく新緑の風が暴れ馬のように吹き荒れる。


「力はこうやって使うんですよ」

 ベティはニヤリと微笑むと、刀を掲げ――。


「剣装・業火」

 ベティの刀が一瞬にして轟々と燃え上がった。


「そしてこれが所謂必殺技というものです」

 炎の刀を一気に振り下ろす。


「――剣技・灼熱斬」

 炎が濁流のようにウィオネに襲いかかる。


「――ッえああああッ!!」

 ウィオネは無我夢中に刀を振った。魔法でも必殺技でもないただの一振り。けれどそれは暴風を巻き起こし、灼熱の炎を抹消させた。


「……ここまでとは。いいですね。では、次は冷ややかにいきましょうか」


「剣装・零度」

 刀の炎が静かに消え去ると、今度は青白い冷気を浴び始めた。



「今度は氷か……!」

「――剣技・吹雪舞」

 冷たい剣先から技名通りの吹雪が飛んでくる。ウィオネは先程のように刀を振り、風を起こして雪を晴らす。


「――残念ながらそれは、はったりです」

 斬り払った隙をベティは狙っていた。一気に間合いを詰めて正面に振り下ろす。


「……っ…………!」

 ウィオネはなんとか刀を真横に構え、不利な鍔迫り合いに持っていった。


「さすがです。しかし、刀ばかりに気を取られることのないように」

「何ッ!?」

 まるで教師のようなアドバイスを語ったかと思うと、ウィオネの視界の端に残像を帯びた左足が見えた。


 

 気がついた時には右手に衝撃が走り、刀が宙を舞う。


 すかさずベティの斬撃が首を狙い澄ましてきた。

 ウィオネは一か八かの賭けで応えた。ただの掌底を突き出し、願った。風が吹き荒ぶことを。


「…………っ!?」

 ウィオネの掌底から溢れ出た旋風の奔流にベティは吹っ飛ばされる。


 隙が生じたのを確認し、地面に突き刺さった刀に向けて風を送り、手繰り寄せるように流す。ウィオネの手の中に刀が舞い戻った。


「今のは風の魔力があなたに馴染み始めた証でしょうか」

「おかげ様でな。なんとなく掴めた。この風の使い方が」

「それはおめでたいことです。……しかし、これまでの戦いでわかりました。あなたは私の求める刃ではなかった」

「……そうか。うれしい限りだ。私もお前を求めていない。お前はただの障害でしかない」

「言ってくれますね。ですが、全く興味がないわけではありませんよ。主に仕える刃同志による、果てのない果たし合い。とても素敵な響きではありませんか?」


 ベティは初対面の頃の冷たい表情を大きく崩し、紅潮に頬を染める。この刃の交じり合いに闘争心が加速しているようだ。


「剣装・業火――零度」

 掲げた刀が燃え上がると同時に冷気を纏わせた。


「そんな果たし合いに心は踊らない。だが、邪魔立てするなら受けるまでだ。この風と共にお前を斬る」

 ウィオネは刀を鞘に納め、抜刀の構えをとり、旋風を刀に集中させる。


 二つの刃が昂り、()()()な果たし合いのファンファーレを告げようとしていた。


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