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ゼロの旅路  作者: イフ
93/134

93.破滅がにじり寄る

 時は昼を超え、夕に差し代わろうとしている。そんな時間を背景に二人の剣士が刃を腰に携え見つめ合って佇む。


「今日で四日目だが……驚いたな。昨日と雰囲気が違うじゃないか。何があった?」

 ウィオネは訝しみながらも笑みを溢して聞いた。


「さあね。それは戦えばわかるさ。でも……強いて言うなら仲間のおかげかな」

 ゼナも笑みで返す。その表情は自信で満ち溢れていた。


「仲間って俺らなんかしたか?」

「あんたはぐっすりだからだったから知らないのよ。一応起こそうとしたんだからね」

「……何の話しだ?」

 リーズの言葉が理解できず、隣りのレシュアに耳打ちで聞く。


「一つ言えることは以前までのゼナとは違うということだ」

「……よくわからん! まあいい。俺は公平に審判を務めるだけだ」

 頭を振って両頬を叩き、ルセンは二人の剣士の間に入る。



「しくじるなよ……この私が考えてやった作戦なんだからな」

 メイは腕を組んで戦いが始まるのをじっと待っていた。



「両者、準備はいいな!?」

「……ああ」

「……いつでもいけるよ」

 二人は同時に鞘から木刀を引き抜くと、構えた。


「では……試合開始――!!」


 ルセンの掛け声にまずゼナが動いた。一気に距離を詰め、先手で仕掛ける。


 上段に向けて一撃、ニ撃、三撃と浴びせていく。が、そのすべてはウィオネの刃に受け流された。


「さあ、もっとこい!」

「言われなくても……!」

 ゼナはさらに激しい連撃を浴びせていくが、まったくもって彼女の懐には届かない。徐々に息が上がってくる。



「……はあ……はあ……」

「どうした。もう息切れか? もっとこいとは言ったが、力み過ぎだ。戦いは始まったばかり。自分の体力も把握できない奴に勝利なんて――見えてこない!!」

 肩で呼吸するゼナにウィオネは踏み込みであっという間に懐に潜り込み、切り払う。


 肉に刃が沈む鈍い音が響く……はずが、鳴り響いたのは木と木がぶつかり合う音だ。


「見よう見まねでも何とか様になるもんだね」

 ゼナは右手で引き抜いた鞘でウィオネの一刀を防いでいた。


「……ふっ、おもしろいッ!」

 ウィオネは力任せに刃を振るう。

 中途半端な体制と力で握っていた鞘は遥か遠くに飛ばされた。


「……くっ!?」

「――さあ、次はどうする!?」

 ウィオネの猛攻が再び襲ってくる。ゼナはがむしゃらに防御で耐えていき、例の策を実行していた。

 この猛攻の中から彼女の癖を探す。レシュアとの戦いの成果を今――!

 

 急に攻撃が止んだ。

 気づけばウィオネが少し離れたところに力を抜いて佇んでいた。


「どうして攻撃をやめるんだ!?」

「表情に出ていたぞ。何か企んでいるのが」

「…………!?」

 

 まさか……策が割れた……?


「ああ、勘違いするな。お前の企みがまるっと全部わかったわけじゃない。ただ何か企んでいると、そう思った。それだけだ」

「どこからそれを読み取ったんだ? 自信があるわけじゃないけど、ボロは出していないつもりだ。表情でばれるなんて……」

「……ふふ。表情というのは何も顔だけじゃない」

 ウィオネは意味深な笑みを浮かべた。


「顔以外の表情……?」

「刃には表情がある。正確に言うと感情……それを映す鏡と言っていい。剣士の感情が乗って始めて刃は完成する」

「……つまり僕の企みが感情となって刃に伝わってしまったのか」

「その通りだ、ゼナ。防御の構えのお前と切り結んだ時、感じた。まるで獲物を待つ捕食者のような企みを刃から受け取った」

「………………」

 ゼナは肩の力を抜いてゆっくりとため息を漏らした。


「刃の感情……か。そんなこと考えたこともなかったよ。だったら見破られるのは当然だね。そう。僕は劣勢に陥ることで油断させ、君の攻撃の癖、即ち弱点を探ろうとしたんだ」

 あろうことかゼナは自身の策を自ら話し始めた。まだ、ウィオネにはその全貌がはっきりとバレてはいないというのにペラペラと口が開く。



「おい、あのバカは何を考えているんだ!?」

「わからないわ……ゼナ、どうして……」

 メイは顔を怒りに赤面し、リーズは不安そうに青くする。


「ゼナっ!! お前は脳みそをどっかに忘れてきたのか? 自分から策をバラしてどうする!?」

「……ごめん! メイ! だけど、思ったんだ。疑いの目を持ったウィオネの前で付け焼刃は通用しないって!」

 ゼナは気まずく笑いながらも反論する。


「……っ、確かに一理ないこともない。……ゼナ。私の策を棄てるということは当然、別の手段を考えているんだよな!?」

「……うーん」

 ゼナは深く考える仕草をとった。それがまたメイをイラつかせた。


「……考えなしか」

「あはは……ごめん。でも、僕は勝って見せるよ。だから最後まで見ていて」

 ゼナはウィオネに向き直り、木刀を握り直した。


「ああ、見ておくとするか。お前の無様な負けっぷりをな」

 メイは完全に不貞腐れて空中に寝そべった。


「話しは済んだか?」

「待たせたね」

「では、見せてもらおう……策を捨てたお前の戦いを!」

 ウィオネはそう言って構えるが彼女からは切り掛かってこない。


 さすがだ……。

 ゼナは思わず感嘆にため息を洩らす。


 策を捨てた。別の策なんてない。その言葉を彼女は完全には信じていない。それはあくまでブラフではないかと訝っている。


 ……少しくらいは引っかかってくれたらと思っていたが、相当に甘い思惑だったようだ。


 これで僕は通用しない手札を捨て去り、空っぽになってしまった。でも、だからと言って終わりじゃない。新たな手札を今から引き込めばいい。それだけだ。



 ゼナはじりじりと、構えながらウィオネによっていく。彼女はいつでも斬りかかれる格好で待っている。


 彼女の強さは冷静無比な刀捌きにあるとゼナは思う。そんな彼女の攻撃を耐えながら癖を探し、隙を見い出し、弱点として突くのは毛頭無理な話しだった。


 別のアプローチが何かないだろうか……。

 ゼナは思考を巡らせる。その時、ウィオネの言っていた言葉を思い出した。


「刃には表情がある。正確に言うと感情……それを映す鏡と言っていい。剣士の感情が乗って始めて刃は完成する」


 刃には感情が纏わりつく。故に彼女は当然見切ってくる。――ならば感情のない刃……言うなれば未完の刃を彼女は見切れるのか。

 試す価値はある。しかし、思うのは簡単でも実行するのは厳しい話しだ。


 意識して感情を消すことはできない。攻撃という行為は無感情で行うなど不可能だ。


「…………」

「――焦らされるのは好きじゃなくてな」

 眉間に皺寄せていた所にウィオネの一閃が襲いかかる。

 ゼナは驚き、()()的に刀を振った。


 それはウィオネの一刀を弾き、彼女の体勢を崩した。



 ――これだ。この感覚だ。


 反射的行動。そこに感情は乗っていない。乗せる暇がないのだ。

 

 わかった気がするよ。君に勝てる唯一の方法が。

 


「……弾かれた?」

 ウィオネは今の現象に納得がいかない様子だ。


「……ここからは僕の番だ」

「……いいだろう。こい!」


ゼナは斬りかかる。ウィオネは後方に避け、回転を加えたカウンターの一振りに派生させる。その時、ゼナは一瞬目を瞑った。そしてすぐに目を開けた。目の前には迫り来る刃が――!


 考えている暇はない。ゼナは――反射的に刃を振り下ろした。


 

 何の思考もない刃はウィオネの刃を上から押し潰した。剣先が地面に突き刺さる。


「何っ!?」

 ウィオネの一時の動揺。ゼナはここしかないと、全身で突進した。二人は土埃を上げながら数メートル団子になって転がる。



 回転が止まり、土埃が晴れると、戦いは終幕の雰囲気を見せていた。


 仰向けになったウィオネの上にゼナが跨り、その首に木刀を当てがっていた。


「……はあ……はあ……ど、どうだ!?」

「なるほど。反射的行動を利用して着地点のわからない攻撃を生み出したのか。私の刃の感情の話からその着想を得たな?」

「驚いた。そこまでもう分析されてるとは……。勝負に勝っても負けた気分だよ」

「何を言っている。まだ勝負はついていないぞ」

「そうだけど……この状態から逆転できるの? 木刀も遠いところにあって、僕が少しでも動けば君の首を……木刀ではあるけれど……切れる――」


 ゼナの言葉にウィオネはニヤリと笑った。


「手刀という言葉があるだろ?」

「……っ!?」

 その言葉の意味に気がついた時にはもう遅かった。鳩尾に鋭い肉の刃が突き刺さっていた。


「うっ……」

 ゼナは力なく倒れる。下にいるウィオネが優しく支えた。


「勝負は最後の最後まで油断するな。これが命の奪い合いであればとっくのどうにも現世からさよならしている」

「く……勉強になります……」

 ゼナは必死に痛みに耐えながら笑顔を浮かべた。


「勝負あり!」

 ルセンの宣言で四日目の練習試合が終幕した。


「惜しかったけど負けちゃったわね」

 リーズが残念そうに言って隣のメイを見る。


 意外にもその顔は穏やかだった。

「まったく、不甲斐ない。……だが、まあ、悪くない戦い方ではあった」

 メイは腕を組み、少々端切れ悪く語り、照れくさそうに頬を指でかいた。


「素直に褒めたら?」

 リーズはニヤニヤとした笑みをこぼしながら揶揄った。


「うるさい。十分に飴はくれて――ッ!?」


 会話の途中、突然メイは焦り顔で飛び出して行った。ゼナに衝突する格好でそのまま体の中に入る。


「何なのよ、あいつは……ねえ?」

 リーズは口を尖らせてレシュアに同意を求めた。


「………………」

 レシュアは黙ってゼナたちを見ていた。まるで何かが起こるのではないかと警戒するような視線で……。


「ど、どうしたのメイ? いきなり入ってこられるとびっくりする……」

「警戒しろ!!」

 切迫詰まった声に只事ではないのが伝わった。


 いったい何を……と、訝ったところでその正体はすぐに姿を現した。



 青い偽りの空に亀裂が入る。それは次第に大きくなり、やがて悲鳴のような音を立てて割れた。


 ゼナはこの光景に覚えがあった。それもつい最近だ。


 割れた空の向こうに滅紫の空間が広がっていた。その奥から二人の人物の影が歩いてくる。一人は少年。もう一人は女性。


「まさか……」

「ああ、そのまさかだ。こんなに早い再開になるなんてな……」


 少年と女性が亜空間から里の地面に足をつけた。


「……やあ、また会ったね。ゼナ君」

 破壊の魔力ラズシュはあどけない笑顔で挨拶した。


「……何しにき――」

 ゼナが疑問をぶつけようとしたその時、ウィオネが動いた。ゼナが落とした木刀を拾い上げ、容姿なくラズシュに振り下ろす。だがしかし、彼の付き人であるエルフのベティが、鞘に納刀したままの刀で庇った。


「……っ!?」

「ラズシュ様への無礼は許されません」

 忠実なラズシュの剣である彼女は酷く冷徹な声と視線をウィオネに浴びせる。


「おやおや。乱暴だね。穏やかに行こうじゃないか」

 反してラズシュは柔らかい笑みを浮かべる。それが却って不気味だ。


「初めまして。思ってたより、私たちよりずっと子供じゃないの」

 リーズは軽口を飛ばすがその声はいささか震えている。彼女の中の闘争心が危険信号を打ち鳴らしているようだ。


 レシュアは既に臨戦体勢で待ち構える。ラズシュは気にも止めていないようだ。



「何しに来たんだ、ラズシュ!」

「そう声を荒げないでくれよ、ゼナ君。まるで僕が嫌われているみたいじゃないか」

「ふん、好かれている自覚を持っているならお笑いだ。頭が壊れてるとしか言いようがない」

「破壊の魔力の僕には褒め言葉だよ、それ」

 メイの煽りにも笑顔で返す。何もかもが敵わない。そんな気をゼナは覚えた。


「安心してほしい。ここに来た目的をちゃんと話すさ。僕はどうしようもなく怠惰で役立つなエルフの長、その中身の風の魔力を壊しにきたのさ」

「……女王様を愚弄する――」

 ウィオネは叫んだ。と、同時に頭を掴まれて地面に組み倒された。


「お静かに」

 耳元に醒めた声が囁かれ、ウィオネは沈黙した。


 悔しいが冷静でない今、彼女に抵抗することは得策ではないと悟る。



「お前は強くなったゼナと戦いたいんだろ? 風の魔力の寿命は短い。わざわざ出向いてきた訳が私にはわからんな」

「魔王様への忠誠心をカケラも残していない君にはわからないだろうけど、説明してあげるよ」

へらへらとしているラズシュの顔に陰がさす。メイの態度に苛立ちが先行しているようだった。


「炎や水は魔王様の為に魔力は集めてなかった。けれど、人間たちを脅かし力をつけていた。魔王様の力になれる行為だ。それに比べて風の魔力はどうかな? 依代の感情に流され、君同様に忠誠心など無くした! そして、今日この日までただのエルフとして生きてきた! 僕らを生み出した魔王様への侮辱、冒涜だ! だから魔王様の忠実なるこの僕、破壊の魔力が直々に不良品を壊しに来たんだ!! あはははっ!!」

 ラズシュは息継ぎせずに言葉を吐き出すと、最後には狂に溺れた高笑いを浮かべた。


「そんなことはさせない! ロザーレさんの大切な時間を奪わせてたまるもんかッ!」

「今の君じゃ止められない。でも、精々足掻いて見せてよ。僕の前で楽しく踊っておくれ。行くよ、ベティ」

 ラズシュは嫌な笑みを浮かべる。


「はい」

 ベティがウィオネから離れ、ラズシュの隣に並び立つ。二人は空に浮かぶ異空間に飛び込んで消えた。


 平穏であったエルフの里は一瞬にして、破滅の波に溺れた。

 圧倒的な力を持つラズシュにゼナたちは抵抗する術はない。それでも黙って見ていては滅びが溢れるだけだ。


 ――戦う。例え無謀だとしてもそうするしかないのだから……。

 




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