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ゼロの旅路  作者: イフ
92/134

92.その癖、弱点につき


「――ッえあ!!」


 ゼナは左肩から右腰に斬り捨てるウィオネの一刀を間一髪後方にステップして躱わすと、体に回転を掛けながら木刀で薙ぎ払う。狙い澄ました矛先はウィオネの右脇腹。隙をついた一振り。外す道理はなし。


「悪くない――だが、あまい!!」

 ウィオネはそんなゼナの攻撃を見抜いていた。


 両者で握っていた木刀を左手だけに持ち替え、空いた右手で木刀の鞘を刀のように振り抜き上げた。


 鞘は襲いくる木刀を聞こえの良い音と共に弾く。


 想定外の反撃にゼナは刀を握った両者を空へ掲げる格好になり、大きな隙を逆に晒してしまう。そこへ刀と鞘の二振りが腹部に直撃し、ゼナは鈍痛に悶え地に伏した。


「――勝負あり!」

 審判であるルセンが右手を挙げると、ウィオネは木刀を鞘に納め、肩の力を抜いた。


「今日も私の勝ちだな」

 満足そうな笑みを浮かべ、蹲ったゼナに手を差し伸べる。


「いけると思ったんだけどな……」

 腹部の鈍痛に耐えながら差し伸べられた手を握って立ち上がる。見物客のエルフたちからまばらな拍手が送られた。



「今日もダメだったみたいね」

「くそっ……あいつ一瞬できた隙に油断しやがって。おいゼナ! もう三日目だぞ。そろそろマシな戦いを見せてみろ!!」

 メイはリーズの隣からヤジを投げ飛ばす。自分の居所が負けっぱなしなのは悔しいようだ。



「どうやらサポーターは満足していないみたいだな」

 ウィオネは挑発気味な視線で言う。


「……もう一戦!!」

 ゼナはムキになって木刀を握って構えた。ウィオネも応えるように構える。


「両者やる気だな! では、第二回戦……開始!」

 ルセンの合図で二人は同時に動いた。


 幻想の黄昏を背に刃が交わる。それは満月が浮かび上がるその時まで続くのだった。




「お前は目で相手の動きを見てから予測し避けている。それではいつまで経ってもウィオネには勝てない」

 メイは周囲に鬱陶しく浮かび上がり、講釈を垂れる。三日連続の敗北試合にいらいらしているようだ。あくまで修行だと言うのに。


「じゃあ、どうしろって言うのさ」

「頭の中に相手が繰り出すであろう行動を記憶するんだ。まずは回避と防御で相手の手札を曝け出させる。この時、重要なのは相手に悟られないことだ」


「悟られないこと?」

「ああ。こちらの思考が相手に悟られれば警戒されてそれまでだ。勝利への道が閉ざされる。だから、あくまで自分は劣勢だと演じるのさ。そうすることで相手は調子付き、知らぬ間にこちらに手札を開示してくれる。

 そしてその開示された手札を記憶し、相手の癖を探し出せ」

「癖……」

「どんなに多彩な攻撃手段があろうとも癖というのは何処かしらに浮かぶ。そしてそれは付け入る隙、つまり弱点になる。

 癖を狙い撃ったその時、相手は動揺するだろう。攻め込んでいたのは自分なのにいつの間にか攻撃が見破らている……と。そうなったら後は畳み掛けろ。冷静になられる前に思考を乱す連撃で追い詰め、優勢に持っていき後にあるのは勝利だ」

 メイは決まったとばかりに鼻を鳴らし、満足げに笑った。


「確かに理に適った戦い方だ。でも……」

 ゼナはメイの戦略を頭に浮かべ考えてみたが、ウィオネに通用する光景が思い浮かばなかった。彼女の癖など見破られるのだろうか?


「いきなりぶっつけでやれというのも酷な話しだ。練習相手を用意した」

 メイはニヤリと笑う。


「……練習相手?」

 そう言って振り向いたとき、満月に浮かび上がる影を見た。夜を切り裂いて羽ばたく翼――それを持つものは一人しか知らない。


「――レシュ」

 名前を呟こうとしたその時、氷結の楔がゼナ目掛けて飛んできた。


「……うあぁっ!?」

 間一髪の所で後ろに飛び退いて回避する。


「瞬発力はこの数日で上がったみたいね」

 そう言って近づいてきたのはリーズだ。


「二人ともどうして……」

「私が頼んだんだ。不甲斐ないお前の為にな」

 メイはぶっきらぼうに言う。ゼナは思わず目頭が熱くなる思いだ。


「……ありがとう、メイ」

「ふん、お前の礼なんていらん」

 メイはそっぽを向く。

 ここらなしか彼女の白い耳が赤く見えたのは気のせいだろうか。

 

「さて、まずは移動しましょうか。ここじゃ寝静まっている人たちの邪魔になるから」



 ゼナたちはエルフの里から離れ、開けた森の広場に移動した。ここなら少々派手に暴れても里までは聞こえない。


「相手は俺が務めよう。剣の扱いはからっきしだが、何とかなるだろう」

 レシュアは木刀を握る。普段武器を持たない故にその姿が新鮮に思えた。だが、それは逆に言えばどんな攻撃が飛んでくるか想像がつかないということだ。そんな中で攻撃の癖を見抜き、こちらの勢いに持っていけるのか……。


 ゼナは離れたところに浮かぶメイをチラリと見た。彼女は目が合うとただ頷いた。ゼナもただ頷く。


 わかってるさ。しっかりやるよ。君の策で勝って見せる!


「審判は私がやるわ。さあ、二人とも構えて!」

 リーズの呼びかけに刃が立つ。厳かな雰囲気が辺りに立ち込めた。


「――試合開始!」

 ゴングが鳴った。

 まず始めに動いたのはゼナだ。勢いよく踏み込みレシュアに接近する。



 メイの作戦通り、相手の手札を暴くには攻撃をさせるしかない。だが、ただ攻撃を待っていては当然相手は罠かと、警戒する。だからまずは責め立てる!


「――はあっ!」

 ゼナは距離を詰めると一刀両断に振り下ろした。


 レシュアは下から掬い上げるように斬りかかり防いだ。


「負けないよ!」

 鍔迫り合いが発生する。立ち位置的に上から押し付けるゼナの方が優勢だ。

 そのまま力押しで退ける。空いた距離を間髪入れずに攻め寄り、連撃を叩き込む。


 

 ゼナの優勢は続く。このまま勝利をもぎ取れるのではないかという程に。だが、ゼナは知っている。目の前の竜の少年が簡単には倒れないことを……。


 ゼナは一度攻撃をやめ、距離をとる。終始攻めていたがスタミナの消耗が激しかった。その反対に防戦一方だったレシュアはあまり疲弊していない。



「見事な連撃だった。刀を持った手が痺れている。これでは俺は刀を振ることができない」

 体力の消耗は少ないレシュアだが、刀を握った手は無事では済まなかった様だ。手を閉じたり開いたりするその動きがぎこちない。


「だからって降参する君じゃないだろ?」

「……その通りだ」

 レシュアは左手で木刀の刃の部分を掴み、持ち手の方を右の手の甲に押し当てた。


「俺は剣を振るうのに向いていないことがわかった。俺が振るうことができるのは爪ぐらいなものだ」

「……まさか!?」


 ゼナの想像は的中した。レシュアの右手が凍りついていく。それは木刀を巻き込み、完全に結合させた。木刀はまるで一本の鋭い爪のようにそそり立つ。


「なるほど……それなら爪を振るう感覚で刀を操れるわけだ」

「ゼナ。今度はこちらからいくぞ」


 レシュアが勢いよく迫り、引っ掻く動作で切り掛かってきた。ゼナは防御の姿勢で受け立つ。


 重い衝撃がのし掛かり、ぐらりと後ろへバランスを崩した。レシュアはその隙を逃すことなく追撃する。だが、ゼナも負けていない。バランスを崩しながらも攻撃をなんとか受け流す。


 しかし、レシュアの攻撃は止まらない。回転を加えた尾で振り殴る。ゼナは防御するが先程よりも重い一撃に地面を転がる。


「ぐわっ!!」

「さっきの連撃の分は返させてもらう!」

 レシュアはゼナを追い込む。防戦一方の立ち位置が真逆に変わってしまった。



「あちゃー。完全に形勢逆転ね」

 リーズは渋い顔をしながら隣りのメイを横目で見た。憤慨してるか、顔を覆っているかのどちらかだろうと予測した。

 しかし、彼女の顔はそのどちらでもなかった。

 ニヤリと微笑んでいる。まるでこの勝負の結末が見えているかのように。


 ゼナには何か策がある。そして今、その策は実行されている。


「……見せてもらおうじゃないの。あんたの戦いを!」

 リーズはどっしり構えてゼナの策が功を奏すのを見守ることにした。



「……はあ……はあ……」

 レシュアの連撃に堪えてゼナは肩で息をする。


「最初に飛ばしすぎたんじゃないか?」

「か、かもね……」

 ゼナはとうとう膝をつく――演技をした。


 これは全てがゼナの策の内だった。

 最初のレシュアに浴びせた連撃で体力を消耗したのは形勢逆転を促す為だ。


 最初に飛ばし、疲弊することでこちらに隙が生まれる。それを見た大概の者はチャンスと捉えるか、ペースも把握できない愚か者と憐れむだろう。


 しかしそれは油断だ。気がつけば捕食者の舌の上にいる獲物と言っていい。


 後はどう呑み込むかだ。


 ――レシュアにある癖は何か。

 彼の攻撃は素早く、刀を爪に見立てた一振りはとても鋭い。彼の冷静な性格がさらにそれを研ぎ澄まさせている。

 こう並べてみると癖を探すどころではないのかもしれないが、ゼナは一つ違和感を覚えていた。それを確証にする為にはまた攻撃を受ける必要がある。


「……さあ、まだまだ僕は戦える」

 ゼナはふらつきながら立ち上がった。


「……無理は禁物だぞ」

 そう言いながらもレシュアは斬りかかる。鋭い刃の連撃が再び始まった。



 ……よく観察するんだ。連撃の中に答えはある。冷静な彼でも補ていないところを探す!


 レシュアの刃が雨のように当たる。ゼナはひたすらに耐えた。必ずある勝機を掴む為……どこだ!? どこに……。


 

 ――見えた。

 ――見つけた。


 彼の癖を。隙を。弱点を。


 レシュアは半翼のドラゴニュートだ。だから戦う時に右翼を氷で造り出して飛翔する。だが、地上戦の今、彼の羽は左翼しかない。そして右手には木刀とそれを縫い付ける氷。


 左右の重さはアンバランスだ。


 つまり、ゼナが見つけたレシュアの癖とは攻撃の際に生じるバランスの崩れだ。重さの違いから軸がぶれている。

 本当に僅かでしかない崩れ。本人も気づかない程に。でも、だからこそ、そこをつっつかれた時大きく崩れる。


 そうしたら――後は押して斬るのみ!

 

「そろそろ終わりにしよう」

 レシュアは左翼を広げ、右腕を振り上げる。

 刃はゼナの左肩から入り、右腰から抜け去っていくだろう。


 ――そうはさせない!


 右肩に接触しそうになった瞬間、渾身の力を込めて外側に弾いた。

 突然の反撃にレシュアは弾かれは方向に大きく崩れる。癖が弱点に変わった。


「――――ッあ!!」

 その崩れを逃すまいとゼナは連撃を容赦なく繰り出す。まったく防御に構えられなかったレシュアのがら空きの懐に、幾つもの刃が襲いかかる。


 いくら木刀といえども隙をつかれた攻撃は効いたのレシュアはフラフラと後退し、どさりと倒れた。


「……しょ、勝負あり!」

 リーズの判定が入るとゼナはすぐにレシュアを抱き起こす。

 熱が入ったとはいえ、やり過ぎた気がして肝を冷やす。けれど、そんな心配は必要なかった。


「いい……攻撃だった。完全に俺の負けだ」

 レシュアは痛みに耐えながらも笑みを浮かべていた。


 二人の側にリーズとメイが駆け寄ってくる。


「すごかったわよ、ゼナ! 大逆転じゃない!」

「私の策のおかげだな」

 メイは満足気な顔をしている。


「うん、君のおかげだ。劣勢に陥り、相手を油断させ、隙をついて、一気に攻める。これならウィオネにもきっと――」


 ――ああ、君の成長が喜ばしいよ……ゼナ君――。


「――――!?」

 唐突にゼナの頭の中に声が響いた。傍にある木刀を反射的に掴み構えた。



「ど、どうしたの? ゼナ」

 リーズは不思議そうな顔をしている。レシュアもきょとんとしている。


 今の声が聞こえなかったのか……?


「メイ! 今声が……」

「あ? 私は何も言ってないぞ」

 メイすらもわからないという顔をしている。


「ゼナ、あんた疲れてるのよ。こんな夜に激しい戦闘をしたから。もう、寝ましょ。ここで一夜を越したらルセンが寂しさで泣いちゃうからさ」

 冗談を飛ばしながらリーズは里の方に歩みを進める。


「そうしよう。ゼナ、明日の勝利を期待する。俺を打ち負かした戦いをウィオネにぶつけるんだ」

 レシュアはゼナの肩を軽く叩いて、リーズの後に続く。


 ゼナとメイの二人が取り残された。


「何してるんだ、歩け。こんなとこで寝る気か? お前の睡眠が悪いと私にまで影響があるんだ。勘弁しろ」

「ご、ごめん! 行くよ……」

 ゼナは駆け足で二人に追いつく。けれども、頭の中にはさっきの声が反響している。


 あれは何者の声だ?

 聞き覚えのある声だった。

 僕を知っている……?


 掴めない答えに苦悶する。だが、里に着くとそんなことは最初からなかったように忘れてしまった。まるで風に攫われる葉の如く、どこか遠くへと流れてしまったのだ。

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