89.風とエルフ
『王都より東の地、遥かなる森に風魔は渦巻く』
一行は世界の事象を記録する大魔導書――アーフェゼクの記述に従い、魔王の魔力がいる場所へと向かっていた。
「……"やっと"目的の場所に近づいたな」
揺られる馬車の中でメイは全員を見回しながら言った。
「まーだ言ってるわよこいつ……」
リーズが呆れ顔で返す。
メイは寝てる間にゼナたちが王都を出発せず、観光を謳歌していたことに憤慨しているのだった。
「息抜きは人間には必要なことなんだ。覚えておきな」
ルセンの鼻唄混じりの言い方はさらにメイを不機嫌にさせた。
「人間の生態なんぞ知るか。私の記憶容量の無駄だ」
「まあまあ、落ちついて。これから魔王の魔力と対峙するんだ。僕たちの連携が崩れるとまずいのはみんなわかるだろ?」
ゼナの呼びかけに三人はバツが悪そうにそっぽを向く。
「それで、次は一体なんの魔力なんだ?」
気まずい空気を破るようにレシュアが聞いた。
「アーフェゼクの記述に間違いがないのならこの『風魔』というのがヒント……いや、答えだな。件の森にいるのは風の魔力だ」
「今度は風ね……。まさか、風そのものに乗り移ってる。なんてことはないでしょうね?」
「それはないな。今までの傾向から見て同胞が乗り移れる限界は土の魔力で言う大樹ぐらいだろう。水が乗り移ったのも海ではなく海洋スライムだ。風という気体には意思は宿らない」
「じゃあ、森の奥にいる何かに風の魔力が乗り移っているわけか」
「この場所でお間違いありませんか?」
レギエが手配してくれた御者が振り返り聞いてきた。
「ええ、ここで大丈夫です。ありがとうございます。どうか、レギエさんに感謝しているとお伝え願いますか?」
ゼナの言葉に御者は微笑み、
「かしこまりました。あなた方のご武運を祈っております」
馬車はゼナたちを下ろし王都へと帰っていった。
「それでこの広い森からどうやって魔力を探すんだ?」
「そこは私の腕の見せ所だ」
「でも、ここには魔核がないよ? どうするんだ?」
自信あり気なメイにゼナは聞いた。
以前、プレラスでの猫探しの際にメイは街の魔力を源である魔核の力を利用して、迷い猫のミーシャを探し当てた。
だが、ただの森であるここに魔核は当然存在しない。ゼナは彼女が魔核なしで魔力を探し出せるのか疑問を持った。
「成長しているのが自分だけと思うなよ。今の私には水の魔力と微量だが催眠の魔力の力が備わっている。この程度の森の捜索、わけないんだよ。とりあえず歩みを進めろ。魔力を把握できたら知らせてやる」
そう言うとメイはゼナの中に帰っていった。
「じゃあ、創造の魔力さんを信じて森の散歩と洒落込みますか」
ルセンは鼻唄を歌いながら、魔石を硬い土に刺した。
「ゴゴゴッ!!」
すると、ゴッちゃんの愛称で呼ばれるルセンの相棒ゴレムが元気よく産まれた。
「おお、ここの土はいいな! かっこいいぜゴッちゃん! いや、もしかしたら土の魔力の作用も相まって……」
ルセンは出来上がったゴレムを撫でながら何やら語っている。
「違いわかる?」
リーズが静かに耳打ちした。
「魔力の違いしか……見た目は変わってない――」
「おいおいゼナ! 何言っているんだ!? この土の艶、綻び、色、今までのゴッちゃんとは訳が違うだろ!?」
ルセンは熱弁するが二人にはあまりピンとこない。
「俺にはわかる。ゴッちゃんはとてつもない進化を遂げている」
レシュアは感心したように頷き、ゴレムに触れた。そして一人で納得した。
「さすがレシュア! わかる男だぜ!」
ルセン、レシュア、ゴレムの三人は共感に肩を抱き合った。
「……おい、早く歩け」
体の奥底から聞こえた苛立ちの声にゼナは駆け足になって前へと進んだ。
メイがゼナの体の中に入り、風の魔力の捜索をすると言って三十分が経過した。
「いい加減何の景色も変わらないこの森に飽きたんですけど……まだ何の手掛かりもないわけ?」
リーズがつまらなさそうな声で聞いてきた。
「うん……メイもまだ探している――わわっ!?」
噂をすればメイが飛び出してきた。
「見つかったの!?」
リーズがウキウキとした声で聞く。よっぽどこの森の散歩から解放されたいらしい。
「森の全域を把握した。その結果……」
全員がメイの答えを待った。だが、その答えは求めていたものとは真逆のものだった。
「この森には風の魔力はいない。同胞の魔力はなに一つ感じられない」
メイの答えに全員が驚きと落胆の声を洩らす。
「じゃあ、このアーフェゼクが間違っていたの? それともあんたの実力不足?」
「まあ、最後まで聞け」
詰め寄るリーズを片手で制す。
「魔王の魔力は見つからなかったが……代わりに面白いものを見つけた」
「面白いもの?」
「それはこの先にある。移動しながら語るとしよう」
「私はこの森全域の魔力を調べた。するとある場所に不自然な点を見つけたんだ。
どんな場所、空間にだって魔力は存在している。もし感じられないとしたら、それは魔力の濃度が極端に薄いというだけの話しで、魔力が存在していないことにはならない。だが……私が見つけた場所は濃度が薄いなんていう話じゃない。まったくのゼロ、魔力を何一つ感じなかった。――それがこの場所だ」
メイが指し示したのは何の変哲もないただの広場だった。確かに魔力を探ると何も掴み取れない。
「こいつは隠匿魔法だ。何かを隠すには持ってこいの魔法さ。隠匿魔法は魔力を覆い隠す。普通の人間がこれを見破ることはできない。魔力が薄い場所と魔力がまったくない場所を区別できる奴は人の域を超えているからな」
「それができるあんたは人間を超越してるって言いたいわけね……」
「おっと、自慢をするつもりじゃなかったんだが……」
メイはわざとらしく戯けて見せた。リーズの繭が少し吊り上がる。
ゼナはいつもの小競り合いが始まると危惧して二人の間に割り込み、
「とにかく! この隠匿魔法の先に風の魔力がいるかもしれないという話しでいいかい?」
「お前もたまには鋭いな。そういうことだ」
相変わらずの一言と共にメイは肯定した。
「で、その隠匿魔法とやらはどう破るんだ?」
「簡単だ。ぶっ飛ばせばいい」
メイがやれと言わんばかりに顎で指示する。
「了解した」
レシュアが一歩前に出て隠匿魔法がある辺りに向けて氷の楔を打ち込んだ――が、しかしそれは、空間から飛び出た槍によって砕かれる。
「……槍!? 誰、出てきなさい!」
リーズはすぐさまに戦闘態勢を取り、レシュアの隣に並ぶ。
隠匿魔法が張られた空間から二人の人間が……いや、その二人は人間ではなかった。
やや褐色気味の肌。鋭く尖った耳。その種族には見覚えがある。破壊の魔力ラズシュ。その付き人であるベティと同じ種族、エルフだ。
「ここに何用だ人間」
女性のエルフが敵意を剥き出しに聞いてきた。
「あの、僕たちはある魔力を追っていて――」
話し合いに入ろうとしたゼナの喉元に槍が脅しに入る。ひんやりと冷たい鉄が恐怖を誘う。
「お前たちが望むものはここにはない」
「そいつは確かめてみないとわからんさ」
メイは屈せずに立ち向かう。彼女には脅しなど効かない。
「リーズ、とりあえずのしてしまえ!」
「私はあんたの武器じゃないのよッ!」
そう言いながらもリーズは向かっていく。
まずスライディングで距離を詰め、ゼナに当てがわれた槍をアッパーで弾く。不意打ちにバランスを崩したところに回し蹴りをくらわせて転がした。
「おのれ、人間!!」
もう一人の男のエルフがリーズに槍を刺し下ろす。
「――ゴッちゃん!」
ルセンの叫びにゴレムが応え、槍をひょいと掴んで奪い去った。
「ナイス、ゴッちゃん!」
リーズがサムズアップを向けるとゴレムも同じように返した。
「なんだがまずい方向にいっている気がする……」
話し合いどころではなくなった状況にゼナはオロオロと慌て震える。
「さあ、どうする? まだやるの? ここは大人しく――」
完全にこちらが悪者になる台詞をリーズが発したその時、隠匿魔法が張られた空間からキラリと光るものが見えた。
ゼナは考えるよりも剣を抜き、リーズを押しのけ、庇うように構えた。
刹那――刃と刃がかち合った金属音が甲高く響く。
「ほう……私の一振りを見抜くとは」
声の主は空間から徐々に姿を現す。刀を握りながらこちらを睨む緑髪のエルフ。その出立ちは只者ではない。
「待ってください! 僕たちは話し合う必要が……!」
「否。仲間を傷つけた侵略者にその資格なし」
鍔迫り合う刃が段々とゼナの方へと向かっていく。このままでは力負け。そして肩から腰にかけて一閃の血に染まる。
「くっ……! 水よ穿て!!」
ゼナは想像と水の混合魔法を唱えた。ゼナとエルフの間を分つように水栓が吹き出した。
ゼナは自身の魔法の勢いに吹っ飛ばされる。エルフは大きく後方に飛びのき、それと同時に刀を鞘に納め抜刀の構えをとった。
「させない!」
今度はリーズがゼナの前に立つ。レシュアとゴレムも防御の姿勢で立ち向かった。
「――斬り捨てる」
エルフの刀が抜かれ、一同に一閃を喰らわせようとしたその時――。
『おやめなさい』
声が。柔らかで優しい声が風と共にゼナたちとエルフたちの間を通り抜けた。
緑髪のエルフは逡巡し、その声の意思をくみ取ったのか抜刀の構えを解いた。
「申し訳ありません。女王様」
エルフは風が吹いてきた方向に跪つく。槍を持っていたエルフも同じように倣った。
「……今の声はいったい……」
『旅の者よ。あなたたちの目的はおそらく私なのでしょう。私もあなたたちの話を聞きたい。どうか私たちエルフの里にお入りなさい』
風の声はゼナたちを歓迎している様子だった。
「しかし女王様! 彼らが侵略者でないという保証は――」
『ウィオネ。彼らを案内なさい』
「……かしこまりました。女王様」
ウィオネと呼ばれたエルフへ一度抗議したもののすぐに命に従った。
「客人よ。先程の非礼を詫びたい。すまなかった」
殺気の抜けたウィオネの態度に一同は戸惑いながらもその謝罪に応えた。
「いえ、私も短絡的だったわ……ごめんなさい」
リーズは気まずそうにしながら自分が蹴り飛ばしたエルフを助け起こす。
「お互い様だな。だが、もし女王様に危害を加えようものなら私は容赦なくお前たちの首を刎ねる」
ウィオネはいつでも抜刀できるよう、刀に手を添えながら言う。その声色は決して冗談ではない。
「……メイ。もしかしてさっきの風の声、エルフの女王が……」
「ああ、間違いない。風の魔力だ」
はっきり言うメイにゼナは顔を覆って仰いだ。
(もし、僕たちの狙いが女王――その体を乗っ取ったであろう魔力――と知ったらきっと首一本ではすまない)
「ところでその白い少女は何者だ」
「え……メイが見えるの!?」
「ああ……」
ゼナの驚きにウィオネは面食らった。
「なあ。メイが見えるってことはあいつもなんかあるってことか?」
ルセンがレシュアに耳打ちした。
「それはわからない。だが、ただものではないことはわかる。警戒するに越したことはない」
レシュアは彼女の刀捌きを見て敵対しないことを祈っていた。
「お前からは邪悪なものを感じる」
「おやおや、初対面でそんな言われようは傷つくなぁ」
メイはニヤニヤと相手を挑発するような表情を浮かべる。
「だが、お前が私を否定しようとも女王様自らが迎え入れてくださるんだ。お前は従うしかない」
「……その言葉は正しい。お前が大人しい内はな」
ウィオネには先程消え失せた殺気が立ち上っていた。
「ふん、実体のない私を斬るつもりか?」
「やり方は幾らでもある」
ウィオネは視線を横にずらした。ゼナはその視線に身の毛がよだつ思いだ。
「と、とにかく案内してもらおうじゃないか! せっかく招待されたんだ。ここで立ち話も失礼だろ?」
ルセンが危なげな空気の中割って入り、一旦斬る斬らないの話しはお開きになった。
「……では、我らの里に案内する。着いてこい」
ウィオネがただの空間に触れると吸い込まれるように消えた。この隠匿魔法が里への出入り口らしい。
「この先どうなるのかわからないけど……行くしかない。みんな、覚悟はいいかい?」
ゼナの言葉に三人が頷く。
一同は隠匿魔法に触れ、エルフの里へと吸い込まれていった。




