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ゼロの旅路  作者: イフ
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88.アーフェゼク

 「……ろ……きろっ……起きろッ!!」

 頭の中まで響き渡る声にゼナは驚きベッドから転がり落ちる。


「いつつ……」

「ようやく起きたか。もう朝だ。いつまで惰眠を貪るつもりだ」

「……昨日は遅かったからしょうがないだろ?」

 ゼナは打った頭を摩りながら言う。


「あの王子と無駄話をするからだ。行くぞ。他の奴らはもう起きて待っている」

「わかったよ。準備する……」

 眠気眼を振り切るように慌てて着替え、宿の一階へと降りて行く。



「……あっ! おはよーゼナ!」

 階段を降りるとよく通る寝起きに効く声がした。声のする方向に振り向くとリーズが手を振っている。レシュアもルセンも一緒だ。


「おはよう、みんな」

「おう、おはよう。昨日はお疲れさん!」

 ルセンは椅子を引き、ゼナを座らせて水を差し出した。


「ありがとう、ルセン」

「それで、いよいよ魔導書とご対面できるのか」

 パンか何かを頬張りながらレシュアが聞いた。


「そうだね。まずはレギエさんに会いに行こうか」




 一行は再び王城の書庫を訪れた。

 目的の人物はアトリエへと続く隠し扉の前で椅子に座り寝息を立てていた。


「ちっ……どいつもこいつも惰眠しやがって。おい起きろ!」

 メイはレギエの耳元で大声を上げた。


「ぬわあっ!? な、なんじゃ!?……って、お主たちか……」

 レギエは椅子から転げ、傍らに積んであった本の山に埋もれる。


「うーん。本当におじいちゃんが魔王と戦ったのか。俄には信じ難いわね……」

 リーズがゼナに耳打ちで話す。


「これ、お嬢さん。聞こえておるぞ。まあ、確かにわしは戦いから身を引いて隠居の身じゃからな。そう思われても仕方がない。でも、全盛期のわしはそれはもう――」

「おい、じいさん。そんな昔の自慢話を聞きにきたんじゃないんだ。こっちはあんたが言う条件をこなした。さあ、案内してもらうか」

「……まったく風情のない奴じゃ。では道すがらゼナの活躍を聞くとするか。魔導書の在処までわしのアトリエから繋がっている。着いてきなさい」


 ゼナはアトリエへの道中、そして着いてからも昨夜の王子との一幕を語って見せた。レギエは無論のこと、既に聞き及んだリーズたちも真剣に耳を傾けた。


「そうかあいつを救ってくれたか……。ありがとうゼナ。さすがはゼルの息子じゃな」

 レギエは安堵の笑みを浮かべた。


「さて、この先だ」

 レギエは大きな本棚の前に立った。そして入り口と同様に一冊分の隙間に本を差し込んだ。


 本棚が埃を撒き散らしながら奥に下がり横にずれ、地下への扉が現れる。


「地下の地下にあったわけね……。本当によかったわ、レギエさんに会えて。でなきゃ私とルセンは延々と書庫を彷徨う亡霊になってた」

 メイに恨めしそうな視線を向けながらリーズは言った。


 一同は階段を降りて行く。ほとんど人が通らないであろうこの階段は錆びつき、そして黴臭い。レギエだけが平然と進んでいく。特に鼻が効くレシュアは必死に堪えている様子だ。


 終着点にたどり着きレギエは重い鉄扉を開けた。


「……これが世界の事象を記録する大魔導書。その名もアーフェゼク」


 レギエがアーフェゼクと呼んだその本は通常の本の十倍の大きさを携えながら、眠るように宙に浮いていた。


「正に()魔導書だな」

 ルセンがニヤリとしながら自信満々と呟いた。それに誰も反応することはなく微妙な空気が流れた。


 レシュアがルセンの背中を優しく叩く。


「優しいのはお前だけだよ」

 ルセンは弱々しい声でレシュアに縋る。


「あはは……それでこれはどう使うんですか?」

「慌てなさんな。今、見せてやろう」

 レギエは宙に浮くアーフェゼクの下にある階段を上り、お立ち台につく。



「開け。アーフェゼクよ。我に世界の事象をお教えたまえ」

 レギエが両手を広げ、神に祈るような仕草をとった。するとアーフェゼクに白い光の輪郭が浮かび上がり、頁が開かれた。


「……何も書いてませんけど」

 開かれたアーフェゼクの頁は真っ新な白紙だった。


「これからじゃよ。そうじゃな……ここにいる少年、ゼナのこれまでの軌跡を教えてくれ」

 レギエの言葉にアーフェゼクは返事をするように光を発して頁を閉じる。そして再び開いた。すると驚くべき光景がそこには繰り広がっていた。

 先程まで白紙だった頁に辞書のようにびっしりとと文字が刻まれている。まるでさっき見た白紙の頁が夢幻かと錯覚するほどに。


「どうじゃ? お主の出生から創造の魔力と出会い、今日この日までの旅路が余す事なく書かれておる。世界の事象を記録し、そして検索、閲覧が可能な魔道具。これがアーフェゼクじゃ」

 

「すごい本ね。ゼナの事が事細かく……こんなことまで書いてあるわよ」

 リーズはニヤついた声を出しながらその文章を読み上げた。


「ゼナ=アストリアは幼少期に幼馴染であるマリアに対し初こ――」

「レギエさん! アーフェ、ほ、本閉じて! 早く」

 ゼナは激しい剣幕で迫り、レギエは気圧されてアーフェゼクを閉じた。大魔導書は光を失い、静かに宙を漂う姿に戻った。



「……リーズ」

 ゼナは恨めしそうな視線を送るがリーズは舌を少し出してウインクしただけだった。


「……とまあ、使い方はこんな感じじゃ。して、創造の魔力メイよ。お主はこいつを使いたい……いや、欲しいのか?」

「そうだ。私はアーフェゼクが欲しい。だがこいつは見たところここから持ち出せない。だろ?」

「ああ、その通り。アーフェゼクはこの場所でしか機能しない」


 メイはしばし腕を組んで目を瞑り思考の海に潜った。


「一つ方法があるな。新たな記録は閲覧できないが今日この日までの記録を持ち出す方法が」

「……ほう? そんな方法があるとは思えんが」

 レギエは訝しみながらも興味を持って、メイの行動に期待した。



 メイはふわりと浮かび上がり、アーフェゼクの上に漂った。


「レギエ。白紙の本が欲しい。あるか?」

「白紙の本? 探そう……ちょっと時間をくれ」

 レギエはアトリエに踵を返した。


「何をするのかさっぱりだぜ、なあ?」

「うん……でも、メイの言うことだ。何か策がある。そういうところは信用できる」

 ゼナは自信あり気に頷いた。


「ほれ、持ってきたぞ」

「よし、ゼナ受け取れ」

 ゼナはごく普通の本を受け取った。中をパラパラと捲ると文字が何一つない白紙の本だ。


「よし、始めるぞ。アーフェゼク! 十四年前に封印された魔王が世界中に撒き散らした魔力の居どころを書き綴れ」

 メイの言葉にアーフェゼクは反応し、頁を開き文字を刻んだ。


「どれどれ……確かに魔王の魔力については書かれているが雑破で抽象的だな。私の言い方の問題か?」

「それは閲覧対象の魔力が原因じゃな。アーフェゼクも万能ではない。魔王の魔力の力と拮抗し、そのような形で現れたのだ。こやつを責めるんじゃないぞ」

「ちっ……まあいい。これでいく」

 メイは眉間に皺寄せながらも納得した。


「果たして上手くいくか……いや、この私だ。失敗はあり得ない」

 メイはそう言って笑い、アーフェゼクに手を突っ込んだ。ズブズブと肘まで沈んでいく。

 一同は驚きに声を上げるが、メイは構わなかった。刻まれた文字をその腕で掻き回し一点に集中させる。


「――今だッ!!」

 まるで漁師のようにメイは腕を釣り上げた。彼女の手には魔力の塊のようなものが握られている。


「見て! アーフェゼクが……」

 リーズが指差す先に全員が視線を這わせる。アーフェゼクに刻まれた文字が消え、白紙に戻っていた。


「これは……!? まさかお主がその手に握っているのは……!」

「そうだ。アーフェゼクが刻んだ文字。そしてこいつをこうするのさ……ゼナ! 本は開け」

「え……!? わ、わかった!」

 慌ててゼナは本を開いた。


「――はあっ!!」

 メイは開かれた白紙に向かって握っていた魔力を撃ち込んだ。


 魔力は吸い込まれるように本に入っていく。その勢いは凄まじく、部屋の中に突風が吹き荒れた。

 突風は数秒続き、やがて何事もなかったように治った。


「ゼナ、本を見てみろ」

「え……あっ! 文字が、文章が刻まれている……!」

「読んでみろ」

「ええと……『王都より東の地、遥かなる森に風魔は渦巻く』」

「ふう……成功だな。さっき私が読んだ文章がそのまま刻印されている」

「……でも、この一文しか載ってないよ」

 ゼナはまじまじと頁を見た。そこには今読み上げた一文のみが刻まれ、後は余白。他の頁も真っさらで、手抜きにも程がある本だった。


「それは私の手腕によるものだ。現在地から近い魔力の場所だけを指し示すような仕組みにした。これなら読みやすいし無駄な移動もしなくて済む」

「これはすごい……! まさかただの本を小さなアーフェゼクに作り替えるとはな」

 レギエは驚愕と感動に打ち震えている。


「さて。目的のものは手に入った。もうこの王都に用はない。さっさと出発するぞ」

 メイはあくびをしながらそそくさとゼナの体の中に入っていった。


「後は愛嬌でもあればいいんじゃが……」

「メイに夢は見ないことね」

 リーズがやれやれと呆れる。


「ゼナ。もう出るのか?」

 ルセンが名残惜しそうに聞いてきた。ゼナは彼の求める答えを呟く。


「いや、出発は明日にしよう。せっかく世界の中心地に来たんだ。いろいろ見てまわりたい。メイが疲れて眠りついている今しかチャンスはない!」

 ゼナは迫真な声で言う。

 小言を喚く存在に振り回されない貴重な時間が惜しいのだろうと、リーズとルセンは察しがついて苦笑した。


「俺は大賛成だ。この王都にはまだまだ美味いものがある」

「あんたは王都の飲食店を潰す勢いね……。言っておくけどそんなにお金はないんだから程々にしなさい」

 まるで肝っ玉の座った母親のようにリーズは振る舞った。


「ま、全員の行きたい所を回って行こうぜ。束の間の休息だな」

「うん、そうしよう。レギエさんいろいろとありがとうございました」

 ゼナは感謝に頭を下げた。


「なに、礼を言うのはこちらじゃ。リネットの心を救ってくれたお主に最大の敬意を。

 今日はゆっくりして、明日の出発、見送らせておくれ。ゼルの息子の旅立ちを」

「はい!」

 爽やかな別れを告げて、ゼナ一行は城下町に繰り出した。




 壁掛けの時計が低い音を立てた。それは夜が深まった事を知らせる時報だ。時刻は深夜一時。喧騒に包まれた王都も寝息を立て始める時間帯だ。

 そんな深夜に寂れたバーでレギエは一人酒を呑んでいた。

 普段、彼は酒を呑むことはない。昔は酒豪と持て囃されるぐらいには酒を流し込んでいた。しかし、老いには敵わず、長年酒を封じてきた。だが、今宵ぐらいはいいだろう。

 共に戦った戦友の息子との邂逅。戦友が生きているかもしれないというか希望。そして……何よりも……。


 レギエはぐいっとグラスを持ち上げ、アルコールを喉に流す。喉が焼ける感覚にやはり老いたなと虚しさが襲う。

 空いたグラスにマスターが酒を注ぐ。通わなくなった今でも保管していたボトルを開けてくれた。


「老人が呑む酒じゃないな」

「だったら変えるかい?」

「いいや、これで……これがいい」

 レギエはまた喉を焼きにいった。


「あんたがここにくるってことは何かあったんだな? それは良い知らせかそれとも……」

「どっちだと思う?」

「良い知らせだ」

 マスターは年老いを感じさせないウインクを送った。


「その観察眼は衰えんな。……それにしてもここは変わらない。あの頃からずっとボロっちい」

「褒め言葉として受け取っとくよ。あんたこそよくこの店に通ったよな。若い頃も宮仕になった時も、ここで呑むあんたは変わらなかった」

「酒の前では正直でいたいんだよ」

 レギエはまた一杯を喉に流す。ようやく酔いが回ったその時、バーの立て付けの悪いドアが開き一人の男が入ってきた。

 男は茶色いフードを被り、その顔を隠している。だが、生まれついた煌びやかな髪の輝きはどうやっても隠せなかったらしい。詰めが甘いのはあの頃から変わらない。


 男はレギエの横に座り、「同じものを」注文した。


 マスターは長年培った手捌きでレギエと同じ酒を作り、提供した。


「……レギエ。悪いがここ任せていいか? 俺は一服してくる」

 マスターはそう言うと返事を聞く間もなく、そそくさと店から出て行ってしまった。


「ふんっ……本当に察しのいい男だ。ところでそれ、変装になっていないぞ」

 レギエに言われて男は茶色いフードを脱いだ。さらさらとした黄金色の髪が露わになる。


「リネット」

「城を抜け出すのに苦労したんだ。これぐらいしか用意出来なかったんだよ」

 恥ずかしさを埋めるようにリネットは目の前の酒に口をつけ、すぐに離した。


「うっ……!? なんだこれ、とんでもないぞ。久しぶりの酒にこんなのを選ぶなんてあんたはどうかしてるよ」

「はっはっはっ、お前は相変わらずの子供舌じゃな。酒呑みにとっちゃ取るに足らん。水みたいなものだ」

 レギエは豪快に笑うが、リネットは未だ残る味の強さに顔を顰めるばかりだ。


「それにしてもよくここがわかったな」

「書庫に行ってもあんたがいなかったから、ここにいると当たりをつけたんだ」

「はて、この場所の事を話したことがあったか?」

「……あったよ。十四年前、魔王討伐隊での休憩中にあんたは酔っ払いながらこの店の話しをしていた」

「……そうか。そんなこともあったな」

 二人はしばし無言で酒を口に運んだ。時を刻む秒針の音だけが世界に響く。


「……ゼルの息子にあった」

「ああ、知っている」

「あんたの差金だろ?」

 御名答、と言わんばかりにレギエはグラスを持ち上げた。


「……彼は真っ直ぐで眩しくて、あの頃のゼルのように僕の暗闇を照らしてくれた。偽りの英雄という立場でもそれが人々の為になるからと僕を立ち上がらせてくれた。彼なら本当に魔王を倒すだろう。

 僕は彼の為に、いや、現在を生きる全て人々の為に、未来の為に、英雄という立場を全うするつもりだ」

 リネットは酒を一口流し込む。今度は顔を顰めなかった。


「あの子に会ってなんだか昔に戻ったみたいだ。お前も私も。口調があの頃の……苦しくてもどこか愛おしかったあの頃のようだ」

「昔を懐かしむようになったら完全に老人の仲間入りだよ。レギエ」

「とっくに老人さ。隠居した身だった。でも、少し世界の為に腰を上げてもいいと思った。ゼナの為に。お前の為に」

 レギエはグラスを持ち上げた。リネットも同じようにする。二人は乾杯をあげた。


 二人の間にあの頃のような楽しい時間が夜が明けるまで流れるのだった。



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