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ゼロの旅路  作者: イフ
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87.本当の英雄

 城内のゴミ捨て場を抜け、しばらく薄暗い階段を登っていくと、豪勢な廊下が見えた。


 左右を見渡し、誰もいないことを確認してゼナは廊下に出た。


「よし、第一段階は突破した。ここからは……」

 地図を取り出し、リネット王子の部屋までの道順を確認する。


「距離は近いな……」

「問題は警備兵だ。オートマターの視界を避けながら進むより他ない」

 偵察に離れていたメイが戻ってきた。


「数は?」

「廊下の曲がり角の先にある螺旋階段の前に二体。あれをどうにかしなければ。だが、さっきのように破壊すればここでは騒ぎになる。穏便な手段でしか前には進めん。さて……」

 メイは目を瞑り思考を巡らせる。


「……ねえ、メイ。彼らオートマターは君の事を認識できるの?」

「あんな奴らに私が視認できてたまるか……と、言いたい所だが完全には否定できない。オートマターには魔力検知機能なるものが搭載されている。故に私の姿は認識できなくとも、何かがある。そう認識することは可能かもな」

「じゃあ、決まりじゃないか」

「何が決まりなんだ?」

「君が囮になってその間に僕がこっそり階段を登る。これなら騒ぎも無駄な犠牲もない」

「なるほど、確かにそれは合理的な方法だ。私のプライドが穢される事を除けばな。お前は私に囮という安い役をやらせる気なのか?」

 メイは苦虫を噛み潰した顔をする。


「やらせる気だよ。この状況でプライドを優先させる心意気は僕にはない。早く魔導書を手に入れたいんだろ? じゃあ、頭のいいメイなら答えはわかるはずだ」

 ゼナはわざとらしく鼻につく言い方をした。メイのような手合いには効果的なアプローチだ。


「誰もやらないとは言ってないだろう、やらないとは。ちょっとお前を試したんだよ……おい、そのムカつく顔をやめろ……ちっ……」

 愚痴愚痴と文句をこぼしながらメイはオートマターの元へと向かっていく。

 ゼナは段々と彼女の扱い方がわかったような気がした。


『……! 魔力を検知。警戒モードに移行』

 二体のオートマターが武器を構えた。

 

「こっちだ、ガラクタども」

 メイは魔力を強め挑発する。オートマターたちはじりじりとメイの方に引っ張られ螺旋階段の前から離れて行く。その隙を縫ってそろりと階段に近づき、音もなく登った。


「行ったか。じゃあな、ポンコツ人形」

 捨て台詞を吐いてメイは消えた。


『――魔力の消失を確認。通常モードに移行し、所定位置に配備』

 オートマターは武器を下ろし、先程とまったく同じ位置に佇んだ。侵入者がいることも知らずに。



「メイ! よくやった。王子の部屋までもう少しだ」

「こんなことで褒められると惨めに思えるからやめろ」


「で、このまま部屋に直行という訳にはいかないよね……」

「ああ。例によってオートマタ―が配置されている。さっきのような囮作戦も廊下の設計上厳しいな」

「じゃあ何か別の作戦を……」

「作戦ならあるあそこだ」

 メイは廊下の窓を示した。


「まさか……」

「私たちは侵入者なんだ。だったららしくやろうじゃないか」

 メイはニタリと笑った。



 月光が闇を照らし、夜風が吹き通る。月見にはもってこいの夜だ。


 ゼナは視線を空から正面に向ける。その瞳には王都ゼトラーゼの街並みが一望できた。街も月に負けじと闇を照らしている。まるで宝石のような輝きだ。こんな状況じゃなければ感涙ものだったろう。



「っ………………」

「なんだ、怖いのか?」

 メイが嘲笑いながら言う。


「ああ、怖いよ。決まってるじゃないか。落ちたらぺちゃんこだよ!」

 ゼナは小さい震え声で返した。今この場で派手な動きはできない。


 ゼナは城の細い足場に匍匐する格好でその身を預けていた。王子の部屋まで見つからずに進むもっともな方法だとメイは提案した。


「部屋まで後どのくらいある?」

「まだ窓から出てちょっとだろ。このまま進んで角を曲がった先に王子の部屋がある。下手に立とうと思うな、窓から発見される可能性がある。それに地面に真っ逆さまになる可能性もな」

 なんだかメイはこの状況を楽しんでいるようだった。


「それだけはごめんだ。意地でも進む……!!」

 ゼナは勇気を無理やりにでも絞り出して匍匐前進を始めた。


 夜を斬る風に抵抗しながら第一の関門である角に辿り着いた。窓に映らないように必死に身を屈めながらも、落ちないように足場にしがみついて角を曲がる。


「後は進むだけ――」

 ゼナは顔を上げた。そして目の先に映る光景に絶句してしまった。

 足場が途切れている。足場は王子がいる塔に続く廊下までしかなかった。目的の部屋窓の下はただの壁しかない。

 

「あれじゃあ侵入は無理だ……どうしようメイ!?」

「そう狼狽えるな、鬱陶しい。想定内だ。ちょっと待ってろ」

 そう言ってメイは宙を漂い塔を見渡した。


「ほう……こいつは都合がいい」

 何やらニヤリと口角を上げて戻ってきた。


「王子の奴は窓を開けて月を見上げている。我々を出迎えてくれるらしい」

「窓をかち割らなくて済むのはありがたい。だけど、その窓までどう行くんだ。ここからじゃ見えないんだよ」

「その為の私、創造の魔力だ」

 メイは自慢げに胸を膨らませた。


「この足場から斜め前に勢いよく飛び出し、件の窓を視界に捉える。それから……そうだな、鉤縄の類を部屋に投げ入れて部屋に突入。と、同時に王子を制圧し助けを呼べないようにする。以上が作戦だ」

「鉤縄? そんなもの……そうか、創ればいいのか!」

 その通り! と、言わんばかりにメイは指を鳴らす。


「でも鉤縄なんてイメージが浮かばない……」

「まあ、鉤縄ってのは具体例だ。要するにだな、お前の体を部屋の中に引き摺り込む機構さえあればいい。魔力でできた伸縮する縄を思い浮かべろ。それを窓枠にでも巻き付けて、後は縮める。どうだ?」

「確かに鉤縄を創り出すよりはわかりやすい!」

 ゼナは背中の折れた剣を抜き出し、その刀身に魔力の縄を思い、創り出す。


 折れた剣は縄と融合した摩訶不思議な剣となった。


「後はお前が怖気つかないかどうかだな」

「いい加減この景色にもなれたからね。任せてよ……!」


 ゼナは飛び込む姿勢を取る。だが、このままでは窓を視界に入れるまで距離がある。その距離を埋める勢いが必要がある。


「……ああ、うってつけの力があるじゃないか……!」

 ゼナは足裏に力を集中させ、そして……!


「水よ噴き穿てッ――!!」

 ゼナの足裏から勢いよく水流が溢れ、ゼナの身体を夜の空へと押し出した。視界が流れ、目的の窓が、そして、目を見開く王子の姿を捉えた。


「――はあっ!!」

 ゼナは焦ることなく縄の剣を振り、窓枠に巻きつける。それから縄が縮むイメージ、想像魔法を発動した。


 ゼナの身体は窓の中に吸い込まれ、王子を巻き込みながら部屋の中に転がり込む。


「……ぞ、賊か――」

 叫びそうなリネットの口をゼナは塞いだ。


 これでは本当に賊そのものだが致し方ない。


「すみません、手荒なまねを。僕はゼナ。ゼナ=アストリアと申します」

「…………っ!?」

 名前を聞いた途端暴れるリネットの動きは静止した。

 ゼナは畳み掛けるように言う。


「ゼル=アストリア。かつてあなたと共に魔王と戦った男の息子です」

 ゼナのその言葉にリネットは眼球を見開いて驚愕していた。


「今から手を離します。誰も呼ばないことを約束できますか。もちろんあなたに危害を加えるつもりはありません」

「………………」

 リネットはゆっくりと頷いた。


 ゼナが恐る恐る手を離すとリネットは咳き込みながら立ち上がり、呼吸を整える。しばしの無言に時がすぎた。それは約束を守る彼の意思表示であった。


「ありがとうございます。改めてご無礼を謝罪します」

「いい。それであの男の息子がなんのようだ。こんな夜更けに。そもそも何処から事情を聞いた?」

「レギエさんからです」

「あいつか……で、なんだ? 仇でもとりに来たのか」

「……それはどういう意味ですか?」

 ゼナのまっすぐな瞳にリネットは目を反らし、ベッドに腰掛けた。


「私の事はどの程度知っている?」

「レギエさんからは大まかな事しか聞いてません」


「そうか……ならば語ってやろう」

 リネットは一呼吸を置いてから語り出した。




 私は小さい頃から臆病でね。家臣にすらオドオドとする始末だった。そんな私を王である父は嫌った。常日頃、王族の恥と罵倒されたものだ。

 そんな日常が続いたある日、奴が現れた。魔王だ。魔王は世界を闇で覆い破壊の限りを尽くした。その危機に世界は武器を手にとり一つになった。だが……私は相変わらずであった。

 自室に閉じ籠りただ魔王の脅威が過ぎ去るのを待ち望んだ。それにいい加減見かねた父は僕を魔王討伐隊に捩じ込み、死地に送った。

 酷いって顔だな。確かに親としては最低だ。だけどそうでもしないと私の臆病は直せないと思ったのだろう。例えそれが血族の損失につながろうともな……。


 討伐隊に入れられあくなき戦いに疲弊していたその時、傭兵として志願した君の父親、ゼル=アストリアと出会った。

 あの男が隊に加わってから空気が一変した。彼の底なしの明るさは皆の指揮を高め、絶望的と思われた戦いに希望を植え付けた。

 かくいう私は相変わらずの捻くれ臆病で、太陽のような男を冷めた目で見ていた。あんなのは虚勢だ。どう頑張ったって魔王には勝てない。

 あの頃の私は太陽に灼かれるよりも日陰に溶け込みたかった。


 そしてそれは実行に移った。私は皆が寝静まった夜、見張りの目を掻い潜り逃げ出した。

 私は隊の姿が豆粒になるまで走った。無我夢中で走った。そうして何かにぶつかった。


 顔を上げるとそこにはゼル=アストリアが佇んでいたのだ。

 私は一気に肝が冷えた。逃げ出す興奮や戦いからの解放感といったものが消え失せ、恐怖が充満した。なまじあの男の実力を知っているばかりに抵抗はできない。このまま戻れば隊の皆に恥さらしと貶され、侮蔑される。私はガタガタと震えた。

 そんな私に彼は意外な言葉を放った。


『このまま真っ直ぐいけば村がある。あそこなら子供一人くらい匿ってくれるはずだ』

 予想だにしない言葉に私は力が抜けた。それは私を見逃すという意味の言葉だった。


 私は声を荒げ問いただした。何故見逃すのか。

 彼は私の横に座りこう答えた。


『君が毎日苦しんでいるのかわかった。本当なら君を無理矢理にでも逃したかった。けど、君は王子だ。皆の前でそんなことはないできないし、君の王子としての誇りも傷つけてしまう。だから、君の意思で逃げたいと行動する時を待ったんだ。俺は逃げることに反対しない。

 俺は自分の意思でこの戦いに志願した。けど、聞けば君はこの隊に無理矢理に入れられた。君は未来ある子供だ。本心を縛り付けてまで戦う必要はない。安心しろ! 俺が上手いこと言っておくからさ!』

 彼はそう言って笑った。あの日は真夜中だったのに眩しく感じたんだ。彼の笑顔は正に太陽だった。


 その時点で私は逃げるという考えをなくしていた。もう少し戦ってみようと思った。彼の光に応えたいと思った。


 私は来た道を引き返す。彼は何も言わずただついてきた。無理に連れ戻すことも無理に逃すこともせず、私の意思を尊重してくれた。それが何より嬉しかった。


 隊に戻ってからの私は臆病なりに戦いについていった。決して戦力になるとは言い難いがそれでも以前よりもましになった。隊の皆とも打ち解けていった。けれど、戦況は悪くなる一方で……ついに魔王の元まで辿り着いた時には私とゼル、そしてレギエの三人だけだった。


 魔王との決戦……私は何一つできなかった。ただ怯えて震えているしかなかった。それに比べてあの二人は勇敢な強者だった。剣術を駆使するゼルと大魔導を極めたレギエの連携は徐々にだが確実に魔王を追い詰めた。


 しかし、あと一歩のところで魔王は私に目をつけ、攻撃を放った。私は動けなかった。そんな私をゼルは命をかけて庇った。それまで軽傷だった彼の体に無視できない重症が襲いかかる。


 泣き叫ぶ私にゼルはいつもと変わらない笑顔を送り、こう言った。


『君は生きるんだ』


 そしてゼルは魔王の元に飛び込んだ。二人は地の底に落ち、やがて激しい爆発が起こりそこで私の意識は途絶えた。目覚めた時にはこの部屋に私は寝かされていたんだ。


「それからの事はもう察しがつくか?」

「……はい、魔王はあなた一人が倒した事に。そしてその事実は今日この日まで隠されてきた。あなたを民の希望の英雄として采配する為に」


「……そうだ。私は幾つもの屍を、勇敢なるもの達の功績を踏み躙って立っている。私は君の父の仇だ。君に殺されても仕方がない」

 リネットは静かに目を瞑り、裁きの刃が下るのを待った。しかし、その時はいつまで経っても訪れず……代わりに声が聞こえた。感謝の声が。


「ありがとうございました。父さんのことを教えてくれて」

「何故感謝する……私のせいで君の父親は!」

 リネットは声を荒げ立ち上がりゼナに迫る。


 それでもゼナは静かに言葉を紡いでいった。

「父さんはきっと後悔していない。僕は父さんの事を人伝でしか知らない。でも、わかるんです。あなたを助け魔王を封印しその事実が歴史に葬られようとも、父さんはあなたを助けた事を後悔なんてしない。絶対に。だから、あなたは立ってください」

「…………っ!?」

「父さんの事を思ってくれるなら。あなたが贖罪を望むなら。あなたが希望を信じるなら。あなたが平和を願うのなら。例えそれが偽りの英雄だとしてもあなたは立ち上がるべきです。立ち上がってこの世界の人々を導いてください」


「……本当になれるのだろうか。この私が……」

「はい! なれますよ。ゼル=アストリアの息子が保証します」

 ゼナは自信に満ちた笑顔を見せた。その笑顔にリネットはゼルの面影を見た。あの日灼きついた英雄の顔にそっくりだ。



 二人はしばらくお互いの身の上話しをする事になった。そこでリネットはゼルの生存の可能性を知った。


「君は父親を取り戻す為に旅に出たのか……それもたった一人で。泣き喚きながら隊に入れられた頃の私と同い年とは思えないな」

「もちろん怖かったですよ。村から出たことのない僕にとって外の世界は未知すぎた。でも、僕のそばには……頼りになるものがいて、それから仲間もできた。だから今は自信をもって旅をしています」

「……そうか……そうだな。今の君、そしてこれからの君なら魔王なんて楽勝だろう。ゼナ君。君の英雄譚に期待する」

 リネットは右手を差し出した。


「僕もあなたの英雄としての姿を期待します。お互いに平和の為に」

 ゼナも右手を差し出し、固い握手を交わした。



「僕はそろそろお暇します。夜分に失礼しました」

 ゼナは入ってきた窓に手をかける。


「おいおい、何もそこから帰らなくても。出口まで私が案内する」

「気持ちはありがたいですが……その、一応侵入者なもので。その親切には乗っかりづらいんです。なので今度正式にその道を通らせてもらいましょう。それがいつかはわかりませんが」

「そうか……では、君が魔王倒した暁に英雄としてこの城を通るといい」

 リネットはゼルと過ごしたあの日のような笑みを浮かべてみせた。


「そうしましょう。では、失礼します」

 ゼナは窓から飛び降り、瞬時に侵入した時の要領で足裏から水流を迸らせ、塀を越えて夜の闇に溶けていった。


 リネットは窓に近づきゼナを見届けた。


「ゼル。あなたの息子は立派に育っています。あなたと同じ道を生き、魔王を倒さんとしている。私も……いや、僕も務めを果たそうと思うよ。皆を導く王子として。あなたのような太陽になる」



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