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ゼロの旅路  作者: イフ
85/135

85.英雄が立つ


 ゼナたちが魔導列車に足を運んでから暫く、レシュアは飲食店のテラス席で馳走を暴食していた。


「……………………」

 そのレシュアの隣で、ラズシュの付人ベティが無言と無表情で座っていた。


「……食べないのか?」

 レシュアは皿を横にずらすがベティの表情は変わらない。


「俺が言えたことではないが無口だな」

「あなたとお話しするのはご命令にないので」

 端的にベティは冷めた声で呟く。


「命令……か……」

 レシュアは俯いた。その言葉はあの頃の自分を思い出す。支配と葛藤に苛まれていたあの頃。


 ゼナたちが村を訪れなければ、自分も今頃ベティのように忠実なしもべになっていたのだろうか。

 レシュアはそんな事を考えてすぐに頭を振る。


「早く召し上がらなくては冷めてしまいますよ」

 抑揚のない声でベティは言った。


「……お前はいつか気づく。仕えていたものが間違っている事に。俺がそうだったように」

「……あなたの価値観で測られても困ります。私のあの人への忠誠は……おや、どうやら戻られたみたいですよ」

 ベティの声にレシュアは顔を上げる。


 笑みを浮かべながらこちらな歩いてくるラズシュと、その後方を離れてついてくるゼナ。……ゼナの顔は相反するように暗く絶望に染まっていた。


 レシュアは馳走をほっぽり出して、ゼナの元に駆け寄る。


「ゼナ!? 何があった!?」

「……レシュア……僕は……」

 ゼナは今にも消えてしまいそうな声を出す。


「お前! ゼナに何を――」

 ラズシュに掴み掛かろうとしたその時、一瞬にしてベティが間に踏み込み、鞘から輝きを引き抜いてレシュアの喉元に当てがう。


「っ……!?」

「ラズシュ様への無礼は許しません」

 ベティは今までにない殺意のこもった瞳でそう吐き捨てる。


「まあまあベティ、落ち着きなよ。いくら王の演説で閑古鳥が鳴いていても物騒だからさ」

「かしこまりました。ラズシュ様」

 ベティは刃を鞘に納め、ラズシュに跪いた。


「ゼナ君がどうなったかは本人から聞くといい。断っておくと、僕は何も危害を加えていないしこれから加えるつもりもない。今日は挨拶に来ただけだからね」

 ラズシュはウインクを送る。


「だったらとっとと失せるんだ」

「言われなくてもそうするよ。行こうかベティ……ん? ああ、僕の財布か……って!? すっからかんじゃないか!?」

 ラズシュは驚いてベティを見たが、彼女はただ申し訳なさそうに首を垂れるばかりだ。


「ありがとう。とても有意義な食事だった」

 レシュアはわざとらしく腹を撫でた。


「ま、まあ、奢ると言ったのは僕だけど……まいったなぁ。僕だっていろいろ食べたかったのに……。ベティ、まずは銀行に行こう」

「かしこまりました」

 二人は早足でその場を立ち去った。



「…………食うか、ゼナ?」

 レシュアは残った馳走をゼナに差し出した。


「ありがとう、レシュア」

 ゼナはとりあえず一口頬張ったが、味を堪能する余裕はなかった。


「何があったのか聞いてもいいか?」

「うん……実は……」

 列車内での出来事をゼナは語った。



「そんなことが……」

「……僕は何も出来なかった。あいつが何かしようとしたことはわかっていたのに、何も……ただ人が消えていくのを見ているしかなかったんだ……」

「自分を責める必要はない。やみくもに挑めばゼナもどうなっていたか……」

「その通りだ。あの酔っ払いの事は忘れろ」

 レシュアの言葉にメイが冷たい言い方で同調する。



「……僕は忘れないよ。あの二人も、あいつの悪意も。必ず……ラズシュを、破壊の魔力を倒す!」

「ふん、好きにしろ。戦う意志さえなくさなければそれでいい」


「さて、どうする? 一度リーズたちと合流すべきか?」

「そうだね。破壊の魔力の事を伝えなくちゃ――」


 バキッ――。


 その時何かが割れる音がした。二人は音のする方向へ振り返った。


「なっ……!?」


 そこには亀裂が……空間に亀裂が発生していた。

 亀裂は徐々に広がり、そしてガラスのように砕けた。


 亀裂の中は紫色のおどろおどろしい空間が広がっていた。


「やあやあ、さっきぶりだね」

 その空間からラズシュが意気揚々と飛び出した。


「何しに来た!!」

 ゼナは躊躇なく刃を引き抜く。


「わあ!? 怖いなもぉ……そんなにカリカリしないでよ。君たちにプレゼントがあってさ」

 ラズシュは懐から一つの水晶玉を取り出した。


「これは様々な映像を映し出すことができる魔道具さ。もうすぐ王都で演説があるだろ? こいつを使えばわざわざ人混みに飛び込まなくても王の話を聴けるわけだ。王都の貴族たちはみんな自宅でふんぞり返ってこれを使っているのさ」

「それを僕たちに寄越すのはどういうわけだ」

「君たちはこの演説を聞くべきだ。ゼナ君。君は特に、ね」

「何だ――」

 ゼナがいい切る前にラズシュは水晶玉を投げた。


 ゼナは慌てて受け取る。


「じゃあね! また会おう」

 ラズシュは爽やかにそう言って紫の光の中へと消えていった。それから砕けた空間が収縮し、まるで何事もなかったように塞がった。



「……メイ。この水晶玉に何か仕掛けられている可能性は?」

「いや、ないな。至って普通の魔道具だ。そもそもあいつは何か仕掛けるまでもないだろう。そんなことしなくても私たちをどうにかできる」

 虚しいが説得力のある言葉だった。


「……僕にとって聞くべき……か」

「どうする、ゼナ?」

「水晶玉を使おう。何か情報があるなら入れておいて損はない」

「わかった。あの二人に合流するのは少し後になりそうだな」

 レシュアは再び店のテラス席に着き、残りの馳走に手をつけた。

 ゼナはその横に座り、水晶玉を置いて映像が映し出されるのをじっと待った。


 



 王都ゼトラーゼの王城。その一棟の一室で一人の青年が姿見を見つめていた。


 彼の頭髪は煌びやかな黄金色をしている。衣装は純白を基調とし、黄金で修飾されていた。


 そう彼は王都ゼトラーゼの王子であった。


「………………」

 王子は未だ鏡から目を離さない。それは決して自分に見惚れているわけでも美意識の探求をしているわけでもない。

 彼は己に暗示しているのだ。偽りの自分に成り切るために……。



 コンコンコンっ。


 静寂の中にノックの音が広がった。


「入れ」


 軋み一つ起こさない丁寧な手つきで扉が開いた。


「失礼致します。お時間でございます。ご準備はお済みでしょうか、坊ちゃま」

 幼少から付き合いのある執事がそう尋ねた。


「ああ、すぐ行く」

 王子の返事を聞いて扉が静かに閉まった。


「…………私はこの王都ゼトラーゼの王子だ。堂々とすればいい。民の規範となる者になるのだ。お前はそう生きなければならない」

 鏡に写るもう一人の自分に王子は言った。





「すごい人だかりだわ」

 リーズはレギエが持ってきた水晶玉に映し出される光景を見て感嘆を洩らす。


「なんせ、ゼト王が演説するのは魔王との終戦以来じゃからのお。民は気になるに決まっている」

 低い声でレギエは笑った。


「あったなそんな事も。あん時は俺も若かった……いや、今でも十分若い!」

「誰も何も言ってないわよ……」

 一人で喋るルセンにリーズは冷めた顔を送る。


「おや、始まるみたいだぞ」


 水晶玉に王城が映し出された。



 王城の上階正面の大鉄扉がゆっくりと開かれ、三人の人物が姿を現す。


 中央に見えるのがゼト王。右隣に寄り添うように佇むのはラーゼ王妃。そして王の左隣、少し離れて立ち並ぶのは息子であるリネット王子だ。


「ゼトラーゼの民たちよ! よくぞ集まってくれた!」

 ざわつく王都の民をその一声で静まり返らせた。正に王の一声と言ったところだろう。


「諸君らは今日の演説をどう思っているだろうか。私の推測では心待ちにしているものはいないと思われる。何故ならこの王都での演説は何かの始まりか終わりにしか開かれない」

 王の言葉に群衆は声を出さずに頷く。


「そうだろう。前回の演説は今より十四年前。魔王との戦争に終止符が打たれた時だ。それ以来この世界は平穏な時を歩み続けていた。では何故今この瞬間、演説が開かれるのか。

 事の発端は約二週間前の地震だ。あれはまさしく予兆だったのだ。魔王復活の……!」

 王の言葉にどよめきが荒波のように揺れる。


 ゼト王は王笏を地面に突いて民を鎮まらせる。


「私はあの地震から嫌な予感がして、精鋭騎士団を十四年前、魔王との決戦があった場所に送った。……彼らから報告の手紙は今日の一度も来ていない。もちろん逃げ帰ってきた者も。おそらく彼らは……」

 王の声が深く沈んだ。王都の空気もそれに合わせるように沈み、時が止まったように静まりかえった。


「だが、だからこそ我々は立ち止まってはいられない。私たちにはまだ希望がある。

 皆の者、かつて魔王を討ち、封印したのは誰か知っているか。おそらく殆どの者が知らぬであろう。今は魔王が倒され封印された事しか世界には知られていない。それは何故か。

 私が魔王を倒した英雄の文献を禁書とし規制してきたからだ。彼らの為だったのだ。英雄というのは平和の中では生きづらい。平和の世に英雄は必要なかった。しかし、その平和は今や脅かされようとしている。

 ならばっ! 魔王を討ち倒す英雄が必要だ。かつて魔王討伐に粉骨砕身した者がここにいる。

 さあ、前に出るんだ」

 王は振り返り、息子であるリネット王子を見た。


「我が息子こそが魔王を討ち倒した英雄だ!」





「……なんだって!?」

 ゼナは勢いよく立ち上がった。衝撃でテーブルが揺れ、水晶玉が転がり落ちる。


「……っと。どうしたんだ、ゼナ。いきなり」

 落ちる水晶玉を空中で捕まえ、レシュアが聞いた。


「……メイ。君はあの洞窟で魔王を倒したのは三人だって言った。それに魔王を封印したのは父さんだと。でも今の話だとまるで王子一人の手柄みたいじゃないか」

「その方が都合が良かったんだろ。田舎からの傭兵より、王子が魔王を倒した方が英雄としては際立つ」

「……そんなことの為に父さんの戦いは隠蔽されなくちゃいけなかったのか!?」


「この王子が魔王との戦いにいたのは本当なのか?」

 レシュアが水晶玉を見つめながら聞く。


「ああ、私の記憶に残っている。あの頃はこの王子はちょうどゼナぐらいの歳だった。岩の影に隠れてブルブルと震えていたなあ」

「待ったよ、それじゃあ王子は戦っていないの?」

「そうだ。こいつは臆病者なんだよ」

 メイが蔑むように水晶玉に映るリネットを見た。


 ゼナも水晶玉を覗き込む。

 英雄と、群衆に称えられるリネット王子の顔はどこか虚で重苦しかった。

 


 ゼナは一度彼に会ってみたいと思った。

 父さんと戦いを共にした彼と。

 英雄という重荷を背負った彼と。

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