83.邂逅
「あんたさんがた〜! 見えてきたぞ〜」
船主である漁師の声に四人は漁船から顔を出した。
「あれが王都……」
田舎育ちのゼナはその景色に感嘆の声を漏らす。
プレラスが比にならないくらいに、遠くから見ても王都は壮大で尊大な存在であった。
「久々だなあ、王都」
「ルセンは行ったことあるの?」
「俺は何年も世界を放浪してきたんだぜ? そりゃあこの世界の中心地、"王都ゼトラーゼ"に行かないわけはないだろう。あそこにはなんでもあるからな」
「へぇー、なんだかワクワクしてきたよ!」
「暫くは落ち着きそうね。まさかとは思うけど、王都にも魔王の魔力がいる。なんてことはないでしょうね」
リーズは心底嫌そうな面持ちでメイに聞いた。
「さあな。なんせ人が多すぎる。魔力を小さくされて隠れられては私も探しようがない。だがな、あの王都だ。あんなとこで魔力を集めるのはいくらなんでも目立ちすぎる。それに見つかればただでは済ましてくれない奴が王都には溢れているからな」
「つまり、そんな大穴狙う奴は少ないと言うわけか」
レシュアがポツリと結論づけた。
「だから、バテヴやフロッサのような中規模な街を狙うんだ。まあ、果ては木やらスライムやらで一概に判断はできんがな」
「とりあえず、今回は気楽に行こうぜ! 王都の書物に用があるんだろう?」
「ああ。世界の事象を記録する大魔道書。あれがあればどこで何が起こっているのかを把握できる。今までは偶然に奴らと遭遇していたが、これでこちらから仕掛けに行くことができるわけだ」
漁船は港に直航した。ゼナたちは漁師に別れと感謝を告げて、待望の王都ゼトラーゼに足を踏み入れた。
「わあ……す、すごい! こんなに大きい街が……これが王都! 見たことない人だかりだ」
ゼナはかつてないほど目を輝かせて辺りをキョロキョロと見渡す。
「ちょっとゼナ。あんまりはしゃがないでよ。私まで田舎者みたいに見えるでしょ」
「その通りだ。鬱陶しいから静かにしろ」
目を細めるリーズにメイが同意する。
こういう時だけ息が合う二人にゼナは辟易とした。
「……で、その魔導書とやらはどこにあるんだ?」
「さあな」
ルセンの問いにメイはあっさりと返し、レシュア以外の三人がずっこけた。
「私が知り得ている情報は城内の書庫にそれがあるという情報だ。正確な所在は知らん」
「はあ、大変な探し物になりそうね……」
リーズのため息に全員が同意した。
一行は賑わう王都の景色も程々に王城へ向かった。幸いにも城には誰でも自由に入ることができた。寛大な懐を持っている。――だが……。
「冒険者の方はギルド証をご提示ください」
書庫の前に立つ守衛は抑揚のない声でそう言った。
城の中は開放しているが、書庫といった守秘が必要な場所は秩序の為制限をかけているようだ。そして、冒険者がそこを利用するにはギルドランクB以上が必須だと、守衛は話す。
一同は一度守衛から離れ、ギルド証の確認に入った。
「私はBランクよ。バテヴまでの道中、依頼で食い繋いできた成果ね」
「チッチッチ、お嬢さん。Bで誇ってもらっちゃ困るな」
ルセンは自慢げにギルド証を突き出す。そこに刻まれていたランクは……。
「Aランク!?」
リーズが驚愕した顔でルセンを見上げた。
「伊達に放浪しているわけじゃないんだ。食いつなぎの歴が違うんだよ、歴が」
ルセンは大いに笑う。遠くの守衛が眉を顰めて咳払いをした。
「お前たちは問題ないな。問題はこいつらだ」
ゼナのギルド証にはEの文字が刻まれている。プレラスで依頼を一つしかこなしていないので相応のランクだ。
レシュアに至ってはギルドにすら入っていない。
「書庫に強行突破しても騒ぎになるだけだ。残念だがここはお前たち二人に任せる他なさそうだ」
そう言うメイの顔はあまり残念そうではなかった。
「ちょっと! 私たちに丸投げ!?」
「リーズの言う通りだ! そりゃないぜ!?」
大声にまた守衛の咳払いが入る。
「二人もいれば探せるだろう。さあ、行け。この時間がもったいない」
リーズはメイを無視してゼナに救いを求める視線を送った。
「ごめん、リーズ。今のところ書庫に入れる二人に頼るしかない。でも、メイにはきっと考えがあるはずだ。この口振りはそうだろ?」
「さあ、どうだか」
メイは素知らぬふりをする。
「ああ、もう! わかったわよ。私たちが探すわ。そのかわりその考えってやつをまとめておきなさいよね! 行くわよ、ルセン」
「しゃーねー。一人じゃないだけマシと思うか」
二人は守衛にギルド証を見せた。
「確認致しました。どうぞお入りください。書物の扱いはくれぐれも丁重に御扱いいただきますよう。もし、損害がございましたら――」
「はいはい、罰金でもなんでも払うから。早く開けてちょうだい」
「……かしこまりました」
守衛は何かいいたげな顔を残しながら重厚な扉を開けた。
「おお……」
扉の先の光景に一同は感嘆の声をあげる。
壁一面に本が敷き詰められている。中央の棚にもびっしりと本が。書庫というより本棚で作られた迷宮に思えた。
「ここから一冊の本を探す……の?」
「マジか……」
リーズとルセンは唖然としている。
「じゃあよろしく。行くぞ、ゼナ。レシュア。私たちがここにいても役に立たないからな。ランクAとBの方々に託そう。ふふふふ……」
メイは最後まで笑いを堪え切ることができなかった。
「くそっ、こうなりゃやけくそよ! この書庫をひっくり返しでも見つけてやる」
リーズはズカズカと書庫に入っていった。ルセンも重い足取りで続いた。
書庫の扉が閉じられ空間に静寂が訪れる。
ゼナたちは隅っこに移動して、
「ねえ、メイ。ところで考えってやつを聞かせてよ」
「日中はあいつらに捜索させる。たぶん見つからないだろうが。お前たちの出番は夜中だ」
「夜中? この城、夜は当然閉まるけど……」
「誰が正面から挨拶すると言った? 忍び込むんだよ。そして夜中の内に探し出し、奪い去る。あいつらがそれまでに半分ぐらいは探していてくれることを願うばかりだな」
「ちょ、ちょっと待って!? それじゃあ泥棒じゃないか!」
ゼナは少し声を荒げた。守衛がぴくりと反応し、慌てて口を塞ぐ。
「何を言ってる? そもそも世界の事象を記録する大魔道書なんて、たかが冒険者風情が持ち出せる筈もない。元より盗み出すことを考えていた。お前は私の相棒なんだろう? これぐらいのことは予測して然るべきと思うが」
メイはすっとぼけたような顔と声で返してきた。
「それについては要相談だ」
「他に方法があるならいつでも聞いてやる。無駄だと思うが」
メイはやれやれと言った顔でゼナの体の中に入っていった。
「魔導書を正規の手段で持ち出せる方法をどうにか探さないと……僕たちは情報収集だ。行こう、レシュア」
「ああ、了解した」
「そうだ! 情報収集ついでに王都のギルドに行って、レシュアのギルド証を作ろうか。今後必要になってくるはずだ」
ゼナとレシュアは書庫の二人に幸運を祈りながら、ギルドへと足を運んだ。
「――お待たせしました! こちらがレシュア様のギルド証になります!」
受付嬢のよく通る声と共にレシュアにギルド証が渡った。
レシュアは受け取ったギルド証を真剣な眼差しでじっと見つめる。
「あの……何か不手際がございましたか?」
受付嬢は恐る恐る聞いた。
「いや、そうではない。こういったものを受け取ったのは初めてで感動していたんだ」
レシュアは真っ直な視線で恥ずかしげもなく言うので、受付嬢は思わず目を逸らした。
「おい、兄ちゃん達。用が済んだら退いてくれ。詰まっているんだ」
横柄な冒険者が半ばゼナたちを押しのけるように前へ出た。二人は横に弾き出される。
「このギルド証は俺の宝物だ。一生大事にする」
レシュアはまた真剣な視線で言う。受付嬢は耳まで赤くなっていた。
「僕までなんだか恥ずかしかったよ……」
「俺は何かいけないことをしてしまったのか?」
「いや、そうじゃないよ。むしろその純粋さが君の魅力というか、なんというか……」
「――純粋な瞳を持つ人竜とその瞳に魅入られた受付嬢のロマンス……なんてものが書けそうですね」
「え……?」
聞き覚えのある声にゼナは振り返る。そこには懐かしさを覚える人物がいた。
「あなたは……!?」
「やあやあ、どうも。バテヴ以来の邂逅ですね」
そう言って笑顔を見せるのはプレラスで出会い、バテヴで別れた、ゼナの事を記事にして様々な出会いをもたらした女性記者。ソフィーであった。
「お久しぶりです、ソフィーさん!! お元気でしたか?」
「ええ、この通り元気です。それよりそちらはどうなんですか? 心配していたんですよ。私が王都についてもあなた方の姿が見えないもので……まあ、この王都ですから個人を探すのは難しいのは承知でしたが、ギルドにも情報がないので、何かあったのではないかと……」
「あはは、それはすいません。実はいろいろあったんですよ。一言では語れない数々が……」
「ほほう? 私の記者魂をくすぐる言い方をしますね。是非取材を!……と、言いたいところなのですが、私も忙しいのでね」
「何かお仕事ですか?」
ゼナの質問にソフィーは虚をつかれたような顔をした。
「もしかしてご存知ないのですか? 今日の午後、この王都の主、ゼトラ王による演説がある事を」
「えっと……知りませんでした」
「ここにくる道中、王都内がなんだが慌ただしくありませんでしたか?」
言われてみれば賑わっているというよりそちらの表現の方が正しく思えた。王都の景色に見惚れてそこまで観察はしていなかった。
「私、いえ、私を含めた記者たちは演説の記録、それを聴いた民への取材。その準備に追われているのです。我々記者は目指すものが同じでも、同志ではないので、皆ライバルなのです。誰よりもいい記事を一早く書いて発行するのに命懸けなんですよ。ですからゼナさんへの取材はまた今度お願いすることになるでしょう」
「はあ……大変ですね、記者って」
「ええ。なので私はこれにて……と、その前にゼナさんの新たなお仲間にご挨拶を。私はソフィー。こういうものです。是非、私の記事をご贔屓に!」
ソフィーは名刺を差し出した。
「俺はレシュア……。こういうものだ」
レシュアは早速宝物を突き出し、自己紹介した。
「レシュア、その名刺は受け取るものなんだよ」
「そうなのか。しかし、俺のこのギルド証あげることはできない……」
レシュアは子犬のようにシュンとした。
「中々ユニークなお方ですね。レシュアさん、あなたの事、覚えました。ですからこの名刺を受け取って私の事も覚えてください」
にこりとソフィーは笑う。
「わかった。この名刺というのも、俺の宝物にしよう」
レシュアは名刺を手に取り、そっと握った。
「……ゼナさん。この方、このままでは誰かをいずれ勘違いさせますよ。あの受付の方も危ういところでしたし。私は大人なので平気ですが」
「子どもではなかったのか」
レシュアは驚いたのか目を見開く。彼女の体躯から丁寧な言葉遣いの子どもだと思い込んでいたのだろう。
「うぐっ……そうですよ! 立派な大人です! ではこれにて。リーズさんにもよろしくお伝えください!」
ソフィーは足早に去っていった。
「相変わらず元気な人だな……」
「……それでこれからどうす――」
レシュアの言葉は大きな腹の鳴き声にかき消された。
「まず、食事にしようか」
「……面目ない」
二人はギルドを出て飲食街を訪れた。
飲食街は確かな賑わいを見せているが、人々はどこか落ち着かない様子。どうも王様の演説が気になって仕方がないようだ。
「どれもうまそうだ……何からいけばいいんだ……」
そんな人々とは裏腹にレシュアは涎を飲み込み食を求める。
「言っておくけどそんなには食べられないよ。お金は無限じゃない――」
レシュアを嗜めていると横を通り抜けた人影が何かを落とした。ゼナは拾いあげる。
それはごく普通の財布だった。ゼナは反射的に駆け出し、落とし主を追いかける。
「あの、これ! 落としたよ」
落とし主は紫髪の少年であった。背格好から十歳ぐらいの年齢だろう。
少年の隣には長身の女性が立ち並ぶ。女性の尖った耳から、彼女がエルフ族だということが伺える。
「――ありがとう」
少年は振り返り財布を受け取った。
「拾ってくれて助かったよ。ゼナ=アストリアくん」
「……っ!?」
「おや、どうしたんだい? そんなに驚いて」
「何故、僕の名前を知っているんだ……」
「当然さ。ずっと見てきたんだ。創造の魔力と共生している君に興味があってね」
「……なっ!?」
少年の言葉に驚きを隠せない。メイまで認知している。この少年はいったい……。
「お前まさか……」
いつの間にか外に出てきたメイが少年を睨みつけていた。
「……まずは自己紹介といこうか。僕の名前はラズシュ。――破壊の魔力だ」




