79.終幕開けの夜
「はあ……ゆっくり休みたかったのに野宿か」
リーズは大袈裟にため息を吐いた。
「しょうがねえさ。嫌なら小屋で寝てもらっても構わねえぜ?」
ルセンがニヤニヤと笑う。リーズはプイッと視線を外しながらも小屋を見た。
屋根が切り取られたようにごっそりとなくなっている。これだけならまだ、寝られないことはなかった。問題は海水だ。
海水を凝縮して放たれた攻撃はその軌道辺りに水分をばら撒く。おかげで小屋は波に攫われたかのようにびしょ濡れだ。
「まったく……こんな攻撃するやつに本当に勝つつもりなの……」
愚痴愚痴と文句を言いながらリーズは小屋の惨状を見回した。その時、妙なものが目に入った。
「……ねえ、ゼナ。ちょっと剣を貸してくれない?」
「え? いいけど……何に使うんだい?」
焚き木を集めていたゼナは腰に携えた剣を抜き、リーズに差し出した。
「まあまあ、いいから貸してちょうだい」
半ばもぎ取るように剣を受け取り、妙なものに剣先を伸ばす。
「……ねえ、これなんだと思う?」
そう言って見せてきた剣の先端にはぶよぶよとした青い塊が乗っかっていた。ゼナは気軽に剣を差し出した事を後悔した。これは洗って取れるものなのだろうか……。
「別にこういった木でもよかったんじゃないの……」
ゼナは持っていた枝木を振って見せた。
「ダメよ。だってこれは多分――」
「スライムじゃないか?」
ゴレムと共に寝床に使う藁を集めていたルセンが口を挟んだ。
「私の台詞を取らないでよね。……そう、これはスライム。疑問を持ったのはなんでスライムの一部が、この小屋にへばりついていたかってことよ。まさか、私たちがいない間にスライムが休憩していたわけでもあるまいし……」
ゼナはじっと剣先に乗せられたスライムを見つめた。
「……枝木じゃなくてゼナの剣を使ったのは、万が一暴れられたら困るからよ。ちゃんと綺麗にして返す――」
リーズの言葉をゼナは掌で制した。
「……少し、待って。何かが頭に浮かびそうなんだ」
ゼナは必死に頭を回転させる。剣とスライム……どこか既視感があった。
ふと、視線を横に移すとメイが同じように顎を手に添え、考えていた。
「……ふむ。そういうことかもしれんな」
「何!? 何かわかったの!?」
ゼナが詰め寄ると、鬱陶しそうな顔をしながらメイは体の中に入っていった。すると、心に言葉が響いた。その言葉で全てが繋がった。
「リーズ! 剣、返してもらうよ!」
今度はゼナがもぎ取るように剣を受け取り、スライムを落とさぬように海へ近づいていった。
「それっ!」
そして、剣先のスライムを海へと投げ入れた。
「何をしようというのゼナ?」
「ああ、説明してくれよ」
リーズとルセンは困った顔を浮かべる。
レシュアは寡黙に事の成り行きを見守っていた。彼はこれから起こる事を何となく察している。そんな顔つきだ。
スライムが暗い海に沈んだ。
沈黙。漣の音だけが耳に入る。
「何も起こらな――」
リーズの言葉を発火剤のようにしてスライムの落ちた海がゴポゴポと泡立った。暗い海からぬっと影が飛び出し、ゼナたちを飛び越えて背後にべちゃりと落ちた。
「――――――」
そこにいたのはスライムだ。もはや剣先に収まる事のないサイズに肥大化している。
「ちょっとゼナ! あんた、なに敵を作ってんのよ!?」
リーズが青ざめた顔で叫んだ。
「……対処する!」
レシュアが息を大きく吸い込んだ。氷結の息吹で一気に終わらせるつもりだ。
ゼナはレシュアの視界を遮るように立った。
「……何のまねだ」
「ごめん、一撃だけあいつを斬らせてくれ。その後は頼む」
「……何か考えがあるようだな。了解した。一撃待とう」
レシュアの了承を得るとゼナは構えた。
「――――――!!」
敵意を察したのかスライムは触手のようなものを一本伸ばし、ゼナの脳天に振り下ろした。
「――はっ!」
ゼナはその攻撃に合わせるようにして躱わす。そのまま前転して懐に入り、青い体に一閃を入れた。
(この感覚……やはり同じだ……)
ゼナは確証が得られたことに満足して、
「レシュア、頼んだ!」
すぐさまにレシュアの口から銀氷の息吹を吐かれ、瞬く間にスライムを氷塊に変えた。
「ありがとう、レシュア」
「礼には及ばない」
「オホン、そろそろ説明してもらってもよろしいか?」
ルセンが訝った顔で聞いてきた。リーズも同じ顔をしながら腕を組み、二人を睨みつけた。
「ご、ごめん。ちゃんと説明するよ」
ゼナは一呼吸入れると、
「まず、スライムが何故小屋にいたかのかを話す。あれは水の魔力、オーゼの一部だ」
ゼナの言葉にリーズは首を傾げた。
「どうして、オーゼからスライムが出てくんのよ。あいつが乗っ取ったのはオーゼ海域。海そのもののはずでしょう?」
「その前提が間違っていたんだ。ね、メイ?」
「ああ、これはやつに一杯くわされた。もしあいつが海そのものならどうして、浅瀬、つまり港町オーシを襲わないんだ?」
「あっ……」
リーズの中で段々と霧が晴れていく。
「奴が海そのものならばわざわざ漁船を待つ必要はない。逆を言えば、オーゼは漁船を呑み込むのに待つ必要があった」
「待つ必要……それがスライムと関係してくんのか?」
ルセンが口を挟む。
メイは指を鳴らして、
「そうだ。奴の正体は海洋スライム。名の通り海に住まうスライムだ。海水スライムは発生した当初は手のひらサイズほどだが、海水を体内に取り込んで膨張していく。実例を見ただろ?」
メイが顎でクイっと氷塊を指した。
「水の魔力は海ではなく海洋スライムに乗り移った。その体で海を、魚類を、人類までも体の糧にした。けれど、調子に乗ったんだろうな。体の堆積が通常の海洋スライムの何倍にもなり、奴はその場から動けなくなった」
「なんとも間抜けな話しじゃないか……」
ルセンは呆れ顔を見せる。
「その間抜けさが海に憑依したと我々に誤認させる結果になったのだから皮肉なもんだ」
メイは自嘲気味にため息を吐く。
「僕が最初に違和感を覚えたのはオーゼに襲われ、奴の体に刃を振った時だ。水を斬ったあの瞬間、妙な突っ掛かりがあった。だけど、命の危機の中それをまともに考察することはできず……剣に乗った青い塊を見るまでそれを忘れていた」
「だから、スライムと結びつけられたのね。じゃあこのスライムはあいつが飛ばしたわけか。自分の正体をわざわざ知らせて私たちを煽り立てるために……」
リーズは屈辱的だ、と唇を噛むがメイが訂正する。
「それはない。煽る為に自分の正体を晒すというのはリスクがありすぎる。こいつは単純に失態だ。あのスライムの一部は単に攻撃に撒かれて飛んできた偶然さ」
「俺たちにとっての奇跡ってわけか」
ルセンが一言で締めた。
そう、奇跡だ。この情報こそが水の魔力、オーゼを倒すきっかけになる。リーズ、レシュア、ルセン。メイにゴレム。みんながいれば負ける気が……負ける未来が想像できない!
「……というわけでオーゼ討伐の作戦は明日だ。リーズ。そのスライムの氷塊、粉砕しておいてくれ」
「……何で私が……」
ブツクサ言いながらもリーズは構えた。必要なことだとは理解している。拳に炎を激らせ弓のように引き絞って――。
「待て」
リーズを制したのはメイだった。
「何よ」
「炎を氷塊に当てずに砕いてくれ。溶かすのはなしだ」
「あんたねぇ……いくらガントレットをつけてるからって、炎なしでこんな氷塊を殴ったら私の拳にヒビが入るわよ」
「そこは工夫しろ。とにかく炎は当てるな。無理なら無理で構わない。お前はその程度という話しで終わりだ」
メイは嘲笑う。それがリーズを滾らせた。
「誰も無理ともやらないとも言ってないでしょ。やるわよ。ええ、やればいいんでしょ!? やれば!」
半ばヤケクソになりながら氷塊から距離を取った。
「あいつはもっと冷静な面持ちでいるべきだな」
ルセンが耳打ちする。ゼナは困った顔で笑うしかなかった。
リーズは十分な距離を取ると再び拳を紅く燃え上がらせた。
「ようは炎をあれに当てなきゃいいわけだ! 楽勝よ、見てなさい!」
リーズの右拳が轟々と音を立てる。今にも噴火しそうな勢いだ。
「いくわよッ!」
掛け声とにかく共に右の拳を打つ。それと同時に炎が吹き荒れ、推進力を生み出し、リーズの体を氷塊まで真っしぐらに進ませた。
瞬く間に距離を詰める。氷塊まで後数歩というところで炎を消す。だが、その勢いまでは消えず、リーズの拳が直撃し、氷塊はガラスのように砕け散った。
「もう一発!」
氷塊を突き抜けたリーズは打ち終えた右拳を開き、炎を噴射させる。先程の勢いを相殺し、また加速していく。今度は後ろ向きに氷塊へと進んだ。
「……はっ!」
氷塊に近い距離で体を捻らせ、左拳を打つ。
一閃、そして反転からの振りかぶった拳で見事、炎を当てずに氷塊を粉砕することに成功した。
「どうよ!? 私の完璧な戦法!」
リーズは自信に満ち満ちた顔でメイに迫る。
「見事だ。期待を大いに満たしてくれた」
メイは賞賛の拍手を送った。
「あれ……素直に褒めるのね」
てっきり嫌味な言い方をされると身構えていたのでリーズは拍子抜けた。
「今やってもらったのは雑用でも、お前に対する嫌がらせでもない」
「じゃあ、何だってんだ?」
ルセンが聞いた。
「水の魔力の倒し方だ」
「……!?」
リーズとルセンが驚愕の顔で見た。
「奴の一部は分離するとまともな意思を持たないことがわかった。そして海に溶けると通常の海洋スライム……いや、それ以上には膨張再生する。しかし、凍結からの粉砕では再生できない」
メイの言葉を証明するようにゼナが砕けた氷の破片を海に投げた。しばらく待っても先ほどのように飛び出してくることはない。
「リーズに炎を当てさせないよう指示したのは粉砕した氷が溶けないようにする為だ。実際の戦いは海上になる。もし炎撃で粉砕すれば、溶けかけた破片は海に落ち、再生し、オーゼに戻る。これではこちらが消耗する一方だ」
「今のは模擬戦だったのね。納得。私に対する煽りも許してあげるわ」
「ふんっ、そんな謝罪は乞わん。具体的な作戦は明日にしよう。今すぐ試せるものではない。まず最優先するべきなのは我々の回復だ」
メイは全員を見渡す。皆、立ってはいるが顔には明らかな疲弊が見える。
「そうしよう。今日は中々重い一日――」
ゼナが会話も途中に力が抜けたように倒れる。
咄嗟にレシュアが支えた。
「どうした、大丈夫か」
「ごめん、何だか力が抜けて……」
「アドレナリンの効果が抜けてきたんじゃないか。それと緊張の糸が切れたんだ」
「みたいだね……」
レシュアがゼナをゆっくりと地面に下ろした。
「寝ましょ。これ以上はみんなしんどいわよ」
そう言ってリーズは拾い集めた焚き木に小さな火を放った。暖かな炎が砂浜を照らす。
「見張りはゴッちゃんに任せよう。頼むぜ、相棒」
ルセンがニカっと笑いかけると、ゴレムは何やら提案を述べる。
「何? これじゃあ雨風を凌げないから自分が小屋の代わりをする……だって?」
「ゴゴゴッ!」
ゴレムは肯定に頷く。
「しかし、どうするつもり――うおっ!?」
ゴレムは小屋程の大きさに体を増大させた。そしてその大きな腕で全員を抱き持って、焚き火の前に腰掛けた。
不思議なことにゴレムの腕はふかふかと柔らかい。見ると、腕には寝床に使う藁が敷かれていた。さらにはゴレムの体には色とりどりの草花が咲いている。まるで自然がゴーレムを模っているみたいだ。
「ははっ、こりゃいい! 最高だぜ、ゴッちゃん!」
「ちっ……私が奪う初の魔力をこんなことに……」
「あんたはまだぐだぐだ言ってんの?」
リーズが呆れ、メイが文句を垂れる。そんな騒ぎを介さず、レシュアは既に睡眠に入っていた。
ゼナも瞼がとろりと落ちそうだった。その時……。
「メイ、あんた一様女の子の格好なんだからもっとこういう光景に……あっ!!」
リーズが何かを思い出したような声をあげ、ゼナを見た。
何だか嫌な予感がした……。
「そう、メイが女の子の格好、マリアって子をモデルにした話し! 詳しく聞かせてもらわなくちゃ! ゼナ、話しなさい!」
「お、覚えてたんだ……」
土の魔力との事が済んだらメイのこと、マリアのことを話すと半ば強引に約束させられていた。確かに、今は安息の時間だが、こんな状況で話さなければならないのか……。
ゼナは心地の良いゴレムに包まれながら心は酷く羞恥に染まっていくのを感じた。
激しい戦いの終幕の夜、新たなる戦いの幕開けの夜。それをこんな気分で迎えることになるとは……。
ゼナは己の羞恥を吐き出す覚悟を決めて、夜に立ち向かった。




