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ゼロの旅路  作者: イフ
78/134

78.勝利の後には……。

 この戦いで一番哀れで不憫な存在は誰なのかを考えた。一番に頭に浮かぶのはやはりジュダの村人たちだろうか。何気ない日常を過ごしていた彼らは、突如それを奪われた。信仰してやまない大樹に。そして、人ならざる者に変えられ、死を待ち続けた。


 一体彼らはどんな気持ちで命の終わりを待っていたのだろうか。ゼナには想像できなかった。誰もが生きていたかったはずだ。ゼナだって助けたかった。けれど、遅すぎた。もう彼らを救うにはその生命の糸を断ち切るしか道はなかった。今でも彼らの言葉が頭にこびりつく。ゼナたちの手にかけられた誰もが、最後の瞬間に感謝を漏らし、解放感に浸っていた。誰も呪詛の言葉を吐くことは決してなかった。それほどまでに彼らにとって生きていることが途方もない苦悶になっていたのだ。


 確かに彼らは一番不幸な存在と言える。それは否定などできない。だが、もう一つ不幸な存在がいるとゼナは考えていた。それは……大樹だ。無論、土の魔力のことではない。この森に命を芽吹き、ここまで大きく育った樹木の話だ。


 植物に明確な意識があるのかゼナは知らない。けど少なくとも、生きている。ならば、漠然とした意識があるのではないかと考える。


 大樹はどんな思いだっただろうか。幾年も見守ってきた人間たちを自らの体で苦しめるのは、いったいどんな思いだったろうか。考えても仕方ないというのはわかっている。でも、今、地面に向かって倒木している大樹を見ているとそう考えずにはいられなかった。

 

 幹を切断された大樹が地面に倒れ、地響きと土煙を巻き起こす。ゼナたちは顔を防御し、大樹の断末魔が過ぎ去るのを待った。


「よくやった、ゴッちゃん」

 ルセンが労いの言葉を贈ると、ゴレムは自慢げに鼻を鳴らし、土塊の山を残して魔石が主のもとに飛び込んだ。


「後はお前たちの役目、なんだろ」

 振り返り、ゼナとメイを見る。


「ああ、任せて――」

 若干の疲弊を見せながらゼナは立ち上がり、土の魔力を吸収するため、大樹の切り株に近づいたその時……。


「ふぇふぇふぇふぇ――っ!」

 特徴的な笑い声をあげながら光が宙に飛び出した。


「……今回はわしの負けを認めよう。しかし! 創造の魔力、お前に吸収だけはされてたまるかッ!」

 土の魔力はどんどんと宙に上がっていく。このままでは、吸収どころの話ではない。最大のチャンスを逃してしまう。


 メイはどうにかしようと思考を巡らせるが、上空では手が出せない。



「――一か八かだっ!」

 ルセンはどういう訳かゴレムの魔石を土の魔力に向けて投擲してみせた。魔石が光とぶつかる。激しい明滅が迸り、一同は目をくらませた。



「どう……なったの?」

 リーズは光に眩んだ目を瞬きながら聞いた。


「はは、やってみるもんだな」

 同じく目を瞬くルセンの手には投げたはずの魔石があった。それは妙な輝きを放っていた。まるで土の魔力をそのまま封じ込めたような輝き。


「まさか、お前……!?」

 メイは狼狽し、魔石に駆け寄る。


「へへーん、どうよ? 俺の機転の効いた咄嗟の判断は!」

 ルセンは自慢げに魔石を振って見せた。


「どういうこと? 何が起きたの?」

 リーズがわからないと言った顔で近寄った。


 ルセンは鼻を鳴らして言う。

「ゴッちゃんの核となる魔石は体を形成するたびに魔力を消耗する。今回はあれだけの大きさだ。内臓していた魔力の全消費は避けられなかった。戦いが終われば魔石に魔力を注がなければならない」

「つまり、魔石が魔力を欲していた状態だ。その状態で宿主をなくした土の魔力に投げつければ、魔石は土の魔力を極上の餌として食らうだろうな、くそっ!」

 メイは解説をしながら最後には唾を地面に吐き捨てる仕草をした。


 土の魔力は逃さなかったものの、それを自分で吸収出来なかった事に心底苛立っているのだろう。怒りが伝播してくる。


「まあまあ、落ち着いてよメイ」

 ゼナが宥めるがメイは不機嫌を隠さない。


「催眠には逃げられ、水には敗北し、土は後一歩のところでゴーレムの魔力にされた。私にはイラつくだけの権利がある!」

 メイはゼナの胸ぐらを掴む。


「そうは言っても、ルセンの判断がなかったらみすみす逃していた筈だ。違うかい?」

「……っ……!」

 ゼナの言葉が効いたのかメイは口をつぐんだ。


「わかっている、それくらい。ルセン、咄嗟の判断に感謝こそしないが、労いの一つはくれてやる」

「……相変わらず素直じゃないわね、こいつ」

 リーズが涼しい視線を送る。


「ルセンはこれからどうするつもりだ?」

 レシュアが聞いた。


「どうするって……俺がこのまま立ち去ると思っているのか?」

 不思議そうな顔をルセンは見せる。


「ルセンは戦いに巻き込まれてしまっただけだ。だから、戦いが終わればもう俺たちに付き添う理由はない」

「俺が、薄情で臆病な人間ならそうして……いや、そもそもこの戦いに参加どころか裸足で逃げ出していただろう。でも、そうじゃなかっただろう?」

 ルセンがウインクを決めた。


「じゃあ……」

「俺はついていくぜ。世界中でこんなことが起きているなら見逃せない。それに白い嬢ちゃんが逃してはくれなさそうだしな」

 メイがルセンをジロリと睨んでいた。まるで獲物を狙う邪蛇だ。


「当たり前だ。私が奪い取る筈の魔力を掻っ攫っていったんだからな。馬車馬の如く働いて貰わんと困る」

「だってよ。つうことで、よろしく、リーダー!」

 ルセンが大きな手を差し伸ばしてきた。


「リーダーは大袈裟だけど……よろしく頼むよ、ルセン!」

 ゼナも手を伸ばし、固い握手を交わした。


「これからのことは決まって……ないよな?」

「いや、一つ決まっていることがある」

 ゼナの言葉に全員が首を傾げた。


「この戦いで犠牲になった人たちをちゃんと弔ってあげなくちゃ。それは僕たちがしなければならないことだ」

 ゼナは遠くを見つめた。その先には犠牲者たちの遺体が並べられている。このままでは彼らがあまりにも不憫だ。立派でなくとも墓に入れ、人として終わらせなければならない。


「時間がかかるけどいいかい、メイ?」

「ふん、好きにしろ。こういう時のお前を説き伏せるのは面倒だ。私は寝る。不貞寝だ」

 メイは吐き捨てるように言って体の中に帰っていった。


「じゃあ行こうか、みんな」

 ゼナが先導し、一行は進んでいった。

 後には二つにされた大樹だけが残る。大樹はこのままその生命を森にばら撒き新たな生命へと繋ぐ……はずだった。とある二人が現れなければ。



「土の魔力は残念だったね。でも、ゼナくんと創造の魔力の戦いが見れて実に満足ではあった」

 十歳そこらに見える少年が大樹に手を添えて言った。


「見ているだけでよかったのですか?」

 付き人のような長身の女性が尋ねる。


「僕が出るにはまだ早いさ。それにまだまだ彼は伸びる。成長しきって初めて戦おうと思えるのさ。楽しみだ」

 少年はニヤリと笑って、手に紫の光を発した。その光は触れられている大樹に伝播し、大樹が音もなく光の粒子になって消滅した。


「土の魔力。君の惨めな敗北は僕がしっかりと破壊したからさ、ゴーレムの魔石の中でゆっくりとお眠りなよ。アハハハハ……」

 静かな森に少年の笑い声が響き、それは森のざわめきに紛れて消えた。




「これで最後よ……」

 リーズは安らかに眠る少年を担ぎ上げ、ゆっくりと土穴の中に運んだ。その上にルセンとレシュアが土を被せ、最後には大きめの石をゼナが創造魔法で作り出し、墓標とした。


 ずらりと犠牲者たちの墓が並ぶ。彼らは一生涯、この光景を忘れることはないだろう。この悲劇を決して風化させてはならない。


「ずっと動き詰めだ、みんな疲れただろう。浜辺の小屋に戻ろう。夜も更けてきたしな」

 ルセンが先導して、浜に向かって歩き出した。他の三人もぐったりとした体を持ち上げながらついていく。


「……どうした、メイ?」

 ゼナは振り返り、いつの間にか外に現れたメイを見る。彼女は遠くを鋭い眼つきで見つめていた。確かその方角は大樹と戦った場所だ。


「………………いや、気のせいだ」

 ふっ、とため息をついてメイはゼナ(住処)に戻って行った。


「ゼナー! 置いてくわよ〜」

「ごめんっ! 今行くよ」

 遠くから呼ぶリーズの声に慌ててゼナは走り出し、メイの視線の謎を後回しにした。



 砂浜に着いた一行は思わぬ光景に感嘆の声を漏らした。砂が月光に照らされ、宝石のように輝いて見える。ズタボロに疲れているのも後押しして、この砂浜は世界で一番美しいと思えた。


「この景色が私達のご褒美ね……」

 哀愁漂う表情でリーズが呟くとルセンが吹き出した。


「……何よ」

「いや、悪気はないんだ。ただ、そのお前がロマンチストなことを言うのが、その……」

 変なツボに入ったのかルセンは腹部を押さえ、声も抑える。


「ゴーレム心しかわからなさそうなおっさん、にロマンチックな乙女心を理解して貰わなくて結構です!」

「おい! 誰がおっさんだ! 俺はまだ二十八だ」

「ふん、私からしたらおっさんよ! ねえ、レシュアとゼナはどう思う?」

 眉を吊り上げながらも若干の笑みを浮かべながらリーズは聞いた。しかしながら、二人は何も答えずただ水平線を見つめていた。そんなにこの景色に感動したのかと、リーズは思ったが……そうではない。


 二人の表情は固く、警戒に色染めされつつあった。


 二人の雰囲気に呑まれ、リーズとルセンも水平線を見た。しかし、いくら月明かりが強いと言えど暗闇しか見えなかった。


「何が……見えているの?」

 リーズが疑問を口にした次の瞬間――!


 ゼナとレシュアの間に一閃が迸った。砂煙ど轟音が鳴り響く。


「な、何が起きた!?」

 ルセンが口に入った砂を吐き出しながら聞いた。


「狙撃されている! みんな身を隠せ!」

 ゼナは叫ぶと走り出し、岩裏に向かって飛び込んだ。


 レシュアは目の前に氷の壁を造り、リーズとルセンは小屋を遮蔽物にした。


「誰にやられたんだ!?」

「……もしかしてあいつ、水の魔力の仕業かも……」

「お前たちがここに流れ着いた原因か……くそっ、こんな連戦聞いてねえ――」

 

 二人の頭上に青い一閃が、走った。轟音、突風、海水がびしゃりと辺りにばら撒かれる。振り向くと小屋の上半分が消し飛んでいた。



「とんでもない威力だ……」

 ゼナは戦々恐々と呟く。


「海水を凝縮し、勢いよく放つ。水圧と加速を伴ったそれは、正に弾丸を凌駕する攻撃だ」

「どうする、メイ?」

「静観する」

 メイはそれだけ言うと、じっと水平線を見つめた。


 攻撃から五分と過ぎた。あれから狙撃はされていない。


「ふむ、やはりお遊びの攻撃か」

「え?」

「もう出ても構わない。これ以上の狙撃はない」

 メイが岩裏から離れる。ゼナも恐る恐る着いていった。いつ狙撃されてもかわせるように気を張り詰めながら。けど、メイの言う通り海はシーンと静まり、遠目に見えたオーゼの影はもうなく、穏やかな波しかなかった。


「お前たちも出てこい」

 メイが三人を呼びつける。三人も警戒しながら遮蔽から飛び出る。


「何故攻撃が来ないと言い切れる」

 全員の疑問を代弁してレシュアが聞いた。


「奴は最初からこちらを殺す気はない。あくまで挑発しただけさ。殺す気ならまず気づいていないリーズとルセンを狙う。けど、水の魔力はわざわざ気がついているお前とゼナを狙った。避けられる程度の速度でな」

「ずいぶんと相手は余裕というわけか……」

 レシュアはため息をつきながら拳を握った。


「小屋を上だけ吹き飛ばしたのも見せつけか……こんなに疲れてるのに野宿させられるとはな……」

 ルセンはがっくりと肩を落とし、砂浜に大の字に倒れる。


「野宿でもなんでもいい。休め。明日、水の魔力にリベンジといこう」

「あんた、本気で言ってる? みんなボロボロなの。あんたもそうでしょう!? そんな状態で戦えるとでも?」

 リーズがあきれて詰め寄る。


「本気だ。あの狙撃を見たはずだ。ここで逃げ出せばあいつはすぐにこちらを殺しに来る。奴が余裕に腰かけている今しかチャンスはない」

「ッ……」

 メイの言葉にリーズは口をつぐんだ。


「とりあえずみんな休もう。考えるのはそれからだ」

 ゼナが疲れた顔で言う。


 土の魔力との戦いは終わった。しかし、新たなる戦いは戦士たちを眠らせてはくれないようだった。


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