76.お前に預ける
ゼナは迫り来る樹人の心臓に刃を突き立てる。その度に悲鳴、断末魔、涙、そして、感謝の言葉が漏れた。彼らはいつからこの姿になったのか。そしていつから、死を乞い、救いとしてきたのか。
考えるのはやめろ。
途端にそんな声がした。
わかっているよ。僕はもうやるしかないってことを。
ゼナは心の中にいる奴に言った。
この刃を振るうことが彼らの助けになる。そう信じて戦うだけだ。そう信じなければ――。
「これで……!」
ゼナが最後の樹人にトドメを刺し、安らかにと、心で願いながら剣を抜いた。
「…………っ…………」
息を呑んで辺りを見回した。
どこもかしこも人間が転がっている。自分たちが送った人間たちの遺体が。
「……………………」
誰も何も話さない。労いの言葉も、慰めの思いも、怒りをぶつける罵声も上がらない。あるのは深い深い絶望感だけだ。
その絶望を煽り立てるように不快な音が響いた。
一行は顔を見上げる。
大樹が腕のような太枝を生やし、拍手をしていた。いや、木と木がぶつかっているだけの事象を拍手と認めてはならない。こんな奴に人間の行為をまねさせてはならない。
「ふぇふぇふぇ、よくぞ、わしの群勢を退けた。見事な殺しっぷりであったぞ」
けたたましく大樹は笑う。誰も反応しない。静かに大樹の声が過ぎ去るのを待っている。
猛り狂う気力は戦いにまわしたかった。
「……さて、余興の前座は済んだ。始めよう――」
「――その前に」
大樹の言葉にゼナが割り込んだ。
「彼らを安全な場所まで運ばせてくれ。このままでは戦いで傷ついてしまう」
ゼナのその発言に大樹は葉を揺らして、大いに笑った。
「何を言い出すのかと思えば……こんな魂の抜けた肉の塊がお前の戦いの邪魔になると? だったら最初から細かく切り刻んで落ち葉のようにかき集めでもすればよかっただろうに」
ゼナは大樹の言葉を気にすることなく、遺体を持ち上げて運ぼうとした。
無視をされて頭にきたのか、大樹は一本の蔦を伸ばしゼナの首元に向けて進ませた。
蔦は首元には届かなかった。何故なら、ゼナが振り向きませずその蔦を片手で掴みとったからだ。
「…………ぬぅ!?」
「土の魔力。そんなに焦るなよ。お前の相手は必ずする。必ずお前を滅ぼす。だから、大人しく生えていろ」
ゼナは肩越しに睨みつけた。その視線に大樹は一瞬、本の一瞬だが恐怖した。
(わしが恐れた……!? 生命の塊、魔王様の魔力であるわしがこんな人間に……!?)
「……ふぇふぇふぇ、いいだろう。好きにするがいい。お前たちが全力を出せないのはわしとしてもおもしろくないからのぉ」
動揺をひた隠すように大樹は虚勢に揺れた。
ゼナはそんな大樹に一瞥を送ると、遺体を抱えてあげた。
「……彼らが安らか場所まで運ぼう。みんな、手伝って――」
ゼナが言い切る前には他の三人も遺体を持ち上げ、無言で頷いていた。
「……ゴゴッ!」
見るとゴレムも現れ、逞しい腕で犠牲者たちを優しく持ち上げていた。
「みんな……ありがとう」
ゼナはようやく頬を緩めることができた。
「……待たせすぎだ。かれこれ一時間以上はたったぞ。いくらわしが樹木といえど、戦いを前にしてお預けを喰らいたくはないのぉ」
「そうか……じゃあ詫びとして、お前をこの世から消滅させる」
ゼナは強い口調で凄んだ。しかし、大樹は意に返さず醜い笑みを浮かべるだけだ。
「その意気込みの割には無策と見えるが?」
「この森はお前のテリトリー……お前そのものだ。こっちの会話は筒抜けだと思った。だから、無策で構わない。策は戦いの中で生み出す」
「ふぇふぇふぇ! ただの馬鹿ではないらしい……大変に喜ばしいことだ。楽しい一時にしよう。そして最後にはその魔力をわしの生命力にさせておくれよ」
大樹の葉がわさわさと動き出し、何番もの蔦を触手のようにうねらせた。
「みんな、来るぞッ!!」
蔦の触手はまずリーズを狙いすまして動き出した。この中で大樹の天敵になりうるのは炎使いの彼女だ。
「焼き尽くす・炎――」
リーズは臆せず遊撃する。炎を放射して魔法の詠唱通りに蔦は燃え、黒ずみになった。
「……やるではないか。なら、こいつはどうかな?」
一本の蔦に何本かの蔦が複雑に絡まり、太い蔦へと生まれ変わった。
「どうなろうと変わんないわ! ブレッネス――」
リーズは構わず詠唱を口にしたが、それは横からの衝撃によって中断された。
「……ッ……レシュア!?」
リーズの上にレシュアが覆い被さっていた。
「あぶなかった……あのまま魔法を使っていたら、あの土と同じ最期を迎えるところだった」
レシュアが顎をしゃくる。
その先には地面に突き刺さる太い蔦があった。
「――ゼナッ!!」
ルセンの掛け声が響く。
太い蔦目掛けて大斧と二刀の刃が振り下ろされた。太い蔦に刃が入るがすぐには切れない。樹ではなく石を相手にしている気分だ。
(絡まるとここまで強度が増すのか……より一点に攻撃を集中させる必要があるな)
身体の中でメイは語った。
「隙だらけよのぁ!」
ゼナとルセンに蔦が襲いかかった。
「――リーズ!」
「わかってるって!」
それを炎と氷の弾丸が蔦をくい止める。
「ちぎれ……やがれっ――!!」
青筋を立ててルセンが叫ぶ。
3つの刃はついに太い蔦を切断した。
「ふぇふぇふぇ、良き連携だ。だが……わしの愛しい蔦たちはまだまだおるぞ?」
上空から蔦が降り、また絡み合った。今度はまるで編み物ように形取る。
剣、大斧、拳……。
こちらの得物を蔦で編んで模倣したのだ。
「みんな! 絡まった蔦は並の蔦とは段違いだ。攻撃を回避し、一点に同時攻撃を仕掛ける!」
ゼナの指揮に異を唱える者はいない。それぞれが返事の代わりに拳を固く握りしめた。
「――来るッ!」
一同の元にまず大斧が振られた。
見極め、四方向にそれぞれが散開する。
からぶった大斧は大地に轟音と土煙を生み出した。
土煙が視界を掠める。
「リーズ! 蔦のどこでもいい、炎を撃ち込んでくれッ!」
不慮の視界に灯火が見えた。その灯火目掛けて全員が同時に攻撃を打ちおろした。
大斧を模した蔦は見事に千切れただの蔦になれ果てる。
「……よし、いける!」
「調子に乗るでないぞッ!」
今度は横薙ぎに蔦の刃が襲いかかった。
避けるのは無理だ。だったら――。
炎、氷、剣、斧。四種の攻撃が刃と鍔迫り合う。
いくら蔦が束になろうとも人間の、共同から生まれる力には及ばない。剣もまた自然に帰った。
「どうにも見かけ倒しじゃないの? こんなものじゃ私たちは倒せないわ!」
調子がついてきたのかリーズは炎を荒く昂らせて言った。
「……ではもっと面白いものを見せてやろう。」
大樹は拳を模した蔦をばらして引っ込めた。
「何をする気だ……」
全員が大樹に注力している。
その時、ゼナの身体からメイが突然飛び出し、叫んだ。
「――後ろだッ!」
その叫び声は一歩遅かった。全員が振り返った時には、蔦がそれぞれの体を締め上げていた。
「……蔦!? どこから……」
リーズは蔦が伸びてきた方向を睨みつける。
緑の闇から樹木たちがその根を節足動物のようにして歩いてきた。
「まだ人面樹がいたのか……!?」
「いや、あれは人面樹じゃない……意思を持った樹木だ」
ゼナの言葉をメイが訂正した。
「それはどういう……くっ!?」
蔦がより強く締め上がった。
「大樹は蔦の硬度をあげようと思えばいくらでもできた。だが、そこをあえて抑え、お前たちに斬らせたんだ。
切断された蔦は地中に突き進み、ただの樹木に寄生して意思を持たせた。こうして我々を背後から奇襲するために……。私のミスだ……! この森に土の魔力が充満していて気配を察知出来なかった」
メイはギリギリと歯軋りをし、拳を悔しそう握り込んだ。
君のせいにはしないよ。
そう言ってあげたかっだが、締め上げる蔦にまず苦悶の声が漏れる。
「こんなもの……!」
リーズは締め上げながらも炎を滾らせるが、蔦に圧せられ思うようにいかない。
「――――ッ!」
レシュアは息を吸い込み、氷結の息吹で抵抗しようとした。その口にすかさず蔦が巻き付く。
「――んぐっ!?」
蔦が猿轡のように締まり、龍の口を塞いだ。
「まずいぜ……こりゃ……」
ルセンの武器といえば大斧とゴレムだ。
大斧は巻き付かれた際に取り落とし、ゴレムの魔石は取り出せそうにない。もっともゴレムがいたとしても侵蝕する蔦とは相性が悪く、戦況が悪化するまでだ。
「ふぇふぇふぇっ! 大樹であるわしに歯向かうことが間違いであったか身をもって理解したか?
はてさて、どう痛めつけてやろうか……ふむ……そうだ――」
大樹は歪んだ笑みを見せた。するとゼナに巻き付いていた蔦が弛んだ。
「……どうして……」
振り返ると意思を持ったはずの樹木が沈黙し、ただの樹木に戻っていた。
「……おほん、これから楽しい楽しいゲームを始める」
大樹は咳払いをし、弾んだ声を出した。相変わらず表情には歪んだ笑みが残っている。
「ゲーム……?」
「そうだ。わしの合図を開始時間として……5分に一度、お前の仲間を締め上げる」
「………………ッ……!?」
「ふぇふぇふぇ、良き顔だ。……続けるぞ。仲間は三人。一巡で15分。その間、お前は一人で戦うのだ」
「一巡が終わるとどうなる」
メイが質問した。
「当然二巡目が始まる。二巡目が終われば三巡目。お前が仲間を助けるか、わしを倒さん限り、大事な大事な仲間は苦悶に悲鳴をあげるのだ……こんなふうに!」
「……ッ……あああっ!?」
レシュアが苦しみに顔を歪めた。彼の立派な翼が窮屈に締め上げられる。
「おっとやりすぎるところであった。殺さないようにするのは難しいのぉ。うっかりと間違いがあるかもしれない……ふぇふぇふぇっ!!」
醜悪なざわめきが森に広がった。
「レシュア……みんな……」
「気にするな……ゼナ。こんなもの自分でなんとかして見せ……る」
「そうよ……だから、あんたは目の前の敵に集中しなさい!」
「蔦如きに俺もやられるタマじゃないさ……」
各々がゼナに向けて答える。その表情は苦しみを見せんと我慢しているものに違いなかった。
「……さて、場も盛り上がってきた。最高のゲームの始まりだ」
そう宣言すると、樹木たちは仲間を宙に縛り上げた。蓑虫のような格好で恐怖の時間を過ごさせようと大樹は考えた。あれでは重力も相まって長く持たない。二巡目に回ろうものなら全身が鬱血するだろう。
「……メイ」
「黙っていろ。今、作戦を考えている」
身体の内から焦燥した声が響いてくる。メイも焦っているのだ。いつもの彼女ならもう作戦の立案などすんで、済ました顔で語っていることだろう。
ゼナは覚悟が決まった。
メイすら焦るこの状況を打開するにはあの手しかない。
「メイ」
「なんだ、何か思いついたか」
苛立ちを覚えながらメイが聞く。ゼナは務めて冷静に口を開いた。
「メイ、君の全てを僕に預けてくれ」
「なんだと!? どういう意味で……」
「意味がわからない?」
「そうじゃない。お前に意味を説いている。私の全てを身に宿すことがどういう意味を持つのか、理解しているのかと聞いているんだ」
メイはさらに焦りを見せる。
「身体強化の比じゃない負担がお前にのし掛かる。それはお前の身体を破壊するかもしれない」
「それはないよ」
キッパリとゼナは言った。
「何を根拠に……」
「君は創造の魔力なんだろ? 僕の身体を破壊することはあり得ない。君は創造そのものなんだから」
「屁理屈で誤魔化すな。お前が死ねば、私も――」
「メイ!」
捲し立てるメイをゼナは一喝した。
「僕には想像できるんだ。君を背負えば、いや、君と一緒なら仲間を助け、あいつも倒せるって……君は創造の魔力だ。だったら後ろよりの未来より、前向きな未来を創り出そう」
ゼナは彼女の肩にそっと手を添えた。
「チッ……いつからそんな生意気言うようになった」
「君と出会えてからかな」
ゼナが笑顔で笑うと、メイはまた舌打ちをしながらも僅かに口角を上げた。
「……いいだろう。今回はお前の言葉に乗ってやる。お前の想像する未来を見せてみろ。私をゼナに預ける」
「ありがとう。必ず救う……必ず勝って見せる!」
メイは深呼吸をしてゼナの身体の中へと入っていった。
「五分たった。ルールに乗っ取りゲームを進行させる。混じり者。恨むならあの何もできない小僧を恨むんだな」
レシュアに絡みつく蔦がじわじわときつくなる。しかし、レシュアは苦しむどころかニヤリと笑った。
「……何がおかしい?」
「何もできないんじゃない。何かをしようとしているんだゼナは……!」
「こんな奴に何が――」
大樹が蔑もうとしたその時、ゼナの全身から眩い光が溢れた。全員が目を閉じる。
「……なんだ……その姿は……!?」
大樹は驚愕に顔を歪める。
ゼナの全身から淡く白い光が立ち、周囲の空気を揺らしている。黒い瞳の中にも白き光が宿っていた。
「…………ッああ――!!」
ゼナは闘魂を入れるように叫ぶと、光が強く増し、オーラとなって吹き荒れる。
「どこにそんな魔力を……ええい、構わん! まずは混じり者を――」
それは一瞬の出来事だった。白い光が閃光したかと思うと、レシュアを拘束していた蔦が弾けた。
「……み、見えたか!?」
ルセンが聞く。
「いいえ……見えなかった……」
リーズにもそれはただの光に思えた。だが、真実は違う。ゼナが瞬きの速さで踏み込み蔦を一閃のうちに切断して見せたのだ。
また、閃光が迸る。リーズとルセンの拘束までもが刃に斬り伏せられた。
「バカな……こんなことが……」
「……大樹。お前を滅ぼすッ!」
ゼナの白いオーラが天に昇るように猛り荒ぶる。
創造の魔力を背負い、我が物とした少年の矛が滅すべき巨悪を捉えた。




