73.這い出る正体
深い深い暗闇に落ちていく。自分が灯した光を求め落ちていく。音のない静かな世界だとレシュアは思った。小動物はおろか、虫すらこの暗闇にはいないのではないかと思えてきた。
落ちる。墜ちる。堕ちる。背後の光が薄れ、前方の光が強くなる。地面が近い。レシュアは翼を羽ばたき、重力に抵抗する。そうしてゆっくりと地面に着地した。
「……ついたか」
首を上にあげる。暗闇の中に点のような光が見えた。やはり相当の深さだ。それもほぼ直下型に掘られている。こんな掘り方をする生物が果たしているのだろうか。それに掘られた穴は一つではない。
敵は複数? いや、魔王の魔力が乗り移るとするなら一体のはず……それは早計というものだろうか。魔力なら複数に分裂する可能性もある。しかし、その場合の力はどうなる? 別れれば当然力は弱くなるはずだ。それとも、人を攫うだけならそれで構わないのか。
「……進もう」
レシュアは思考をかき回しながら足を進めた。右の壁に光る氷晶を灯りにしながら土の洞窟の奥へと。
生き物ではない。その線をいっそ消してしまおう。そんな考えがレシュアには浮かんだ。相手は魔王の魔力。常識では測れない。海にだって憑依するほどの化け物なのだから。
この森で魔王の魔力が気にいる生き物以外の存在……あれかっ!
レシュアは駆け出す。考えが正しければこの先にあるのは……。
「くそっ……透視でもできれば……」
歯痒く頭上の土を睨みつけ、奥へ奥へとドラゴニュートは消えていった。
「大丈夫かしら、あいつ……」
一方その頃、レシュアを見送った一向も歯痒い思いをしていた。
「レシュアの魔力の位置は把握している。何かあればすぐにわかる」
メイが余裕の口調でそう言うが、リーズには不満であった。
「何かあってもここからじゃ対応できないじゃない」
「そんなに心配ならあいつを追って飛び込めばいいさ。そして足手纏いにでもなればいい」
「つくづくムカつくわね、こいつ……!」
リーズの拳が轟々と燃え上がった。
「ちょっと二人とも……」
相変わらずの犬猿の仲にゼナはため息が出る。
「ゴゴゴッ!」
その時、ゴレムが二人の間に割って入り、仲裁した。
「ゴゴゴゴゴッ!!」
「なんだと? 私は子供ではない。こいつと一緒にするな」
おそらくゴレムに子どもの喧嘩はやめろ、とでも言われたのだろう。メイの白い顔が羞恥から赤くなった……気がする。
「私も十五歳の大人にしてははしたなかったわね。ゴッちゃんに免じて謝るわ」
リーズももはや遅いがクールに取り繕う。土の精霊のおかげでなんとか、場が治まった。
「いつもこんな感じか?」
ルセンが耳打ちする。
「うん、まあ……」
ゼナが恥ずかしげに答えた。慣れた光景だが、客観視されると中々にくるものがある。
「いいじゃないか」
「え?」
「喧嘩するほど、ってやつだ。喧嘩もできない奴は仲間じゃねえ。だから、ゼナ。お前がそんなに心配するほどじゃねえ」
「別に心配なんて……」
ゼナはぶっきらぼうに答える。
「はははっ! お前も素直じゃねえな。本当に喧嘩することは悪いことじゃないんだ。俺だって……最近はないが、ゴッちゃんと喧嘩したことがある……意外って感じの顔だな」
「うん、二人はまさに相棒って感じがするから」
「そうなるまで紆余曲折があったんだよ。でもそれはいい思い出だ。リーズもメイも、いずれあの喧嘩を懐かしく思うだろう。大切な思い出としてな」
「リーズはともかく、メイは嫌な顔をしそうだけど……そうだといいな」
ゼナは二人に向かって笑ってみせた。メイがこちらに向けて睨みをつけた。
「まったく……リーズ、お前と話すと――」
そこまで言いかけて、メイは電流の走ったような顔で止まった。
「話すとなに――」
語りかけるリーズの口を人差し指で塞ぐ。
「どうした!? メイ……」
ゼナが駆け寄る。メイは目を合わせ、ニヤリと笑ってみせた。
「レシュアの前に、現れたぞ……私たちの敵が!」
レシュアは穴を突き進んだ先の行き止まりに足を止められていた。視界に映るのは巨大な根。木の根だ。これが道を阻んでいる。
「やはり……これはあの時見た大樹の……」
ジュダの村上空を飛んだ時、一際目立つ大樹が目に入ったのを回想する。そして今、目の前にある巨大な根。導き出される結論は一つ。ジュダの村に向けて穴を掘り進めたのは大樹の根。すなわち、魔王の魔力が憑代に選んだのは大樹ということになる。
「……戻ろう。情報は手に入れた。どう動くかはゼナたちと――」
ずずずっ。
振り返り、来た道を辿ろうとしたその時、何かが這いずる音が聞こえた。根の方に顔を戻す。先程の位置から根がずれている。それはレシュアの方に向かって移動を始めた証拠に他ならない。
レシュアはゆっくりと後退りしながら、氷の翼を造り出していつでも飛び立てる準備をした。根はまるで大蛇のようにうねり、レシュアを狙っている。
ジリジリとレシュアが後退すると、その分だけ根が這いずる。いつまでたってもその差は変わらない。
レシュアは深く息を吸うと同時に身体の周りに冷気を漂わせた。これでくたばってはくれないだろうが、足止めぐらいにはなってくれる……はずだ。
吸い込んだ息を漂う冷気とともに吹き込んだ。一瞬にして、レシュアと根の間に厚い氷の壁が形成される。確かな壁ができたのを確認する間も無く、レシュアは来た道に向かって羽ばたいた。
あれで時間稼ぎをして仲間と根を迎え撃つ。おそらくメイならこちらの動きを既に把握しているはず――。
バキッ。
その時何かが砕け散る音が聞こえた。
まさか、もうあの壁を破ったのか!?
レシュアに狼狽が浮かび上がる。しかし、振り返り確かめる隙はない。今はただひたすらに出口に向かって飛翔するだけだ。
バキッ。
バキッ。
バキッ。
今度は音が連続して響いた。それと同時に背後の光が消えていくのを認識した。なんということだ……。根はすでに氷の壁など通り越している。今砕いているのは、壁に刺した灯りの氷晶だ。音が近づいてきている。根はすぐ後ろにいる!
もっと速く飛べ! でなければ――!
必死に自分に言い聞かせてレシュアは羽ばたいた。
壁が見えてくる。あの上に飛べば地上に……だが、このままでは仲間を巻き添えにしてしまう。
ガガガガッ!
背後で地中を削る音が根の雄叫びに思えた。それがレシュアの冷静さを掻き乱す。今や彼は捕食者に追い立てられた小さき獲物だ。ただひたすらに生きることだけ考えて飛ぶ。
「レシュアの魔力が動き出した。来た道を戻っている。それと同時に魔王の魔力も動いた」
メイは地面に目を釘付けて言う。
「それってレシュアに何かが――うわっ!?」
その時、地面が揺れ、メイとゴレムを除いた全員がバランスを崩し、地面に突っ伏した。
「おい、穴から離れろ! くるぞっ!」
メイの叫びにゼナとリーズが地面を転がり、穴から遠ざかる。ルセンをゴレムが力自慢に担いで避難させた。
穴から何かが飛び出した。それは銀氷の軌跡を描いている。
「レシュア……!」
ゼナは無事の再会を喜んだ。しかし、束の間ですぐに再会の時間に水を差す……いや、割って入られた。
穴から木の根が触手のように這い出て、レシュアを蛇のように追う。
「なんだよ、ありゃ……」
ルセンは夢でも見ているように思えた。木の根が現実にはあり得ない動きをしているからだ。
ゼナとリーズはルセンよりはましだった。事前に水の魔力の姿を見ていたおかげだ。けれど、驚愕したことには変わりない。すぐには動けなかった。
太陽の下に現れた根はその先端をまるで人の指のように五股に別れさせた。宙に浮いたレシュアをわし掴む。
「あいつ、レシュアを引きずりこむ気よ!」
「させるものかっ!」
ゼナは背の剣を掴み取り抜剣し、魔力を込める。
「リーズっ! 炎を!」
「持っていきなさい!」
ゼナの魔剣にリーズの炎が宿される。魔剣は火剣に変わった。
「相手が木ならこいつは効くだろ!」
木の根に向かって火剣を振るう。炎の斬撃が直撃し、焦がし溶かす。だが、木の根を切り落とすまでには至らなかった。
「くっ……!?」
「後は任せな!」
背後から声がした。その方向を見ると、ゴレムがルセンを投げ飛ばそうとしていた。
「ゴゴゴゴッ!」
ゴレムが両手でルセンを放り投げる。木を優に超す高さまで上昇し、背中に背負った大斧を振りかぶった。焦げ傷付いた場所目掛けて下ろす。重力を伴った重い一撃は木を割り砕き、レシュアを掴んだ部分が切り離された。
「――ゴッちゃん!」
ルセンが叫ぶとゴレムがずっしりとした体型とは裏腹に素早く動き、木に掴まれたまま落下するレシュアの元へ急行し、衝撃を否して受け止めた。
「よしっ! こっちは降りるついでにその皮もらっていくぜ!」
ルセンは大斧を再び振りかぶり、悶える木の根に振り下ろす。今度は少し浅めに刃が入った。斧のつかに足をかけ、グッと押し込む。斧は木の皮を削り落としながら下へと向かっていく。
斧をまるで乗り物のように扱いルセンは地上まで降りた。着地すると、刺さった斧を真横に一閃してダメ押しの一撃までくらわせる。
木の根はたまらず暴れ、ルセンに一度睨みを効かせると穴の中へと帰っていった。
「へっ、どうだ! かましてやったったぜ」
ルセンは軽快に穴の中へ笑いとばした。
「す、すごい……!」
ゼナはルセンとゴレムの見事なコンビネーションに打ち震えていた。あんな一瞬の内にレシュアを素早く救出し、さらに降りる動きを利用して攻撃を加えさせ、後退させた。並々ならぬ実力を覚えざるを得ない。
「すごいよ! ルセン!」
「褒められたもなんも出ねーぞ。 それよりレシュアは!?」
「俺なら無事だ」
木の手を内側からぶち破りレシュアは這い出た。
「感謝する。ルセン、ゴッちゃん」
「気にすんな、無事でよかった。ところでこいつはなんなんだ?」
ルセンは不気味そうに手の形をした木を見つめる。もう先程のようにぴくりとも動かない木を。
「こいつは……」
レシュアは穴の中での出来事を語った。
「……つまりこの村を襲った奴の正体は木の根っこってわけ?」
意外な敵にリーズは信じられないという顔だが、実際目の前に現れたのだから疑いようがなく、行き場のない気持ちを抱える。
「こいつはもうただの木だな」
メイは木の手とルセンに剥ぎ取られた皮を観察して結論付けた。
「本体から分離されて活動を停止したようだ」
「本体……あの大きさの根っこを持つ木……」
ゼナの言葉に全員が静かに頷き、森の上を見上げる。
「ああ、その通り。遠くに聳える大樹がこの村を襲った。穴が複数あるのは木の根っこは一つじゃないからだな。そして大樹に取り憑くような魔力を私は一つしか知らない」
四人はじっと次の言葉を待った。
「土の魔力。それがジュダの村を襲った奴の正体で倒すべき敵だ」
「最初にオーゼを見ておいてよかったわ。海を相手にするよりは楽勝よ。所詮は木だもの」
リーズが調子良く肩をすくめる。しかし、どこか体がぎくしゃくとしている。今の言葉は自分を奮い立たせるために言ったのかもしれない。
「よし、なら早速行こうぜ……大樹の元に!」
ルセンは大斧を背負い直し、自分の頬を二、三叩いた。彼もまた強大な敵との戦いを前に自分を奮い立たせた。
「……誰だ!?」
「どうやらお客さんのお出ましのようだ……」
一向がジュダの村を離れ、歩みだそうとしたその時、レシュアが叫び、メイが不敵に笑った。
二人の視線の先を見る。すると、人影が木の影に隠れこちらをじっと見つめていた。
もしかして、生き残りがいたのか!?
ゼナは驚愕しながらも喜びの感情を覚えた。そして、その人影に希望を感じた。彼の他にも生きている人達がいるのだと。
それが土の魔力が送り込んだ悍ましい存在であると理解するその時までは。




