71.湧き上がる希望
「よ、よろしくお願いします。ルセンさん」
ゼナは若干の緊張を走らせながら頭を下げた。それを見てルセンは顔を顰める。
「そんなにバカ丁寧に接してくれるなよ。この嬢ちゃんみたいにもっと明け透けにきてくれ」
「その言い方、まるで私が失礼な人間みたいじゃない」
リーズがむっとした表情を見せた。
「えっと……じゃあ、よろしく、ルセン」
ゼナは一度照れ臭そうに鼻を擦り、笑顔でそう言った。
「おうよ! よろしくなゼナ!」
ルセンも笑みを浮かべて、ゼナと肩を組んだ。
「そうだ、ゴッちゃんのことも紹介しないとな!」
ルセンがそう言うと、土の精霊が気合いを入れたかのように前に出た。
「こいつは俺が創り出したゴーレムで、名前はゴレム。愛称はゴッちゃんだ!」
「ゴゴゴッ!」
ルセンの紹介とともにゴレムは力強いポーズをとった。
(愛称が安直かと思ったが、本名もほぼそのものだ……)
ゼナは声には出さずに心の中で苦笑した。
「改めてよろしくゴッちゃん。うちのメイがなんだか君を気に入っているみたいだから、仲良くしてほしい」
「ゴゴゴゴッ!」
ゴレムはおそらく了承してくれた。
「……メイ?」
ルセンは訝しんだ声を上げた。
「え……ああ! き、気にしないでなんでもないよ。言葉のあやってやつさ」
ゼナは慌てて取り繕った。ルセンは一瞬考える仕草をとったが、特段それ以上に言及することはなかった。
「ルセンには見えてないのか?」
ゼナは小声でメイに話しかける。
「ああ。ゴレムは体の核が魔力だから私の姿を認識できる。だが、ルセンは魔力も並だ。私を認識できる領域に達していない。だから、いつもの調子でいるとお前は変人に見られるぞ。そうなりたいならいくらでも私は話し相手になるが」
いつもの嫌味な笑みを浮かべる。もう負目とやらは忘れたようだ。
「……リーズからあらかた事情は聞いた。なんでもオーシから船で来たんだってな。まったく無茶するぜ。最近の子どもはそうなのか? あそこの海域は今、難破が多発して船を出せない状況だ。だから俺も海路が塞がれて困ってたんだ。それを遊覧用の小舟で強行するとは……大人にはできない無茶だな。
でもお手柄だ。お前たちが航海したおかげで、この状況を作り出したのは海洋の魔物ってことがわかった。影しか見れなかったそうだが。ゼナは何か見ていないか?」
頭を整理しながら語るルセンの背後にいるリーズと目が合う。彼女は目配せをゼナに送った。話を合わせろということらしい。
「あの時は一瞬でよくわからなかったんだ。僕も影しか見れなかった」
「そうか……まあ仕方ない。そうだ。腹減ってるだろ? 釣り上げた魚で飯にしよう」
ルセンはパッと切り替えて、小屋の方に向かって歩いていった。
「いきなり魔王の魔力がどうこう言うのは憚れたから、とりあえず魔物の仕業にしておいてわ」
リーズがさっと耳打ちする。
「助かるよ。ルセンを巻き込む訳にはいかないからね」
「ええ……」
「それにしてもリーズに釣りの才能があったなんて意外だった」
ゼナは何処となく重苦しい空気を変える為に話題を変えた。
「ああなるまで苦労したのよ? 正直、潜って掴み取った方が早かったわ。でも、ルセンが頑なに釣りをやらせるから……おかげで、いいものが釣れたけどね」
最後には自慢気に胸を張った。
「じゃあ、そのいいものの味を確かめよう……あれ、レシュアは?」
「もう、ルセンの所へ行ったわ。あの子、食い気が私たちの何倍もあるわね。竜の血の賜物かしら」
リーズが呆れたようにため息をついた。
「いいじゃないか。クールな彼の意外な一面で」
ゼナは屈託のない笑顔でそう言った。
そうね。と、言わんばかりにリーズも笑い返した。
水平線に沈みかける真っ赤な太陽を背景に四人は食事を取った。
「――それでお前たちはこれからどうするんだ? リーズから聞いたんだが、王都に行くのが目的なんだってな。ここからだ徒歩だとかなりの距離だ。それとも、海にリベンジを果たして海路を切り拓くか?」
最後は若干揶揄うような口調で言う。ゼナは真面目な顔でそうだ、とルセンに返した。
「おいおい……本気か?」
「あのまま放っておいたら、オーシの人々の生活は困窮する一方で、いずれ滅ぶ。そうはさせないために僕達は立ち向かうよ。そうだろリーズ! レシュア!」
ゼナは勇ましく立ち上がった。しかし、レシュアはともかく、リーズの反応が微妙なものだった。こういう時、一番に乗ってくるのが彼女のはずなのに……。
「今すぐは無理よ。何かしらの対策を立てなくちゃ。今の私達は……」
リーズはゼナの背中を指差した。
「背中がどうか……あっ!?」
鞄がない。金銭や旅の生活品、果てはギルド証までも入れた鞄がない。全て、ボート観光の受付に預けてしまっていた。
「今の私たちは文無し。何か有効な魔道具があろうと、買えやしない。さらに文があろうと今の私たちじゃ、あれには敵わない。そうでしょ?」
リーズば後半、メイに語りかけていた。
「……その通りだ」
メイはバツの悪い顔で肯定した。
「……行き詰まった」
ゼナは深くため息をつく。口に運んだ焼き魚の味が薄れていくのを感じる。
「わかりやすく沈んでいるな。そんなお前たちに助け船を出してやる」
ルセンは突如そんなことを言った。一同は顔をあげ、ルセンを見つめる。
「あの森が見えるだろ? 森を進んだ中にジュダという村がある。俺は一ヶ月前ぐらいにそこで数日世話になったんだ。あそこは馬車を貸し出してる。きっちり金を返してくれるって言うなら、馬車の代金を貸してやる」
「ほ、ほんと!?」
リーズが勢いよく立ち上がり、ルセンに詰め寄った。
「落ち着けよ。話はまだ続く。今のはいい話でこれからが悪い話だ。お前たちの目的は王都だろ? ジュダから馬車を使えば、道のりは長いが辿り着ける。ただ、食糧も水も持たないお前たちはその道のりを進み切る前に倒れる。そうならない為にはお前たちは一度陸路でオーシに戻り荷物をとってくる必要がある」
「つまりは出発点に逆戻り……」
ゼナの呟きにルセンは指を鳴らす。
メイは舌打ちを鳴らした。
「ここからオーシなら二日あればなんとかってとこだな。その間の食糧ぐらいなら俺が奢ろう」
ルセンは気前よく笑った。
ゼナはルセンの言葉を耳に入れながら思考する。
彼の意見はもっともだ。オーシに戻り、オーゼと再戦を……。
果たして勝てるのだろうか。
ふと、そんな疑問が浮かび上がる。
オーシの人々の為に海を取り戻したいという思いに揺らぎはない。だからと言って海そのものの相手を倒す算段など簡単に思いつきそうにない。安易な策で挑めば死は避けられない。ならば……。
「オーゼとの戦いを避け、シィフィムに行き、安全な海路で王都に渡る。お人好しで他人の為に危険を冒すことも厭わないお前も現実的な手段を選ばずにはいられないか」
メイは皮肉にも憐れみとも取れる表情で笑った。
彼女にはゼナの心の声がわかる。言葉にしたくない事もこうして引っ張り出してくる。だが……今はそれでいいのかもしれない。一人で抱え込むよりはずっと……。
「ジュダに行って馬車を借りる。そしてオーシに戻り、シィフィムへ。シィフィムから王都へ。これが僕たちが取れる最善だ」
ゼナは重苦しい口を開いて言った。彼の選択にリーズもレシュアも口を挟まず、ただ静かに頷く。
「覚悟は決まったようだな。なら、今日は小屋で一泊し、朝一に出発するとしよう」
ルセンが暗澹たる空気を断ち切るように笑顔で言った。彼のその心遣いが今は何よりの救いだと、ゼナは思った。
清々しいとは言えない朝を迎えて、一行はジュダの村がある森を練り歩いていた。
「――お前たちはバテヴで出会ったのか」
ジュダへの道中、ゼナはこれまでの旅の経緯を語っていた。魔王の話題は避けつつ。
「バテヴ……ゼナ……リーズ……」
ルセンはそう復唱し考え込んでいるようだった。
「……もしかして!」
ルセンはゴレムに預けた鞄を受け取り、何やらゴソゴソと漁り出す。
「……あった! これ、お前たちのことだろ?」
ルセンはくしゃくしゃの紙束を差し出した。どうやら雑誌のようだ。開かれたページを読み上げる。
『バテヴを救いし、少年少女!』
その見出しの下には見覚えのある人物、すなわち自分が掲載されていた。
「まさか……」
ゼナは慌てて記者の名前を探した。これまた見覚えのある人物がそこには記されていた。
「やっぱり、ソフィーさんか……」
ゼナは苦笑しながら、さっと記事に目を通す。バーニンガが暴れ、それを鎮圧した流れが記されている。魔王のことについては触れていない。混乱を避けようとする意思が彼女にあってよかったと心から思った。
「ちょっとした有名人じゃないか。サインでも貰っておこうか」
ルセンは冗談まじりに言う。
「私のサインは高くつくわよ?」
リーズが悪どい顔でコインの仕草を指で作る。
「だったら無知な奴にさらに高く売りつけるさ。ところでレシュアの名前はないみたいだが……」
「レシュアと出会ったのはシクールという村なんだ。旅に同行した経緯は……その、簡単には語れないんだけど……」
ゼナが言い淀んでいるとレシュアが会話に割って入ってきた。
「俺は二人に救われた。だから今度は俺が二人に報いたいと思い、旅に同行したんだ。この翼を爪を役立てたくて」
レシュアは恥ずかし気もなくそんなことを言う。言われた、二人の方がなんだか体温が熱くなった。
「いい仲間を持ったみたいだな」
「うん。リーズもレシュアも大事な仲間だ」
もちろん君も。
ゼナはさりげなく心に呟いた。すると、鼻で笑った声が帰ってきた。彼女は相変わらずだ。
それからはルセンがゴレムとの旅路の話を聞かせてくれた。退屈な森の景色の中でも苦はなかった。
「――そこで俺とゴッちゃんは……おっと。そろそろ見えてくるぞ」
ルセンが指さした方向は木々が少なく、地面に獣道が引かれている。
「ようやくね……とりあえずご飯にしたいわ。ねえ、レシュア?」
「ああ……」
レシュアは思いっきり腹の虫を鳴らした。
「まったく、仕方ない。よかったな。この俺が無一文な子供に奢ってくれる人間で」
ルセンが戯けた仕草をとると一同が笑いに包まれた。
今の状況は正直悪い。だが、どうにかできる。どうにかしてみせる。
ゼナはそう意気込み奮い立つ。希望はまだある、と。
その希望をいとも簡単に塗りつぶす絶望が目の前に広がっていることも知らずに。




