70.海洋戦
「あれの正体は海そのもの……」
ゼナは剣を抜き放ち、人の形をした海に刃を向ける。
「……ん? これはどういうことだ、創造の魔力。なぜ人間を完全に支配していない。それに炎にいたってはほとんど人間……微弱すぎる。お前たちは……そうか。最近我らを狙う不届きものがうろついているという噂があったが、お前たちのことか……」
水の魔力は低い声で笑った。笑い声が波紋として海に響く。
「皮肉なもんね。敵さんが私たちのことをご存じなんて」
リーズが強がって笑い返した。
「――ッあ!!」
そんな会話を無視して、レシュアが飛び上がり冷気を浴びせた。すかさずオーゼは水流を体から放つ。冷気がそれを凍り付かせレシュアの攻撃が優勢に思えた。しかし、そう思えたのは束の間で、オーゼの水流が凍った内側から、まるで生きているかのように蠢き氷を砕いてレシュア目掛けて突き進む。
「くッ……!?」
レシュアは寸前で体制を反らし、水流を避ける。しかし、完全には避けきれず氷の翼が撃ち抜かれ、真っ逆さまに落ちて氷の足場にたたきつけられた。
「レシュア!? こいつ――!」
リーズが怒りに任せてオーゼに向かって炎の拳を構える。その瞬間、足場が先ほどの小舟のように打ちあがった。氷が二つに割れ、ゼナと分断された。
「――リーズッ!?」
「そんな稚拙な炎で我に歯向かう愚か者めがッ!」
空中に打ちあがったリーズが水玉の中に閉じ込められた。水中にリーズはもがく。その姿をオーゼは愉悦し、それから水で拳の形を作り上げて、殴りつけた。
「――――っ」
声を上げることさえなく、リーズは遥か彼方に吹っ飛ばされた。
「リーズが……レシュアッ! リーズを頼む!!」
「……了解した」
レシュアは再び氷の翼を生やし、リーズが飛ばされた方向に飛翔した。
オーゼはもう興味もない、といった感じで二人を一瞥もしなかった。その目は次の標的に向いている。
「さて、お前たちはどうする。無限のこの身を相手にどう戦う?」
「ゼナ! 魔剣で足場の氷を突き刺せ!」
メイの叫びに従って背中の剣を引き抜き、白き刀身を作り出し、氷に突き刺した。
「それから!?」
「引き抜けッ!」
剣が氷から離れる。するとどうだろう。魔剣は冷気を放つ氷剣に変わっていた。創造魔法で造られた刀身が媒介となって氷を刃足らしめたのだ。
「これは……!?」
「――来るぞっ!」
水流が蛇の如く襲いかかる。ゼナは回避しつつ、側面を切りつけた。水を切り裂くと同時にそこから凍っていく。しかし、やはりと言うべきか……レシュアの氷が叶わなかったのだから、ゼナの氷剣がそれを上回ることはない。すぐさま内側から水が這い出て、ゼナを飲み込む。
(なんだ……!? この感覚は……)
水流に飲み込まれた時、妙な感覚、違和感と言ってもいいものを覚えた。だが、その覚えは空中に投げ出されることで、命の危機に上書きされた。
(このままでは……海に……)
ゼナは宙で身を翻し、海面に向けて冷気の斬撃を放つ。直撃し、海面が凍り新たな足場ができた。痛みを伴いながら着地する。
「ふははははッ! なんとまあ無様なものだ。打ち上げられ稚魚のようだな」
「馬鹿笑いしやがって……おい、ゼナ。撤退するぞ」
「……わかった」
ゼナは立ち上がり、リーズたちが吹っ飛ばされた方向に向けて切り上げた。すると、氷の一本道が形成された。
「よし、走れッ!」
ゼナは慣れない足場を全力で走りながら、自分の驕りを恨んだ。
これまでが上手くいっていたから、今度もどうにかなると思い込んでいた。まさに年相応の甘い考えである。それが仲間の全滅を招きかけた。無論、ゼナだけに責任があるわけではない、しかし、未熟な彼はそれを一生の枷のように思い込むだろう。
「妙だ……奴が追ってこない」
「……もとより僕たちを眼中に入れていないんじゃないかな。攻撃はしても、命を奪う追撃はしてこなかった。殺そうと思えばいつでもできたはずなのに、見逃す。遊ばれたんだ僕たちは……」
「……遊ばれたのは確かだ。だが……逃してくれるわけでもなさそうだぞ……」
メイの言葉に振り向く。
「っ……!?」
ゼナの後方に高波が押し寄せていた。距離はまだ遠い。しかし、このままではいずれ飲み込まれる。
「走れッ!!」
メイの叫びで脱兎の如く駆け出す。しかし、荒波と氷が思うように体を運ばせない。その間にも波は高く高く成長し、近づき、そして――呆気なくゼナを飲み込んだ。
「さて、この程度で死ぬ軟弱者ではないだろう。生きて我に再戦を挑まんとするその時が、お前たちの本当の死であり、生だ。精々強くなって我の一部になっておくれよ……ハハハ、ハハハハハッ!」
オーゼの高笑いが波となって海を荒らす。しかし、迷惑被るものは誰一人いない。オーゼの周りには何もない。ただ自分が広がっているだけなのだから。
「…………どうやら死ぬことは避けられたようだ」
安堵のため息をメイは漏らした。
ゼナは白い砂浜に打ち上げられている。あれだけの波に攫われたというのに外傷は見当たらない。それもそのはず、メイが彼の体に魔力の防護膜を張り守り抜いたからだ。おかげで彼女は疲弊している。
「おい、起きろ」
「……………………」
呼びかけるがゼナは眠り姫と化している。
「ちっ……めんどくさい。こいつの体を乗っ取るにしても魔力が足りないし、どうしたものか……」
胡座をかき、頰杖をついて海を睨みつけた。その時、何かが接近していることに気がついた。もう、目視できる距離だ。
(この私が視認できる距離までの接近を許すとはな……)
近づいてくるのは人型。しかし、人ではない。
どしどしと砂浜に足跡を刻みながらこちらに向かってきたのは、土塊に魔石で命を吹き込んだ存在。体は茶色い土で構成され、関節は岩石で固められている。瞳は空洞。だがそこに魔力の光が宿り、眼球の役割を果たしている。
その人型の名称はゴーレム。土の精霊とも呼ばれる。
「魔石も土も綺麗だな。野良ゴーレムではなさそうだ」
野生に生きるゴーレムは核となる魔石が朽ち果て、数年の時を経て生まれる。体もボロボロで別名は土の亡者だ。一方でこのゴーレムはそういったものが一切見受けられない。つまりは誰かが創り出したもの。故にメイは焦らず最低限の警戒で接した。
「何のようだ」
「ゴゴッ! ゴゴゴゴッ!」
「何? 助けにきただと? それより、私の言葉を理解できるのか……」
「ゴゴゴッ!」
ゴーレムは頷いた。
「魔力を動力にしているから、私の姿を視認できることは不思議に思わなかったが、まさか意思疎通できるとはな……お前は、お前とお前のご主人は優秀らしい。……などと関心している場合ではないな。切羽詰まっていたとこだ。お前の主人に感謝しよう」
「ゴゴッ!」
ゴーレムは表情こそないが、全身で喜びを表した。
「ところでだが、この砂浜で他にも倒れている奴はいなかったか?」
「ゴゴッ!」
いた。と、ゴーレムは言った。
「そいつは人間の少女とドラゴニュートの少年か?」
「ゴゴゴッ! ゴゴゴゴッ!」
そうだ。助けた。と、ゴーレムは肯定する。
「そうか。不幸中の幸いだな。バラバラに散っていたら面倒なことになっていた。よし、早速こいつを連れて行ってくれ、頼むぞ」
「ゴゴゴゴッ!」
任された。と、ゴーレムは意気込み、ゼナを担いで砂浜をどしどしと歩いた。
「……………ここは……?」
目が覚めたゼナは知らない天井を見つめていた。てっきり目が覚めたら、砂浜にいるかあの世にいるかのどちらかだと思っていたので、これは意外な結果だった。もしくはここはあの世で、景色が現実に近いだけかもしれない……。
「バカな深読みはやめろ。ここは現実だ」
そんなゼナに呆れた視線を送りながらメイが嗜めた。
「メイ……僕たちは……」
「ああ……オーゼに無様に敗走し、波に呑まれて砂浜まで流れついた」
「僕たちを助けてくれたのは……いったい誰だい?」
「それを今説明するのは面倒だ。まずは外に出るぞ。体は平気か?」
メイの問いかけにゼナは目を丸くする。彼女がゼナを心配するのは自分の為だとのはずなのに、その声が妙に素直で優しかったからだ。
「なんだその顔は……今回お前が死にかけたのは私の目算の甘さが原因だ。負目ぐらい私とて感じるのだ。……チッ、その笑みをやめろ。腹が立つ」
メイはそっぽを向いてしまった。気がつけば顔が緩んでいたらしい。
ガチャ。
その時、部屋の扉が開け放たれた。現れたのは、
「レシュア……!」
「話し声がしたので来てみれば、元気そうで何よりだ」
「ああ、この通り。君こそ無事だったか。リーズは!?」
「無事だ。今は外にいる。変わらない元気さだ」
「そうか……よかった。君がここまで僕を運んでくれたのか?」
ゼナの言葉に首を振る。
「ゼナを助けたのはあいつだ」
レシュアはゼナの後方を指差した。振り向くと窓枠があり、そこから……、
「ゴゴゴッ!」
「うわっ!?」
ゴーレムが部屋を覗き込んでいた。飛び退くゼナを元気そうだと判断し、二、三頷いて窓からはけた。
「い、今のは……?」
「お前を運んできたのはあれだ。ゴーレムにしては中々に素直で賢いやつだからな。しっかりと感謝しろよ」
メイがまともなことを言うのでまた目が丸くなる。そんなにあのゴーレムが気に入ったのだろうか。
「レシュアたちもあのゴーレムに助けられたのかい?」
「いや、俺たちを助けてくれたのはその主人だ。リーズが吹っ飛ばされた後、俺は飛び立ち追いかけた。見つけた時には彼女は気絶し、沈みかけていた。彼女を救出したが、戻るわけにもいかずとりあえず砂浜を目指したんだ。幸い、オーゼはゼナを相手にしていたから飛行の邪魔はなく、砂浜までたどり着いた。そこで助けられたんだ」
「そうか……無事でよかった。本当に。その人の名前は?」
「会って直接聞くといい」
丸太小屋のドアを開ける。燦々と輝く太陽とそれを反射する海がゼナを出迎えた。オーゼの一件がなければこの海をもっと素直な気持ちで捉えられただろう。
「ゴゴゴッ! ゴゴッコゴゴゴッ!」
ゴーレムが再びゼナを見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ええとっ……こんにちは。助けてくれてありがとう。君は命の恩人だ」
「ゴゴッ……!」
ゴーレムはなんだか照れくさそうだ。
「この子、名前はあるのかな?」
「ゴッちゃんだ」
「へ?」
「ゴッちゃん」
素っ頓狂な名前に思わず気の抜けた声を上げた。しかし、レシュアは真面目な顔で返すのでそれが真名なのだと悟る。
(まさか、ゴーレムだからゴッちゃん……なんて安直な発想なのか?)
ゼナは怪訝な視線をゴーレムに送るが、純粋無垢な白い光の目に見つめられ、考えるのをやめた。
「リーズの隣にいるのがその人だ」
レシュアの声に引き戻される。指差す先には釣りに興じる二人の人物が見えた。
「リーズ、引いてるぞ!」
「……わかって……るって……!」
リーズはしなる釣竿と格闘している模様だ。
「…………今っ!」
リーズは思いっきり竿を釣り上げた。空に一匹の魚が舞い、砂浜に墜落した。
「おお、ついに釣れたな!」
「へへ……どんなもんよ。あらっ? ゼナじゃない! 目が覚めたのね」
釣竿をほっぽり釣った魚すら無視してゼナに駆け寄る。
「体は大丈夫?」
「うん。リーズこそ元気そうでよかった」
二人は再会の握手をした。
「その様子なら大丈夫そうだな」
ガタイの良い男性が豪快な声で語りかけてきた。
「あなたが……」
「おっと、ゼナには自己紹介がまだだったな。俺の名前はルセン。相棒のゴッちゃんと共に世界を股にかける旅人だ!」
ゴーレムと並び立ち、ルセンは大きな手を差し伸べ、ゼナと握手を交わす。
彼とは長い付き合いになるかもしれない。
根拠があるわけじゃない。ただ、ゼナの心がそう告げている――。




