68.‘’あれ‘’
「行き先は決まっているのか?」
外の景色を物珍しそうに見ながらレシュアが聞いた。
「次は……何処だっけ?」
リーズはすっかり忘れているようで馬車を走らせているゼナに聞く。
「港街オーシ……で、あってるよね?」
ゼナは自信なさげに答え、ゼナを背もたれにするメイに確認する。
「揃いも揃って忘れやがって……王都に行くためには海路を渡る必要があると言っただろうが。それがとんだ道草を食って……予定が狂わなければ今頃大魔道書が手に入っていただろうな」
メイは嫌味ったらしく愚痴愚痴と口撃し始めた。
「すまない。俺のせいで……」
「ふんっ、別に謝罪は求めていない。謝る気があるなら精々活躍して私に楽させてくれ」
メイはそう吐き残すとゼナの身体に重力を預け帰っていった。
「まったく……あの口の悪さはどうにかならないのかしら、ゼナ」
「僕に言われても……最初からあんなんだし」
「俺は気にしていない。ああいうのには慣れている」
「……それを言われたら何にも言えないわよ……」
リーズはメイへの抗議を諦め全身を椅子に投げ出して夢の世界へと歩き出した。
レシュアもまた景色に目を向ける。その瞳は見るもの全てが真新しいと言わんばかりに輝いていた。
ゼナは静かになった馬車を安全に動かしてオーシを目指し、街道をただひたすらに突き進むのだった。
馬車を走らせてから約二時間ほどたった。退屈さから目を擦り、首を不安定にしてゼナは手綱を握る。と、その時、意識を覚醒させる潮の香りが鼻腔に流れ込んできた。遠目に水平線と町並が見渡せる。目的地である港町オーシは目と鼻の先のようだ。
「ようやくか……」
メイが恨めしそうにこちらを見つめるが、何も見なかったことにして馬を走らせることに全力を注ぐ。
「ふう……着いた」
駐車場に馬車を止め、肩をほぐす。すると首筋にひんやりと冷気が走りゼナは情けない声をあげた。
「な、なに!?」
「お疲れゼナ。レシュアの氷で冷やした特製の水筒よ」
「ありがたいけど普通に渡してよ……」
一つ歳上の子供っぽいリーズに呆れながらも水筒を受け取り流し込んだ。キンキンに冷やされた冷水がゼナの溜まった疲れを洗い流す。
「さて、さっそく王都行の船を――」
リーズが息巻いたその時、腹の虫の三重奏が響き渡った。
「腹ごしらえが必要だ」
レシュアが真面目な顔で呟く。口元に若干の涎を垂らしながら……。
三人は一先ず昼食をとることに決めた。ここはなんと言っても港町だ。採れたての新鮮な魚料理が名物である。是非とも並んででもありつきたいと、そう思っていたのだが……、
「どうにも町が静かとは思っていたけど……」
三人の瞳に影が差し、絶望感が漂う。ただ一人空腹を覚えないメイだけが平気そうな顔をしていた。
現在時刻は午前11時。着々と飲食街が賑わいを見せる時間帯なのだが……三人の目に映るのは看板が下げられ、入り口が閉められた飲食店ばかりだった。
「一斉に定休日……ってわけじゃなさそうね」
リーズの言う通り昨日今日で店を閉めたわけではないようだ。店の寂れ具合からみても何日もこの状態が続いている。
『不漁のためしばらく休業いたします』
ほとんどの店がこの文言をぶら下げて沈黙を貫いている。そんな中、飲食店の端にポツンと位置する小さな定食屋だけが通常営業の看板を掲げていた。
「あそこに行ってみよう。何か話を聞けるかもしれない」
「……あら、お客さんなんて珍しい。それにこんな若い子たちだなんて」
店に入ったゼナたちを恰幅のいい女性が笑みを浮かべて出迎えた。
「あのお聞きしたいことが――」
「おっと、その前に腹ごしらえだよ。あんたたち腹の虫が暴れまくってだろう?」
「……まだ何も言ってないんだけど――」
リーズがそう口を開いた瞬間、また三重奏が鳴り響いた。
「「「…………」」」
三人の様子を見て女性は大いに笑った。
「空腹は何よりも正直ってね。……おい、あんた!」
女性は厨房の方を振り返って誰かを呼びつけた。すると奥からぶっきらぼうな顔をしたいかにも料理人な男が現れた。
「紹介するよ。こいつはあたしのダンナのリフ。んで、あたしはロナ。この店の名前もそこから来てるのさ。二人の名前を合わせてリフロナってね」
「へぇー、中々ロマンチックでいいわね!」
「おっ! お嬢ちゃんわかってるねぇ〜! おばさんサービスしちゃうかも」
「ただ名前をくっつけただけだろ……」
リフが吐き捨てるように言った。するとすかさず……、
「まーたこの人はこうなんだから、あのね、言っとくけどこの名前を提案してきたのはダンナの方なのよ! 若い頃はあたしの方が恥ずかしくなるようなことばっかり言ってたのに……今じゃ、見て! こんな陰気ぶっきら親父に育っちゃって……涙がちょちょぎれそうよ」
「……昔の話はよせ。若気のなんとかだ。それよりさっさと注文をとれ。久々の客だ。振るい足りない腕を振いたい」
「それもそうね。といっても今は出せるものは少ないんだけど……」
「それって、他の店に貼られてた『不漁』と関係があるのですか?」
ロナの早口が治ったところでゼナは質問を切り込んだ。
「ええ、まあ……でも、その話の前に食事にしましょ。隣の坊やがほら」
ロナに言われてゼナとリーズは振り向く。そこには冷静真面目な顔をしながら涎を我慢できないレシュアが仁王立ちをしていた。
「とりあえず注文しようか……」
「そうね……」
「……くだらん時間だ」
メイが一人ため息をつく。
「ごちそうさまー!」
リフロナから提供された料理を三人はペロリと平らげた。レシュアに至ってはよっぽど気に入ったのか二回もおかわりをし、ゼナの満たされた胃が少しヒリついた。今後はなるべく安めの食事処を探そうと肝に命じる。
「それであんたたちは何しにオーシへ?」
食器を洗いながらロナが聞いてきた。
「僕たちは王都に向かうためにここを訪れたんです」
ゼナの言葉を聞くとロナは申し訳ないような顔をした。
「……その言いにくいのだけどね、今は王都行きの便は運行していないわ。王都だけじゃなく他の便もだけど」
「ええ!? どういうこと!?」
リーズが思わずカウンターに乗り出す。
「……あんた、話してやりな」
ロナはリフに話を振る。てっきり拒むものかと思ったが、リフはゼナたちの前に立った。
「あれが来たのはいつなのか正確にはわからねえ。だが‘’あれ‘’が来てから港町オーシは破滅へと向かって言った」
「破滅は言い過ぎよ。生活はできてるもの」
「うるせっ、今俺がいい感じに語り出したどこだろ!」
「あら、それはすみません」
ロナは悪びれることなく謝った。
「……続けるぞ。あれが現れてたのはオーゼ海域の真ん中だ……」
「……オーゼ海域?」
ゼナが囁き声でリーズに聞いた。
「オーシのある大陸と王都のある大陸の間にある海域のことよ」
すかさずリーズが同じトーンで返す。
「……変異に気づいたのはこの町の漁師たちだ。彼らは漁獲量が極端に減っていることが気になった。その時期は大漁が当たり前で、いままでの漁人生でこんな不漁は経験したことがない。彼らは魚が取れないことよりも、長年連れ添った母なる海の異変が何より怖かった。漁師達はすぐさま協議会を立ち上げ海の調査に乗り出した。しかし……遅かった。そのころにはいつもの漁場に魚など一匹もおらず、暗く青い海だけが彼らを見つめていた」
リフは一息つくとロナから差し出されたコップ一杯の水を飲みほし、脂汗を拭いた。
「なんなのよ。その‘’あれ‘’ってのは」
リーズが訝しんだ目で聞く。今の話が彼女にはどこかふざけた心霊話に聞こえたのだろう。ゼナもにたような感想をもった。あれという得体のしれない存在が心霊話を彷彿とさせる。
「まあ、慌てなさんな。お前たちが欲しがっている王都に渡れないって話はする。あと補足するとあれの正体は未だ不明だ。唯一の目撃者が狂気に呑まれちまったからな……」
リフのその言葉に沈黙が走る。なぜならリフの目は決して冗談など言っている目ではなかったからだ。
「話を続ける。いつもの漁場で漁ができなくなった。確かに最悪なことだ。たがそこだけが漁場じゃない。突出して大漁がなせるってだけで、そこを頼りっきりにはしなかった。すぐに別の場所の漁場に活動を映した。しかし……それから二週間もたたないうちにそこも死に絶えた。次の場所も、その次の場所も。オーゼ海域の中域の漁場は、いや……海は、澄んだ青から底のない群青に塗り替わった。幸いにもあれは浅瀬には来ることはなかった。今の漁師たちは浅瀬で漁を行っている。想像がつくと思うが浅瀬では今までの漁獲量を超えるなんて不可能。平均を保つこともできない。だから今この町はこんなに寂れているんだ。
……漁師たちは当然納得できなかった。辛うじて生活はできるもののこんなのは理不尽だと。あれの正体を暴きとっちめてやろうと息巻いた。そうして三隻ほどの漁船があれがいる海域へと帆を進め、二度と帰らなかった……。その日は晴天で、波も落ち着いていた。決して難破などするはずがない。ましてや出向したのは何十年も船に乗り続けた猛者たちだ。ありえないと誰もが吠え、むなしく残響していった。
けれど彼らはあきらめなかった。あれの調査と仲間の捜索に乗り出し。船が出て……また消えた。違いがあるとすれば生存者がいたことだ。あれから逃げ延びたか。あれが逃がしたのかわからない。さっきも言ったように、生き残ったそいつは気がふれていた。何を見たのかを聞いても『海が笑うんだ』と、わけのわからないことを言って、あとは笑ったり怯えたりを繰り返した。今は病院にいる。現実をみることなくな……。
こうして漁業と海路は断たれた。これがお前たちの知りたかったことだ。長くなったな……飲んだらどうだ?」
リフに言われてハッとする。目の前にはいつの間にか水のおかわりが継がれていた。これに気が付かないほどに話に集中していたらしい……。
「そっちの二人に比べて角のあんちゃんは平気そうだな」
「……俺は半分竜だからな」
「そ、そうか。まあ、とにかくそういうことで王都に行きたければシィフィムの方に行った方がいいな」
まさかの逆もどりの提案にゼナとリーズは驚愕し落胆する。ゼナはおそるおそる肩の宙を見た。メイがとんでもない形相でこちらを睨んでいると思ったからだ。しかし、違った。彼女は冷静な目で店の窓を見つめていた。店の窓に映る水平線をじっと……見つめていた。




