67.新たなる仲間
シクール村を長年苦しめてきた邪竜イスリクスが打ち倒された。そう聞かされた村人達は歓喜し、雄叫びをあげる。ロトスの少し横に立つ人物に訝しんだ目を向けながらも。
「……どうにかなったみたいね」
「うん、みたいだ。さあ、行こう! みんなが待ち望んでいる」
ゼナは後ろを振り向く。リーズも振り返った。
二人の後ろには安らかに寝息を立てる女性たちを乗せた荷車があった。二人はレシュアが飛び去ったあと氷漬けにされた囚われの女性たちをリーズの炎で溶かし、創造魔法で作り出した荷車に乗せて救出したのだ。
ゼナ達が救出した女性たちを見て村人はイスリクスが倒された以上の喜びに打ちひしがれる。それもそうだろう。長いもので七年。完全に殺されたと思っていた家族が帰って来たのだから。
「おおい! あんた無事だったか!」
群衆の中から二人の男が飛び出してきた。
「さっきは俺たちを助けてくれてありがとうな。それに竜まで倒してくれるなんて、感謝してもしきれない」
「ああ、命の恩人だ」
この二人はレシュアが救い出した酔っぱらいの男たちであった。
「………………」
「どうしたのよ、呆けた顔して!」
リーズが背中を軽く叩いた。
「……人に感謝されるなんて初めてで……俺なんかがそんな賞賛を受け取ってもいいのか?」
そんなレシュアの言葉を聞き入れてロトスが隣に立った。
「皆の者! 聞いてくれ!」
群衆の視線が一斉に集まる。
「わしらの故郷、シクール村を蹂躙してきた竜を倒したのは、レシュア。ドラゴニュートでわしの孫だ」
どよめきが波のように生まれた。
「………………」
沈黙の空気が流れ始める。レシュアは下を向いてその現実から目を背けようとした。その時……。
「ありがとう!」
群衆の中からその言葉が飛び出た。生きてきた中で二回目の感謝だ。それを皮切りにレシュアへの感謝の声で溢れていく。
「なんだか暖かい……こんな気持ちは初めてだ」
レシュアは胸に手を添え、その暖かみを噛み締めているようだった。
「……さて、皆の者! 宴を開こうじゃないか。我々を救ってくれた三人の英雄の為の盛大な宴を!」
ロトスの呼び声に村人達は奮起し、すぐさま散っていく。竜の蹂躙などなかったかのように、村は宴の雰囲気に塗り変わっていった。
夜が降り、星空が眼を覚ます。寒冷がシクール村を覆い尽くす。しかし、誰一人凍えることはない。暖かい喧騒がそれを吹き飛ばす。今宵のシクール村は何処よりも輝いて見えるだろう。
そんなことを思いながらドラゴニュートは一人空を見上げた。
「……………………」
「星空なんて見上げちゃって……あんたそんなキャラなの?」
からかうような少女の声にレシュアは振り返る。
両手に肉串を携えたリーズが微笑んでいた。
「隣り座ってもいい?」
「……………………」
レシュアは無言で頷いた。
「せっかくの宴なんだから、あんたも輪に混じればいいのに」
「……俺に――」
「そんな資格はない。て、まだ意地を張るつもり? もう肩の荷は降ろしたんじゃないの?」
「…………っ」
リーズの言葉がレシュアの心に深々と刺さり、喉を詰まらせる。
「……ま、食べなさいよ」
リーズは肉を差し出す。レシュアは無碍にしないように受け取った。
「………………」
「………………」
二人はしばし無言で食事を進めた。遠くの村人達の笑い声と吹き付ける風だけが世界の音と化す。
「……私、あんたに謝らなくちゃいけない」
リーズが水滴を一粒落とすように口を開いた。
「私とゼナは……いや、私はあんたをイスリクスと戦わせる気はなかった。……別に戻ってきたことを責めるってわけじゃないの。偽りの親、それが親の仇であったとしても……レシュア。あんたを親殺しの不名誉に溺れさせたくはなかった。だから必死になって戦ったのだけど、結局力及ばずで情けなかった」
リーズは深いため息を夜空に吐いて俯いた。
「情けなくなどない」
「え?」
「俺が最後まで戦えたのは、戦おうと思えたのは、リーズ、ゼナ、二人のおかげだ。それがなければ今頃俺は氷塊か、今まで以上の奴隷になっていた。二人がいてくれたから、想ってくれたから俺は最後まで立てた……だから、ありがとう」
レシュアのまっすぐな目と憑き物のとれたような笑みにリーズは思わず目を逸らす。
こんなに寒いのに顔が熱い。きっと炎の魔力のせいだ。そう思いたい。
「おーい!」
若干気まずい空気を覚えたその時、ゼナがロトスと共にこちらに歩いてきた。おかげで冷静さをリーズは取り戻す。
「いやー、大変だったよ。村人の皆に囲まれて。感謝されるのはいいけど……どっと疲れた。リーズもいつのまにか抜け出すしさ……」
ゼナは目を細め恨めしそうな視線を送った。
「ご、ごめん! つい……ね?」
「まあ、いいや。じゃあ行こう」
ゼナがリーズの手を引っ張った。
「行くってどこに?」
質問するリーズにゼナは視線で伝える。彼の目はレシュアとロトスを捉えていた。リーズは納得すると同時に己を恥て、その場を後にする。
二人は言葉もなく星空を見上げた。改めて面を向かい合わせると中々言葉が出ない。長年会うことはなかった二人。いや、実際には出会っていた。お互いの正体を知らぬまま、生贄を受け取る側と差出す側という最悪の関係として。その過去が中々二人を歩みを妨げる。
「……母さんはどんな人だった?」
意外にも先に口を開いたのはレシュアの方だった。絞り出したか細い声だったがロトスには確かに伝わった。
「……わしの娘は、お前の母さんはそれはもう立派な人間だった。レシュアを、孫をわしのようにかっこいい人に育てると笑顔で言ってくれた。頼もしく、一児の母として育ってくれてわしは嬉しかった」
「……父さんは」
「透明感のある神秘的な男であった。それが竜によるものだとは気づかなかった。もっとも、知り得たとしても何も変わらなかったさ。娘が本気で恋した男を無碍にするわしじゃない。彼は立派な男だった。そんな二人から産まれたお前はわしの宝ものだ」
「急に褒められると照れ臭いものがあるな」
「わしだって照れ臭いさ」
二人は顔を赤くしながら大いに笑いあった。
「…………それで、レシュア。これからどうするつもりじゃ……わしはお前と暮らすことに一切の抵抗も何もないんだが、お前はそうではないのだろう」
レシュアはその言葉に申し訳なさそうに頷いた。
「あなたや村人達が俺を受け入れようとしてくれるのはとても有難いことだ。けれども、俺のしてきたことを考えるとその手は掴めない。確かに諸悪であるイスリクスは倒した。だが、全ての罪が消えるわけではない。見て見ぬふりをしてきた俺の罪を俺はまだ許せない。だから俺はここを出て旅をする。いつか自分を許せる時がくるまで……」
「――私たちについて来なさい」
通りのいい声に振り返る。そこにはリーズとゼナがいた。
「ごめんね、つい気になって盗み聞きしちゃった。あんたは自分を許すための旅がしたいんでしょ? だったら私たちについてくるべき。ね、ゼナ?」
「ああ、僕たちは今、魔王を倒すための旅をしている」
「魔王を……?」
「そうだ。魔王の配下が人々を苦しめている。きっと今この瞬間にも。僕たちは魔王の魔の手から人々を救いだす。君にもそれを手伝って欲しいんだ。それが君の自分を許すことにも繋がるはずだ」
ゼナが手を差し伸べる。レシュアは戸惑い迷う。そんな彼をロトスはそっと背中を押した。
「行きなさい。きっとこの二人はお前の許しに繋がる。行って、魔王とやらを倒してくるんだ。そうして全てが終わった時、戻ってこい。わしに旅の話を聞かせておくれ」
ロトスの言葉にレシュアは上を向く。零れ落ちそうな涙を必死に堪えた。
「……こんな俺が力になれるなら使ってくれ。俺は人間の母と竜の父から生まれたドラゴニュート、レシュアだ」
ゼナの手を握り堅い握手を交わした。
「よろしく。僕はゼナ。そして僕に付き纏っているのが、創造の魔力メイだ」
「好きで付き纏ってるわけではない。誤解を生む紹介はよせ。……レシュア。ついてくるなら精々役に立てよ。お前がただの凡夫ならば私が容赦なく切り捨てるからな」
メイは脅しつける視線でレシュアを見る。
「相変わらず威張り散らすわねこの魔力は……」
「当たり前のことを言ったまでだ」
「ま、あんな奴のことは話半分に聞いときなさいな。私はリーズ。あんたとは対極する炎魔法の使い手。でも、あんたとは息が合う気がする」
「よろしくたのむ」
二人も堅い握手を交わし、星空の元に魔王討伐の頼もしい仲間が増えた。
「どうやら万事解決のようじゃな。では宴に戻ろう。英雄が席を外していては盛り上がるものも盛り上がらない」
ロトスの一声に一向は喧騒の中に混じっていく。そうして夜がさらに進み、やがて、新しい朝がやってきた。
「もう出発するの? もう少しゆっくりしても――」
「しない。ここはただの寄り道で魔王に何一つ関係のない場所だ。残りたければ一人で残って雪遊びでもなんでもしていろ」
「その言い草カチンとくるわね……子ども扱いしてくれちゃって……」
「ふんっ、何も間違ってないだろう。私からしてみればお前は赤子のようなものだ。まだガキ扱いしてやっただけありがたいと思え」
「そうね、ありがとう。私は雪遊びしてこようかしら。体を持たないあなたには決してできない雪遊びを」
「なんだと……」
「何よ……」
リーズとメイはバチバチと視線の火花を散らしている。
「よーし、ゼナを気を失って体を明け渡せ。こいつに教育してやる」
「朝っぱらから喧嘩しないでもらえるかい。眠気まなこにはきついよ……」
「ぷぷぷっ、怒られちゃった」
「リーズも」
ゼナは少し眉を釣り上げてリーズに視線を送る。
「……う、ごめん」
「随分と賑やかだな」
ゼナ達の馬車にレシュアがやってきた。彼の顔を見たとき、ゼナは安堵し笑みを浮かべた。
今のレシュアには初めて顔を合わせた時の暗く沈んだ諦観の雰囲気はどこにもない。ただ真っ直ぐと未来を見つめる明るい姿があるだけだ。
「お別れの挨拶はできたのかしら?」
「ああ、尾を引かれることはない」
「じゃあ行こうか、レシュア。改めてようこそ! 魔王退治の仲間として歓迎するよ」
レシュアは馬車に乗り込む。村人たちの見送りが始まり、激励の言葉を残して遠ざかっていった。
いつかここへ帰ってくる。いつかここを故郷と呼べるように……そして、たった一人残された家族と止まった時計の針を動かすような穏やかな日常を過ごす。そのために……この爪牙を振い、羽ばたいていく。初めてできた仲間達と共に。
馬車は雪道を駆ける。魔王を討伐せんと息巻く若き英雄たちを乗せ、次の戦場へと導くように。




