66.竜 対 竜
「その姿……見ていると反吐が出る。竜を愚弄した猿真似が!!」
「猿真似かどうかは戦えばわかる」
憤慨するイスリクスに対し、レシュアはあくまで冷静に返す。その姿勢が真なる竜の神経を逆撫でた。
「ほざけッーー!!」
勢いよく突き進みその顔面に向かって強烈な拳を放つ。しかし、それは直撃することなく掴まれ静止する。
狼狽するイスリクス。レシュアはそんな彼女の顎を思いっきり蹴り上げた。
「…………がぁッ!?」
イスリクスは無様な声を上げて宙に舞い上がった。レシュアはその後を追いかける。
「図に乗るなッ!!」
向かい打つように咆哮を穿つ。だが、レシュアも真似するように咆哮を穿った。二つの咆哮がぶつかり、綺麗に相殺された。
「これでもまだ猿真似か!」
レシュアは自分の体から氷晶の棘を生やし、イスリクスに向けて集中砲火した。
「おのれ……こんな小手先が妾に通じるものかッ!」
氷晶の雨にイスリクスは突っ込み、勢いよく尻尾を振り下ろした。直撃――しかし、彼女の尾は動かなかった。レシュアはがっしりと尻尾を受け止め攻撃をいなし、
「……せあっ!」
そしてそのまま回転を加える。遠心力が生まれイスリクスの巨体が竜巻に変わって宙に放たれた。
「くっ……!?」
ぐるぐると酔い回る視界の中、イスリクスは体勢を整える。その隙を逃すことなく今度はレシュアが突っ込んできた。氷の爪を纏い、イスリクスの喉元を狙う。が、
「――――くそっ!」
レシュアの腕はがっしりと掴まれて動かない。
「悪くない手だ。しかし、相手が悪かった。お前は所詮まがい物でしかない。妾という本物の竜に叶うはずがない」
「……人間を苦しめることが本物の竜と、本気でそう言っているのか」
「ああ、そのとおり。醜く矮小な人間どもは妾がこの手で消し去る。竜信仰など、はなから莫迦莫迦しかった。そんなものがあったからここまで拗れたのだ。最初から竜が人間を支配し、滅ぼしていればよかった。そうは思わないか?」
「思わない。俺はお前のような過ちはしない。竜も人も共存できるはずなんだ。俺がその架け橋になってみせる」
「くだらないことを……。お前は竜からも人からも疎まれる存在。ならば何も成し遂げられず、ここで死ぬことがもっとも相応しい」
イスリクスが腕に力を込める。みしみしとレシュアの腕にヒビが走った。
「……っ!」
レシュアはそうはさせまいともう片方の腕を振り上げるが、それも掴まれる。
「――――ッ!!」
それでもレシュアは諦めずに咆哮を唸り上げるが、すかさずイスリクスが竜首に噛みつき……砕いた。
レシュアは首から上を失った。
「その姿お似合いだ……カカカっ」
イスリクスはさらに右腕を握りしめて砕く。抵抗激しい両脚も同様の運命を辿った。レシュアに残されたのはひび割れた左腕とそれ以外を失った胴体。今や、氷竜は滅竜し、ただの氷塊へと形を戻していた。
「さらばだ。まがい者」
ついにイスリクスは残った左腕を握り潰した。氷が砕け、結晶が飛び散る。氷塊が重力に引かれ、落ちていく……その時!
ピシっ!
氷塊に内側からひびが入る。瞬く間にヒビは稲妻のように走り、氷塊は砕け――中からドラゴニュートが飛び出した!
「――――ッ!?」
突然の出来事にイスリクスは数秒反応が遅れた。たったこの数秒をレシュアは狙っていた。
イスリクスは竜という概念に固執しすぎるきらいがある。レシュアは以前から、そしてこの戦いの中で理解した。氷竜と化したレシュアを猿真似や紛い物として扱いながらもその実、心の何処かで竜と認識してしまった。故に、氷竜の頭部を、腕を、脚を砕いた時にはレシュアがドラゴニュートであるという認識が薄れた。つまりは大きな油断をしたのだ。
「――があっ!?」
イスリクスの腹に氷の槍が突き刺さる。今度は防御する暇はなかった。
「莫迦な……!?」
「……俺は竜だとそう宣言したが……訂正する。俺は竜と人間の相の子。ドラゴニュート、レシュアだ!」
覚悟の決まった槍が深々と竜の腹を抉っていく。
「っ!? 調子にのるなよ、レシュア!!」
イスリクスは痛みに悶えながらも右腕を振り上げた。
「――もらったッ!!」
レシュアは左腕に冷気を纏い、氷の大剣を生み出す。それを思いっきり下から斬り上げた。鋭い氷結の刃がイスリクスの腕に食い込み、凍結させながら切り裂く。
「――――ッアアア!??」
激しい痛みに喘ぐ竜の咆哮が轟く。レシュアは痺れはしたものの躊躇することなく刃を最後まで振り上げた。
「―――――――!?」
声にならない声をあげて、竜の右腕は氷塊に変わりながら落ちていった。
「ゆ、許さんぞ! お前だけは許してなるものか!?」
「奇遇だな。俺も同じ気持ちだ。ならば、翼もお揃いにしようか」
レシュアはニヤリと笑う。イスリクスはその笑みに初めて恐怖を顔に出した。
「ま、まさか!? やめ――」
「俺の翼の仇撃ちだ!」
腕を切り裂いた刃を倍の長さに伸ばし、振り下ろした!
イスリクスの翼の付け根に慈悲なき復讐の刃が入る。肉を断ち、骨を砕き、凍らせる一撃が決まった。
イスリクスの悲鳴が、蠢く氷結が、飛び散る血肉が、残響として白き空を彩った。
「妾の……つば……さ……」
飛翔力を失ったイスリクスはレシュアを巻き込みながら重力のなすがまま堕ちる。二人はシクール村に墜落した。
「はあ……はあ……くっ!?」
息も絶え絶えになったところに雪煙の中から爪が飛び出し、レシュアを襲う。なんとか受け止めるが、完全に攻撃を殺すような力はなく膝をついた。
「……純粋竜のパワーは凄まじいな。まだ戦えるなんて」
「当然だ! 妾がお前程度に殺されるわけがない!」
そう猛り狂うが雪煙から現れたイスリクスだが、目は血走り、レシュアの攻撃で受けた傷からだらだらと血を垂れ流していた。その姿にもはや神秘的な竜の面影は何一つなく、只の手負の獣とそう変わらなかった。
「……もう終わりにしよう、イスリクス。こんな醜い争いに意味なんてない」
「ああ、言われなくともお前を殺し、全てを、人間を終わらせる! そうして輝かしい竜の時代が到来するのだ……カカカカカっ!」
狂乱に笑いながらイスリクスは爪を圧しつける。
「……そんな時代はこない。お前はここで終わりに……終わらせる。それが今の俺にできる最大の贖罪だ!」
レシュアは力強く踏み込むと同時にクロスに防御した腕を氷結を纏いながら解き放った。
「うぐっ……!?」
無事だった左腕に十字の傷が刻まれた。
イスリクスの懐ががら空きになる。レシュアはそこに最後の攻撃を穿つ。全ての魔力を集約させた氷結の槍で貫いた。
「まだだ……妾は……まだ! 終わらない!!!」
怒りか痛みかわからない咆哮を冷気とともにレシュアへ浴びせる。至近距離でまともに受ける最後の抵抗は半端なものではない。けれども、ドラゴニュートは一歩も引かず、むしろ歩み進めた。
全身が凍傷に晒され凍りつこうとも、この機を逃してはならない。シクール村の悪夢を、偽りの家族を今こそ――終わりにしよう。
「――氷・槍・竜・滅!」
レシュアが叫ぶと槍が荒ぶりイスリクスの体を侵食するように内側と外側から凍りつかせる。
「妾がこ……こで……お……わ――」
「さようなら、母さん」
レシュアの頬に一筋の涙が溢れ落ちた。それは地に落ちる前に瞬く間に凍り……音もなく砕けた。
その涙がまるでエンドマークかのように竜の悪辣なる復讐の物語は幕を閉じた。
レシュアは腕を引き抜く。イスリクスは竜の形を崩し、ただの氷塊の慣れ果てに終わった。
「……………………」
ただ一人立ち、空を見上げた。
贖罪は果たした。しかし、得られたものはあったのだろうか。失ったもののほうが遥かに多い。実の両親、片翼、そして親の仇。
「……次は何を失う?」
レシュアは雪の上に膝をつき、俯く。その時、視界に手が映り込んだ。皺だらけのか細い手。見上げ、手の主を探す。
「…………あっ」
「……レシュア」
その人物は彼の祖父であるロトスであった。
「よく……頑張った。みんなお前に感謝するだろう」
「……俺に感謝される資格なんて――」
レシュアの慟哭は遮られた。ロトスが雪に塗れることも厭わずに、孫を抱きしめたからだ。
「ありがとう。生きていてくれて。すまなかった。こんなにも近くにいたのに、気づいてやれなくて……。ずっとこうしたかった。わしのたった一人の家族をこうして抱きしめたかった。レシュア。もう、背負わなくていい。お前は竜の手先ではない。わしの大切な孫、レシュアなんだから」
ロトスの言葉に震えながら手を伸ばし、真似をするようにロトスを抱きしめる。寒空に負けない祖父の暖かさにレシュアの凍らされていた心が溶け出した。
瞳から涙が溢れる。決して凍ることのない暖かな涙がレシュアの頬を幾度も伝った。




