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ゼロの旅路  作者: イフ
65/134

65.竜 対 人竜

 イスリクスが開けた大穴を辿り、レシュアは大空へと飛び立つ。遥な山脈に吹き荒れる吹雪が戦いの幕開けを告げていた。


「……懐かしい吹雪だ。かの故郷を思い出す。ソリュド、見ることしか能のない長よ。その目に刻み込め。一族の恥が醜く愚かな人間どもを蹂躙する光景を! カカカッ……カカカカッ!!」

 相も変わらず笑い声あげるイスリクスの頬に鋭い氷の弾丸が打ち込まれた。軽くイスリクスは腕でいなす。


「母親にするにはずいぶんな挨拶ではないか」

「……母親ごっこは終わったんだろう?」

 レシュアが羽ばたき現れた。


「カカカッ。その通りだ。妾は純粋な竜で、お前は醜い混じり物だ」

「それはもう聞き飽きた。始めよう。俺とお前、竜とドラゴニュートの決戦を」

「言われなくとも……!」

 イスリクスは咆哮を轟かせる。その威力に思わず堕とされてしまいそうでレシュアは踏ん張った。


「殺してやる! レシュアッ!!」

 咆哮で痺れたレシュアに一気に詰め寄り、竜爪を振り下ろす。その勢いは情けも容赦もなく、ただ殺意だけが込められている。

 しかし、それを受けるレシュアも只者ではない。戸惑い、躊躇、困惑、あらゆる迷いを捨て、かつて母と呼んだ存在を討とうと飛びたった。この程度の攻撃に屈するはずもない!


 レシュアはイスリクスの攻撃を、氷塊に変えた両腕で十字に払いのけた。


「何っ……!?」

 自身の攻撃が弾かれるとは微塵も思っていなかったのだろう。イスリクスは大きな隙を晒すこととなった。そこへレシュアは懐に飛び込み、氷塊の両腕を鋭い槍の形に変質させ、連続で突き刺した。


「ちょこざいな……!」

 イスリクスは苦しむがそれも一瞬の話だ。すぐさま腹部に魔力を集中させ、氷の膜を張り巡らせる。氷の槍が逆に削れていった。


「……くそッ!」

 状況を判断し距離を取ろうとした所をレシュアは鷲掴みにされ、そのまま上へと投げ飛ばされた。

 宙で体制を整えるが、一足遅かった。視界いっぱいにイスリクスの尻尾が映る。


 驚く間も無く、レシュアは山壁に向かって吹っ飛ばされた。


「――まだ寝るには早いぞっ!」

 イスリクスは追撃の隙を見逃すことなく、山壁に埋まったレシュアを踏みつけようと巨大な足を押し付けてきた。間一髪のところでレシュアは横に飛び出すが、先程の叩きつけられた衝撃で氷の翼が砕け、飛ぶことが叶わなかった。緩やかに地に堕ちていく。


「……逃がさん!!」

 イスリクスは器用にもその尻尾で堕ちるレシュアを拾い締め上げた。


「お前は絶好の場所で始末してやる」

「……な……んだと!?」

 苦しみに喘ぐレシュアにそう宣言すると、イスリクスは体を捻りレシュアを勢いよく振り払った。


 投げ飛ばされたレシュアはある方向へと向かってぐんぐんと進んでいく。


「この方角は……!」

「……お前の墓場に相応しい!」

 気がつけば既に先回ったイスリクスがレシュアを掴み取り、その景色を見せつける。


「まさか……!?」

「そう……ここはシクール村の上空だ。今からお前を村に墜とし。果たしてお前は守れるかな? 妾に蹂躙されるちっぽけな命共をッ!!」

 イスリクスはレシュアは真下へとふり投げた。


 


「なあ、本当にできると思うか?」

「何が?」

 シクール村のある家屋で男二人が酒を片手に会話していた。


「昨日は宴の雰囲気に流されちまったが、あんなガキ二人に竜がどうにかできるもんなのか?」

「……さあな。少なくともこうして太陽が出ている内から呑んでいる俺たちよりはどうにかできるだろうさ……ガハハ!」

「ちっ……もう出来上がってやがる。まあ、そうだな。俺たちはこうして安全圏から酒を呑むのがお似合い――」

 男が景気良く酒を口に運ぼうとした時、天井にものすごい音がすると同時に屋根が壊れ、何が落ちてきた。



「な、なんだ!?」

「おおお、おい! 人だ! 人が落っこちてきた! いったいどこから……」

「うああああああ! りゅ、竜だぁーーーッ!?」

 穴の空いた天井を覗きこんだ男が絶叫した。彼の視界にはこちらに向かって猛進する竜が映っていた。


「……させないッ!」

 レシュアは落下の痛みに耐えながら狼狽する男二人を抱き抱えて家屋から飛び出した。


 激しい破壊の音が背後で響く。振り返ると先程までいた家屋は完全に潰れ、その上にイスリクスが降臨していた。


「逃げろ……早くッ!」

 恐怖に怯える二人を立たせ、追いやった。

 逃げる二人の背をイスリクスは卑しく見つめ……氷晶を打ち込んだ。


「…………ッ!?」

 レシュアが二人を庇うようにして立ち塞がり、攻撃をもろにくらった。


「カカカカッ! 本当にバカな奴だ。そんな奴らを守ったて仕方ない」

「傷つけ奪うしかできないお前にはわかるものか。誰かを守ろうとする気持ちなんて!」

「ああ、わからない。これから知る必要もない。妾の思い通りにならないものはこの身を持って踏み躙る。それだけの話だ」

 



「いったい何事だ!?」

 ロトスの前に群衆が押し寄せていた。


「村長! 竜だ。竜が攻め込んできた!」

「逃げないとみんな殺されるッ!」

 村人たちは悲鳴のような講義をあげる。


(イスリクスが!? となればあの二人は……いや、今は悪い想像をしている場合ではない)


「わかった。皆、こっちだ。村から離れるぞ。逃げ遅れているものがいたら伝えてくれ」

「む、村を捨てるのか!?」

 村人の一人が驚愕の声をあげる。


「命の方が大事だ。生きていれば村なんてまた作れる。急げ!!」

 ロトスの一喝に村人たちは気圧され、次々に村から脱した。


「……全員おるな?」

「……なあ、あいつはどうしたかな?」

「ぶ、無事だろ……きっと」

「どうした?」

 男たちの呟きにロトスが反応する。


「いや、実は俺たち子どもに助けられたんだ。けどそいつはたしか、ただの子どもじゃなかった。頭に角が生えていたし、腕にも鋭い爪が――」

 男の話しを聞き覚える前にロトスは駆け出していた。その話しが本当なら……今、イスリクスと戦っているのは――!


 

「……ぬるい。なんだその爪は……お前は本当に竜の血を引き継いでいるのか!? 嘆かわしい……ああ、嘆かわしい! 妾が愛焦がれた者の一粒種がこの程度。人間と交わったばかりにッ!」

 イスリクスの鋭い爪がレシュアの左腕に振り下ろされる。咄嗟に氷を張って防御するが、ダメージは抑えられず血が滲む。


 膝をつくレシュアを鷲掴み、振り上げて地面に叩きつけた。そして追い討ちに足で踏みつける。


「そうだ、お前に一つチャンスやろう。竜として再起するチャンスをな……。シクール村の奴らを氷漬けにして、妾の前に献上しろ。さすればお前を妾の一生の配下として存在することを許そう」

「……俺が頷くとでも……!」

 呻くレシュアの言葉を潰すように足に力を入れる。


「……ならば醜く死に晒せ……!」

 イスリクスが足を振り上げた。その時、二人の視界にある人物が現れた。


「……イスリクスッ!」

 竜を前に声を張り上げたのはロトスであった。


「……何のようだ、人間。わざわざ妾に殺されに来たのか?」

「……わしの孫を家族をこれ以上傷つけるな!」


「…………ッ!?」

 レシュアは霞む意識の中でその言葉を聞いて驚愕する。シクール村の村長が自分の祖父という真実。それは血の繋がった家族などもう存在しないと理解し、受け入れていたレシュアにとって痛みなど忘れ去れるほどの衝撃だった。


「お前はあの穢らわしい女の父親。今まで生贄を運ばせる役目を与えていた。それも今日までだ。喜べ、お前は役目から解放された。褒美をくれてやろうぞ……死という褒美をなぁ!」

 イスリクスの口が大きく開き、冷気が集約されていく。このままではロトスは氷の彫像に変えられてしまう。そう思った時にはもう、レシュアは駆け出していた。忘れた痛みをバネに、護りたいという想いを胸に、ドラゴニュートは走る。たった一人の家族の為に。


「――レシュア!?」

 放たれたイスリクスの息吹を遮るようにレシュアはロトスの前に立ち塞がった。


「……俺……の……か………これいじょ……う」

 レシュアは最後までロトスの眼を見つめ、護り抜いた。息吹がおさまった頃にはレシュアは氷塊に変えられていた。


「殺す順番が変わってしまったが、まあよい。同じことだ。それにしても本当に愚かな奴だ。妾の命令に従っていれば死ぬことはなかったものを…………何の真似だ、人間?」

 ロトスがレシュアを庇う様に立ち塞がった。


「わしの孫に手を触れるな!」

「……なぜ守る。そこにいるのは人でも竜でもない混じり物だ。お前にとっても煩わしい存在の筈だ」

「お主は何もわかっておらん……」

「なんだと…?」

「竜とか人とかそんなことはどうでもいい。家族だから。それだけでわしは突き動かされた」

「そうか。ならば仲良く死ぬがいい」

 イスリクスがその爪を振り上げた……その時、氷塊が揺れた。その揺れを兆しに氷塊は奇怪に蠢く。まず背部らしき場所から突起が左右に生える。それは薄く大きくまるで――翼のようだった。

 次に上部の氷がぐぐっと伸び、首と頭を作る。それから腕、足、最後には尾が生まれ、氷塊は竜を形造った。

 レシュアは氷竜と化した。


「ありえない……なんだその姿は!?」

「……決着をつけよう。今の俺は竜だ。この爪牙はお前に届く」

 レシュアの声がテレパシーのように響く。


「……カカカっ。いいだろう。真の竜がなんたるかをその身で思い知るがいいッ!!」

 イスリクスは上空へと飛び立った。


「……レシュア」

 ロトスが乾き切った喉から搾り出して孫の名前を呼んだ。


「話は全てが終わってからだ。……必ず、生きて帰る」

 それだけ呟くとレシュアもまた空を目指し飛翔した。


 一人残されたロトスは膝をつき、祈った。ただ祈った。

 我が孫が英雄として帰還することを。

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