64.誇り高きドラゴニュート
圧倒的な強者の姿を前にして二人は怯み竦む。真の姿である竜に変幻したイスリクスは、人間がちっぽけだと思い知らせるように巨大な体躯を見せつける。
ソリュドを見ていなければ恐怖はより増大していたことだろう。
「これは……舐めてかかったら死ぬかもね……」
リーズは炎を出力を引き上げ轟轟と唸らせた。
「さて……どう料理してやろうかっ!」
イスリクスが二人目掛けて鋭い爪を振り下ろした。リーズが飛び出し、両手で攻撃を受ける。
「はっ!」
その隙を受けてゼナは脚に力を込めて跳躍する。背中の剣を抜き、魔力で剣を創造して振り下ろし――。
「――――!!!」
イスリクスは宙に跳んだゼナに向かって咆哮した。耳を劈く竜の叫びがゼナの全身を襲う。
「うわあッ――!!」
ゼナは叩かれた羽虫のように地に堕とされた。
「哀れよのぉ……カカカッ」
イスリクスは次にその腕に力を込めてリーズを捻り潰そうとする。リーズは間一髪で真横に炎を噴射することで脱出した。
「だ……大丈夫、ゼナ」
「なんとか……無事――危ない!?」
ゼナの視界に太い鱗の塊が飛び込んできた。今度はゼナが攻撃を受けることになった。創造魔法で身体の防御力を強化して、イスリクスが振り回した尻尾をなんとか受け止める。
「次は私がッ!」
ゼナが受け止め尻尾に向かってリーズは走り込んだ。山を登るようにその背を駆ける。
「こそばゆい奴だ……」
イスリクスはニヤリと笑った。
「――っ!?」
リーズの頬に一筋の傷跡ができる。
「何……」
イスリクスの背中が揺れる。その揺れの正体は……氷晶だ!
「串刺しにしてやろう!」
イスリクスの背に生えている無数の氷晶が矢の如く次々に発射され、リーズに襲いかかる。
「リーズッ!?」
「 お前もだ!」
抑えていた尻尾が暴れ出す。ついにはゼナは壁に勢いよく叩きつけられた。
「がはっ!?」
「……まずいな。力の差が大きすぎる……」
この状況にメイすらも冷や汗をかいていた。
「だとしても、まだ負けていない! 進・火」
リーズの両拳が黄色く燃え上がる。氷穴の中に陽炎が生まれた。
「その鱗を溶かすッ!」
リーズは両手をイスリクスに向け、炎の魔弾を雨の如く発射する。
炎の魔弾は確実に着弾して激しい爆発を連続させた。イスリクスは煙の中にのまれていく。
「はあ……はあ……はあ……」
リーズは息切れをして、炎を止めた。確かな手応えを覚えた。少なくともダメージは確実に与え――。
「……カカカッ」
煙の中から歯をかち鳴らす笑い声が響く。そして突風が吹き荒れた。煙が一瞬にして消え去る。そして見えてくるのはゼナたちとイスリクスを隔てる氷の壁であった。
「……素晴らしい攻撃だったぞ。妾でなければ死んでいたかもなぁ……カカカッ」
「くそっ……」
「それではお返しだ」
氷の壁が怪しく動いた。
「!?……下がって!」
リーズの肩を掴み自分の後ろへと引っ張る。
氷の壁からは幾つうもの氷晶が生え、二人に向かって発射された。
「間に合えっ!」
ゼナは必死に頭を働かせて、二人を覆う魔法のバリアを想像した。氷晶はバリアに当たり凍らせていく。全弾が打ち尽くされた頃には二人は氷晶の中に閉じ込められた格好になった。
「ゼナ……助かったけど、この状況はどうにもまずいんじゃないの……」
「わかってる……だけど、あれしか方法が――」
「――上だっ!」
メイの叫びで二人はバリアの天井を見上げると、激しい衝撃が襲いかかった。
「バリアごと私たちを潰す気!?……ゼナ、掴まって!」
「リーズ……何を――!?」
ゼナの問いよりも前にリーズは行動に移った。ゼナを抱きかかえ、空いたもう片方の腕から炎を勢いよく噴射させ無理矢理に氷とバリアを突破する。
二人が勢いよく転がりながら地面に投げ出された瞬間、バリアは完全にイスリクスの手に押し潰された。
「手緩いなぁ人間よ。お前たちはちっぽけで醜くて穢らわしい……それが強さに表れておるぞ……カカカカッ!」
「言わせておけば……そういうあんたはどうなのさ……」
リーズが蔑んだ笑みを浮かべながら言った。
「何……?」
イスリクスの瞼がぴくりと動いた。
「勝手に片想いして……相手に振られたら虐殺。関係のない村の人々まで苦しめる。醜いのはどっち?」
「……それ以上口を開くな、人間」
「では、人間ではない私から語ってやろう。お前のやってることはガキの癇癪と何ら変わらない。竜としての威厳や誇りをそこらに捨てた、ただの醜い獣と言ってるんだ」
「……黙れッ! 下等なゴミどもがーッ!」
イスリクスは鋭い爪を二人に振り下ろす。ゼナとリーズは左右に別れて攻撃を回避した。
「戦いでは冷静さを失った奴から滅ぶ。今度はこちらから仕掛けるぞ! まずは奴の視界を奪う。リーズ援護しろ!」
メイの掛け声にリーズは親指をグッと立てた。
次の瞬間、ゼナの足元に煙幕が焚かれその姿を覆い隠す。しかし、ゼナはメイによる身体支援により煙の中でも明瞭な視界を保ちイスリクスの姿をしっかりと捉えている。
当のイスリクスは挑発したリーズに夢中でゼナのことなど目に入っていない。
ゼナは腰に据えた剣を抜刀し、イスリクスの眼球を目標に回転をかけて投擲した。
煙幕の中から飛び出した剣は放物線を描きながら確実に竜の左眼へと向かう。
(入った……!)
誰もがそう思った時、剣はイスリクスの眼前でピタリと止まった。
「そんな……どうして!?」
「あいつ、目力だけで止めやがった……」
宙に浮いた剣の矛先がぐぐぐっと回転し、こちらに向いた。イスリクスが瞬く。すると、剣はゼナに向かって弾丸のように発射された。
「くっ……!?」
間一髪で攻撃を弾き一命は取り留めた。が、しかし、作戦は失敗に終わった。
「ゼナ――ぐはっ!?」
「お前も鬱陶しい!!」
イスリクスは尻尾を薙ぎ払い、リーズをゼナの元まで吹っ飛ばす。それから咆哮が迸り、煙幕をかき消した。
「やはり所詮は口だけの存在か、人間」
悔しいが今の二人に反論に値する力はない。竜と人間の力の差はあまりに歴然だった。
「答えろ、人間。何故に無謀な戦いに挑む。最初から叶わないと知りながらッ!」
イスリクスはその体躯からなる大きな手でゼナを鷲掴み口元に持っていった。竜の唸り声と冷気まじりの吐息が顔にかかる。
「僕は誰かさん曰く、お人好しのバカらしい。だからかな。困っている人がいたら助けたいし、それがお前のような悪が原因ならなおさらだ」
「難儀な性格だな。それ故にお前は今、死に直面している。バカな正義感で命を棒にふるなぞ、愚かしい」
「……かもね。でもこの正義はお前に届く。僕はそう信じている!」
「……遺言は聴き入れた。死に消えろ、人間!」
イスリクスは口をあんぐりと開け、手をその上で離した。ゼナの体は口内に吸い込まれていく。
「悪いけど、まだ死にたくはないよ!」
閉じられようとしたイスリクスの上顎と下顎がピタリと止まった。何か鉄の棒のようなものが突然現れ、ゼナはその上に登り立って捕食から逃れた。
「創造魔法万歳って感じだね」
「そのとおり。お前は私という存在にもっと感謝感激すべきだ」
「はいはい……リーズッ! 今だッ!」
口元から飛び降りながら、仲間の名を叫ぶ。
「任された! 進火の一撃ッ!!」
燃え滾る炎の塊が大口の中へと突き進み、爆発した。
「…………ッ!? しぶといわね、本当に」
煙が晴れて現れたイスリクスの瞳は血走り、一目で憤怒に染まっているのがわかった。
「……覚悟しろ人間。楽には死なさんぞ――!!」
鼓膜をぶち破るような咆哮が轟く。それは二人の処刑開始の合図であった。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
氷の洞窟をレシュアは必死に走っていた。いつも通ってきた道のりが酷く険しく感じる。
「…………っ!?」
しまいには派手にすっ転んで惨めな姿を晒す始末だ。
レシュアはそのまま動けなくなった。体の痛み故ではない。心の痛み故にだ。
母親と思っていた者が母親ではなく、実の両親を殺し自分を誘拐した悪魔だった。その真実がどうしようもなくレシュアの心を抉る。今まで抵抗しながらもイスリクスの命に従っていたのは、彼女のことを母親だと思っていたからだ。子は親の言うことを聞くもの。イスリクスからのこの教えが、ただ単に自分を都合よく使うための手段に過ぎなかった。
「俺は……どうすれば……」
問いを投げかけても返ってくるのは虚しい反響だけだ。
レシュアはその場に蹲った。
このまま逃げて全てを忘れる? そんなことできなしない。きっといつまでも後悔という呪いが己を苦しめやがて殺すだろう。
『イスリクスは確かにレシュアの親の仇だけど、彼にとっては母親だ』
『だから……親殺しはさせない。私が許さない』
二人の声が脳内に再生される。
あの二人は叶わないと知らながら竜に挑み、俺を逃した。俺を親殺しにしないために。
彼らは素直なのだ。助けたいと思ったらそれがどんな困難でも、その先が地獄であろうとも手を伸ばす。それに比べて……俺は――。
「……俺は、目を背けていた。母さんの、いや、イスリクスの恐怖の前に自分を抑えつけて、誰かが苦しむ姿から目を背けていた。今だってそうだ! あの二人に全てを任せて一人逃げた。それはもう……終わりにしよう。俺は誇り高い竜の血と、尊い人間の血が流れるドラゴニュートだッ!
この手で俺の罪を制裁する……」
レシュアは立ち上がって。振り向き洞窟の奥に目を向ける。戦いの音が反響して伝わってきた。
「今、いくぞっ!」
もげた右翼を氷で形造り、翼を広げて、ドラゴニュートは飛翔する。己の罪と向き合うために――。
「カカカカッ……カカカカッ! たわいもないゴミどもが……取り乱した妾が恥ずかしく思える」
イスリクスの足元にはボロボロに傷ついた二人が転がっていた。
もはやその姿は戦う者のものではなく、死にゆく者の姿であった。
「……ゼナ、まだやれんでしょ!?」
「……はは、どうかな……」
二人は地に伏せたまま息も絶え絶えな会話をする。限界を超えて戦った。けれども、イスリクスの牙に、爪に、その執念に、二人は及ばなかった。
「お前たちは無謀にもこの妾に挑んだ。その愚かしさを後世まで伝えるために……その首を晒してやろう」
イスリクスの右腕が凍りつき、まるで剣のような形を作り出す。
「こんなことで終わってたまる――何かくるぞ……」
メイは呟いたと同時に感じた。こちらに向かって突き進む覚えのある魔力を。
「……死ねッ! 人間――!!」
二人の首元へと進む巨大な氷の刃が銀氷の軌跡を描く。これが最期の光景かと二人は覚悟した。しかし、そうはならなかった。二人に映った景色は、砕け散る氷の刃と氷の翼を待ちし少年だった。
「……レシュア!?」
ドラゴニュートの少年は二人を守るようにイスリクスに立ちはだかった。
「今更何をしにきた。わざわざ殺されに戻ってきたのか」
「お前を倒しにきた」
「妾を倒す? カカカッ! これは大きく出たものだ。人間という穢れた劣等種の混じり物のお前が、誇り高い純粋種の竜である妾を、このイスリクスを倒すというのか?」
「……俺だって半分は竜だ。それにお前は勘違いしている」
「勘違い?」
「人間は決して穢れても、ましてや劣等種なんかじゃない。誰かの為に自分の命すらかけられる誇り高い者だ。少なくとも俺が知った人間はな」
「……だからなんだ。全てがそうではない。シクール村の奴らはお前を見れば石を投げ、お前を責め立てる。レシュア、お前の居場所はどこにもない!」
「……それでも構わない。今の俺はこの二人を守るために……いや、シクール村のみんなも……お前に苦しめられたみんなを救う為に戦う。たとえ恐れ、蔑視の目を向けられようとも、お前を倒すことが俺にできる贖罪だ!!」
「……ならばこいッ! 今度はもう片方の翼をもぎ取る。牙も爪も角もだ。そうして最後には醜い人間として殺してやる!」
イスリクスは咆哮すると真上へ飛び上がった。洞窟を破壊しながら遥かな大空へと向かう。
「……行くのね。レシュア」
背後から掛けられた声に振り向く。ボロボロの二人がかろうじて立ち上がっていた。
「まったく……私たちのカッコつけが台無しじゃない。ねぇ?」
「……ああ、台無しだ」
リーズの言葉にゼナは凛とした笑顔で返事した。
「すまない。だが、これは俺が果たすべき……」
「わかってる! あんたが覚悟を決めたのなら私たちは何も言わない。行きなさい。レシュア、そして勝ちなさい」
「……みんなを頼んだ」
レシュアは静かに呟くとイスリクスの開けた大穴に向かって飛び立った。
「行っちゃった……結局、私たちは何もできなかった」
リーズは悔しげに地面を殴りつけた。
「まだ、終わっちゃいないよ」
「え……?」
ゼナはよろよろと歩きながら氷の壁に向かって行った。そしてその壁を渾身の力を込めて叩き割った。
リーズもふらつきながら向かう。割れた氷を覗くと、そこには氷の彫像にされた女性たちが飾られていた。
「僕たちはレシュアから託された。この人たちを救ってくれと。確かに僕たちはイスリクスに敵わなかった。けど、まだできることがある。だろ?」
「そう……その通りだわ。今は私たちにできることをしなくちゃ!」
「よし! メイ、力を貸してくれ。この氷をぶち破る!」
「ちっ、私とてクタクタというのにお前たちの元気はどこから沸くんだ……」
そう言いながらもメイは力を貸し、氷の壁は砕け散った。
二人はレシュアの無事を祈りながら生贄にされた女性たちを救い出すのだった。




