63.いざ竜滅
「おい、朝からなんの騒ぎだ? 例の日は明日だろう」
「さあな、またあいつが娘を差し出したくないって喚いているんじゃないか?」
「いや、どうも違うらしい。村長と何やらよそ者から話しがあるみたいだ」
「よそ者? いったいどういうことだよ」
「俺もわかんねえよ。とにかく行こうぜ」
村人たちは口論まじりに群衆の中に加わっていく。
「みんなよく集まってくれた。今日はこの村にとって重大な話しがある」
群衆の中心のお立ち台に乗った村長ロトスが声を張り上げて宣言した。その少し横にゼナとリーズが佇む。村人達は村長の声を聞きながらも、よそ者である二人を訝しんだ目で見つめていた。なんとも息苦しいがここは我慢するより他ない。
「今我らのシクールが竜に苛まれているのは知っての通りだろう。何故奴がこの村を狙うのか。何故奴が若い女子ばかりを生贄に指定するのか。我々は考え抵抗したが、いつしか諦めた。しかし、それを解き明かした者達がいる。それが彼らだ」
ロトスがゼナ達を手を向ける。群衆の訝しむ視線が興味の色に変わった。
「じゃあ聞かせてくれよ! この村が狙われた真実を」
村人の一人が上擦った声をあげ、それが伝播していった。群衆はまるで餌を欲する雛鳥のように喚いている。
「……………………」
ロトスは口を閉ざしてしまった。真実を語ろうという気持ちはある。だが、思うように口が動かないのだ。それも当然だろう。その真実をロトスが口から語らせるのはあまりに酷すぎる。
「……僕が話します。この事態の真相を――」
ゼナの話を聴き終わると、静けさに染まっていた群衆からどよめきが一つ、二つ、やがては数多に沸いてでた。
「村長の娘の婿が竜?」
「あのドラゴニュートが孫だっていうのか」
「私の娘が犠牲になったのは……あんたの娘のせいじゃないか!!」
どよめきはついにロトスへの八つ当たりのような罵声に変わった。彼らは村の惨劇の責任をロトス一人に押し付けようとしている。
「待ってください! 村長だって被害者です。あなたたちと同じ――」
「うるせえ!! この男の娘が竜と交わらなければ俺たちは――」
一歩前に出て罵声を叫ぶ男。その足元に小さな爆発が打ち込まれた。一瞬にして静寂が訪れる。
「静かにしなさい。まだ話しは終わってないわよ」
冷たい目つきを浮かべる少女の右手から煙が立ち込めていた。群衆を宥める為に脅しの一手をリーズは撃ったのだ。
「乱暴な手段をどうかご容赦ください。これから話すこともあなた方にとって重要なんです。あなたたちが差し出した生贄の方々は生きています。非常に危うい状況ですが……」
ゼナの言葉に群衆が荒波のようにどよめいた。竜が村を狙った理由よりも彼らを震撼させたようだ。
「彼女たちは氷漬けにされて保存されています。イスリクスの愉悦めいた目的の為に。つまりはまだ助け出せる。僕たちが助け出す!」
その宣言に村人たちは沸き立つ。涙を流し、喚起し、ゼナとリーズの二人を英雄の目で見ていた。
「皆の者、静粛に」
ロトスの一声に静けさが広まっていく。皆の注目が村長に集まっていく。
「我々が希望を託せるのはこの子たちだけだ。イスリクスから逃げ延び、ソリュドの竜山から生きて帰還したこの二人だけが我らの希望なのだ。だから――」
ロトスはそこで言葉を詰まらせた。どうしてもその先を言うのは憚れるのだろう。責任ある大人としては。そんなロトスを察してかリーズがその肩を軽くたたいた。
「今更気にしてるの? もともと私たちが首を突っ込んだだけなんだから、あんたたちはゆっくりして朗報をまてばいいのよ。ねえ?」
リーズがゼナに向かって同意を求めた。当然ゼナは肯定に首を振り、改めて村人たちに宣言する。
「シクール村を蝕み続けた悪夢、イスリクス。奴は僕たちが倒す。そしてとらわれた生贄も村長の家族、レシュアも必ず取り戻すと、僕らは誓う」
ゼナは腰の剣を抜き出し、狼煙として掲げた。その反抗の象徴に次々に歓声が上がる。今やシクール村に初めて訪れた時に覚えた悲壮感はどこにもなかった。
「……ならばわしらはできることをしよう。今宵は宴だ。君たちが無事に戻れるような宴をしようじゃないか! いいだろう、皆の者よ!」
ロトスのその一言を否定するものはいなかった。次々に動き出し、宴の準備が始まった。
「…………………」
パチパチと燃える焚火をじっとゼナは見つめていた。こうしていると少しは落ち着ける。竜を打ち滅ぼすと宣言したその覚悟は揺らぐことはない。しかし、ソリュドと対峙したときのことを思い出すとどうしても不安は湧き上がる。イスリクスはソリュドほどの竜ではないだろう。けれど、竜に変わりはない。本当に勝てるだろうか……。
瞳が虚ろに染まり始めたその時、目の前に焼かれた肉が差し出された。その差し出し主に目を向ける。
「今の内に食っときなさいよ。明日はそんな余裕ないんだから」
山盛りの肉を盛った皿を携えながらリーズは隣に座った。
「それはそうだけど……リーズは不安とかないの?」
「あるわよ当然。竜に挑むなんて正直正気じゃないし……でもこのまま逃げるほうが私は正気じゃいられない。あんたもそうでしょう?」
ゼナは素直に頷いた。
「第一そんなに不安ならうるさい相棒に相談でもしたらどう?」
「その相棒は寝ているよ」
ゼナは妙な静けさを覚えていた。
「薄情なやつね」
「そうでもないさ」
ゼナは苦笑した。リーズが分からないと言った顔で聞いてくる。
「出会ったばかりののメイだったらこんなことに付き合ったりしないよ。もちろん僕から離れられないって理由もあるけど、彼女は少しずつ変わっているのかもしれない……」
「ふーん……私としては生意気な態度を治してほしいけどね」
「それは僕も思う」
意見がそろって二人は大いに笑った。そして……それから宴が進み、月が登って、沈んで、太陽が目覚め、運命の日に到達した。
「準備はいいかい? リーズ、メイ」
「万端よ!」
「ふん、誰にものを言っている」
二人の気合いは十分のようだ。
「……よし、行こうか」
ゼナたち一行は再び氷の竜穴に足を踏み入れた。
前回イスリクスが放った氷晶の波は綺麗さっぱり消えていて、静けさに包まれている。二人の足音だけが反響した。
「……お出ましね」
二人の視線の先にはドラゴニュート、レシュアが佇んでいた。
「もう二度と来るなと、そう言ったはずだ」
悲しさと愚かしさを告げる視線でレシュアは見つめる。
「悪いがそうはいかない。君と村をこのまま放って置くことはできない」
ゼナは一歩踏み出す。レシュアは腕を突き出し、制止とも攻撃ともとれる構えをする。しかし、ゼナは臆せず進んだ。リーズも同様だ。
「……っ!? 止まれ!!」
レシュアは吠えるが二人は止まらずその横を通り抜けていく。
「ついてきなさい。これから起こることはあんたの人生を変えることになる」
リーズが振り返ることもなく言い、奥へと歩みを進めた。レシュアは構えた腕をどうしようもなく下ろし、逡巡の末に二人の後ろについていった。
氷の洞窟を歩く中、三人は何も喋らなかった。奇妙な空気が流れる。レシュアはついて来ながらも二人の目的がわからず、眉をひそませる。一方の前を行く二人は神妙な顔をしている。苦しさを抑えるように唇をぎゅっと噛み締めているようだ。それも考えれば当然の事だろう。これから親を奪った加害者を前に親を奪われた被害者に真実を伝えなければならないのでだから……。
二人の歩みが止まる。つまりは再び辿り着いたのだ。邪竜の根城へ。
「また懲りずに来たのか。よっぽどの死にたがりらしい」
氷の玉座に座り尊大に脚を組むイスリクスが下賤な笑みを浮かべながらこちらを待ち構えていた。
「今度こそお前を倒す。だがその前に……話しておかなければならないことがある」
「……よかろう。遺言ぐらいは聴き届けてやろうぞ」
イスリクスが聞く姿勢をとったのを確認するとゼナはレシュアを正面に捉える。
「レシュア。君はドラゴニュートのことについてどの程度知っているんだ」
突然ゼナにそんな質問をされてレシュアは戸惑った。この場においてその問いに意味はあるのかと。しかし、ゼナの真っ直ぐな視線を前に逃げることは出来ず、
「……竜と人間の間子。それぐらいだ」
「そうか……」
ゼナはその答えに納得と苦しさを覚えた。
レシュアは本当に何も知らないのだ。自分の母親が身の毛もよだつ悪魔であることを……。
「レシュア、よく聞いてくれ。イスリクスは君の母親ではない」
「え……」
レシュアは小さな困惑を吐き出したが、ゼナは気にすることなく続けた。止まってしまったら二度と口を開けなくなる、そんな気がしたからだ。
「ドラゴニュートは人間を母親に、竜を父親にして産まれる混血種だ。イスリクス。彼女はドラゴニュートでもなければ人間でもない。紛れもなく純粋な竜が人の形に化けているだけなんだ」
「……じゃあ、母さんが俺の本当の母親じゃないなら……いったい何者なんだよ」
やっとの思いで搾り出した声でレシュアは問いただす。
「それは……」
そこでゼナは言葉を詰まらせてしまった。これから語ることは無垢なドラゴニュートを殺しかねない。だんだんと息が苦しくなる。すると、ゼナの肩にリーズがそっと手を置いた。優しい視線で頷く。
「ここからは私が話す。いいでしょ?」
リーズの言葉に情けなくも首を縦に振る。
「イスリクスが何者か……その質問に答える。それは仇よ。あんたの父親である竜と、母親である人間をイスリクスは殺したの」
リーズから告げられたその言葉にレシュアはたじろぎ、イスリクスを見た。彼女から否定の言葉が零れ落ちるのを期待したのだ。しかし、帰って来たのは拍手と不適な笑みであった。
「その真実を知っているということはそうか、ソリュドに会ったのだな。あの竜山を登り切ったのは褒めてやろう」
「母……さん?」
「……既にその話は村人たちにもしているのだろう。ならば母親ごっこはお終いだ。今日という日をシクール村の命日にするとしよう」
わなわなと体を震わせるレシュアの隣にゼナがついた。
「聞いたかい、これが真実だ。イスリクスは今まで君を騙していたんだ。自分の目的のために君を利用していた。でもそれもこれまでだ。僕たちがイスリクスを倒す。君は逃げろ」
ゼナのその発言に今まで沈黙を貫いていたメイが思わず体から飛び出した。
「おい、お前何を言ってやがるんだ。こいつを味方に引き入れて戦う算段だっただろうが」
「うん。だけどごめん。これは僕とリーズで決めたことなんだ。イスリクスは確かにレシュアの親の仇だけど、彼にとっては母親だ」
「だから……親殺しはさせない。私が許さない」
二人はレシュアに向き直り、改めて言葉を紡ぐ。
「逃げるんだ、レシュア」
「私たちが仇撃ちを果たす」
二人の言葉に気がつけばレシュアの脚は出口に向かって走り抜けていた。
「そう、それでいいのよ……」
「バカがっ! お前たちは自らの首を盛大に絞めたんだぞ。勝てる可能性よりも死ぬ可能性の方が上回った」
メイは二人に怒号を飛ばす。メイの意見は正しい。けど、それだけでは納得できない感情が人間の二人にはあった。
「まったくもってそれの言う通りだ。ただの人間であるお前たちが竜である妾に叶う筈もない!」
イスリクスは余裕の姿勢で二人を嘲笑う。
「かもね……だけどそれは僕たちがただの人間だったらの話だ。そうだろリーズ!」
「ええ、私たちはあんたを倒す。それだけの力と想いがある!」
リーズが力を込めると両の拳から炎が燃え上がった。
「メイ、僕たちもいくよ!」
「ちっ、もう破れかぶれだ! このストレスを奴にぶちまけてやる」
メイが体の中に入り、ゼナの全身に白いオーラが顕現した。
「ほう……確かに虚勢ではないらしい。いいだろう……妾の真の姿をもってお前たちを氷の彫像に変えてやる」
イスリクスはそう宣言すると自らの体を凍らせ、巨大な氷塊と化した。嫌な謐けさと冷気が洞窟内に漂う。
ピシッ。
何かが割れる音。それは目の前の氷塊から聞こえる。
小さな割れ目から覗くものと目があった。それは……龍の眼だ。
次の瞬間、氷海のひび割れは全体にまわりやがて砕け散った。そうして姿を見せたのは――白銀の鱗、遥かなる翼、蹂躙せし爪牙。その姿は正しく竜――!
「……さあ、始めよう。妾の絶対的な力でお前たちを、村を、全てを凍りつかせやる!」




