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ゼロの旅路  作者: イフ
62/134

62.語られし真実

 決死の覚悟を乗り越えて、ゼナ達の前に竜山の主竜ソリュドが姿を現した。ただそこに存在しているだけだというのに、圧倒的なオーラとプレッシャーを放つ。ゼナとリーズの二人は固まり見つめることしかできない。


「問おう、人の子よ。何故にこの地に踏みいった」

 威厳と透明感のある声をソリュドは響かせた。


「ふん、白々しいな。最初から全て見ていたのだろうに」

 メイだけが臆することなく竜に悪態ついた。


「確認だ。我を前に己が目的を果たす意思が本当にあるのかどうか」

 ソリュドはごく自然にメイと会話する。やはり竜の前では魔王の魔力も些細な存在に変わりないのだ。


 ゼナは石像のような足を動かしてソリュドに一歩近づいた。


「僕らは真実を知りたくてここにきた。竜であるイスリクス。そのイスリクスを母と呼ぶドラゴニュート、レシュア。二人の因果をどうか教えて欲しい」

 毅然とした態度と震えのない真っ直ぐな声で問う。初対面に放ついつもの敬語は取っ払った。今この場に相手との距離を推し量るそれは必要ない。率直な言葉だけが求められる。


「生半可な想いではないようだな。いいだろう。汝らに教えてやろうぞ。あの二人に何があったのかを……」

 ソリュドはそう言って空中に銀氷を息吹いた。それは巨大な一枚の画用紙のように宙に形をつくる。


「これより銀氷に映し出されるのは我が竜族の恥にして、哀れな人の子の悲劇。目を背ける事勿れ」

 意味深な言葉を残してソリュドは腰を下ろした。


「見てみようここにレシュアの過去が……」

「ええ……」

 二人は息を呑んで銀氷を見つめるのだった。



 映し出されたのは豊かな自然溢れる森。そこを歩く男と女、そして抱き抱えられた赤子。家族揃っての散歩の光景のようだ。赤子が無邪気に笑った。すると二人も笑い返した。暖かな団欒の瞬間がそこには映る。しかし、そこに陰がさした。暖かく照りつける太陽を覆い隠す暗雲のように……それは現れた。

 その体躯で木々を薙ぎ倒し、突風を吹き荒らす。幸せな家族の目の前に現れたのは竜。銀色の鱗を持つ、銀氷竜。おそらくはこれこそがイスリクスの真の姿……。


 男はイスリクスを認めるとすぐさま妻に子を連れて逃げろと叫んだ。妻は躊躇したが夫である男の危機迫る声に、それ以上足を留めることはできずに走り去った。

 イスリクスは逃げる妻子をすぐには追わず、目の前の男を竜の瞳で見つめる。その眼差しは憤怒と嫉妬に濡れて、そしてどこか哀しげだった。


「イスリクス……悪いのは俺だ。竜の掟を破った、俺が悪いんだ。だから二人には手を出すな……あの二人は俺にとって――」

 男の声はそこで途切れた。銀氷の息吹が彼の言葉を体ごと凍らせたからだ。そして、その言葉の続きを聞くことはなかった。竜の鋭き爪牙が無慈悲に男を破砕したからだ。

 後には氷の結晶と竜の虚しき咆哮だけが残る。



 銀氷が揺らぎ場面が変わる。先程の妻が子を抱いて、息も途切れ途切れに逃げていた。そこにイスリクスが空から正面へと舞い降りた。彼女の瞳にはもはや哀しみはなく、只々憤怒だけが占めていた。


 イスリクスは器用にも女から赤子を奪い去り、残った右手で女を鷲掴んだ。ぎりぎりと力を込めているようで、女の絶叫が響く。それが数分続いて……音が消えた。それは女の絶命を意味した。それから男と同じ運命をたどった。


 イスリクスはレシュアの両親を無惨にも殺害してから、しばし考え込んでいた。竜の手に収まる人間の赤子は握り潰せば簡単にその命を絶てる。しかし、イスリクスはそうすることはなく、レシュアを持って飛び去った。



 銀氷がまた揺らぎ、場面が変わる。レシュアは成長し、イスリクスを母と呼ぶようになっていた。それが実の両親の仇とも知らずに……。


「……また鼠を逃がそうとしたな? 何度無駄なことをする。もうわかっているだろう。お前が何をしようと妾に抗うことなぞできんと!」

 イスリクスは人の姿でレシュアを何度も蹴りつける。やがて、レシュアは意識を落とす。



「…………その顔、本当に反吐が出る。あの女にそっくりだ。竜を、彼を誘惑したあの女に……。それにだ。その翼、その角、まるで生き写しで妾の心を乱す。…………だが、お前には利用価値がある。今は殺しはしない。だが、抵抗できないような措置はしておこう」

 イクリクスは不気味に笑い、横たわるレシュアの翼に手をかけて――。



「もういい、もう十分だ」

 ゼナが渇いた声で言うと、竜は了承して銀氷を跡形もなく消した。



「今のが汝らが求めていた答えだ。我が一族、イスリクスはある同族を好いていた。しかし、竜が愛を育み子をなすのは千年に一度。彼女が愛を覚えた時はまだその瞬間には程遠い。そんな最中、件の竜が人間界を学びに飛び立ち、そして戻ってはこなかった。イスリクスは不安になり、制止も聞かずに飛び出した。そして見てしまったのだ。自分が愛を向ける相手が、あろうことか人と家族を成すという、禁忌を犯している事を。

 その時の彼女の心情がどうだったのか……汝らにも察するに余りあるだろう。それからは今見た通り、イスリクスは二人を殺し、レシュアを攫って、シクール村へ未だ報復をしているのだ」

 ソリュドは淡々と語った。


「そんなのただの八つ当たりじゃないの……ねえ、あなたは見てきたんでしょ? どうして助けようとら思わなかったの!?」

 リーズが一歩踏み出し詰め寄った、その瞬間――辺りに立ち込めていた霧が一気に晴れ渡り、その中を曝け出す。そこには竜が何体もこちらを囲むようにこちらを見つめていた。その凄みにリーズの動きが凍結する。


「この私が気付けないとはな……」

 メイが冷や汗混じりの声を出した。


「我らは下界の事には干渉しない。それが掟だ。例え同族といえど助けも罰しもしない」

 掟を破ったレシュアの父親と暴挙を働くイスリクスに嫌悪はしているが、決して介入しようとはしない。そこに竜としての誇りと傲慢をゼナは覚えた。


「……必要な情報は手に入れた。ありがとう、ソリュド。この情報でレシュアをこちら側に引き込む。そして……あなたたちの恥を僕らが制裁する。行こう、リーズ」

「行くって……どこへ、どうやって帰るの?」

「あっ……」

 ゼナは言われて辺りを見まわした。そこにはずらりと並ぶ竜と白い霧しかない。帰り道はおろか、来た道すらない。


「……どうしようか」

 ゼナは万事休すといった感じで項垂れた。先程までの冷静さが嘘のようだ。


「その心配はない。運び屋ならいるだろう?」

 メイがそう言って、指差したのは――。



「…………あいつらは無事なんだろうか」

 パチパチと弾ける暖炉の前でノズーキンは一人ごちる。時は黄昏、これから深い闇に移り変わろうとしている。彼らがどの程度の苦難を今まで乗り越えて来たのかはわからないが、夜の雪山はきっと堪える。だからと言って、連れ戻しに行こうと身を投げ出す覚悟と体力はノズーキンにはなかった。たがらこうして無事を祈るしかできない。



「……………ごっ……が……」

 暖炉の前で祈っていたせいか、ノズーキンはうつらうつらとし、そして眠りに落ちた。外は深い闇に変わっていた。


「………………っ!? な、なんだ!?」

 いびきをかき鳴らしていたノズーキンを現実へ飛び起こさせたのは大きな地響きだった。まるで巨大な何かがこの家の近くに降り立った、そんな感じた。

 ノズーキンは恐る恐る凍りついた窓に近づいて、擦り削り外を見た。


「嘘だろ……」

 それを目にした瞬間、上着も羽織らずに外へ飛び出した。


 夜空に色づいた雪原に降臨した銀色。それはノズーキンが幾年も憧れ、追い求め、真に信仰していた者だ。


「ああ、竜よ……!」

 ノズーキンは雪に膝を埋め、敬意を露わにしたその時、竜の方から聞き覚えのある声がして思わず頭をあげた。


 竜の背には見送った二人が元気な姿で乗っていた。


「お、お前たち!」

「やっほー! おっちゃん!」

「無事戻りました!」

 ゼナとリーズの二人は竜の背から飛び降り、ノズーキンの前に立つ。


「助かったよ、ソリュド」

「このぐらい造作もない」

 ごく自然に竜と会話するゼナにノズーキンはポカンとする。


「この人は僕らを送り出してくれた竜マニアのノズーキンって言うんだ」

 ゼナはソリュドに向けて、呆気に包まれている男を紹介した。


「存じている。我ら竜を純真な心で信仰している者だろう。上からいつも見えていた。……感謝をここに述べよう」

 ソリュドはあろうことかこうべを垂れた。


「おおおおおい、み、見たか!? なあ、見たか!? 竜か俺に頭を……」

「よかったじゃない、報われて」

 リーズが景気良くノズーキンの背を叩いた。


「そうだ、写真を撮りましょう! 二人の記念写真を」

 ゼナは懐から預けられた魔導カメラを出し、構えたがノズーキンは首を振った。


「写真はいい」

「え……!?」

「このお姿は俺の目に焼き付ける。写真に残すなんて烏滸がましいさ。これは俺の思い出に仕舞い込むんだ」

 ノズーキンは屈託のない表情でそう語った。


「……では我は戻るとしよう。人の子よ、汝らの武運を遥なる山脈から祈っているぞ」

 ソリュドは大いなる翼を羽ばたかせ、夜空に銀色を描いて消えた。


「僕らもシクール村に戻ろう。村長さんに報告しなくちゃ。ノズーキンさん、いろいろとありがとうございました。これお返しします」

「礼を言われるほどの事をしちゃいないさ。むしろこっちが感謝すべきだ。ありがとうな、ずっと憧れて止まなかった竜に合わせてくれて。今日は記念日にしよう。ああ、あとそのカメラはもらってくれ。俺が持っているよりずっといい」

「わかりました。本当にありがとうございました!」

 ゼナ達はノズーキンに改めて礼を述べて、ソリュドの竜山を後にした。


 

 暗く陰鬱とした書斎でシクール村の村長、ロトスはそわそわと体を動かしていた。ソリュドの竜山に向かった二人のことで気が気でないのだ。世界は既に夜を告げている。嫌な予感がロトスの心を占める。自信に満ちた笑顔が彼らの最期に……と、悲嘆にくれたその時、部屋のドアがノックされた。

 ロトスは慌ててドアを開けるとそこには、ゼナとリーズの二人が元気そうな姿で立っていた。


「……心配させおって」

 ロトスは安堵の笑顔を見せた。




「……以上が僕たちの見てきた全てです」

 ソリュドの竜山で見た真実を声を絞り出すようにして伝えた。


 ロトスは肩を震わせながらゼナの話しを聞いていた。

「わしの家族を奪った奴はずっとすぐ側にいたのか……。そうとは知らず奴の言いなりになって何人の尊い命を……こんなことが現実なのか」

 ロトスは己の拳を血が滲むほどに握りしめた。そこには愛する者を奪われた憤怒と悲哀を感じられた。


「明日この事実を村の皆さんにお話ししようと思います。そして生贄の日、明後日に僕たちがイスリクスの元に出向きこの悲劇に終止符を打ちます」

「……頼んだ。今のわしにはお前たちのような子どもに縋るしかできない。どうか邪竜を討ち取ったおくれ。そして、わしの家族を、孫を、レシュアを取り戻してほしい」

 項垂れ懇願するロトスの手にゼナとリーズはそっと手を添えた。


「……はい」

「任せなさい!」

 それぞれの返事を聞いてロトスの震えが少しは治った気がした。


「今日はもう真夜中だ。過酷な山に疲れただろう。ゆっくり眠りなさい」

 相変わらず項垂れたままにロトスはそう言い、ゼナ達は部屋を後にする。



「必ずこの村を救おう……」

「……ええ」

 二人は決意した。扉の向こうから聞こえる、啜り泣く声を狼煙にして。

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