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ゼロの旅路  作者: イフ
61/135

61.飛びだせ!!

 吹き荒ぶ雪の中、毅然と構える白銀の山。その入り口は来るものを呑み干してしまうほど大きく開いて、無謀な二人を出迎えていた。


「ノズーキンさん、行ってきます」

 入り口まで付き添った自称竜信仰者に礼を告げる。


「……帰ってこいよ。その、しゃ、写真が欲しいからな!? 決してお前たちを心配しているわけじゃ――」

「あーもう! わかったって! 写真も撮るし、無事にも帰ってくるわよ」

 相変わらず素直じゃないノズーキンにリーズが痺れを切らす。これから過酷な登山というのになんとも和やかな雰囲気だ。


「……わかった。行ってこい!」

 ノズーキンは親指を強く上に向けた。二人もそれに答えて同じ仕草をする。


「……行こうか」

 二人は息を呑んで竜山の胃の中へと入っていった。


 ソリュドの竜山の中はおそろしく冷たかった。それは気温のことだけではない。雰囲気そのものが冷たいのだ。生き物一ついやしない。もしかしたら微生物すらも存在しないのではないかと思うほどに、ここは生き物の存在が許されない空間。存在を許されるのは竜だけだと山が告げている。


「とりあえず道なりに進むしかないかな……メイはどう思う?」

 体の中でぐっすりと眠るメイを呼び起こす。


「それで構わん。ここに魔物などの危険はない。寒さと足場の悪さだけが命取りだ」

「だったら楽勝じゃない! ほらっ!」

 リーズは自慢するように炎を拳に宿した。確かに彼女がいれば寒さで凍え死ぬことはなさそうだ。


「よし、進もう。慎重にけれども早く。あまりのんびりしていると期限の日が来てしまう」

 リーズの炎を松明に二人は勇んで山の中を進んだ。


 ゼナはきょろきょろと辺りを見回しながら歩き、そして憂いた。ここはかつて竜信仰が盛んな信者の憩いの場に違いなかった。雪に産まれた崇拝のなれ果てがそれを物語っている。


「竜と人が共存する道はなかったのかな……」

「それは無理な話だ」

 ゼナの言葉にメイは小馬鹿にした声で返す。


「どうしてそう言い切れるんだ」

「かつて存在した竜信仰。それが純粋なものだと思ったのか?」

「え……」

 言葉の意味を捉えかねているゼナを横目にメイは続けた。


「いつの世にもどんな信仰にも純粋な感情はない。あるのは絶対的な畏怖の念。邪な思惑。人が竜を信仰したのは怖かったからだ。いつあの巨体がこちらに牙を向くのか……それが怖かった。故に人は竜を偶像崇拝の対象にした。言い換えれば媚び諂ったのさ。竜もそれを受け入れた。人が邪なら竜も邪だ。奴らもまた人が怖かった。力ではなんとでもなる。厄介なのはその知恵だ。人間は絶えず進化を続けていく。その進化は竜をも呑み込み蹂躙するかもしれない。だから崇拝に、諂っている状況を利用した。つまりはお互いに利得のある関係が竜信仰だ」

「じゃあ、どうしてその信仰が失われたわけ?」

 ゼナの思った疑問をリーズが代弁した。


「人間が竜を捨てたんだ。言った通りお前たちは進化した。魔力を操り、技術により発展し、世界を我が物で歩く知性体となった。そうなればもう怖いものはなしだ。竜だろうがなんだろうが世界を支配した人様には逆らえない。そう驕った。こうして竜への信仰心は霧散し、竜はただの神秘的生物に成り下がった」

「……じゃあ、あのイスリクスも身限り驕った人間を恨んで……」

 リーズが納得づけ、結論を出そうとした所をゼナは遮った。


「それは違うと思う」

「どうして? 十分な理由じゃない」

「恨んでいるのは確か……だけど、それにしては手段が回りくどい。七年も生贄を差し出させて、しかもそれを村人達の前で殺す。恨みよりも苦しませてやろうという感情が大きい。イスリクスは人そのものではなくシクール村と何か因縁がある」

 ゼナの推理にメイが短い拍手を送った。


「お前にしてはまともな推理だ」

「前段部分は不要だよ」

 ムッとしながらゼナは返した。


「それが正しいかは、兎にも角にもこの山を登って竜に聞き出すしかないわね」

「ああ、急ごう。イスリクスの悪行を止めなくちゃ」

 二人は氷雪の山中を駆け上っていく。



 山を登り進めてからどのくらいがだっただろう。ゼナたちは流石の疲弊を隠せない。この寒さの中ダラダラと汗を垂らした。


「本当に竜がいるのかしら……魔力の一つも感じないわよ……」

 リーズは氷の壁に背を預け項垂れた。


「……こっちも行き止まりだ。どうしよう手詰まりだ。後の道はこっちしか……」

 ゼナは目を向けた先を恐る恐る覗き込む。急斜面の氷の坂がこちらを呑み込まんとばかりにどっしりと構える。ここに飛び込めばたちまち奈落いきだろう。かと言って他に行くべき道も導もない。


「…………メイ、どうしたの?」

「……少し見てくる」

 メイはそう言って奈落への坂道へと入っていった。


「だ、大丈夫なの!?」

「お前たちのように軟弱じゃないんだ。見てくるぐらい造作もない。ただ、百メートルの距離制限はあるがな」

 メイはゼナから離れての行動が可能だが、その距離は僅か百メートル。これはゼナの乗っ取りに失敗した故の代償だ。この代償がなければ彼女はより強い身体を求めて、とっくにゼナから離れていただろう。


 メイを見送ってから時間にして三分。突如メイがゼナの目の前に瞬間移動してきた。驚きゼナは腰を抜かす。


「び、びっくりした……」

「チッ……引き戻されたか。まあいい、必要な情報は手に入った。この先に竜がいる。そのはずだ……」

 メイのその言葉に項垂れていたリーズが顔をあげる。しかし、すぐに微妙な表情を見せた。


「いっつもこっちを見下すような顔をするあんたが随分と歯切れのわるいこと……確信はないのね」

 リーズに図星をつかれたのか、メイは不機嫌に舌打ちした。


「お前に悟られるのは癪だがその通りだ。この氷坂の先は崖っぷちの奈落だ。しかし、そこには銀氷の霧が何かを隠すように漂っていた。特段魔力も感じない霧。ただの霧と言われればそれでお終いだが……私には不自然に感じるのだ」

「つまりあんたのその勘を信じてこの穴に飛び込めって言うの? それじゃあ本当に自殺志願者じゃない」

 リーズが呆れたように言い放ち、メイはそっぽを向いて口を閉ざす。冷えたこの空間がさらに冷え込んだように思えた。そんな二人を交互に見ながらゼナは考える。メイの見たものを信じて飛び込むか、リーズの正論を受け止めるか。けれど既に選択肢は絞られている気がした。

 

 このまま別の道を探しに言こうにも時間が足りない。もたもたしていると生贄の日が……いやその前に夜の山に殺されてしまう。こうなったら覚悟を決めるべきだ。


 ゼナは深い深呼吸をして、それから自分の両頬を強く叩いた。冷気も相まってかかなりの衝撃が走り少し涙が滲んだ。そんなゼナを二人は不思議そうに見る。


「メイの見たものを信じる。この穴の先に行こう」

「あんた正気!? もしなんにもなかったら奈落に骨を埋めることになるわよ」

「……かもね。でも、ここで議論していても凍え死ぬだけだ。それなら僕は僅かでも可能性のある方を選びたい」

 メイの方を向き、頷く。彼女は微妙な顔をしながらもどこか嬉しそうだった。


「……あーもうっ、わかったわ。こうなったら腹を括る。あんたにそう言われちゃったら、歳上の私がごちゃごちゃと喚くわけにはいかないしね! それでどういう作戦でいくの?」

「メイ、見てきたものを教えてくれる?」

 待ってました、と言わんばかりにメイは宙に立ち、まるで授業をするかのように空中に魔力の線で図を描き始めた。


「この穴に入ると氷の斜面がお前たちを運ぶ。そうして見えてくるのは大口を開けた奈落と、件の霧だ」

「あっ! もしかしてその斜面の勢いで霧まで飛ぶってこと!?」

 リーズが思いついたまま自分の考えを語る。メイはそれを冷静に受け止めた。


「そう逸るな。そうだな、その考えは半分は正解だ。勢いを利用するのは間違いないのだが、それにはまず角度が足りない。お前たちが射出される穴の終わりは実に平坦でそのまま行けば、ただただ奈落に落ちるのみだ」

「……わかった、創造魔法だ! その穴の終わりに飛び出し台のようなものを作れば……」

 今度はゼナが口を挟んだ。メイは景気良く指を鳴らした。


「その通りだ。それがあればお前たちをやまなりに飛ばせる。しかし、まだ問題を孕んでいる。それは吹き付ける吹雪だ。今のままでは吹雪に邪魔をされ、思うような方向に飛ぶのは困難と言えよう。そこでイスリクスから逃げた時のあれをつかう」

 メイの視線がリーズに向かう。


「なるほど……私の炎を加速装置にするわけね。任せなさい。吹雪程度に負けはしないわよ!」

 リーズの手甲から力強い炎が燃え上がった。


「作戦は以上だ。魔法の発動タイミングは私が合図する。お前たちは魔法を使う事だけに集中しろ。一つのミスが命取りだ。こんな雪山で終わりたくはないだろ? 私とてそうだ。だいたい、これは魔王とは何ら関係のない――」

 寄り道だったことを思い出したのか、メイは愚痴愚痴と文句を垂らし始めた。そんな彼女をどうにか宥め、二人は決死の作戦へと挑む。



「大丈夫? 重くない?」

 ゼナは今、リーズをお姫様抱っこの体勢で持ち上げていた。この姿勢が彼女の炎を加速装置にするにはもってこいなのだ。


「……お、重い……」

「ちょっと!? はっきり言うんじゃないわよ!」

 首に回した腕がゼナを締め上げた。


「ふん、ちっとはその筋肉を減らしたらどうだ?」

 メイはここぞとばかりに憎たらしい発言をする。


「うっさいわね! ゼナ、踏ん張りなさいよ」

「……メイ、身体強化を……」

 そう言うと体が途端に軽くなりメイをまるで雲のように持ち上げた。


「釈然としないけど、まあいいわ。準備完了ね?」

 リーズの問いかけにゼナは頷く。そうしてあんぐりと開いた穴の前へと立つ。


「よし……」

 深呼吸を入れ、ゼナは足を奈落への氷坂にかけた。


「行くぞっ!!」

 自分の背中を押すような掛け声にゼナたちは坂を滑り始め。氷坂と言うだけあってか、ゼナたちは瞬く間に加速する。もはやブレーキなど踏めず、戻ることも許されない。


「リーズっ! 道中の氷晶が邪魔だ、撃ち壊せ!」

 メイが体の中から叫んだ。前方には巨大な氷晶が二人を突き刺さんとばかりに待ち構えていた。リーズはゼナの首から右手を外し、指示通り正確に魔炎の弾を打ち込んだ。見事に氷晶は砕け散り、道が開けた。


「ふんっ! どんなもんよっ!」

 リーズは自慢げに鼻を鳴らした。




「……そろそろ出口だ。ゼナ、魔法準備は……」

「完璧だ、いつでもいける!」


 視界に外の世界が映る。つまりは終点だ。吹き付ける恐ろしげな吹雪と目的の銀氷の霧を捉えた。


 ――臆するな、信じろ。己と仲間を。信じて飛び込め!


「3……2……1……今だっ!」

 メイの合図が頭に反響する。ゼナは穴の終点であり奈落の入り口でもある場所に頭に描いた想像を創造する。ゼナたちを射出するのに持ってこいの氷の台が現れた。二人はそこへ突き進んで――――飛んだ。



 吹雪の中に一筋の放物線が描かれる。しかし、それは今にも乱され、あらぬ方向へと堕とされようとしていた。


「――リーズっ!!」

 メイが合図を叫ぶ。

 リーズはゼナにがっしりとしがみつき、右の掌を後方に向けて、

爆裂する魔炎(ブラス・イグス)――!!」

 彼女の詠唱の乗った渾身の炎はゼナたちを突き進め、白い世界に紅い一筋を描いた。

 吹雪などもろともしない勢いで霧の中へと堕ちていく。


「うおおおおっ――!!」

 ゼナは咆哮する。この先に竜がいると信じて。でなければ気が狂いそうだった。肌に感じるのは酷く冷たい霧。視界に映るのはどこまでも続く銀。この世界に永遠に閉じ込められたのではないかと思えるほどに……何もない。


 決して諦めるな、絶望するな。

 ゼナは自分に言い聞かせる。


 全員の力を合わせて飛び込んだんだ。僕らが何も成せずにここで終わるなんてありえない。応えてくれ、竜よ!! 

 これが僕らの覚悟だ。命を投げ出す覚悟で来た! だから応えてくれ! 人の想いに! 誰かを助けようとするその意思にどうか報いを――!!


 ゼナが必死に竜に呼びかけたその時、変わる事のなかった景色が揺らいだ。そして――。



「………ここ……は?」

 眼を開けるとそこには、柔らかな雪原が広がっていた。先程までの凍てついた空気が嘘のように消え去っていた。


「どうにか成功したようだな……」

 メイが辺りを警戒しながら体の中から現れた。


「…………はっ! ど、どうなったの!?」

 大の字でうつ伏せになっていたリーズも飛び起きた。


「全員無事みたいだね」

 ゼナはホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、とてつもない威圧感(プレッシャー)が前の方から押し寄せた。


「こいつは……くるぞ……」

 メイが警戒しながら威圧感の発生源を睨む。二人も習って構えた。


 徐々に威圧感の元に銀氷の霧が集まり、それはやがて一つの生命体の形を創りあげる。

 全てを押し潰す巨大な体躯。鋭い爪牙。空を支配する翼。

 二人は思い知った。かつての人間が恐怖故、竜を信仰したその理由が。


 目の前に現れた竜は余りにも強大であった。ゼナたち人間を簡単に蹂躙できる。


 竜がその口を開いた。その声色は威厳に満ち、尚且つどこか慈しむがあった。


「人間がこの地に足を踏み入れるのは実に数千年ぶりだ。歓迎はしないが名は名乗っておこう。我が名はソリュド。その名の通り、この竜山の主なるものだ」


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