60.真実の竜山へ
「お父さん。私、この子を立派な子に育てて見せるわ。シクール村で一番の子に……お父さんみたいなかっこいい人になっ……て……ほ――」
「…………!?」
朧げて懐かしい夢からロトスは目覚めた。娘が夢に現れるのは本当に久しぶりだった。懐かしさとそれ以上の悲しみと虚しさがロトスをどうしようもなく落涙させた。
コンコンッ。
悲嘆に暮れていると部屋をノックする音が響いた。慌てて涙を拭いとり、ドアを開ける。そこには神妙な顔をした少年が立っていた。
名前は確かゼナと言った。シクール村にふらりと訪れ、村の惨状を知ってか無謀に竜穴へと飛び込んだ少年。そしてあのドラゴニュートの名前がレシュアという情報を持ち帰ってきた。
「……何かようかね。朝食にはまだ早いんじゃない――」
「お話があります」
ロトスの言葉を遮るようにゼナは低い声を出した。
「レシュアについて聞かせてください」
ゼナ、リーズ、ロトスの三人は客間に集まった。こうして集まるのは三回目だが空気が今までで一番重苦しい。こういった空気が苦手なのかリーズはどこかソワソワしている。メイは相変わらずの表情で宙に座っていた。
「……わしには娘がいた」
長い沈黙を経て、ロトスが口を開いた。
「太陽のように明るい子だった。わしの一番の宝物だ。そんな娘がある時、一人の青年を連れてきた。その青年は酷く傷つき衰弱していて、偶然森に採取にいった娘に助けられたのだ。娘は青年を必死に看病した。そして二人が恋仲になるのにそう時間は掛からなかった。わしもあの青年を気に入っていた。どこか神秘的で透明感のある男だった。まるで人ではないと思えるほどに……やがて娘とその男は結ばれ、男の子を授かり、娘はその子にレシュアと名付けた」
「それから……娘さん一家はどう……なったんですか?」
ゼナは震えを抑えた声で聞く。現実を理解しているばかりに聞いてしまうのを恐れたのだ。しかし、聞かねばならない。この真実なくして誰も救えない。
「孫が産まれて二年ほどたった時、三人は森に散歩に出かけ、誰一人帰って来ることはなかった。そしてそれから七年以上たった。今では家族を探す気力もなく、わしは竜に蝕まれた村の為に若者を殺す悪魔になれ果てた。だけど……お主らはそんなわしに希望をくれた。孫の名前を。孫が生きているという希望をな」
「……あのレシュアはドラゴニュート。つまりそれは彼の父親が竜という事になります」
ゼナの言葉にロトスは噛み締め深く頷いた。
「……あの男から感じた神秘的な雰囲気。それはあやつが竜であったからと、今では納得できる。娘は竜に恋したのだ」
「……だとすると謎が残るわ。あのイスリクスって竜は何者なの? どうしてレシュアの母を騙るわけ?」
ようやくこの雰囲気に慣れたのかリーズが疑問を口にする。その問いに二人は口を閉ざした。そう、レシュアの正体が判明したところで、イスリクスをどうにかできるわけではない。未だ、竜がシクール村を脅かす論理的な理由がわからない。最も、あの邪竜にそんなものないのかもしれないが……。
「どうにかレシュアをこちら側に引き込めないだろうか? 彼の力はきっとイスリクスを倒す力になる」
「けど、そのためには彼を納得させる為の根拠が必要不可欠よ。今の私たちの話しはあくまで明確な根拠のない仮定の話しよ」
二人はゴールの見えない議論を重ねていく。そんな二人をロトスは何か思案するように見ていた。
「……村長さん、何か考えでも?」
ゼナが話しかけると村長は狼狽して目を逸らした。
「教えて! 今はどんな情報でも欲しいわ!」
すかさずリーズが詰め寄り、村長の逃げ場を塞いだ。
「……ここより北の地に『ソリュドの竜山』という山が聳え立っておる。そこには名前の通り、竜が住み我らの下界を見守っていると、そういった伝承が存在しているのだ。もしそこに辿り着けたなら……事の真実を知れるかもしれぬ」
「何よ、簡単な方法があるじゃない」
リーズが軽い口調で言った。
「甘く見ん方が身のためじゃぞ。あそこは極寒の険しい山だ。わざわざ登るのは自殺志願者か気狂いのどちらかしかおらん」
恐ろし気な顔で村長は二人に凄むが、ゼナとリーズは怖気付きはしない。
「僕達はそのどちらでもありません。可能性があるならそれを掴みに行くだけです。それに……僕達はただの子どもじゃありませんから」
チラリと宙に浮く相棒に目を向ける。彼女は「私を誰だと思っている?」と言わんばかりの表情を見せた。
「しかし……」
尚もロトスは言い淀むがその眼は泳いでいる。彼の中で真実を知りたい気持ちと子どもである二人を危地へ向かわせる事への嫌悪が衝突しているのだ。
「だったらこうしましょ! じいちゃんは私たちに美味しい朝食をご馳走する。そのお礼に私たちが竜山に向かう。これならお互いに後腐れないじゃない」
「うん、それいいアイディアだ。さっきから腹の虫が暴れ出しそうだったからね」
二人はとても釣り合わない不利条件を提案し笑いあった。その光景にロトスは胸打たれる。知り合ってたった一日ほどだと言うのに彼らは危険を安請け合いした。そこに打算などない。ただ純粋に誰かを助けたいという想いが込められている。
ならば取る選択肢は一つだ。彼らが無事に山に辿り着き、そして必ず帰って来られるように美味いものを喰わせてやる事だ。それが自分にできる彼らへの想い……ロトスは決心し、暗い瞳に光を宿すのだった。
「ゼナ〜今どこら辺?」
雪吹き荒ぶ中、リーズがうんざりとした声で聞いた。
「もうすぐだ! 多分……」
ゼナはロトスに貰った古ぼけた地図に目を凝らす。ソリュドの竜山は普通の地図からは消滅している。これは人間の竜信仰の薄れが原因だ。
遥か昔、人と竜には親しい交流があった。それがいつしかから崩れさった。竜が人間を見限ったのか、人間が竜を捨てたのか、その真偽はわからない。とにかくそういった確執があるのは確かなようだ。故にドラゴニュートや竜人が疎まれたりするらしい。
「ねえ! あそこ、なんかあるわよ」
吹雪の中でリーズは指差す。その先には一軒の小屋があった。
もしかしたらあれが……。ゼナはロトスの話を思い出す。竜山の麓には今も竜信仰の深い者が住んでいる。たどり着いたのなら話を聞いてみるといいと。
きっとあれがその人物の住処だ。
二人は逸る気持ちを抑えながらも雪原を踏み抜き小屋へと走った。
「すみません! どなたかいらっしゃいますか!?」
寒さに震えながら扉を叩く。少しの間があって隔ての向こうから声がした。
「なんだぁ? シクールの奴らか? 帰んな。アンタらに語ることなんてない。精々そこで寒さに震えればいい……ガハハハ!」
馬鹿にしたような酔っ払いの声が帰ってきた。この寒々とした状況も相まってそれは二人の神経を逆撫でる。
「この扉をぶち壊して強行突破しようかしら」
リーズが拳に力を込め始めたので慌てて止める。その慌てようが伝わったのか中からまた笑い声が響く。
「こういう時は……」
ゼナはしばし顎に手を置き……閃いた。
「あの! 僕たちはシクール村の者ではありません。あなたが竜にお詳しいとお聞きして、遥々雪の中を歩いて来たのです。どうか無知な僕たちにあなたの素晴らしい竜のお話をお聞かせ願いませんか!?」
最後は迫真な懇願する声を出した。すると扉の向こうの主はその言葉に打たれたのか満足そうな声で、
「待っていろ、今扉を開けよう」
と、言った。
「……あんた、演技の道に進んでもいいんじゃない? 中々悪くないわよ」
リーズが小声で言う。
「路銀に困った時はそうしようか」
たわいもない会話をしていると、鍵をガチャガチャといじくる音が聞こえ、立て付けの悪さを疲労しながら扉が開いた。
「さあ、入んな」
中から現れたのはバリトン声を響かせ、酒臭さを纏う顎髭の目立つ初老の男性だ。
寒さに震えていた二人は遠慮する事なく中に飛び込んだ。
「ようこそ、我が家へ。俺はノズーキンって名前だ。ここでかれこれ二十年、竜について調べている」
ノズーキンに軽い自己紹介をして、二人は部屋を見渡した。まるで小さな研究室だった。至る所に竜についての文献が見受けられる。ただの竜マニアではないようだ。
「それで何を知りたいんだ?」
ノズーキンに問われ、ゼナはまず頭を下げて謝罪した。自分たちがシクール村から来た事と、竜を倒すための情報を聞くために竜山へ登る事、つまりは嘘をついた事を。
「なんでい……そういうことかい。お前たちロトスの奴に頼まれたのか? いや、今のあいつがわざわざ頼んだりしねえか。つうことは、お前たちはただの命知らずのバカってだけか、ガハハハハハハっ!」
ノズーキンは蔑んだ目で大いに笑い、リーズの顔に青筋が立つ。ゼナはあくまで冷静な姿勢を崩さない。
「ノズーキンさんはあの竜、イスリクスの事をどう思っていますか?」
「あん? ……そうだな俺にしちゃあれは竜だが竜じゃねえ。竜ってのはな、何物にも触れず触れられず。昔からこう決まってんだ。それが竜信仰よ! だのにあれは村を襲い蝕みやがる。竜として、なっちゃいねえんだ」
自分で話して怒りが沸いたのか酒瓶を雑に口に運ぶ。
「僕たちはイスリクスを倒すためのヒントを求めてソリュドの竜山を登ろうと思います」
「そうかい。やめておいたほうが身のためだと思うがな。俺も若い頃はあの山を目指したさ。一目でいいから竜に相見えたくてな。だが、あそこは竜の誇り高さを示すように厳しい道のりだ。たかが子どものお前らがいったところで屍を埋めるだけだぜ?」
「それでも私たちは行かなければならないわ。これ以上の犠牲を出したくない」
リーズは悔しさと怒りに満ちた拳を打ち合わせ、高らかに宣言した。
「……まあ、あれは俺からしても目に余るからな。倒してくれるならありがたいが……お前たちに託すのはやっぱり気が引けるぜ」
その言葉にゼナとリーズは顔を合わせて笑った。
「私たちはおっさんが思ってるような子どもじゃないの。とんでもない修羅場を潜り抜けてきたんだから。ねっ!」
「ああ、僕たちはこんなところで燻れない!」
とは言いつつも子どもらしい驕りを見せる二人にノズーキンは苦笑した。
「そうかい。だったらもう止めやしない。確かにそこらのガキではなさそうだしな。……そうだ、ちょっと待ってろ」
ノズーキンは散らかった部屋をさらに散らかしはじめた。
「……あったあった。どれ動くかな…………よしっ!」
「ノズーキンさん? それは――」
ゼナが問いかけた時、ノズーキンが見つけ出したそれから光が一瞬浮かび二人に向けられた。
「それって……魔導カメラ?」
リーズの指摘に頷く。
「ああ、そうだ。これは魔力によって画角に抑えた光景を切り出し、さらにその場で現像も可能だ……ほれっ」
ノズーキンがさっそくカメラから吐き出された写真を見せた。光に目を瞑る、なんとも間抜けな二人がそこにはいた。
「こいつをお前たちに託す。これで竜の写真を撮ってきてほしい。貴重な資料になる」
「はは〜ん、なるほどなるほど」
途端にリーズがニヤニヤしながらノズーキンを見つめた。
「な、なんだよ……」
「つまりこのカメラは生きて帰って来いって、遠回しに伝えてるのね。まったくツンデレなんだから!」
「う、うるさいぞ! ガキがぁ! 俺は竜の写真があわよくば欲しいだけで、お前らの無事なんぞ祈ってない」
まったく本心を隠せていないノズーキンに二人は微笑んだ。ゼナはカメラを受け取り大事にしまい込む。
「任せてください。写真をとってきて、必ず……帰って来ます」
ゼナが真剣な顔で宣言し、ノズーキンも頷き返す。二人は自然に握手を交わした。
「よしっ! それじゃあ出発しましょ。ソリュドの竜山へ!」
リーズが拳を掲げ、遥な挑戦への火蓋が切って落とされた。




