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ゼロの旅路  作者: イフ
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6.再会

 洞窟に運びこまれる冷たい風によってゼナは過去から呼び戻された。


「懐かしい夢を……見ていた」

 箱に繋がる唯一の手掛かりを見つけ驚愕し真実から背いた日の夢を……


 睡眠から解放された目を擦りながら、ゼナは腰を上げ箱の前に立ち上がった。


 件の箱はあの頃と変わらず洞窟の主を続けている。例の気配は相変わらず感じ取れない。

 

 ゼナは箱を一瞥し、出口へ歩んだ。

 その時、突如の揺れを感じた。思わず体勢を崩し、地面に突っ伏した。激しい地響きがゼナを襲った。


 パシーク村に生まれてから今まで、ゼナは地震というものを経験したことがなかった。だから不意に訪れた揺れは、未知なる恐怖であり、頭を抱えてうずくまるしかなかった。

そんなゼナを嘲笑うかのように大地は震え続けた。


 やがて揺れは治った。時間にして一分ほどの揺れだっただろうか。だが初めて地震を経験したゼナには何時間にも感じられる恐怖体験であった。


 頭と背中は天井から落ちた砂塵が降り積もっていた。洞窟が崩れ落ちなかっただけでも儲け物だが、不快感は否めない。


 ゼナは砂塵を振り払いながら、よろよろと立ち上がった。揺れの余韻からか少しふらつく。


「早く出なくちゃ……」

 ゼナは地震を体験したのは初めてだが知識としては頭に入っている。揺れが起きた後にもう一度揺れが発生することがある。余震というやつだ。

 また揺れが起きては洞窟も無事かどうかは怪しい。


 ゼナは入り口へ一歩進む。だが二歩目はピタッと止まってしまった。眼前にはゼナを絶望させるには十分な状況が展開されていた。


 洞窟唯一の出入り口は土砂で生む尽くされ、自然豊かな緑は茶黒い土色に上塗りされていた。


 ゼナは茫然と土砂の壁を見つめる。厭な汗が背中を駆け始めた。


「閉じ込められた……」


 この場所は恐らくゼナしか知らない。見つけて以来、誰にも口外していないのだからそうに違いない。仮に知っていたとしても、一番に探しにくる場所でもない。助けはこないと言っていい。


 ゼナはひとまず入り口に近づいた。土砂は隙間なく洞窟を封印している。もはや入り口の階段すらも土砂の犠牲者だ。

素手で無理矢理にもどかそうとしたが、爪の間が黒くなっただけだった。


 今の状況はチェスで言うならばチェック。いやチェックメイトだ。逆転の一手は何一つない。

この場において身一つの少年は無力でしかなかった。


 ゼナは悔しげに唇を噛む。魔法、魔法さえあればこんな盤面、簡単にひっくり返せるのに……


 頭に魔法を使ってこの場から華麗に脱出する幼なじみの二人が想像できた。


 ゼナは役立たずな自分を恨んだ。恨むしか出来なかった。恨んでも何にもならないと理解しながら……


 力強く握りしめた拳の力を抜き、脱力と重力に引っ張られて地面に座り込んだ。その時、洞窟内の空気が一変した。ひんやりとした冷気が悍ましい寒気に……


 この寒気には覚えがあった。忘れる筈もない。そう、あの雨の日に、ここに初めてきた日に、箱から漏れ出ていたものと全く同じだ。さらに答え合わせをするように、例の気配までもが蘇った。


 ゼナは歯をカチカチと鳴らした。寒いからでは決してなく、純粋な恐怖が全身を震わせたのだ。

 密室の洞窟に得体の知れない何かと二人っきり。その状況はゼナを絶望からさらに絶望へと叩き落とす。


 しかし、後ろの気配は動く気配を見せない。ただジッとこちらを見つめるのみだ。

 もしかしたら、悪いやつではないのかもしれない。相手も自分に恐怖し、当惑しているのではないか。そんな楽観的思考がゼナの脳内を駆け巡った。


 洞窟に閉じ込められた今、脱出の頼りになりそうなのは背後の何者ぐらいしかないのだ。怖いからと言って目を背けていては何も始まらない。意を決してゼナは振り返った。


 そこには地面に落ちて割れてしまった箱がゼナを見上げていた。だが、ゼナは一瞥もしない。なぜなら箱の真上に座するものに目を奪われてしまったからだ。


 それは”光”。あの夢で見たものと似たり寄ったりなものが宙を漂っていた。


「君は誰だ?」

 ゼナは二の一番にその言葉出た。まるで光と意思疎通が可能だと最初から知っていたように。


 光は何も喋らない。はたして喋らないのか喋れないのか。光はゼナをじっと見つめている。だが、ゼナにはわかっている。

相手は決して喋れないのではなく喋らないのだ。殊更に沈黙を貫いている。何かを企む様に……


 ゼナは両頬をパチンと叩いた。自分を鼓舞し、光と対話するために一歩踏み出した。このまま土臭い牢獄で互いに牽制し合っていては埒が開かない。


 覚悟を決めて光に触れることにした。喋らならないのなら喋らせるまでだ。


 光に触れるまで指先一つの距離に近づいた。緊張で全身に流れる血が沸き立つのを感じる。もう少しで……


 しかし次の瞬間、光は予想外の動きを見せた。勢いよく、ゼナに向かって突進してきたのだ。


「うわっ!」

 突然の挙動にゼナは仰け反った。腕を顔の前に持っていき防御姿勢をとったが、光は顔ではなく体を狙い澄ました。

……そして光は体の中に入ってしまった。



「…………」

 光はすっかり体の中へと消え失せてしまった。洞窟は再び薄暗い牢獄に戻った。


 ゼナは自分の心臓に手を当てる。心臓は静かな鼓動を奏でていた。大丈夫だ……体はなんとも……いや違う。

 今し方、衝撃的な事が起きたばかりだ。だのに心臓は落ち着きを払いすぎている。まるで何かに調整されたように……


 ゼナの違和感は当たっていた。答え合わせのようにゼナの呼吸が乱れ始めた。調えようと努力したが徒労に終わる。

次に心臓が激しく鳴った。さっきの落ち着き様は嵐の前の静けさだった。ゼナの心臓は爆音で打ち鳴らされている。


「……ゔぅ……あ…っ…」

 まともに言葉を紡ぐ事もできずに胸を抑えて膝をついた。


 痛い痛い痛い……!

 心臓に壮絶な痛みが迸る。


 ゼナは身を捩らせ痛みに喘ぐ。もはや涙もでない。荒い呼吸だけが洞窟に響き渡るばかりだ。

 

 やがてはそんな喘ぎも途絶えた。目からは色が消え、手足は冷たくなり、意識は朧げな霧の中へ……


 光は最初からゼナを惨苦させることが目的だったのだろうか。いや、理由理屈そんなものはどうでもいい。もう死んでしまうのだから……

 ゼナは自ら目を瞑り、心の中で呟いた。


 魔法を……使いたかったな。


 そしてゆっくりと人生に幕が下ろされるのを待った。


 しかし、いつまで経っても幕は降りてこなかった。それどころか手足は感覚を取り戻し、鼓動は一定のリズムを奏でていた。耐え難い苦しみも忽然と消えてしまった

 痛みに耐えた証拠である汗だけが残った。


「生きてる……」

 ゼナは手足を動かして自分の生を実感する。

「よかっ…」

 安堵のため息を吐こうとしたその時、声がした。

……っ……シ……


 その声は途切れ途切れで何を言いたいのかよくわからないが、確かに聞こえた。ゼナは声の招待を探し洞窟内を見まわした。だが、ここにはゼナ一人しかいない。いるとすれば……


 ゼナは胸に手を当てて、耳を澄ませた。

 しっ……イ…した……ッぱ…いシた……


 聞こえた。さっきより多少歯切れの良い声がゼナの頭に響き渡った。間違いない。この声は体の中から発せられたものだ。


 光。あれだ。あれはやはり意思を有している。


 ゼナは得体の知れない生命が自分の体に居る事実に、不安と好奇を覚える。


「君は誰だ」

 また同じ問いを投げた。


 シッパいシた。


 ゼナの問いには答えなかったが今度は完璧な言葉で喋った。


 失敗した。確かにそう聞こえた。失敗? いったい何を……


「失敗ってどういう……」

 質問しようとした矢先、また胸が激しく鳴り響いた。

ゼナも先程同様、胸を抑えた。しかし今度は痛みはない。息も苦しくない。この鼓動は苦しめるためのものでなく「ここから出せ」という光の講義と受け取るべきか。


 ゼナは迷った。こいつを解き放ってよいいのか。確かに正体は気になる。聞きたい事も山程ある。しかしこの手を離してはいけない。という警告が頭に鳴り響いて仕方ない。


 逡巡の果てにゼナは手を離した。痛みはないが胸の熱さと鼓動の騒音に耐えきれなかった。

鎖から解放された光は勢いよくゼナから飛び出した。


 光は煌々と輝き、ゼナを蔑むように宙に留まった。


『はあ、まったく最悪だ』

 光はぐぐもった声で悪態をついた。そんな光をゼナは最大限の警戒心で見つめ返す。


 これが箱の中の正体。ずっと追い求め諦めた存在。ついに対面できたというのに、ゼナは何故か何も嬉しくなかった。


『そうビビるな』

 光が喋った。頭に直接不快な声が響いてくる。


「この状況でビビらないほうが難しいだろ」

 ゼナは震える声を悟られないよう精一杯の虚勢を張った。


『うーむ。そうだな。ちょっと待て』

 そう言うと光は沈黙に沈んだ。


 ゼナは警戒を緩めず光を凝視する。ピリついた空気が洞窟内に充満していき、汗がじっとりと体を濡らす。


 しばしの時を経て、それは始まった。光が強く瞬き始めたのだ。あまりの光量にゼナは目を細める。


 眩しさを必死に遮りながらゼナは光を覗き込んだ。

すると、異様な光景を目にした。


 光は球体の形状から別の何かに変わろうとしていた。完璧な丸を徐々に崩し、触手の様に自身を伸ばしている。その行為は光が放つ美しさでも到底庇いきれないほど、不気味で悍ましかった。


 ゼナは本能的な恐怖を感じ、後ずさった。だが土の牢獄は怯える囚人を掴んで離さない。


 洞窟内の光量が少しずつ弱まっていく。ゼナは目をしばたたきながら光を見た。そこには先程以上の驚愕が待っていた。


 人だ。その姿は紛れもなく人間の形をしていた。体格は女性、それも少女。のっぺらぼうの光る少女がゼナの前に降臨した。


 ゼナが口を開けて光女を見つめていると、彼女は次の行動に移った。純白の体に服が纏われていく。ゼナはその服には見覚えがあった……記憶に新しい。


 まさか……


 ゼナの考えは当たってしまった。

 魔法学園の白いローブ……今朝マリアが自慢げに披露したものと全く同じものを光は着こなしていた。


 これはいったいなんなんだ……


 ゼナはただ困惑するばかりだ。そんな戸惑いを少女は構う事なく最後の仕上げに着手する。


 白い頭から髪が生える。勢いよく伸び、肩で止まる。

続いて目を、鼻を、口を、耳を、顔を創った。


 マリア。見間違えるはずもなかった。幼い頃から一緒にいる幼なじみ。それが今ゼナの目の前に漂っている。


 しかし、マリア本人ではないという事は理解できる。宙に浮遊し、全身が白く、精気を感じさせない姿。それはとても人とは言えない。まるで絵本に出てくる幽霊そのものだ。


「誰だ……」

 ゼナはもう何度目かわからない問いをマリアもどきにぶつけた。


『話しやすいようにこの姿を選択したのだが、余計に警戒しているのは何故だ?』

 マリア? は、はっきりと喋った。先程の不快感を纏った声は聞き覚えしかない耳障りの良い声に変わっていた。


「…………」

 ゼナはごくりと唾を呑む。何一つ理解できないが、事態は良い方向へと向かっていない事だけはわかる。


『そうだな、まずは自己紹介をしよう』

 光が眼前までにじりよってきた。


『私は魔力。十四年前に封印されたお前の魔力だ』

 マリアの姿をした光はそう言って不敵に微笑んだ。


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