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ゼロの旅路  作者: イフ
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59.レシュア

「質問に応えよ。このイスリクス様に何用だと聞いている。下賤な侵入者め」

「……お前を倒しにきた」

 ゼナの言葉にイスリクスは腹を抱えて笑った。


「カカカカっ。主が、妾を? 傑作な冗談を言う。主や見ぬ顔だな。シクール村の話を聞いて正義感に当てられた愚か者と言ったところか……カカカカっ」

「………………」

「図星か。ならば知っておろう? そう言った愚か者がどんな運命を辿ったか」

 邪悪な笑みを浮かべながらイスリクスカは突きつけられた剣をもろともせずにゼナに迫った。


「全員、お前に殺された……」

「その通り。妾の息吹の前に凍りつき、全てが砕け散った。主もその最期を御所望であろう?」

 冷え切った手がゼナの頬を撫で上げ、全身が震えた。


「お前の目的はなんだ!? 何の為に生贄を欲する!?」

「……下等な人間ごときが知る必要はない」

 イスリクスは途端に不機嫌になりそっぽを向いて吐き捨てた。


「では、質問を変える。その下等な人間を後生大事に保存している理由はなんだ?」

 次いでメイが質問した。ゼナはメイの言葉の意味がわからず問いただす。


「あの壁の奥に人間の魔力を感じる。おそらく生贄として差し出された奴だ。てっきり殺しているものと思ったんだが生きている。どういう訳か是が非でも知りたいもんだ」

「……それぐらいは語ってやろう」

 イスリクスは指を鳴らす。すると件の壁にヒビが入り、そして砕け散った。


「……………………」

 ゼナは息を呑む。そんなゼナを彼女は丁寧な仕草で進めと促した。ジリジリと離れ、砕けた壁に向かい覗きこんだ。


「こ、これは……!?」

 壁の中には氷漬けにされた人々が保管されていた。皆、恐怖に引き攣った顔のまま氷結の中に存在している。


「安心しろ、みんなはまだ生きている。冷凍保存されているだけだ」

 背後からイスリクスの愉悦めいた笑い声が響く。


「……本当に何が目的だ!?」

「こやつらをシクール村の連中の前で砕く。死んだものと思っていたもの達が生きていたという安堵、それが瞬く間に絶望に塗り替わる。その時、奴らはどんな顔をするのか……妾はそれが見たいのだ」

 イスリクスはまるで夢を語るかのような表情を見せた。


「………………」

 ゼナは固まり絶句してしまった。

 目の前にいる竜は魔力を集めるでも、己の力を高めるでもなんでもない。ただ苦しめ、その表情を見たいという、傲慢で悪逆な行為をなんの痛みも感じずに語る化け物だ。


「そう怯えるな、矮小な人間よ。主もその一部に加えてやろう。死までの時間を氷獄の中で過ごすといい」

 厭らしい薄ら笑いを浮かべるとイスリクスの口から銀氷の吐息が漏れ出し――。

 


「あんた、どういうつもり?」

 リーズは抵抗などまるでないドラゴニュートの少年に問いただす。


「……俺は命が無駄に散るのを避けたいだけだ」

 少年は地に伏せたままか細い声で語る。


「生贄を差し出させておいてその発言、矛盾もいいところだわ。答えなさい。あんたは、あんたの親玉は、一体全体何のためにあの村を苦しめるの?」

「……それは……復讐だ……」

「復讐……!?」

 その言葉にますます竜の意図がわからなくなった。人を凌駕する存在の竜がいったい何を人間に復讐すると言うのだ。リーズは少年をさらに問いただす。しかし、少年は首を振るだけだ。


「俺にも詳しいことはわからない……どうすればよかったのかわからない……」

 一人項垂れ、頭を抱える少年を前にリーズの達者な口も閉口した。洞窟の冷気となんら変わらない冷たい沈黙の空気が流れる。その時……。


「――まずい!?」

 少年が緊迫した表情で立ち上がった。リーズも思わず構えをとる。


「間に合ってくれ!」

 少年はそう言うと背中の竜翼を広げた。ただし左翼だけだ。何故ならば少年の右翼には根本から折られ、存在していないからだ。ではどうして翼を広げたのか、それは無論飛ぶためだ。


 翼がなければ――造ればよい。


 少年の右翼の根本が凍りついていく。やがてそれは天へ伸び、左翼と対称となる竜翼が形成された。


「これは……!?」

 リーズは驚きその光景に目を奪われた。すると、その横を突風が過ぎ去る。何事かと思った時には少年は目の前から消えていた。


「くそっ、やられた!」

 リーズは急いでゼナの元へ駆け出した。



 イスリクスの口から銀氷の吐息が漏れ出しゼナに吹き付けられようとしたその時、何かが高速で迫り、地面に半ば墜落しながらゼナの目の前に止まった。


「き、君は!?」

 目の前に現れたのはあの少年だった。ゼナを守るようにイスリクスに立ちはだかる。


「……何のつもりかしら、レシュア」

「やめてくれ、母さん。彼らの命を奪う必要はない」

 冷たい視線を放つイスリクスにレシュアと呼ばれる少年は冷や汗をかきながらも勇猛に言う。


 いったい何が起こっているのかわからない。今のゼナには狼狽え、状況把握に尽力するしかなかった。


 イスリクスはレシュアを見つめ、深い溜め息をつく。そして次の瞬間――!


「ぐあっ!?」

 レシュアの首を片手で掴み持ち上げた。ドラゴニュートをいとも簡単に宙にあげるその剛力は彼女が誠に竜だと示している。


「この愚息が……妾の眠りを妨げる鼠の駆除はお前の役目だろうに。それすら満足に出来ず、挙句妾に立ちはだかるとは恥を知れッ!!」

 レシュアはそのまま地面に叩きつけられた。氷結の翼が砕け、結晶が辺りに舞い散る。


「やめろ、イスリクスっ!!」

 ゼナは彼女に向かって斬りかかる。しかし、あろうことかイスリクスはレシュアを下から掬い上げるように投げ飛ばし、ゼナ達は団子になって吹っ飛ばされた。


 

「早死にしたいらしいな、人間」

 イスリクスは立ちたがりゼナを見下ろす。その顔は苛立ちで塗れ、瞳が人間のものから竜のものへと変わりつつあった。



「はぁ、はぁ、追いついた……!?」

 壁に手を掛け、リーズはゼナ達がいる洞窟を見渡す。先程飛び出した少年とゼナが倒れ伏せている。そして見知らぬ女性が今にもそれを害そうと近づいていた。


「……よくわかんない状況だけど、あいつが敵ってことはわかるわ!」

 リーズは左手に火球を浮かび上がらせ、それを右拳で打ち込んだ。


魔炎の弾丸(イグス・クーゲル)ッ!」

 詠唱を纏う燃え盛る炎の塊がイスリクスにまさに弾丸の速度で迫っていく。

 しかし、イスリクスはそれを見向きもせずただ片手で止めた。リーズの炎塊が一瞬にして氷塊へと変わり、無情にも砕け散った。


「死にたがりがもう一匹……」

 不敵に笑うとイスリクスはリーズに視線を這わせる。その瞳は完全に竜のものと化していた。


「やらせるものか!」

 ゼナが立ち上がり、イスリクスに再び刃を向けようとした。が、それは竜爪に阻まれた。


「に……逃げろ。お前たちの叶う相手じゃない」

 レシュアは息も絶え絶えにそう言う。


「頼むから逃げてくれ。そしてもう……二度とくるな」

「レシュア……」

 悲痛な懇願の声に剣を握る手が緩む。


「そいつの言う通りだ。今は分が悪い。撤退だ」

「そうだ、それでいい……」

「私が見えるのか。まあドラゴニュートなら不思議はない。しかし、お前……体の奥底に中々の魔力を眠らせているな。……なるほど。あの竜による恐怖がお前の真の力を抑圧しているようだな」

 メイはレシュアを品評するように眺めた。


「…………行けっ!」

 レシュアの叫びにゼナは剣を鞘に戻し、急いでリーズの元へ駆けた。


「行くよ、リーズ! 撤退だ」

 戦闘体勢のリーズを引っ張り出口へと向かった。



「……レシュア、お前も物好きだな。そうやって逃したものがどうなったか知らないわけではないだろう? よもや奴らが生き残るとでも考えておるのか?」

 イスリクスの嘲笑う声がレシュアに突き刺さる。半翼のドラゴニュートは何も語らなかった。ただ心の中で祈るばかりだ。


 どうか逃げ延びてくれ――と。



「ゼナ、状況を教えて! あの女が竜なんでしょ? だったらなんでドラゴニュートの奴ごと攻撃しようとしていたの?」

「あのドラゴニュートの名前はレシュア。彼は僕と竜であるイスリクスとの間に入って僕を守り、最後には逃げろと言ってくれた」

「そのレシュアって奴のこと信じていいのかしら……確かに撤退の判断は正しいけど、竜の仲間ではあるんでしょ?」

「……わからない。けど、今は逃げるしかない。今の僕たちでは敵わない……!」

「……そうね」

 リーズは自分の炎が簡単に凍らされた光景を思い出し悔しさに拳を握り、ゼナはレシュアの事が気掛かりで心の中に靄がかかる。


 二人はそれぞれの暗澹たる気持ちを振り切るように足を速めていった。


「…………ねぇ、何か音がしない?」

 突如そんなことを言い、リーズは足を止め、耳を澄ませた。


「リーズ! 何立ち止まって……確かに音がする……。これはいったい――」

「走れ! 止まるなッ!!」

 メイが切迫詰まった声で叫んだ。彼女の視線は洞窟の奥に向けられていた。


 何かが奥から迫ってきている……。

 それは氷塊だった。洞窟内を次々と凍らせる氷塊、いや、氷の剣山がゼナ達を呑み込もうと迫っていた。


「…………!?」

 二人は尻尾に火をつけられたネズミのように慌てふためきながら出口へと走った。



「はぁ、はぁ、はぁ……出口だ!」

 ゼナの視線の先には夜の暗闇が映る。もう少しだ。しかし、氷剣山はもう背後まで迫っている。このままでは串刺しだ。


「――ゼナっ! 私に掴まって!」

 有無を言わさず、リーズがゼナの腕を引っ捕らえる。


「離すんじゃないわよ……!」

「リーズ!? 何を――」

 リーズは迫り来る氷の剣山に向かって炎を噴射させた。それは二人を突き進ませる推進力と化し、剣山から遠ざけていく。



「「うわああっ――!?」」

 二人は勢いよく洞窟から飛び出した。夜空に一筋の炎を描き、そして冷たい雪の中へと突っ込んだ。


「う、うまくいったみたいね……」

「助かったよ、リーズ。死ぬかと思ったけど……」

 二人が安堵し大の字で寝転んでいると、雪を踏みしめる音が聞こえた。慌てて音の方向に目を向ける。そこにいたのは……ランタンをぶら下げたシクール村の村長であった。


「……やはりな。お前さんたちはこういう無茶をやる子供だと思っていたよ」

「村長さん……」

「ひとまずはわしの自宅に戻ろう。寒いだろう」

 村長は逃げるように足を早めた。ゼナ達も続く。



 三人は再び暖炉の部屋に腰を据えた。


「まずはよく生きて帰ってこれた。あの洞窟に挑んで帰ってきた冒険者はお前さんたちくらいなもんだ」

「正直危ないところでした。あのドラゴニュートの少年がいなければ今頃どうなっていたか……」

「ああ、彼奴か。どういう理由かは知らないがイスリクスの云いなりになっている可哀想な奴だ。……しかし人間を助ける奴だとは思わなかった」

「彼の名前はご存知ですか?」

 ゼナが聞くと村長は否定の首振りをした。そんなことを気にする余裕などないと言った表情も見せる。

 

「あのドラゴニュートの名前はレシュア。イスリクスの息子、だそうです。しかし、村長の仰る通りイスリクスの言いなり――どうかしましたか?」

 ゼナは村長に声をかけた。どうにも様子がおかしい。目を見開き、体は震えている。明らかな狼狽具合だ。


「……レシュア。その名前で間違いはないのか」

 この世から消えてしまいそうな声で村長は聞き返す。ゼナとリーズは困惑しながらも頷いた。



「……そうか。いや、なんでもない。気にせんでくれ。……もう夜が深い。ゆっくりと眠るがよい」

 村長は淡白に言うと部屋から出て行った。


「何か訳ありって感じの匂いがぷんぷんするわね」

「ああ、だけど簡単には踏み込めそうにない……」

「ねえ、メイ。あんたのお得意の作戦とかないわけ? いつものように皮肉混じりに私たちに語ってもいいのよ」

 リーズが煽り口調で問いかけるがメイは何やら考え事の最中だ。言われるまでもなく作戦を……いや、あの顔は……。


「メイ、レシュアについて考えているのかい?」

「ふっ、お前に見破られるとは私もまだまだだな」

「聞かせてくれ、メイ」

 ゼナに促され、メイは二人に演説するような位置を取った。

 

「お前たちはドラゴニュートの事をどこまで知ってる?」

「僕は全然……リーズは?」

「私もそんなに知らないわよ。竜と人間のハーフってことぐらいしか」

 リーズのその言葉にメイは指を鳴らす。


「問題はそこにある。母親であるイスリクスは純粋な竜だ。つまり、レシュアの父親は人間ということになる」

「それで?」

 二人は疑問符を掲げる。


「ドラゴニュートは竜母体からは決して産まれないんだ」

 メイのその言葉に二人は驚き固まった。その言葉はレシュアとイスリクスは親子ではないと言っているようなものだ。


 メイは続けた。

「竜を母に、人間を父に。そうして産まれるのはドラゴニュートではなく()()だ。全身が鱗で覆われた二足歩行の生物。顔も竜そのものだ。ただし、人に引っ張られたのか、それとも禁忌の姦淫故か、翼だけは受け継がれない。翼をもがれた哀れな亜人種だ。一方のドラゴニュートはそれよりもマシな存在と言える。人間の女と人に化けた竜から産まれ、人を基礎とした種だ。竜翼、竜角、竜爪、竜尾、そして竜の瞳を携える。まあ、マシと言っても人間から疎まれることに変わりはないがな」

 メイは一息ついて話を閉めた。室内に沈黙が立ちこめる。


「……レシュアは何者? 何故イスリクスを母親と言っているの?」

 リーズは問いかけるような独り言を呟いた。


「その答えはもしかしたら村長が知っているかも……」

 ゼナが自信なさげにも口にした。


「村長が……?」

「うん、リーズも見ただろ? レシュアの名前を出した時の動揺を」

 言われてリーズは思い出し、納得の相槌をうつ。


「私も同意だ。あの老人は何かを知っている。ただそれがわかったところでイスリクスの力に我々は及ばないが」

 メイのその言葉は暗にこの件から手を引けと言っている。がしかし、二人が今更その手を取るとも思っておらず、投げやり気味な声色だ。


「とにかく情報が必要だ。村長に話を……ふわぁ……」

 ゼナから大きなあくびが流れ出た。


「今日はもう限界ね、お互いに。休みましょう。明日からでも遅くはないわ」

「けど、確か生け贄の日は……」

 ゼナは村長と嘆く村人の会話を思い出した。期限は……三日後だ。それまでに何とか手を打たねばまた一人、あの氷獄の中へと……。


「焦っても仕方ないわ。それに村長にも思い悩む時間が必要よ」

 リーズはゼナの肩を軽く叩き、先に部屋を出て行った。

 ゼナは一人、パチパチとなる暖炉の前に残された。一人になると自然に考え事をしてしまう。あの時のレシュアの顔が浮かびあがる。必死にこちらの身を案じるあの顔が……。真実はわからない。けれど、きっと、彼も被害者だ。

 イスリクスを倒せばこの村を救える。だけど、レシュアをそのままにしてはいけない。


『――人間から疎まれる』

 メイの言葉が頭に響く。レシュアも救わなければ。誰一人溢してなるものか!


 ゼナが固く決意したその一方……客間の反対側の部屋、ランタン一つの灯りしかない暗がりの書斎に一人腰を下ろす者がいた。


 その者はシクール村の村長、名はロトスという。

 彼は皺ついた両手に握られた一枚の額縁写真を眺めていた。そこに映るのは今では浮かぶ事のない笑顔を見せるロトス。そして隣には若い男女、女性の胸の中には一人の赤子がいた。


「……お前なのか?」

 ロトスは縋るような声で写真に語りかけ、赤子の首にぶら下げられた名札を見た。

 そこにはこう記されていた。


『レシュア』

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