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ゼロの旅路  作者: イフ
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58.竜なる少年

「……この村はある者に支配され、いや、踏み躙られている」

「ある者とはいったい誰ですか」

 数秒の沈黙、この瞬間に村長は今までの記憶を回想しているのだろうか。ある者に蹂躙されてきたきた記憶を……。


「――竜じゃ。この村はある一匹の竜に貪られている」

「竜に……?」

 意外な名前が上がったとゼナは思った。何故ならば竜は人を襲わないからだ。

 昔ではあるが文献で見たことがある。竜は人と関わる事なく、山々に君臨し下界を見守っていると。

 彼らは空気中の魔力を主食とし、動物、ましてや人間を襲うなど眉唾の話である。しかし、目の前の村長が見せる悲痛な表情はそれが与太話ではないと物語っていた。


「……今から七年前、奴は現れた。村の中心地をその体躯で押し潰し、こう宣言した。『今から半年ごとに生贄を差し出せ。さすればこの村を滅ぼすことはない。だが、従わなければこの村は地図からも歴史からも消滅するだろう』と……。そして奴は見せしめに銀氷の息吹で一人の村人を凍らせ、無慈悲に砕いた。その光景に誰も逆らう気力を喪失したのだ」

「「………………」」

 二人は沈黙のまま話を聞いていた。とても余計な口出しができる雰囲気と内容ではない。ただ一人、創造の魔力だけがつまらなさそうに欠伸を浮かべている。


「わしらは従順な奴隷になった。村の為に、大勢を救うために命を差し出した。それも未来ある若者をな」

「……何故、若者だったのですか?」

 ゼナは何とか重い口をこじ開けて聞いた。村長は濁った目で見つめ、問いを返す。

 

「奴は必ず若者を、若い女を求めた。明確な理由はわかっていないが、特に気にはならなかった。太古から生贄というのは若い女とされてきたのだからな……」

 村長は弱々しく自嘲した。きっと彼はもう諦めたのだ。多少の犠牲で多くの命が救われるのならそれでいいと、それが長の選択だと……。やはり我慢ならない。恐怖に抑えつけられたまま、みすみす命を差し出すなんて間違っている!


 ゼナの考えは青い。実際にその立場にならないとわからないのだろう。村長が諦めたのではなく、苦渋の決断を下したことに。


「抵抗はしなかったのですか!? みんなで力を合わせれば――」

 ゼナの怒りを含んだ訴えはテーブルに拳を叩きつける音で遮られた。


「……抵抗したとも。村の実力者を集め、外部に依頼だって出した。彼らは奴の住まう氷結洞窟に向かい……誰一人帰ってこなかった。わしの判断で多くの者を殺してしまったんだ。わしは悟ったよ。人が竜に歯向かうなど烏滸がましいことだと……」

 村長の拳と唇は血が滲みそうなほど握られていた。ゼナは己の考えの足りなさに気がついた。彼は既に精一杯戦ったのだ。その終着点が竜に従い多くを守る事だった。


「浅はかな事を聞いてしまいました……すみません」

「……気にするな。若さとは得てしてそういうものだ」

 それからしばらけ三人の間に重苦しい空気が流れた。それをぶち破ったのは、一人の腹の虫だった。


「…………ごめん」

 リーズが恥ずかしそうにお腹を抑えていた。


「お前さんたち、宿はとったのか?」

「いえ……とってません」

 ゼナの言葉に村長は数秒眉間を抑え、立ち上がった。


「今日は泊まっていくといい」

「え!?」

「もう夜更けだ。今から出歩くにしては外が寒い。それに広いだけの空っぽの家だ。子ども二人抱えるくらいなんて事ない。腹の虫鳴らしをほっぽり出すのも気が引けるしのぉ」

 村長はリーズの方をチラリと見た。彼女はますます羞恥に染まる。


「では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 ゼナは村長の好意を素直に受け取った。


 夕食として並べられたのは、湯気立つスープと切り分けられたバケットだ。決して豪勢とは言い難い食卓だが、空腹の者には極上であった。


「ん〜おいしい!」

 リーズはガツガツと食事を進めていく。村長はその光景を微笑ましそうに見ていた。


「昔を、娘を思い出す……」

 小さな声で寂しそうにそう呟いた。


 娘。今はきっともういないのだろう。この家は大きいが、彼以外の人の気配を感じない。

 空っぽの家、か……彼は孤独に生きている。竜なる災厄から村を守りながら。けれどこのままの平行線ではこの村は必ず滅びる。なんとかしなければ……それが今できるのはきっと僕たちだ。



「こんな大きな部屋に泊まれるなんてラッキーだわ」

 リーズはゴロゴロと寝床に寝転がっている。


「リーズ。リラックスしている所悪いけど……」

「わかってる、乗り込むんでしょ。悪竜のとこへ」

「ああ、竜とはいえど寝込みなら隙ができるはずだ。メイ、場所は把握しているか?」

「私を誰だと思っている? 既にここ一帯の魔力については把握済みだ。一際大きい魔力が村の外れに位置している」

 メイは鼻高々に言う。


「よし。それじゃあ、さっそく――うわ!?」

 意気込むゼナに何かが被さった。引き剥がすとそれは暖かそうな防寒具だった。


「夜の寒空に今の格好じゃ竜どころじゃないわ。ちゃんと厚着しないと」

「どっからこれを……?」

「そこのクローゼットに入ってわよ。サイズも申し分なし」

 リーズは遠慮なく防寒着を羽織り、一回転して見せた。


「半分泥棒だよ、それ……」

「まあまあ、竜を倒す為なら安いものよ」

 それは竜を倒して欲しいと頼まれた場合に限るのでは。と、ゼナは思ったが必要なものではあるので強く反対は出来なかった。


 村長に謝罪を述べながら防寒着を身に纏い、いざ竜退治へ、と二人は家を飛び出した。


 メイの感知した情報から地図に当たりをつける。シクール村から北西の位置に件の竜がいるらしい。


 寝静まった村の中を進み、霜を踏み込み、澄み切った寒空を駆ける。そうした道のりで辿り着いたのは、入り口から冷たい雰囲気を醸し出している洞窟だ。

 二人は息を呑み、同時に頷いて足を踏み入れる。しばらく進むと驚くべき光景が見えてきた。

 

 明るい。洞窟の中だというのに白昼のような光が輝いている。その光の正体はあちらこちらから生えている、魔力を中に封じ込めた氷の水晶。それが凍結した壁に反射して、この明るさが保たれている。


 なんという幻想的な世界だろうか。二人は思わず見惚れてしまっていた。


「何か来るぞ」

 メイの言葉で幻想から目覚める。彼女の言葉通り、誰かの足音が前方から響いていた。段々と反響音が大きくなり、やがて、道の角に手がかけられ……足音の主が現れた。


 ゼナたちの前に姿を現したのは少年だった。しかし、ただの少年ではない。

 腰から生えている鱗の尻尾。鋭く屈強な爪。どこまでも飛べそうな翼。銀氷の髪から覗く二本の角角。そして……こちらを捉える竜の瞳。


「……ドラゴニュートか」

 メイがポツリと言った。


「ドラゴニュート?」

 ゼナが聞き返す。


「竜と人間が交わり生まれた混血種だ。珍しい存在だ。余計事に巻き込まれて腐った気分が少しはマシになるほどになぁ」

 相変わらずの皮肉を被せながらメイは解説してくれた。


「あんたはシクール村を苦しめている竜の仲間かしら?」

「………………」

「沈黙は肯定と捉えるわ。私たちは竜に用があるのよ。これ以上犠牲者を出さない為に竜討伐にきたんだから」

 リーズは一歩前に出る。少年の姿勢は変わらない。


「強情は後悔するわよ?」

 リーズは闘いの構えを取る。そこでようやく少年はこちらに真っ直ぐとした視線を向けた。


「帰ってくれ」

 暗く冷たい声が洞窟内に反響する。その言葉は警告、否定の意味であろうが、ゼナには懇願の声に聞こえた。


「嫌といったら?」

「…………帰ってくれ。命を粗末にするべきじゃない」

「ふんっ、何人も生贄に差し出させておいて……そんな言葉に説得力はないわよ!」

 リーズは尚も攻撃の姿勢を正さない。一方の少年は抵抗は口だけで、武力を行使する気がまるでない。

 本当に彼は竜との関連があるのだろうか。そんな疑問が浮かび上がるほどだ。


「リーズ。ここは一度話を――」

「ゼナ。私が隙を作るからその間に行って。こいつの足止めは任せて」

 ゼナの提案はリーズの言葉に上書きされた。


「ま、待ってよ! 交渉の余地が……」

「あるかもね。でも簡単にこちら側についてくれるとは思わない。それにあの態度が罠ではないと言い切れる?」

「それは……」

 リーズの言葉に押し黙る。目の前の少年からは敵意は感じない。けれどそれはあくまで己の直感であって確たる証拠は皆無だ。今すべきことを考えろ。今すべきことは悪竜を討滅する事だ!


「……わかった」

 ゼナは静かに頷き、走り出す準備を整えた。


「もう一度言う。帰――」

 少年が再び口を開くと、その足元に火球が撃ち込まれ爆発する。少年の視界は煙に包まれた。その隙をついてゼナは真横をすり抜け、洞窟の奥へと駆けた。

 リーズは煙の中へと滑り込み、その場で回し蹴りを打つ。少年の背中に当たり、少年は煙を纏いながら転がった。


「頼んだわよ、ゼナ!」

「ああ、任せてくれっ!」

 ゼナは氷の洞窟を突き進んだ。奥に進むにつれ感じ取れる魔力が大きくなる。それと同時に威圧感が襲い掛かる。体が震え始めた。これは寒さからか、それとも……。



「反応が強い……この先だ」

 メイの言葉に頭を振りかぶり、腰の剣を抜いた。こちらを呑み込むような入り口が見えた。中を覗きこむ。その中心に奴がいた。シクール村を蝕んでいるそれが。

 けれど、そこにいたのは竜ではなく人だった。氷結の玉座に腰を下ろし寝息を立てる女性が。


「どういうことだ……」

「あれは変身魔法だ。見た目こそ人だが紛れもなく竜だ。強力な魔力の匂いまでは消せん」

「ほう? 妾の魔法を看破るか。さすが奇怪な姿をしているだけはある」

「……っ!?」

 玉座に座っていた女性が目を覚ました。

 

「今、メイの言葉に反応したのか!?」

「竜の魔力なら私が見えることに不思議はないさ。それより構えろ! 不意打ちがダメな以上は正面衝突しかないぞ」

 ゼナは女に、竜に向かって鋒を突き出した。竜は驚きもしない。


「下等な人間がこのイスリクス様に何のようだ?」

 イスリスクと名乗る竜は蔑む視線と尊大な態度でゼナに問いかけた。

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