57.寄り道
「もう、行ってしまうのか……」
ダミアが寂しそうに呟いた。
「はい。名残惜しいですが……僕たちにはまだやるべきことがありますので」
「そうか……」
「ダミアさん。これからこの街はどうなるんですか?」
「今は街の住民全員が疲弊している。長い夢から覚めて、現実と向き合う時間が必要だ。それに新たな指導者を探さなくてもならない」
街の領主はおそらくラデニアが最初に催眠を施した人物だ。その魔法は深く、例えラデニアが退いても傷は簡単には癒えないのだろう。領主は未だ眠ったままだ。
「……僕はダミアさんがいいと思います」
「……俺? 馬鹿言うなよ。俺はこの街から逃げ出した男だぞ」
「でも、今度は逃げない。そうでしょう?」
「…………!」
ゼナの言葉に目を見開き、溜め息の笑いを漏らす。
「最近の子どもは生意気だ。心の奥底にあるもの簡単に引っ張り上げやがる。……そうだな今度は逃げない。俺が街を引っ張ってやる! いつになるかはわからないがな」
ダミアは照れ臭い顔を浮かべる。
「それにしてもお礼にあれをもらって本当にいいんですか?」
ゼナは後ろを振り返る。そこには馬車の運転を教え込まれているリーズがいた。中々に悪戦苦闘している様子だ。
「ああ、是非貰ってくれ。今の俺たちにはそれぐらいしかできない……一つ言っておくと運転はお前がやった方が良さそうだな」
「そうみたいですね……」
彼女はどうもこういったものが苦手みたいだ。
「本当にありがとうございます!」
ゼナは深々と頭を下げた。
「おいおい、頭を上げてくれ。礼をするのはこっちだ。この街を救ってくれた英雄様だからな」
ダミアの言葉に今度はゼナが照れ臭く笑った。
「リーズ! そろそろ出発だ」
「ええっ!? 私まだ運転出来そうにないけど」
「僕がするよ。リーズと馬の相性は悪そうだし……」
馬はリーズを威嚇するように睨み、リーズも威嚇で返す。犬猿の仲だ。馬と人だけど……。
「よし、それじゃあ行ってきます!」
運転席につき、手綱を握る。集まったフロッサの住民たちに見送られゼナ達を乗せた馬車は動き出した。
「お前たちの無事を祈ってる! いつかこの街が再起したその時は手紙を送る。必ず遊びに来てくれ。とびっきりの花畑を見せるから、約束だ!」
ダミアの高らかな声にゼナとリーズは力強く頷き、フロッサから新たな旅へと出発した。
「ええと、シィフィムへの道は……」
ゼナは地図を開き確認する。そこにメイが視界を遮るように割り込んできた。
「な、なんだよメイ。地図が見えないよ」
「進路変更だ」
「ええ、また? シィフィムに行くんじゃないの?」
「見ろ、こっちにも小さな港街がある」
メイが指し示した場所には確かに港町オーシと書かれている。規模的には港町というより漁村よりだが。
「今からシィフィムに向かうよりは近道だ。ついでにだ。ここをみろ」
「シクール村?」
メイが指差した地名を読み上げる。
「ここで一度旅の準備をする。海上で何かあっては堪らんからな」
「わかった。リーズもそれでいいかい?」
ゼナが振り返ると彼女は寝息を立て、口元をだらしなくしていた。
「……いいみたいだね」
微妙な顔を浮かべながらゼナは手綱を握り、ひとまずはシクール村を目指すのだった。
「あっ! 見えてきたわよ」
リーズが馬車から身を乗り出し指を刺した。
時刻はまもなく夕刻、太陽が沈みかける準備を始めていた。
「ここで宿をとった方が良さそうだ」
シクールへの道のりは短いものの険しく、それなりの時間がかかってしまった。
「ちっ……とんだ道草だな」
メイは隠す事なく苛立つ。彼女としてはいち早く王都に向かいたいのだろう。
世界の事象を記憶する大魔道書、それを手に入れ魔王の魔力を特定し我が物にするのが本来の旅筋だった。それがバーニンガやらラデニアやらと接敵したせいで曲がりくねってしまった。結果としてはよかったのだが。
ゼナは馬車を村の外に駐車して降りた。
「寒っ!」
リーズが身震いする。この地域に入ってからちらほら降雪や積雪が見られた。遠目にも雪山が確認できる。
「とりあえず暖かい服を買おう。きっと売っているはずだ」
二人は村の中へと駆け出した。
「なんか閑散としてるわね。こういう村って盛大な歓迎をするか、過剰に排斥するかのどっちかだと思ったけど」
ずけずけと偏見を語るリーズの口を慌てて塞ぐが誰一人として聞いていなかった。村の入り口はとても静かで人っ子一人見えない。
不思議に思い地図を開くが廃村になったという情報は載っていない。
「どうなってるんだ……」
「人の魔力は感じるぞ。奥の方だ」
こういった時のメイの人間を超えた感知能力は大いに助かる。
二人は奥へと歩みを進めていった。
しばし村を練り歩くとちらほらと人が見えてきた。杞憂だったかと安心したが、みんな何かを見て噂話のようなものをしている。視線の先に注目すると……。
「――頼むよ、村長! 俺の一人娘なんだ……」
男が老人に土下座し、縋りついている。それを老人は非情な目で見つめていた。
「わかってくれ。お主の気持ちは痛いほど伝わる。けれど村の為だ。君の娘は大勢の命を救う大義を背負ったのだ」
「ふざけるなっ! そうやって今まで何人が犠牲になったと思っている!? このままじゃ繰り返しだ。俺たちはあいつに食い尽くされる! 未来永劫なぁ!!」
男は危機迫る顔で村長と思わしき人物に迫ったが顔色が変わることはなかった。
「……期限は三日後、よく考えなさい。何を優先するべきなのかを……」
村長の言葉に男は項垂れ、他の村人達に抱えられながらその場を後にした。
村長もその場を離れ、ゼナ達の方へ歩いてきた。視線が合う。
「お主らは見ない顔じゃな。旅の者かい? 見苦しいものを見せてしまったね。気にせんでくれ。なんにもない村だがゆっくり――」
「大勢の人を救う大義ってなんですか?」
「…………」
真っ直ぐな視線で問いかけるゼナの質問に村長は顔を強張らせる。
「あの男性の娘さんに一体何をさせる気ですか!」
「ちょ、ちょっとゼナ……」
語気を強めるゼナをリーズが嗜める。辺りに息苦しい空気が立ち込めた。
「……余所者には関係のない話じゃ」
そう言って横をすり抜ける村長の前にゼナは立ちはだかった。
「邪魔するでない、少年」
「お願いします! どうかお聞かせください」
ゼナは深々と頭を下げた。
「聞いてどうする? 君に何かできるのか?」
「それは聞いてみなければわかりません」
ゼナの言葉に村長は低い声で笑った。
「素直な奴じゃのう。いいだろう、話してやる。そして理解するといい。子どもではどうしようもない現実に……ついてきなさい」
村長は歩み進めた。
「行こう、リーズ」
「う、うん……」
ゼナの気迫に迫られ小さく頷く。
「おい、余計な事に首を突っ込むな」
メイがゼナの前に手を突き出す。
「魔王関連の事態かもしれないじゃないか」
「いいや、それはない。辺りいったいの魔力は当に調べがついている。同胞の気配は何一つなかった。それにだな、もしこの村を蝕んでいるのがそうだとしたらお粗末にもほどがある。見聞きした情報だけの判断だが、そいつはどうも生贄を一人しか要求していない。魔力を集める事が目的なら街ごといくだろう。バーニンガとラデニアのようにな」
「そうか」
ゼナは淡白に言った。
「そうか……じゃないんだよ。ここを助ける意味がないと私は言っているんだ!」
「メイ、僕と君は決して短い付き合いじゃないだろ? 僕の性格を理解しているはずだ」
「ちっ……」
メイはバツが悪そうに顔を歪める。
「そうね、私だってわかるわ。ゼナがあんな光景を見てスルーできないってことぐらいね。あの気迫はちょっとビビったけど……」
「ごめんリーズ。つい力が入って……」
「はぁ……やっかいな馬に身を預けたな私は……」
「後悔しても遅いよ」
ゼナはメイに笑いかけ、メイはまた舌打ちをうった。
「置いていくぞ、若いの」
村長の声に二人は慌ててついていった。
村長が案内したのは煉瓦造りの大きな家屋だ。村の中で一番に大きく、村の長である事をこれでもかと主張している。
二人は客間に通された。入って一目につくのは燃え盛る暖炉とその前に敷かれた毛皮の絨毯。冷えた体の二人には至福のものだ。
「さあ、座ってくれ」
村長が促した二人掛けのソフィーに座る。村長は向かい合う席に腰を下ろした。
「では、お聞かせ下さい。一体、この村に何が起こっているのか……」
ゼナの言葉に村長は深くため息をつき、そして重い口を開き始めた。




